流浪の裁縫師 第20話「襲来」

  1. Home
  2. ウェブ掲載作品
  3. 小説 - 長編
  4. 流浪の裁縫師
  5. 第20話「襲来」

前回までのあらすじ

 裁縫学校を首席で卒業したサーヤは、グレイベア城を根城に、生地に魔法を込める研究をしていた。ある日、魔法の実態を見ようと、従者兼護衛であるクイナとともに魔法院を目指していたが、運悪く開戦の場に居合わせてしまい、グレイベア城まで撤退を余儀なくされた。
 城に戻ったサーヤは負傷兵の治療に使う包帯を織る一方で、治療の手伝いと称して負傷した兵士達から魔法に関する情報を聞き出していた。クイナや同門の医学生であるルマエーテの協力もあり、魔法に関する情報が集まる中、戦線がグレイベア城に到達。最も大事な仕事道具である自動織機を城に残し、北へ向かうことにした。
 グレイベア城を辛くも脱出した二人は、ロングヴァルと青壁城の中間地点にある紡織を生業とする村、リュースグリへと身を寄せ、研究を再開する。ある日、不当に魔法の研究をしているとの誤解から、ノーザリア大学より調査団という名の剣士と魔法使いによる武力制圧団体がやってきた。サーヤの体を張った実戦テストにより、試作品に効果があることが判明。誤解も解け、魔法使いによる裏付けも行われ、自信を持ったサーヤは、治療支援と実戦投入を考慮し、ノーザリアの後方部隊が駐屯するグリーンストーン庄へ向かうことにした。
 グレイベア城から自動織機を運び、生地の増産体制を整える一方、研究が実を結び、防御と回復、二種類の布が完成した。材料の買い出しも済ませ、いよいよ増産に取りかかろうとしたとき、エルダーグランの別働隊が荘園へ押し寄せた。

第20話 襲来

 その翼竜は上空でとどまりながら、3匹一斉に幕舎の方角へ向けて口を開いた。口を囲うようにリング状の魔方陣が青色に輝き、吠えた。青い塊が立て続けに3つ、まっすぐと幕舎へ向かい。
 着弾した。
 光が吹き上がり、幕舎も、駐屯していた部隊も、何もかもが飲み込まれる。あまりの眩しさに思わず目を瞑る。見たくもない光景は視界から消え失せたが、直後に轟音と風圧が体を襲い、それが現実であることを物語る。あまりの風圧に立っていられなくなり、膝をつく。

「あそこには…負傷兵がたくさんいるのに…!」

 お互いの救急幕舎は攻撃しない、そんな口約束は通用しない。それがこの戦争なのか。
 音と風が止み、恐る恐る瞼を開く。土煙の向こう、幕舎も部隊も形は保っている。だが、聞こえないはずのうめき声がここまで届いた、ような気がした。

「サーヤ、大丈夫ですか!?」
「静かに。真上に翼竜が居る。私は大丈夫。エルダーグランの別働隊が攻めてきた」

 何も言わずクイナは家の奥に戻ると鎧を装備し始めた。そんなクイナを見て私も意を決する。

「クイナ。そっちの棚にあなたの服があるからそれを使って。右の方。あとクリオブレードも使っていいわ」
「分かりました」

 棚に置かれていた2着の服の右側をクイナが広げ、若葉色のそれを一瞥すると着替え始めた。

「準備が良すぎるんですよ。でも、ありがとうございます」
「昨日の朝、不穏な情報を聞いていたから、一応ね」

 いつもとは違う服の上に、いつもの銀の胸当てや肘当てを装備するクイナ。獣化はできないが、持てる力で最大限の速度を引き出し、相手を翻弄する、そんなクイナらしい装備だ。
 私はもう一着の服を来て、さらにマント状の布を羽織る。いつもの白や黒の服ではない、色のある服だ。たったそれだけのことなのに気分が高揚し、今から戦地に赴くという心と混ざり、変な気持ちになる。
 頭を振り、雑念を追い払うと、残っていた布をすべて鞄に詰め込む。

「いまのブレスは多分牽制ね。この後掃討のために地上部隊が来るはず。クイナは前線に合流してくれる?」
「もとからそのつもりです。サーヤは」
「私は避難と援護射撃を担当するわ。クイナ、よかったらそこにあるパイプを使って。足をかけるところがつけてあるから片足を乗せて垂直に飛べるはず」
「ありがとうございます。では、また後で」
「また後で」

 クイナが出て行くのを見送ると、私は部屋の片隅に置いてあるパイプに目を向ける。軍大の魔法使いに教えてもらったときに思いついたその方法は、まだテストすらしていない。でも可能性があるならかけてみたかった。
 7本のパイプを手に取り、紐で束ねる。束ねたパイプの先に1枚の布をかぶせ、布の上からパイプごと縛り付ける。

