流浪の裁縫師 第9話「リュースグリ村へ」

  1. Home
  2. ウェブ掲載作品
  3. 小説 - 長編
  4. 流浪の裁縫師
  5. 第9話「リュースグリ村へ」

前回までのあらすじ

 裁縫学校を首席で卒業した実力者であるサーヤは、ノーザリアの未来を明るくする一助として、グレイベア城を根城に生地に魔法を込める研究をしていた。機は熟したと、魔法の実態を見るために従者のクイナとともに魔法院を目指していたが、運悪く開戦の場に居合わせてしまい、グレイベア城まで撤退を余儀なくされた。
 グレイベア城に戻ったサーヤは治療に使う生地を織る傍ら、治療の手伝いと称して負傷した兵士達から魔法に関する情報を聞き出していた。クイナの協力もあり、次第に魔法に関する情報が集まりつつあるなか、戦線はとうとうグレイベア城に到達。剣聖エイデンが地に臥し、戦況は決した。グレイベア城を辛くも脱出した二人はロングヴァルを目指して北上していた。

※本作から物語は第三章へ突入します。第二章終了時点の戦局第三章開始時点の戦局をあらかじめご覧頂くと、舞台設定への理解が深まるかと思います。

第9話 リュースグリ村へ

「ロングヴァルが見えてきたけど、様子がおかしいわね…」
「あれは…戦ってますよね?」

 すっかりパイプを乗りこなしたクイナはパイプから両手を離し、単眼鏡を器用に操作している。私も双眼鏡を再びロングヴァルの方へ向ける。

「旗印を見る限り、ノーザリアとエルダーグランね。城はもうエルダーグランが占領して、ノーザリアが取り戻そうとしている感じかな」
「サーヤ、街道沿いを北沿いに行ったところ、あの旗はもしかして」
「ゼラ皇帝…こんなところまで…」

 ボールランを取り損ね、グレイベア城を失い、ここを失えば帝都は目の前。ゼラ皇帝自身も、三度目の敗北は許されないとの思いでここに来ているのだろう。

「どうしましょうか。目的地のロングヴァルはすでにエルダーグランの占領下です。帝都まで北上しますか?」
「いや、その選択肢はない。ゼラ皇帝が自ら戦っているのに、それに目を背けて逃げるなんて事は」

 クイナならまだしも、私にやれることは限られている。でも、限られているだけであって、できないわけではない。魔法の研究も少しずつだけど、まだまだ霧に閉ざされているけど、その向こう側に、光が見えつつあるのは確かだ。記号、言葉、仕草、祈り、生まれ持った素質。それらが何かに訴えかけ、力を生み出す。私は持たぬ者かもしれない。しかし、知る者だと自負する。
 でも、それはまだ先の話。今できることは一つしか無い。

「街道沿いを上っていくと、雪綿スニェークモーリから取れる綿で糸を紡いで生業にしている小さな集落があるわ。そこに身を寄せましょう」
「わかりました。案内してください」


 さらに飛び続けること、半日。ロングヴァルと青壁城のちょうど中間地点にあるリュースグリ村が見えてきた。今日の作業はすでに終わったのか、前に立ち寄ったときにあれほどまで賑やかだった水力式の紡績機音は聞こえてこない。
 着陸の仕方を教えていなかったためにクイナが顔から地面に突っ込んだ以外は特に何事も無くたどり着いた私達は、村の入り口に立った。

「サーヤさんですか!?」
「久しぶりー」

 村の入り口に立っていた壮年の男が駆け寄ってくる。

「いやー、無事で良かった。グレイベア城まで戦線が到達したって聞いて、みんなで心配してたんですよ」
「心配かけたわね。最近は買い付けにも来てなかったし、ごめんね」
「いいっていいって。ところで、ここまで来たって事はやはり?」
「うん。グレイベア城は落ちたわ。剣聖エイデンも」
「エイデン様が…そうですか…」

 同じ武を志す者としてはやはりショックが大きいのだろう、見てわかるほどに肩を落とした。

「落ち込んでいても仕方がありませんね。エイデン様の分もゼラ様を支えていかないと」

 立ち直りが早いのか、そう言い聞かせているかはわからないけど、彼はそう言い、今度はクイナの方を見つめた。

「ところで、こちらの方は」
「こっちは旅の護衛のクイナ。この村を旅立ってグレイベア城に向かっている最中に出会って、それから一緒に行動してるの。剣士だから今度お相手してあげて」
「クイナです。よろしくお願いします」
「マサです。よろしく。ところで、グレイベア城を脱出したということはこのまま帝都へ?」
「いえ、良ければしばらくここにお邪魔したいの。帝国民としてお手伝いもしたいし」
「ああ、そういうことなら村長も喜ぶかと。早速声をかけてきますので、広場で待っててください」
「お願いするわ」


「それにしても、こんな大きな機織りをおいて旅立つなんて、よっぽどですね」
「使ってないからあげるって言われても、馬で運ぶにはお金がかかるし、竜尾山脈を越えて船便というのも現実的じゃなかったしね…」

 村長からあてがわれた家は、2年前にも使わせてもらっていた家だった。竜尾山脈の麓に広がる針葉樹林を生かして作られた丸太小屋には私が旅立ってからも定期的に掃除していたらしく、ほこりはほとんど積もっておらず、かび臭さもない。
 かつて村にただ一人いた織匠の一家が使っていたというその家と織機は、2年前に私が使い始めたときも、2年ぶりに訪れた今でも、大切に保存されている。
 機材は確かに古い。村の基幹産業である紡績の方は水力式の紡績機に置き換わっているが、織機は人力のままだ。それでも、私が城から持ってきた小型の織機よりは何倍もいい。これだけの大きさがあれば、端は切りっぱなしになるが、いくつもの包帯を作ることができるし、いくつかあるプランも現実味が増してくる。

「でも、そのおかげでまたここで使うことができるわ」
「そうですね」
「さ、今日はもう寝ましょう。明日はやることが山積みよ」
「そうしましょう」
「え、サーヤ、これ綿じゃないですか」

 リネンのシーツをめくったクイナがあまりの出来事に固まってる。

「ここがなんの村かは最初に説明したじゃない。さ、寝るよ」
「は、はーい」

 まず、明日起きたら、まだ使えるかわからないけど早馬か駅伝で大学に連絡を入れて資料を取り寄せて、クイナには後方基地に向かってもらって必要な物とかを聞いてもらって、あとは………。
 一日中パイプにまたがって飛んだ疲れが出てきたのか、私の意識はストンと音を立てて落ちていった。

初出: 2019年03月10日
更新: 2019年03月11日
著者: 鈴響雪冬
Copyright © 2019 Suzuhibiki Yuki

Misskeyにノート

Fediverseに共有