流浪の裁縫師 第14話「いきなり実戦テスト」

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前回までのあらすじ

 裁縫学校を首席で卒業した実力者であるサーヤは、ノーザリアの未来を明るくする一助として、グレイベア城を根城に生地に魔法を込める研究をしていた。機は熟したと、魔法の実態を見るために従者のクイナとともに魔法院を目指していたが、運悪く開戦の場に居合わせてしまい、グレイベア城まで撤退を余儀なくされた。
 グレイベア城に戻ったサーヤは治療に使う生地を織る傍ら、治療の手伝いと称して負傷した兵士達から魔法に関する情報を聞き出していた。クイナの協力もあり、次第に魔法に関する情報が集まりつつあるなか、戦線はとうとうグレイベア城に到達。剣聖エイデンが地に臥し、戦況は決した。
 グレイベア城を辛くも脱出した二人はロングヴァルと青壁城の中間地点にある紡織を生業とする村、リュースグリへと身を寄せた。リュースグリで生地を織り、包帯を作りつつ、研究を進めるサーヤ。ルマエーテの協力もあり、試作品の形が見えてきたその日、不当に魔法の研究をしているとの誤解から、アイスブランド大学より調査団…というなの無力制圧団体が派遣されてきた。

第14話 いきなり実戦テスト

 あと一歩踏み出せばテラスというところに立ったまま、右手を横に伸ばす。右肩から先は壁に隠れているから向こうからは見えないはずだ。何も言わないのに、クイナが生地を渡してくれる。ご丁寧に重ねられた状態だ。意思疎通ができすぎて困るぐらいね。

「一人でやる。何かあったら後は任せる。刀身は切ろうとせず当てるだけでいい」
「わかりました」

 口を半開きで固定したままクイナにだけ聞こえるように指示を出す。クイナの返事に満足すると、ようやく体を家の外に出す。テラスを一歩、二歩と進み、階段に足を伸ばす。剣士は剣を構えたまま、魔法使いも後ろで杖を構えたまま姿勢を崩さない。
 最初の仕事が同士討ちでごめんね。
 そう心で謝りながら、

「鳩助!」

 射撃形態に姿勢を変えたクロスポゥを左手に持ち、氷弾を前衛の足元にめがけて連射する。
 土埃により周囲の視界は一気に悪くなる。勘で腕を少し持ち上げ、照準を上に向けると、鎧をへこませるほどの威力なのか、金属がきしむ音が耳を刺す。ポポポポポゥという気の抜けた鳴き声と、目にもとまらぬ早さで跳んでいく氷弾、そしてそれを正面から受ける兵士のうめき声が混ざり合い、異様な光景が生み出されていた。
 前衛が倒れ込んだのを見計らって階段を降りる。

「構え!」

 クロスポゥ掃射による一瞬の動揺もつかの間、氷弾の音の隙間からそんな声が聞こえてくる。視線を後ろに向けると、土埃の中でもはっきりと魔法発動に必要な模様が見える。模様としては見覚えがないが、模様を構成するパーツのいくつかは氷属性と関連づけられる模様だった。

「お願い」

 左手の甲にクロスポゥを移動させ、両手で布を広げる。直後、青色の光がまっすぐにこちらに向かってくる。
 鳩助がおびえた目でこちらを見つめている気がした。
 大丈夫。
 試したことはないけど。
 おでこの先にピリピリした感覚が生まれたのに気がつくのとほとんど同時にその光は私を飲み込もうと。

 実際には飲み込まれることはなかった。光は布に完全に遮られ、私のところに届くことはなかった。魔法としての効果はあったらしく、周囲の地面にはうっすらと霜が降りている。
 冷気に浄化されるかのように土埃が消え失せ、視界が通るようになった。
 うずくまっている剣士。動揺する魔法使い。物陰からこちらを見ている村のみんな。

「次行きます」

 真ん中の魔法使いが杖の先端で空をなぞる。先ほどとは違う模様が浮かび上がり始める。あのパターンは炎系のはず。
 布を持ち替えようかと思ったが、そんな余裕をくれるはずもない。まもなく体を覆い尽くすような大きさの炎が迫って来るのを見つめる。暖炉の火が布に与える影響と、魔法の火が布に与える影響は違うのか、走馬燈のようにそんなことを考えながら。
 指先に熱さを感じることはあっても、そこから後ろは何も感じなかった。炎に対抗する模様は表から3枚目の布に記されているが、最初の2枚もこれと言って被害はない。防御を示す記号以外にいくつか共通の記号があるが、そのうちのどれかは魔法から素材自身を守る魔法なのかもしれない。