「これでよし」

 鞄を背負おうとしたとき、床に置かれていた桶が目に入り、立ち止まる。私は、私の大事な物も、大事な場所も守らないといけない。私が私でいられる場所、クイナが戻ってくる場所は何よりも大事だ。
 桶を手に取り、家の外に出る。置かれていた踏み台に上り、桶の中の染液を屋根に向かってぶちまける。ザザンと派手な音が鳴り、屋根が緑色に染まる。やがて屋根を伝った染液が壁に垂れ、少しずつ染めていく。完全に覆うことはできないけど、多少はマシなはずだ。
 家の中に戻り、鞄を背負い、「鳩助!」と声をかける。窓枠に止まっていた鳩助は少しためらったように見えるが、それでもふわりと舞い、私の肩に止まった。

「ありがと。さあ、私も行くわよ」

 束ねたパイプを持ち上げ、双眼鏡を手に取り、幕舎がある方に向かって走り始めた。


 一番近い幕舎にたどり着くと、血の臭いが一段と濃くなっていた。漂っているというレベルではなく、満たしているというレベルだった。その一方でうめき声は全く聞こえず、全員死んでいるのではと勘違いしそうになる。純魔力攻撃による爆撃は傷こそつけないものの、不調をきたしたり、気絶させたりする。兵士を無力化した上で攻め入るという典型的な手法だ。
 幕舎を出て双眼鏡を地平の向こうへ向ける。ノーザリア側の兵士は少なく、その向こうにいるエルダーグランの兵士達がはっきりと見える。前列は剣士だが、その後ろには魔法使いが控えている。あの中にはミラセラの教え子だった魔法使いもたくさん居るだろう。
 弔い合戦。
 正義は向こうにあるかもしれない。それでも、ノーザリアにはノーザリアの、私には私なりの正義がある。正義と正義がぶつかったとき、それが和平へ向かうか戦争に向かうかは対峙したもの同士の意思で決まる。そして、その結果がこれなのだ。
 幕舎の群れを抜け、陣の前の方に向かうと、難を逃れた部隊がクロスボウや矢を構えているところだった。剣や槍の部隊は柵の外に隊列を組み、エルダーグランの出方を探っている。何人かは気絶した兵士を起こそうと奔走していた。

「誰だ!」

 後方部隊の上官とおぼわしき人が私に剣を向け叫ぶ。

織匠サーヤ・ストラ! 加勢するわ」

 いつものように裁縫師と名乗ろうかと思ったけど、自然とその名が出ていた。
 裁縫師は晴れやかな職業だ。個人でお店を構え、ショウウィンドウに自分の服を飾る。自分の分身である作品を並べ、着る人に笑顔をもたらす尊い仕事だ。
 そういえば、クールモリアで代々仕立屋を営むミュゼは今頃元気にやっているだろうか。会話をしたことはほとんど無いけど、裁縫に対して真摯に向き合い、自分の腕に誇りを持っていた彼女ならきっといい裁縫師になっているだろう。私はどこかそんな彼女や職業に憧れを、そして自分を疎んでいたのかもしれない。
 だけど、今ならはっきりと分かる。これが私の仕事だ、と。研究し、開発し、いつか夢見た生地を織る、その夢こそが私の誇りだと。

「一般人は裏に隠れてなさい。これは我々の役目だ」
「心配無用。それより布を広げるのを手伝って」
「布?」
「魔法を防ぐ布よ。冗談だと馬鹿にしている暇があったら広げるのを手伝って」

 次の台詞を奪い取り、上官の目を見つめる。

「…分かった」

 半信半疑と言ったところだが、なんとか信じてはもらえた。何人かの兵士とともに持ってきた布を柵に垂れかけ、釘で打ち付ける。余った布はいつでもかぶれるように地面に広げておく。

「この地が奪われたらレイオン将軍を始め、最前線は一気に食糧難になる。絶対守り切るぞ。攻撃はじめ!」

 前衛部隊が轟かせながら相手部隊に向かって移動する。すぐに剣と剣がぶつかり合うだろう。だがこっちは魔法にも晒される。周囲に目を向けると手に持っているのは杖ではなく弓とクロスボウ。いくつか連弩も設置されているが、運用する兵士が足りていないように見える。

「我々も援護を開始する。後ろに陣取る魔法使いをなんとしても削り取る。攻撃始め!」

 空気を切り裂く音が幾重にも重なり、次第に遠ざかっていく。放物線を描いた矢が日の光を浴び、煌めきを纏いながら相手陣地へ降り注ぐ。双眼鏡をのぞき込み、様子をうかがう。土煙の向こう側、もう何度も見た、観察したあの光がいくつも浮かび上がった。防御魔法の中に攻撃魔法がいくつも混じっている。

「魔法が来るぞ。伏せろ!」

 私が言うよりも早く指示が出され、兵が一斉に屈む。相手の魔法は前衛を貫通し、または優雅に回避し、ここまでたどり着くだろう。だけど、射撃魔法に対する防御力はすでに実証済みだ。さあ、かかってきなさい。
 おでこの先がチリチリし始めると、魔法の光が布の後ろ側に透けてみえる。その直後、小石でもぶつけたかのような音がパラパラと鳴り響き、光が霧散する。

