裁縫学校を首席で卒業したサーヤは、グレイベア城を根城に、生地に魔法を込める研究をしていた。ある日、魔法の実態を見ようと、従者兼護衛であるクイナとともに魔法院を目指していたが、運悪く開戦の場に居合わせてしまい、グレイベア城まで撤退を余儀なくされた。
城に戻ったサーヤは負傷兵の治療に使う包帯を織る一方で、治療の手伝いと称して負傷した兵士達から魔法に関する情報を聞き出していた。クイナや同門の医学生であるルマエーテの協力もあり、魔法に関する情報が集まる中、戦線がグレイベア城に到達。最も大事な仕事道具である自動織機を城に残し、北へ向かうことにした。
グレイベア城を辛くも脱出した二人は、ロングヴァルと青壁城の中間地点にある紡織を生業とする村、リュースグリへと身を寄せ、研究を再開する。ある日、不当に魔法の研究をしているとの誤解から、ノーザリア大学より調査団という名の剣士と魔法使いによる武力制圧団体がやってきた。サーヤの体を張った実戦テストにより、試作品に効果があることが判明。誤解も解け、魔法使いによる裏付けも行われ、自信を持ったサーヤは、治療支援と実戦投入を考慮し、ノーザリアの後方部隊が駐屯するグリーンストーン庄へ向かうことにした。
グレイベア城から自動織機を運び、生地の増産体制を整える一方、研究が実を結び、防御と回復、二種類の布が完成した。材料の買い出しも済ませ、いよいよ増産に取りかかろうとしたとき、エルダーグランの別働隊が荘園へ押し寄せた。完成した布は局所的には大きな効果を発揮するが、大局ではレッドヴァルの戦い、王無き国の戦いの両戦線でノーザリア軍は大敗を帰し、サーヤとクイナは這々の体でアイスブランドへ帰還する。
それから2年の月日が流れた、ある日。
※本作はPFLSのエンディング後のお話です。第四章終了時点の戦局、エンディングをあらかじめご覧頂くと、舞台設定への理解が深まるかと思います。
ランプや暖炉の炎がチロチロと揺れる。そのリズムは不規則ながらも心地よく、針を動かす手はとどまることなく進んでいった。夜の鐘が打ち鳴らされてからだいぶ時間が経つ。もう日を跨いでしまっただろうか。少し前ならクイナが「そろそろ寝ないと体を壊しますよ」などと言いながらも温かい飲み物を用意してくれたけど、そんなクイナはここには居ない。
戦後のどさくさに紛れて南下し、NYフェスを二人で見に行った後、私にとっては久しぶりの、クイナにとっては初めてのアイスブランドの地を踏んだ数日後。ローレルランドに戻るように伝える手紙がクイナに届けられた。あれから2回目の夏を迎えようとしている。
戦争が終わり、2年が経っても庶民の生活は大きく変わっていない。戦地のほとんどが遠征先であったため、国内の復興がほとんど必要ないこと。ゼラ様が囚われの身ながらも生きていること。レイオン将軍の働きかけがあること。いろいろな要素が絡み合って、帝国から連邦になってもノーザリアはノーザリアらしくやっている。
元来の問題は山積みだが、ゼラ様とともに幽閉されているユキ様やファイアランド各所からの助言もあり、少しずつ解決の方向に向かっている。だが、それが庶民の生活に影響を与えるようになるまではもう少し時間がかかりそうだ。
私にとっての2年は、クイナが居なくなったこと、ファイアランドとの交易が成立し、ファイアランドの各種素材が手に入りやすくなったこと、この二つに限る。その後の2年より、その前の2年の方が、21年という人生の中で大切な時間になっている。
裁縫学校を卒業し、大学に入ると同時に帝都から旅立ち、グレイベア城に向かう途中で出会ったクイナとその後の旅程は、私の人生の中ではほんの少しの期間に過ぎない。だけど、その短い旅の日々は今でもはっきりと思い出す。
