流浪の裁縫師 第10話「ここが私の戦場2」

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前回までのあらすじ

 裁縫学校を首席で卒業した実力者であるサーヤは、ノーザリアの未来を明るくする一助として、グレイベア城を根城に生地に魔法を込める研究をしていた。機は熟したと、魔法の実態を見るために従者のクイナとともに魔法院を目指していたが、運悪く開戦の場に居合わせてしまい、グレイベア城まで撤退を余儀なくされた。
 グレイベア城に戻ったサーヤは治療に使う生地を織る傍ら、治療の手伝いと称して負傷した兵士達から魔法に関する情報を聞き出していた。クイナの協力もあり、次第に魔法に関する情報が集まりつつあるなか、戦線はとうとうグレイベア城に到達。剣聖エイデンが地に臥し、戦況は決した。
 グレイベア城を辛くも脱出した二人はロングヴァルを目指して北上したが、すでにエルダーグラン軍に占領されていたため、さらに北の紡織を生業とする村、リュースグリへと身を寄せた。

第10話 ここが私の戦場2

 耳を澄ませると、紡績機がカラカラと回る音が聞こえてくる。手で巻き付けていた時代はとうに過ぎ去り、足踏みでやっていた時代もすでに過去になりつつある。一人の人が一度にいくつもの糸車を操作し、糸を生み出していく。スピナーと職人がもてはやされた時代から、機械の時代へ。ノーザリアの技術力も少しずつ向上している。

「サーヤさん、糸の試作品が完成しました」
「ありがとう」

 職人の一人が試作品の糸を持ってくる。とある植物の茎を煮込み、取り出した繊維を混ぜて作った糸だ。
 展望山の麓に自生するこの植物は、魔法が飛び交う戦場にも関わらず、他の植物より生き残っている株が多かったという。負傷兵の靴に入り込んでいたのをクイナがもらってきた。村の人に見せると竜尾山脈の麓にもあると言うことで、同じのを手に入れ、作らせてみたのだ。

「少なくとも、糸としては使えそうね」
「ええ。繊維が長いのが幸いして、綿と同じような感覚で紡ぐことができます。まだ手作業でやってますけど、これなら機械にも入れられるかと」
「なるほど。他の植物も引き続きお願いね」
「はい、わかりました」

 家を出て行くのを見送り、改めて糸に目を通す。ストームブルーに輝く光沢を持つその糸は、その見た目だけでも何か神秘な力を持っていそうな、そんな気持ちにさせた。

「さ、私も仕事しなきゃ」

 糸の試作も大事だが、生地を織らないことには始まらない。織った生地に作った糸を刺繍することで模様を再現する。もちろん、糸そのものに効果が認められるなら、緯糸に使ってもいい。でも、まずは糸の消費が少ない刺繍で試してみたい。いずれにせよ、完成したその布を戦場に持ち込み、テストする。そこまでしてようやく実用化の道筋が見えてくるのだ。
 私は意を決して一つ大きな呼吸をし、紡織機の前に座った。


「ただいま、サーヤ。鷹便が来てますよ」
「あ、ありがとう」

 いつの間にか帰ってきていたクイナが私の真横に立っていた。よほど夢中で織っていたらしい。経糸も緯糸も無意識のうちに何度も取り替えたのだろう。足下には空になったボビンが何本も転がっていた。

「鷹は外?」
「はい」

 玄関の扉を開けると階段の下でおとなしく待っている鷹の姿があった。
 昨日の朝お願いした駅伝はその日のうちにアイスブランド大学に到達したらしく、鷹便は迷うことなく私の元へやってきた。いつもとは違い、足には袋が握られている。お願いしていた本が入っているのだろう。

「来てくれてありがとうね」

 まるで言葉が通じているかのように『ピー』と勢いよく鳴いた鷹は、握っていた袋を放した。袋の中にお願いしていた本といつもの定期連絡が入っていることに満足すると、次のレファレンス依頼を書いたスクロールを握らせる。

「これをアイスブランド図書館へ」

 鷹はもう一度元気よく鳴くと、空へと飛び立った。

「本当に賢いですね、鷹便は」
「ホントだよね。鷹便を使うときに鷹と顔合わせをするんだけど、それで顔を覚えるんだって。魔法で契約してるっていう話もあるけど、実際はどうなんだろ」

 飛び立った鷹を見送りながら、答えの出ようがない問いを空へ投げかける。

「ところでサーヤ、いろいろ見聞きしてきましたけど、どうします?」
「疲れてるだろうし、着替えてからでいいわよ。その間にお茶でも淹れておくね」
「ありがとうございます」


「お待たせしました」
「こっちも準備できたとこ」

 ムロル印の永命菊茶をポットからカップに移すとネイプルス・イエローのきらめきが部屋中に広がった気がする。後からゆっくりと色味に反して爽やかな香りが漂ってくる。味は香りのイメージと一致していて、さっぱりとして口当たりのいいお茶だ。