「うそ、だろ…」

 兵士の誰かがつぶやいた。私も最初は信じられなかったわ。
 弱肉強食。理不尽な魔法に対抗し、生き残るために自然の草花が長い年月をかけて身につけたその力。それがこの布にも宿っている。
 気がつくと上官が私の目を見つめていた。

「質量要素がある魔法攻撃は防げないから気をつけて」
「分かったか。みんなも気をつけるように!」

 兵士達の返事が響き渡る。心なしか来たときよりも士気が上がっているように感じた。

「私の武器は直進しかしないから、前衛に合流する。皆さんも気をつけて。鳩助!」

 鳩助は小さく鳴きながら翼を広げ、尻尾をピンと伸ばす。射撃形態になった鳩助の足を左手で握り、右の脇にパイプの束を挟み、陣地を飛び出した。


 パイプに飛び乗り、戦線がぶつかり合う場所…ではなくその右側へ飛び出る。途中私の存在に気づいたのか何発か魔法が飛んできたがすべて生地で防がれる。おびえていた鳩助も慣れてきたのか、あのときの勇姿を取り戻しつつある。
 両軍を見渡せる場所まで来るとパイプを降りる。いつの間にかエルダーグランの背後に移っていたあの翼竜が再び魔法の準備をしている。さっきの牽制とは違う、殺意を持った魔法だ。
 発射された三発の魔法弾は二発は前衛へ、もう一発は後衛へそれぞれ着弾し、光の奔流が起こる。数秒遅れて地響きが伝わってくる。それだけの魔法を受けてもなお前衛の兵士は即座に攻撃に戻る。数は減ったかもしれないが、その気迫は今まで以上だ。後衛の方もは耐えしのいだのか、すぐに矢による攻撃が再開される。矢の数が衰えていないのを見ると、チャームクロスはちゃんと機能しているようだ。
 何十、何百もの矢が翼竜へ向かい、突き刺さる。二匹は寸前のところで躱すが一匹は直撃し、羽をもがれた。翼竜は大きく傾きながらもその場にとどまったが、またがっていた人はまっすぐと地面へ向かって落ちていく。
 直後、一つの影が別の翼竜に向かって飛び上がり、何かを振るう。翼竜の動きが一瞬にして止まると、翼竜と操縦者はバラバラになりながら落ちていった。
 何千、何万もの兵士が死に、一般人も数多く犠牲になっている。そんなことが大陸のあちこちで起こっているのは分かっている。この戦いは早く終わらせなければいけない。グリーンストーン庄には一般人もたくさん住んでいるのだ。
 私は鳩助を肩に戻し、脇に挟んでいたパイプを両手で構え、魔法使いの一団へ向ける。

「マナを込める、魔力を込める、そんなのはよく分からないし、あなたにはできないとも言われた。だけど、私には私のやり方がある」

 自分に言い聞かせるように呟き、束ねられた7本のパイプと、パイプの先にくくりつけたあの日見た魔方陣を再現した刺繍が施された布を見る。
 お願い、成功して。

 それはアイスブランドに伝わる一つの昔話。
 ある事件から自信を失ってしまった鍛冶師を、奈落の底からすくい上げた人の物語。
 彼は今まで言いたくても言えなかった、友人が作った武器の素晴らしさ、それによって助けられた場面を、恥ずかしいと思いながらも、たどたどしくなりながらも、自分の言葉で伝えた。
 お客さんにどれだけ褒められたとしても、もっとも身近な人には何も言ってもらえない。それがやがて人間不信へと向き始めたときに、小さな事件が起こってしまう。きっかけは些細なことだ。でも、彼には堪えたのだ。
 友人の言葉は多くの感想の一つかもしれない。だけど、今まで埋められることなかった心の隙間が、その瞬間埋まった。

「ありがとう。君に褒められるとは思わなかったよ」

 物語をそこまで紡ぐとパイプがガタガタと震えだし、おでこの先がチリチリとする感覚が襲ってくる。推進力を得たパイプが前に進み出すのを感じ、思わず両手でしっかりとつかむ。
 そのまましばらく耐えていると、束ねたパイプを囲うようにいくつかのリング状の魔方陣が浮かび上がると同時に推進力は消え失せ、布に縫い付けられた刺繍が光り始める。

「君のそんな顔がもう一度見られて僕もうれしいよ。やっぱり君の笑顔は最高だ」

 最後の一行と同時にパイプをなでる。
 直後、パイプの先にあの魔方陣が浮かび上がり、一筋の光が、まっすぐと、貫いた。

初出: 2019年03月31日
更新: 2019年04月01日
著者: 鈴響雪冬
Copyright © 2019 Suzuhibiki Yuki

Fediverseに共有