魔物に襲われ怪我を負ったクイナを助け、彼女を護衛として雇い、グレイベア城で機織りを営みながら魔法の研究を始め、いつしか戦争に巻き込まれ、各地を転々としながらも研究と織物を続けた。苦労の多い旅だったけど、楽しいことも多かったと思う。もしかしたら私一人では研究を終わらせることはできなかったかもしれない。彼女との日々、その思い出、時より交わす手紙が私の大きな糧になっている。
もっとも、そんな手紙のやりとりはクイナの番でしばらく止まっている。もしかしたらまた旅に出たのかもしれない。剣士としての役割よりも、広々とした世界の方がクイナには似合っていると思う。
「さて………」
視線を手元に戻し、最後の針を構える。これを落とし込めば。私の計算が正しければ、これで。
「行くよ」
その言葉を聞かせる人は居ない。だけど、私ははっきりとその言葉を口にしながら、最後の針を布に差し込んだ。
直後。
あの感覚がやってくる。魔方陣がほのかに光って見えたのは気のせいだろうか。
「完成………かな?」
早速テストしてみようと、裂織の膝掛けを取ると早速冷気が足をなでていく。暖炉で暖められる範囲はわずかで、そこかしこから伝わってくる寒さは相変わらずだ。公衆サウナで暖まってもすぐに体は冷え切ってしまう。もちろん、寒くなる前に布団を被って寝てしまえばいいのだろうけど、夜は私の大切な研究時間だ。
だけど、その悩みも今日でお別れだ。
完成した布を膝の上にかぶせる。
その瞬間、グリーンストーン庄の景色が頭をよぎった。若々しい緑に囲まれ、鳥や昆虫が穏やかに過ごす世界。雪や氷に囲まれた景色ではなく、土と緑に囲まれた景色。そんな景色が一枚の布から生み出されていた。
ノーザリアに自生するマナに対する感応性が高い植物から作った誘魔効果を持つ糸と魔法の効果を伝える糸。
ファイアランドに自生する火口に近いところですら生き残る植物から作った遮熱作用を持つ糸。
エルダーグランが凍てつく地に攻め入るために研究していたと言われる魔法。
三国の自然と知恵が融合した魔法、それがこの布だ。
本当は飛び上がりたいほどにうれしいのに、それを分かち合える人が居ないというだけでその気持ちがそがれてしまう。
もっとも、眠くてそんな気力も無いというのも半分………7割ぐらいある。
なんとか椅子から立ち上がり、暖炉の状態を確認してから、ランプを一つひとつ消していく。ベッドに移動し、いつもなら分厚い布団を被るところを、今日はさっき作ったばかり布を被り、最後のランプを消す。暗くなった部屋で、いつまでも冷めることがない布が、その存在感を誇示していた。
「どうやって製品化しようかな……」
あの事件以来お世話になっている魔法使いが工房を出て行くのを見送ると思わずつぶやいてしまう。
ヒートクロスの出力が安定するように魔方陣を改良するのにさらに数日を要した。あの日の翌朝、くしゃみとともに目覚め、それから数日動けなかった事を含めると、最初に作った日から二週間が経っていた。魔法使いによる効果の検証も終わり、あとは製品化するだけなのに、肝心の模様が複雑すぎる。その上、生地として使い勝手を上げるためには刺繍ではなく生地に模様として織らなければならない。模様に合わせて緯糸を手作業で織っていくなんて、量産の観点から言えば非現実的すぎる。
完成したヒートクロスを巻きスカートの要領で腰に巻き付け、工房の中を歩き回る。足を動かすたびに襲ってくるはずの冷気は全くなく、むしろ動いていることで体が普段以上に暖まるのを感じる。
工房を5周ぐらいしたときだろうか、ドアがノックされる音が響く。
「どうぞ」
そう叫ぶとドアがゆっくり開かれる。外の空気が部屋に流れ込んでくるが、相変わらず足下は暖かい。
「そんなにそのスカートがお気に入りですか?」
来客のことをすっぽかしてスカートを弄っていた私の耳に懐かしい声が届いた。
「クイナ…」