「どういうことだ…。魔法使いとは聞いてないぞ」

 魔法使いの間にざわめきが広がる。私もどきどきしている。

「貴方たちの魔法はその程度なの?」

 ブラフとは裏腹に、心臓が波打ち、血管の中を血が流れる音が聞こえてきそうなほどだった。これは緊張なのか高揚なのかはわからない。それでも意識はしっかりしていて、魔法使いの小さな挙動も見逃すまいと思考がフル回転している。

「貴様」
「師匠、その魔法は人には!」

 右端の魔法使いが杖を動かす。描き出された模様は今まで見たことがない模様だった。攻撃型、射出形なのはわかる。でも何属性かはさっぱりわからなかった。形から類推すると雷…?
 一瞬だった。
 視界にはいつの間にか空が広がっている。
 起き上がろうとしても首から下が存在しないかのように手足の反応が無い。急速に遠のいていく意識の中で、クイナの叫び声が最後に聞こえた、気がした。


「目、覚めましたか」
「もうちょっと寝かせて」
「元気そうで何よりです」

 冗談につれない返事で返されたのがいつもどおりで、なんだかうれしい。つれないクイナから視線を外し、首と目の動きだけであたりを見渡すと、リュースグリの家だった。カンテラに灯りが灯されているのを見ると、既に夜になったらしい。

「村長に起きたことを伝えてきます」
「ありがとう。村のみんなは? 軍大の人は?」
「みんなは大丈夫です。色々頂いたので後でお礼を。軍大の人は外で凍ったままです」
「そう…、よかった。クリオブレードの氷は日に当たってれば半日ぐらいで溶けるから心配しないで。たぶん村長なら知ってると思うけど」
「はい、そんなことを言ってました。ひとまず行ってきます」

 ベッドから降り、辺りを見渡す。テーブルの上には4枚の布。元になったとも言える黒鉛で汚してしまったエルダーグランのマントは棚の中に仕舞われたままだ。あの模様の意味、最初は分からなかったけど、いまなら少しは分かる。左上は防御、右上はマナの収集、左下は対応する属性、右下は魔法模様そのものを攻撃から守る、そしてそれらを繋げる回路とでも言うべき模様。
 配置は紋章のそれに近い気がするけど、四分割や二分割に限らないのが難しいところだ。きっと、魔法には既知の要素を組み合わせて効果を発揮させるものと、術者が完全に1から作り上げた物があるのだろう。

「仮にいくつもの効果がある模様を組み合わせたら全部の効果が発動する………なんていうのはきっと甘い考えよね。それができてたらみんな使ってるでしょうし」

 この辺は氷が溶けたらいろいろ聞き出してみよう。問答無用で襲ってきたことを盾にして。なんなら、「また凍らせますよ」でもいいかもしれない。

「ただいま戻りました」

 扉が開けられると、部屋の中にコンソメスープの匂いが流れ込んでくる。

「おいしそうな匂いがするんだけど」
「何やら頂いてしまいました…。球根型ノマンドラ? を煮込んだとかなんとか」
野マンドラ、ね。激レア食材じゃないの…。明日、今日の件も含めて挨拶に行かなきゃ」
「そうした方がいいかと。あの、サーヤ」
「はいはい、一緒に食べましょう。なにげにクイナは食べるのが好きよね」
「そう、ですか?」
「ええ」

 本人は気づいていないかもしれないけど、そのピンと立った耳を見ただけでもよく分かる。尻尾があったら振っていたかもしれない。
 クイナから受け取ったスープボウルをテーブルの上に載せ、ナイフで野マンドラを二つに切り分ける。もう大丈夫とは分かっていてもナイフを入れた瞬間に奇声が聞こえてきそうな気がして身構えるけど、特に何も起きない。薄暗い部屋に、ふわりと大きな湯気が浮かんだだけだった。

初出: 2019年03月21日
更新: 2019年03月21日
著者: 鈴響雪冬
Copyright © 2019 Suzuhibiki Yuki

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