流浪の裁縫師 第16話「グリーンストーン庄へ」

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前回までのあらすじ

 裁縫学校を首席で卒業したサーヤは、グレイベア城を根城に、生地に魔法を込める研究をしていた。ある日、魔法の実態を見ようと、従者兼護衛であるクイナとともに魔法院を目指していたが、運悪く開戦の場に居合わせてしまい、グレイベア城まで撤退を余儀なくされた。
 城に戻ったサーヤは負傷兵の治療に使う包帯を織る一方で、治療の手伝いと称して負傷した兵士達から魔法に関する情報を聞き出していた。クイナや医師であるルマエーテの協力もあり、魔法に関する情報が集まる中、戦線がグレイベア城に到達。最も大事な仕事道具である自動織機を城に残し、北へ向かうことにした。
 グレイベア城を辛くも脱出した二人は、ロングヴァルと青壁城の中間地点にある紡織を生業とする村、リュースグリへと身を寄せ、研究を再開する。ある日、不当に魔法の研究をしているとの誤解から、ノーザリア大学より調査団という名の剣士と魔法使いによる武力制圧団体がやってきた。サーヤの体を張った実戦テストにより、試作品に効果があることが判明。魔法使いによる裏付けも行われ、自信を持ったサーヤは、治療支援と実戦投入を考慮し、ノーザリアの後方部隊が駐屯するグリーンストーン庄へ向かうことにした。

第16話 グリーンストーン庄へ

 それは今まで見たどんな景色よりも、緑に包まれた景色だった。針葉樹ではなく、草花による緑。なだらかな山の裾野に挟まれ、緩やかな斜面が続く中に、名も知らない、見たこともない草花が咲き誇っている。斜面の終わり、谷の底には川が流れ、その両側に小さな家がいくつか並び立っている。翼竜が空を抜け、鳥がさえずり、虫が飛ぶ。厳しい環境で生き抜くために、人はおろか動物も植物も身を固くする世界とは違う、何もかもが開放的で、外に開かれた世界。

「こんなところがあるんだね、この大陸には…」
「サーヤは初めてですか?」
「そうね…。緑って一言で言うけど、こんなにたくさんの色があるんだ…」

 もう少し眺めていたい。だけど、そんな時間は無い。荘園の外側にはノーザリア軍の後方部隊が駐屯し、ここが戦線の一つであることを問答無用で伝えてくる。

「さあ、そろそろ降りましょう」
「はい」

 パイプの高度をゆっくりと下げ、大地に足をつく。氷でもなければ雪でも土でもない。草の感触が足の裏に伝わってくる。思わず足踏みをしてその感触を確かめる。

「サーヤ?」
「気にしないで。お願いしていた家は………あれかな」

 川沿いに建ち並ぶ家の中でも、ひときわ大きな水車がある家を指さす。

「大きな水車がついている家ですね?」
「そうそう。さ、行きましょう」
「前から疑問なんですけど、サーヤはどうやって情報や物を仕入れているんですか?」
「グレイベアに居た頃はいろんなところに生地を卸していたから、その辺の繋がりかな。ここもそんなところ。もちろん、商隊や旅人から聞き込みをしたり、大学経由で問い合わせたりとかはするけどね。商売人は人のつながりって大事なのよ」
「そう、なんですね。人の繋がりって聞くと悪い印象しかなくて………」

 クイナはファイアランドにいたときのこと、一族の事を思い出しているのか、声のトーンが低くなる。

「悪くない人の繋がり、クイナだって持ってるでしょ」
「え?」
「私とクイナ」

 一瞬目を見開き、何か言いたそうに口を広げたところで固まるクイナ。

「…ちょっと考えさせてください」

 笑いながら坂を駆け下りはじめたクイナを追いかけながら、「なによー!」と叫ぶと、「なんでもないですよー」と軽い声が返ってきた。


 グレイベア城から運び込むことに成功した織機の組み立てと設置を終えると、水車の駆動を伝える。ギィと懐かしい音を立て、織機が動き出す。

「うん、これでよし」

 何か言いたそうにしているクイナを尻目に、代理人と運び屋に残りの給料を支払う。代理人と運び屋の頭が袋からサンダラー金貨と銀貨を取り出して手のひらで転がす。

「確かに」
「こっちはおまけ。何かおいしいものでも食べて。あと餌代の足しに」

 さらに銀貨を握らせると10人弱からなる運び屋は目で見て分かるほどに表情を変えた。スキップでもしそうな勢いで外に出て行った姿を見送ると、織機をもう一度見つめる。グレイベア城が占領されたと聞いたときはどうなるかと思ったけど、誰も使わなかったらしく、状態はほとんど変わっていない。これならすぐにでも作業に取りかかれそうだ。

「サーヤさんはこれからはここで仕事を?」
「定住するつもりはないけど、しばらくはそうなるかな。グレイベアに戻りたい気持ちはあるけど、まだ分からないわ」
「サーヤさんの夢、いつかかなうといいですね」
「叶えるよ。必ず。ガーラも大変な役目、ありがとうね。これでお土産でも買っていって」

 銀貨を受け取ったガーラは「家族に何かおいしい物を買っていくよ。ありがとう」といい、家から出て行った。

「さてサーヤ。説明してもらいましょうか」
「えー」
「えー、じゃありません。どうやってエルダーグラン領下のグレイベアから運べるんですか。あとさっきの大量のサンダラー銀貨も」
「グレイベアからノーザリアンが全員逃げ出したわけじゃないし、優秀な運び屋は運べる物なら何でも運べるからね」
「そこまでは分かりました。給料はどうしたんですか」
「元々各国のお金は持ってるし、サンダラー銀貨はこの間のTシャツもあるからね」
「サーヤはノーザリアが滅びても商売してそうです」
「もとよりそのつもり」


 近所の人や後方部隊への挨拶回りを済ませ、家に戻ってくる。クイナに料理を任せ、私は荷ほどきを始めることにした。
 生活必需品の類いはもちろん、リュースグリから持ってきた生地と糸、一部の鹵獲品、教えてもらった新しい魔方陣を書いた紙などなど。明日からは定期的にリュースグリと商隊から糸が届く。すぐにでも生産に取りかからないといけない。生産も大事だけど、挨拶もしないといけないし、明日はやることが一杯だ。
 明日に限らず、包帯作りはもちろん、魔法の研究や素材の研究など、やることは山積みだ。だけど、ここには2年間連れ添った織機がある。これがあれば生産能力は格段に向上するはずだ。あとはクイナに紡織を覚えてもらえば完璧なんだけど。
 紡織が無理でも、素材を煮出したり、包帯を運んでもらったり、お願いすることはたくさんありそうだ。

「夕ご飯の準備ができましたよ」
「ありがとう。それじゃあ早速食べましょう」

 椅子に座りながら、明日のことを考える。グレイベアで生地作りや研究をしていたときも楽しかったけど、今はそれよりも楽しい、そんなことを考えながら。

初出: 2019年03月24日
更新: 2019年03月25日
著者: 鈴響雪冬
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