「ただいま、サーヤ」
「クイナ…」
たった数歩の距離を全力で飛び越え、クイナに抱きつく。顔の辺りに柔らかいものが当たるが、罪悪感や悔しさよりもうれしさの方が勝った。
「服が…濡れて、しまいます」
クイナの声は弱々しく、そこまで言い切った後は声にならない声が漏れ出ているだけだった。巻いていただけのスカートがずり落ち、凍てつく風が足を切り刻んでいくが、クイナの温かさが心地よかった。
いつか一緒に飲んだ花茶を、今度はアイスブランドの私の工房で飲む。たったそれだけのことなのに、二人の間にそれぞれ流れていた2年の月日が、一瞬にして埋まったような、そんな気がした。
「これが新しい工房ですか…」
「うん。グレイベア城の時より少し広くなったかな?」
「どう見ても2倍も3倍もありますよね…。一体どうやって………生地の需要、すごかったんですか?」
「いえ、戦後の為替相場でちょっと、ね」
「あー………」
少し困ったような、聞かなければよかったとでも言いたげな顔で固まるクイナ。そんなクイナを見つつ、ティーカップを口へ運ぶ。
「家はどうだったの?」
「手紙で伝えたとおりですよ」
「クイナの口から聞きたいの」
「しばらく合わないうちに子供っぽくなりました? 背はもともとですけど」
悔しくて何か言い返そうとして口ごもる。このやりとりをどれだけ待っていたことか。
クイナの家のことは手紙で知っている。何度も読み返して暗唱できるぐらいだ。ベルガー流の剣士として散っていった一族、数少ない生き残りになってしまったクイナ、ベルガー流を伝えるものとして、獣人よりも貧弱な体を武器にするために作り上げたクイナ流の新しいベルガー流の師範として子供達に教えていること。クイナの一族の扱いは相変わらずだけど、その流れの中で少しずつ改善に向かっていること。
聞かなくても、言われなくても分かっている。
だけど、子供と言われたのはやっぱり癪だ。
「大人のクイナさんには明日からバッチリ働いてもらいますからね!」
「ただの当て付けですよね…。まあ、サーヤがよければ明日から働かせてください」
「家の方は大丈夫なの? 剣を教えてるんでしょ?」
「まあ、元が獣人なので覚えもいいですし、私は旅人というか、こっちの方が肌に合ってるみたいで………って、そんな勝ち誇った顔しないでください」
クイナに指摘されて初めて頬が上がっているのを感じ取った。
「つい、うれしくて」と頬を押さえながら言う。勝ち誇ったわけではなく、純粋にうれしかった。手先は器用だし、子供にも親しまれるみたいだし、いい先生役になるかもしれない。
「ところで、そのスカート、とても大事にしてますけど、もしかして?」
「うん。ちょうどテストが終わったところ。どうやって量産するか悩んでいるところにクイナが戻ってきたの」
「そうですか。じゃあ、ちょうどよかったですね」
「ちょうど?」
「はい。これ、見てください」
クイナは一枚の紙を取り出し、テーブルの上に広げた。
「オー…ル織機?」
「オールン式織機、です」
書かれている言葉はほとんど分からないけど、図題の最後の文字と一緒に書かれている図面が織機を示しているのはすぐに分かった。だけど、その構造はノーザリアで主流の織機よりもずいぶんと複雑だ。
「元はエルダーグランで研究をしていて、戦時中はファイアランドでいろいろな発明をしていたオールンという人が居たらしいんですけど、その人が残した…今はもうどこかに旅立ったそうですが…その図面の中にこれがあったそうです。書かれている内容を解析してみると、パンチカード…? と呼ばれる、紙に穴を空けたものを読み込ませると、穴の位置に従って生地が織られるというものらしいです」
「クイナ………」
「どうしました?」
「これ! 今すぐ買う! 買えなければ作る! お金ならいくらでも出す!」