「何か収穫はあった?」
「まず伝令は無事に届けました。受け取った方がちゃんと届けると言っていたので大丈夫だと思います」
「そう、それはよかった」
「それではまず道中の様子ですが、やはり街道沿いに山賊が居る気配がありました。飛んでいたので狙われることはありませんでしたが、焚き火の跡や武器を置いていた跡が所々ありました。練度はさほど高くなさそうです」
「なるほど…。ひとまずこの村は元々警備がしっかりしてるからその辺は大丈夫かな。柵も三重に張り巡らされているし」

 クイナがカップを手に取るのを見て私もカップを持つ。保存容器の精度もいいのか、味も香りも劣化することなく保存できる。相変わらずムロム商隊はいい物を仕入れてくれる。今度異国の糸でも仕入れてもらおうかな。

「次に戦線ですけど、前線はクィンティカ様が、後方にゼラ皇帝、レイオン将軍、ヘルヴォル様という布陣でした。ただ、後方も前線に合流しそうな流れでした。戦況はいまのところに有利に進んでいるように見えます」
「なるほど。でも、ノーザリアは詰めが甘いから注意が必要ね。最悪の場合、青壁城まで一気に攻め込まれることも想定しないと」

 序盤中盤と優位に進めていても最後の最後でひっくり返される、そんな戦闘が続いている。この戦はなんとしても勝たないといけない。直接何かできるわけではないけど、後方支援はできる限りしたい。

「エルダーグランについてはあまり収穫はありませんでしたが、あのミラセラも出陣しているようです」
「じゃあ、前みたいに色々チャンスはありそうね」

 戦況もこちらが有意となれば、鹵獲品も多いだろう。その中の一部は研究のため大学に運び込まれる可能性だってある。大学に適当なことを言って、一度私のところを通るようにしてもいいし、今までどおり兵士から直接情報を得ることもできるだろう。

「あと、道中にザシタ・バーシーニヤ? という騎士団が野営を築いていました。負傷兵の治療に当たっているようです」
ともしびの守護騎士団『ザシータ・バーシニャ』ね。『帰る場所を守る』ために、防衛や救援をしている騎士団よ。今回はこっちの戦線に来てるんだ…」
「なにかあるんですか?」
「負傷兵の一部はそこに運び込まれている可能性があるのよ。そっちにも包帯を提供しましょう」
「そのついでに?」
「聞き出せることは聞き出そう」
「あいかわらず…」

 クイナがテーブルに肘をつき、手のひらに顎を乗せて私の方を見つめてくる。

「なによ」
「なんでも」
「サーヤさん、失礼します」

 扉の向こうからノックと同時に昼間と同じ職人の声が聞こえてくる。

「入ってー」
「おじゃまします」
「どうぞどうぞ。試作品?」
「ええ、もう一つの方です。こちらも問題なく作れそうです」

 差し出した手のひらの上に、太さにばらつきもない細くしなやかな糸が置かれる。昼間の糸とは対照的にくすんだストーン・グレイ色の糸は、綿糸とは違った雰囲気をまとっている部分は共通していた。これは炎系魔法が使われた近くで燃え残っていた植物の繊維を混ぜ込んだ糸。これも何かの効果を発揮するに違いない。糸そのものに効果が無かったとしても、魔法に対して親和性か拒否反応が出れば使いようがある。

「それじゃあ、明日から早速紡いでくれますか? ボビン10本ずつぐらいでいいので」
「わかりました。それではまた明日」
「また明日」
「サーヤ、今のが?」

 二人のやりとりを黙って見守っていたクイナが口を開く。

「うん。魔法に何らかの反応を示した植物の繊維を練り込んだ糸。この辺で採れないのもあったからそれは省いたけど、何種類か作れると思う。素材関係は職人さんに任せて、私はこっちの研究をするつもり」

 テーブルの上に置いてあった鷹便で届いたばかりの本を指さす。

「『エルダーグランで使用される魔法について(所見)』…? そのままのタイトルじゃないですか、これ」
「といっても、中身はスッカスカみたいだけどね。でも、私と違う視点で魔法を見た人の手記だから、うまく重ね合わせれば何か見えてくるかもって思って取り寄せたの」

 厚い表紙でごまかされているが、中身はほんの数十ページしかない。発行部数も少なく、大学にも一冊しかない希少本なのに異論が出ることもなく持ち出すことができた。気にもとめられなかったのだろう。しかし、ここに書かれていることと私達が見てきた物、鹵獲してきたものを組み合わせることで何かがわかる、そんな自信があった。

初出: 2019年03月12日
更新: 2019年03月12日
著者: 鈴響雪冬
Copyright © 2019 Suzuhibiki Yuki

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