流浪の裁縫師 第12話「紋章の裏に」

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前回までのあらすじ

 裁縫学校を首席で卒業した実力者であるサーヤは、ノーザリアの未来を明るくする一助として、グレイベア城を根城に生地に魔法を込める研究をしていた。機は熟したと、魔法の実態を見るために従者のクイナとともに魔法院を目指していたが、運悪く開戦の場に居合わせてしまい、グレイベア城まで撤退を余儀なくされた。
 グレイベア城に戻ったサーヤは治療に使う生地を織る傍ら、治療の手伝いと称して負傷した兵士達から魔法に関する情報を聞き出していた。クイナの協力もあり、次第に魔法に関する情報が集まりつつあるなか、戦線はとうとうグレイベア城に到達。剣聖エイデンが地に臥し、戦況は決した。
 グレイベア城を辛くも脱出した二人はロングヴァルと青壁城の中間地点にある北の紡織を生業とする村、リュースグリへと身を寄せた。リュースグリで生地を織り、包帯を作りつつ、研究を進めるサーヤ。同門のルマエーテから鹵獲品を横流ししてもらい、研究はさらに進む。

第12話 紋章の裏に

 ペダルを踏む音、リードを押す音、引く音、体の動きに合わせて織機がリズムを刻む。ここしばらく水力に任せっきりだったこともあって、最初の頃は足も痛くなったし、リズムもバラバラだったけど、すぐに勘を取り戻した。自分が生み出す音が心地よい。糸の生産は綿糸も特殊糸も順調で、むしろ私の方が遅れつつあるぐらいだった。
 次からは包帯を持って行くのはクイナに任せた方がいいかもしれない。ルマエーテにすでに許可はもらったし、大丈夫だろう。今朝受け取ってきたばかりの鹵獲品を調査したいのはやまやまだけど、今は時間が無いのが悔やまれる。
 ルマエーテと言えば大学が警戒していると言っていたけど、ルマエーテが大学に情報を横流ししている可能性は否定できない。でも、それが彼にもたらすメリットも想像できないし、その筋は薄いと信じたい。
 っと。
 シャトルの飛ぶ音が軽くなってきた事に気がつき目を向けると、ボビンに巻き付けられた糸が残り少なくなっていた。リードを押し込むと同時にシャトルが投入される機構は作業速度が格段に高まるから、緯糸があっという間になくなる。糸がなくなるまで数回操作を繰り返したところで、ボビンを交換しようと手を止める。
 カタンカタン。
 自分の織機が止まっているはずなのに似たような音が聞こえてくる。音の正体が気になって周囲を見渡すと、グレイベア城から持ってきた織機とクイナが格闘していた。

「クイナ、あなた…」
「あ、ばれました? 暇だったので見よう見まねで…」

 すでに半シャクほど織られた生地は、初めてにしてはまずまずの出来だった。リードを押しつける動作がまだ不安定なのだろう、目は確かに不揃いだが、筋は悪くない。

「リード………じゃなくて、緯糸を通した後に打ち付ける櫛っぽいものをリードっていうんだけど、それの力をもう少し一定に保てれば大丈夫。やり過ぎると筋肉痛になるから気をつけて」
「一応私、剣士なんですけど…」
「使う筋肉が違うのよ」
「なるほど」

 慣れてきたら包帯作りを任せてしまってもいいかも、そんなことを考えながら私は自分の織機の方へ戻った。クイナが扱っているのよりも何倍も大きい織機だけど、ペダルを踏み換えるだけで経糸は上下が入れ替わるし、シャトルの投入だって旧式の手で投げ入れたり紐で引っ張るのではなく、リードの動作と連動して自動的に投入されるだけあって、操作はたやすい。古い機械だと思ってたけど、よく考えたら動力が人力なだけでほぼ最新式と言える機械だった。