「て、テーブルが揺れるから落ち着いてください」
2年前はまだ構想だと言われていた、模様に対応した織機がすでに図面というレベルで存在していたなんて。解析まで終わっているというなら、あとは作って動かすだけだ。これさえあれば、私の夢が一気に現実のものになる。どのぐらいの大きさだろうか。どの程度の広さが必要だろうか。この工房で大丈夫か。なんなら首都の外れの方にある大きな空き家を買い取ろうか。
この図面を見たところによると、クイナが言ったとおりパンチカードと呼ばれる穴が開いた紙を読み込ませると、穴の位置に対応した経糸だけが持ち上げられ、そこに緯糸を通す構造になっている。なるほど、構造が複雑になった分故障は多いかもしれないけど、自動化による恩恵の方がはるかに大き―――
「サーヤ、サーヤ」
「ごめんごめん。あまりのことに動揺してた」
「サーヤのことならすぐそういう反応をすると思って、すでに手配してあります。ファイアランドから直接資材を運ぶので五王国のお金になってしまいますけど、大丈夫ですか?」
「銅貨でも銀貨でも、頑張れば金貨でも支払えるわよ」
「戦後の2年でよくそんなに稼ぎましたね…」
「裁縫学校の同級生がクールモリアで仕立屋をやっててね。クールモリアといえばファイアランドとの交易でしょ? あとはまあ、ね」
クイナは半ば諦めムードなのか、何も言わず花茶を口に含ませた。その表情はどこか優しい。
「懐かしいですね、この味」
「あのときと同じ味よ」
今日もオールン式織機が小気味いいリズムで生地を織る。初期型と言うこともあって故障も多いが、それでも手で織るよりはだいぶ早い。明後日にはユキ様の代理人がオールン式織機を見学する予定になっている。戦争中、ユキ様とオールンとの間になにやらやりとりがあったという噂を聞いたことがあったけど、知識を求める人同士で国境を越えた繋がりがあったのかもしれない。
「生地、一巻き上がりました」
「ありがとう」
「あと、そろそろリュースグリから新しい糸が届くそうです」
「分かった。そっちにスペースを作っておいてくれる?」
「分かりました」
あの日から1年。新たな染料と魔導糸の開発により、魔方陣の構造は簡単になり、以前よりも量産は容易く、生地としての使い勝手は向上していた。真冬用の生地はもとより、夏と言っても肌寒いノーザリアに向けた効果を弱めた生地、透け感が出るように織りを粗くしつつも同様の効果を持つ生地も完成し、今は後者の生地を急ピッチで織っている。最も需要が高まる冬に向けて第二工房の建築も急ピッチで進んでいて、そこにはオールン式織機の改良型が設置される予定だ。
『薄着』という、今まで存在することもなかった衣装に、最初は抵抗を示したり恥ずかしがっていた人々も次第に慣れ、多様なデザインの服を満喫するようになっていた。最近では袖やスカートを途中で薄手の生地に切り替えして、生地の効果を引き出しつつも露出を増やした衣装も出回り始めている。
噂に聞いたところだと、極めて薄い生地で全身を覆うノーザリア式の『どすけべらんじぇりー』なるものが一部では流行っているらしい。柔らかい生地は下着に向いているのは確かだ。透け感があるならセクシー感も強調されるだろう。女装だとか罰ゲームだとか、時々不穏な言葉も混じっているが、それは気にしないでおこう。楽しんでもらえるならそれはいいことだし、私の生地の売り上げにもなるから結構なことだ。
「おじゃましまーす」
「はい、どうぞ」
振り向いたときにはすでに扉は開かれていて、そこにはミュゼが立っていた。緩やかなドレープが幾重にも重ねられたミルキーピンクのスカートが外からの風にふわりと揺れる。スカートに相反するように上はタイトなデザインで、丹念に、そして立体的に縫い合わされた生地がその服にかけられた手間と格式の高さを示している。色を使った生地はまだ珍しいが、ミュゼのような裁縫師が上流階級を中心に少しずつ広めている。ノーザリアが色とりどりの色彩に染まる日はそう遠くないかもしれない。
