流浪の裁縫師 第11話「再会」

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前回までのあらすじ

 裁縫学校を首席で卒業した実力者であるサーヤは、ノーザリアの未来を明るくする一助として、グレイベア城を根城に生地に魔法を込める研究をしていた。機は熟したと、魔法の実態を見るために従者のクイナとともに魔法院を目指していたが、運悪く開戦の場に居合わせてしまい、グレイベア城まで撤退を余儀なくされた。
 グレイベア城に戻ったサーヤは治療に使う生地を織る傍ら、治療の手伝いと称して負傷した兵士達から魔法に関する情報を聞き出していた。クイナの協力もあり、次第に魔法に関する情報が集まりつつあるなか、戦線はとうとうグレイベア城に到達。剣聖エイデンが地に臥し、戦況は決した。
 グレイベア城を辛くも脱出した二人はロングヴァルと青壁城の中間地点にある北の紡織を生業とする村、リュースグリへと身を寄せた。リュースグリで生地を織り、包帯を作りつつ、研究を進めるサーヤ。その研究はいよいよ―――。

第11話 再会

 ここまでの調査によると、魔法を使うためにはいくつかの手段がある。
 記号や文字列を一定の法則に則って並べることで、特定の効果を発揮する方法。
 声を発することにより特定の効果を発揮する方法。
 仕草や動作による方法。
 道具を使った方法。また、道具と道具を組み合わせることで発現させる方法。
 その他、特に所作のないもの………たぶん思念による方法。目が合っただけで石化したといった話はここに分類することとする。

 最初の二つに対して『記号式魔術』と『発声式魔術』という名前を仮に当てはめることにする。
 この二つはその手順から言って一つの仮説が成り立つ。目視では観測できない何らかの物質、または精霊のたぐいに対して魔法を使うように指示をしているというものだ。何らかの物質または精霊が、空間に存在していて自由に使役できるものなのか、魔法を持つものが独自に体内に宿していて、それがなければ使えないのかは不明だが、いずれにせよ、術者が指示をすることで初めて効果を引き出すことができるようだ。一部の派閥では何らかの物質の事を『マナ』と呼んでいることもわかった。私の認識と合っているかはわからないが、私自身もこれを『マナ』と呼ぶこととする。
 ノーザリアでもおなじみの『褒めて翔ばすパイプ』や『クリオブレード』などは道具に分類できる。他にも女体化したり眠らせたり灯りを灯したり、色々な道具があるようだ。道具は魔術師が作り出したものや自然由来のもの、それを調合したものなど、作る手段はいろいろあるようだが、その全てに魔術師が関わっているということはないようだ。これは、魔法の全てにおいて術者が重要ということではなく、組合せやその割合などが大きな鍵を握っているものもあるという事だ。
 また、『使う』とは別の次元で、『宿す』ものがある。魔法に何らかの反応を示す植物…例えば、特定の魔法の効果が効きづらかったり、逆によく効いたりといったもの。他にも魔法を食料(?)としている事がわかっている『ユキミドリ』、旧式の兵器にもかかわらずノーザリアのために再び戦ってくれる『クロスポゥ』などがある。魔法を宿す動物はその食料を調査すれば何かヒントが見つかるかもしれないが、今は時間がないので後回し。クロスポゥは今度取り寄せてみようと思うが、鷹便だと食べられないか心配だ。

「おはようございます、サーヤ」
「おはよう、クイナ」
「研究ですか?」
「ええ、今までの成果をまとめてたところ。今日は私も包帯を届けに行くわ」
「わかりました。準備してきますね」


アイスブランド大学客員研究生、サーヤ・ストラです。医療用の包帯をお持ちしましたので、医療担当者へのお目通りを願います」
「おお、ルマエーテさまが仰ったとおりだ…」
「ルマエーテ。彼が来ているのですか?」
「はい。サーヤと名乗る人物が来たら通せと仰せつかっております。こちらです。お付きの方もどうぞ」

 私とクイナは自然と目を合わせ、頷きあう。

 案内されたのは陣の中でも後方に当たる一角だった。いくつものテントが張られ、うめき声が漏れている。

「ルマエーテ様、サーヤ様がいらっしゃいました」
「おお、予想どおりだな。無事に脱出できたか」
「ええ。なんとか、ね。前に提供したのと同じで、皮膚に癒着しにくい素材でできてるわ」
「ありがとう、本当に助かっている。お礼と言ってはなんだが、あちらに所望の品を用意してある」

 ルマエーテがわざとらしく肩をすくめ、テントの片隅を指さす。そこには一つの箱。そしてここから見える範囲だけでも様々な物品が入っているように見えた。

「ご協力、感謝するわ」
「こちらこそ。ところで…」

 ルマエーテはそこで言葉を句切ると、「気をつけた方がいい。大学かその関係者があなたのことを警戒しているようだ」と耳打ちしてきた。

「どうして?」
「私のところに君の身辺調査依頼が来ている。私自身は君の研究に興味があるし、いろいろ供出してくれているから応援したいが、大学は快くは思っていない節がある。一応、当たり障りのない返事をしておいたが、どうなるかはわからないぞ」
「まあ、私は本来は裁縫分野の客員研究生だからね…ありがとう、気をつけるわ」

 鹵獲品を手分けして鞄にしまい、テントを後にする。ふとロングヴァルの方角へ目を向けると、視界の彼方まで自陣が広がっていた。土煙の向こう側にゼラ皇帝の御旗がうっすらと見えている。視線を上に上げるとロングヴァルの尖塔が時折見え隠れする。その時、尖塔の先で何かが光ったのが見えた。慌てて双眼鏡を取り出し、ピントを合わせる。展望山で見た記号とは別の記号が浮かび上がっている。

「左側は三角形だったけど今回は六角形。右側は炎のような模様が追加されていて、上には十字の模様」
「どうしたんですか、急に」
「ロングヴァルが魔法を放とうとしてるの。前とは形が違うから、効果も違うはず。よく見ていて」
「はい」

 模様が何度か明滅すると、火の玉が放出され、地面に向かって落ちていった。

「なるほど」
「なにかわかりましたか?」
「ええ。まだ規則性はわからないけど、魔法の効果に対応した記号があるみたいね。今までの情報を分類すれば、記号ごとの意味が見えてくるかもしれない」

 頭が研究に切り替わると同時に、ルマエーテの言葉が浮かび上がってくる。どの程度警戒されているかはわからないけど、何かあったときの準備はしておいた方がいいだろう。村人に迷惑がかかるのはもってのほかだ。
 研究の事とルマエーテの言葉、背中の鹵獲品が頭の中で浮かんでは消えていく。
 それでも、迷いはない。
 この研究は必ず役に立つ、そして我が国を豊かにする。それだけが私を突き動かしていた。

初出: 2019年03月14日
更新: 2019年03月15日
著者: 鈴響雪冬
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