「設備に投資できる村は強いわね…」

 帝都から離れたところにありながらも、帝都と交流を持ち、買いたたかれることもなく自治を保てる、それがこの村の強さだと思う。


 窓から差し込んでくる西日が視界の隅をチリチリと照らしてくるのに気がつき、手を止める。

「クイナ、今日はここまでにして夕ご飯にしましょう」
「あれ、もうそんな時間ですか」
「ええ。熱中すると早いよね」
「そうですね」

 クイナの手元の生地は5シャクほどまで伸びている。体を動かすのが得意なだけあってこういう作業も向いているのかもしれない。もし平時ならいい職人になれたかもしれない。

「私が作りますので、サーヤはいろいろ片付けておいてくださいね」

 クイナが部屋を見渡してからため息交じりでそういうのにつられて、私も部屋を見渡す。山積みにされた生地、綿糸、特殊糸が床の上に散らばっている…だけならまだいい。ルマエーテからもらってきた鹵獲品はベッドの上に広げられ、何かあったときにと鞄から取り出しておいた武器は食事用のテーブルの上に置きっぱなしになっている。

「………はーい」

 暖炉の方に向かったクイナの背中を見送りつつ、私はベッドの方を向き直った。

「床は散らばっててもいいけど、ベッドの上だけは片付けないとね」

 クイナに聞かれたら全部片付けてくださいと指摘されそうな独り言を言いつつ、ベッドの上に広げた鹵獲品の数々を素材や種類別に割り振っていく。
 この金属製のアミュレットもただのアミュレットじゃなくて魔法的な効果がありそうな雰囲気があるのよね…。こっちの刃こぼれした刀も元々は魔剣の類いだった雰囲気がある。この盾のかけららしきものも、ただの盾じゃなくて、防御魔法が付与されていそうな雰囲気がある。
 すべての鹵獲品を渡したのではなく、ルマエーテかまたは別の人が『それっぽい』ものを振り分けている気がする。もともと私に横流し―――研究させるために―――整理したのだろう。正直その気遣いは助かる。
 これは装飾品のマントかしら? 他のものと違って明らかに普通の………

「ん?」

 手に持ち上げた緑青色のマントが窓からの西日を受け止め、煌めく。材料は綿糸のような気がするけど、ノーザリアで使われている綿とは違う綿かもしれない。折りの密度は同等なのに、光沢があり、手触りもなめらかで、一ランク上の品物という雰囲気が漂っている。白の糸で刺繍されたエルダーグランの紋章が自らの価値を誇示しているかのように見える。いや、そんなことはどうでもいい。

「これ、戦場で使われてたのよね…?」

 布なのに不自然なほどに原形を保っている。汚れは多少あるが、傷はほとんどついていない。少なくとも鹵獲品になるような生地がここまで原型を保っているだろうか。
 地平に沈もうとしている西日にマントをかざし、向きや角度を何度も変える。その動作を何度か繰り返していると

「あれ?」

思わずそんな声が出た。
 マント全体に広がる光沢とは別の質の光沢、光の反射が見える。まるでその部分だけ素材が違うかのように。よく見ると、エルダーグランの紋章とは別の紋章が細い糸で施されている。指先でその感覚を追いかける。

「………」

 テーブルの上に置かれたクロスボウやら鞘に入った剣をどかし、マントを広げ、指を這わせる。丸や四角、盾のような模様に十字の模様。単純な模様が重なり合い、複雑な記号を作り出している。文字のようなものもあるが、エルダーグランのものでもなければノーザリアのものでもない。そもそも、記号と思っているのも文字かもしれない。
 こんなの、指で追ってるだけじゃわからない。
 床の上に転がっていた黒鉛を見つけ出し、刺繍の上をなぞっていく。指で凹凸を探り、黒鉛でその上をなぞっていく作業を何十回と繰り返すとついにその模様が浮かび上がった。
 その模様は、今まで収集してきた模様と魔法の組み合わせから察するに防御魔

「あのー、サーヤさん」

 天使のささやきのような優しい声が、耳元からヌルリと注ぎ込まれた。

初出: 2019年03月17日
更新: 2019年03月17日
著者: 鈴響雪冬
Copyright © 2019 Suzuhibiki Yuki

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