「ミュゼ!? どうしたのこんなところまで。お店はいいの?」
「お店はいいの、じゃないわよ。まあ、そっちは弟子に任せてるわ。それより、サーヤ。いつまで経っても生地が届かないから馬車を飛ばしてきたわよ。どうなってるの?」
「ごめんね。今織ってる分がそっちに届ける分なの。第二工房ができあがったらもっと早くなるし、将来的には蒸気機関でもっと高速化できるから、もうちょっとだけ我慢してくれる?」
「作ってるのが分かったから十分よ。そっちがクイナさん?」
「はい、クイナ・ブング・ベルガーです」
「なるほど、あなたがサーヤを守ってくれてたのね。猪突猛進な人だけどこれからもよろしくね」
「え、あ、はい。頑張ります」
理由はともかく固い握手を交わす二人。
「なんか変なところで意気投合してない?」
「見てらんない人を見守る人同士、思うところはあるのよ。ところでサーヤ、これ、私の新作衣装だから置いていくね。弟子の作品じゃなくて、ちゃんと私が針を入れた服だから」
「そんな高いのもらえないわよ」
包みが解かれると白のワンピースが広がった。生成りではなく、真っ白に漂白された生地を使ったワンピースだ。スカートの部分は薄手の生地が何枚も重ねられ、生地に奥行きを感じる。胸の部分はシルクであしらわれたドレープが何枚も重ねられ、ふっくらとした印象だ。
「あなたは近い将来何らかの形で表彰されるはずよ。授章式の時に着てくれたら私も鼻が高いわ」
「私はミュゼの看板じゃありません! まあ………この服なら着てあげてもいいわ」
ミュゼの服はかわいい。ガロック家は代々紳士向けの服に強い仕立屋だったが、ミュゼの代で女性向けにも進出した。ガロックという伝統の名前にミュゼの感性が組み合わされた服はいい値段で取引されている。
「満足してくれてうれしいわ。それじゃあ私は帰るから、生地をよろしくね」
「ええ。数日中に送るわ」
私の答えに満足したのか、右手をひらひらさせながら工房を出るミュゼ。慌てて後を追いかけると、「ばいばーい」と馬車から顔をのぞかせながら走り去って行った。
「忙しい方ですね」
「そうね。今や有名人だもの」
ミュゼとのやりとりに苦い思い出がないわけじゃない。裁縫学校の頃を思い出すと今でもつらくなるときがあるが、それはもう済んだ話だ。私にも誤解はあったし、ミュゼにも思い悩むことはあった。ただそれだけのことだ。同級生であると同時に、私達は職人同士だ。お互いを尊敬しているのは間違いない。
チリンと音が鳴り、緯糸がなくなったことを織機が伝える。
「そろそろ戻ろうか」
「はい」
工房に入り、扉を閉め直そうとしたとき、通りを歩いている親子連れが目に入った。一目見ただけで分かる。私の生地を使った服だ。生地が流通に乗ってから1年、まだまだその値段は高いが、こうして少しずつ見かけることも増えてきた。
「おかーさん、この服暖かいね」
「そうだねー。あなたが赤ちゃんだった頃は、それはもう服でぐるぐる巻きにして出かけたのよ」
「そうなの?」
「そんな事もあったなあ。あまりにもかわいそうで南に引っ越そうみたいな話もしたっけ。今は生地一枚で暖かい服が作れるようになって。すごい技術だよ」
「そういえばなんでしたっけ、最初に服が売り出されたときのキャッチコピー。えっと、たしか」
「「春の訪れをあなたに」」
夫婦の笑い声がこだまし、子供が不思議な顔で両親を交互に見上げる。そんなやりとりに満足した私は、そっと扉を閉じた。
パタンという音を境目に街の喧騒が遠くに去る。
さあ、今日も生地を織ろう。
頬の火照りとクイナのうれしそうな視線が、私を暖かく、力強く、包み込んでいた。