流浪の裁縫師 第7話「魔法とは」

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前回までのあらすじ

 裁縫師サーヤは生地に断熱魔法や防御魔法を付与する方法を研究していた。魔法の実態を見てみようと魔法院を目指していたが、運悪く開戦の場に居合わせてしまい、根城であるグレイベア城まで撤退を余儀なくされた。
 夜中、グレイベア城の作業場に戻ったサーヤは治療に使う生地を織り上げ、治療の手伝いと称して負傷した兵士達から情報を聞き出そうとしていた。

第7話 魔法とは

 魔法とはなにか。
 それは訓練の末に獲得できる物なのか、上位種族から分け与えられる物なのか。
 それは自然の摂理に組み込まれている物なのか、自然の外側から干渉してくる物なのか。
 ノーザリアの使い手は理解して使っているのだろうか。それとも感覚で使っているのか。
 綿密にくみ上げられたロジカルな物だろうか。それともイラジカルな物だろうか。
 剣や弓と違う物なのか。それともそれらを強大にしただけの同種の物だろうか。
 ありとあらゆる物を凍らせてしまう北方の地は、果たして魔法と何が違うのだろうか。
 異国から来たというユキ様は魔法を見たことがあるのだろうか。

 いずれにせよ、剣術でも弓術でもない、魔術という分野が存在する事は確かであり、この国はそれへの対抗策を欲している。
 なぜなら、剣も弓も槌もある程度なら受け止めることができるが、魔法にはそれが通じないからだ。
 もちろん、回復魔法の使い手が圧倒的に不足しているという問題も避けては通れない。
 前線も銃後も魔法という存在に脅かされているのだ。

 被害者でも鹵獲品でも目撃情報でもいい。とにかく今は情報が必要だ。

「…!」

 患者が私の手を握った感覚に現実に戻される。そう、ここはグレイベア城に隣接する教会の中。先の戦での重症患者が運び込まれている。もっとも、運び込めるだけの怪我に限っていると言う点では、重傷よりはまだましなのかもしれない。

「すいません、考え事をしていました。この切断面は魔法によるものですか?」
「そうだ。魔法院の方角からおびただしい光のようなものがまっすぐ向かってきて、気がついた時にはこの有様だ。隣に立っていた奴は直撃を受けて死んじまったよ」
「そうですか…」

 皮膚…というよりは魚人の証しである鱗とそれに守られていたであろう指をまっすぐに切り裂いた魔法院からの攻撃。あのとき私が見たものだろうか。

「血は…もう止まってますね。ここには再生術を使える者は居ないので包帯の交換ぐらいしかできませんが…」
「大丈夫。俺ら魚人は…もちろん種類にもよるんだが、少なくとも俺はこの程度の負傷なら再生できるからな。ここに運び込まれたのも怪我というよりは魔法を受けて気絶してたからで、本来君らの手を煩わせるものじゃ無いんだ」

 がははと豪快に笑った彼はその後小声で「まあ、ついでにちょっと休んでいくわ」と耳打ちした。私はできるだけ悲壮感を込めて「お大事に」と返した。
 失った指を自力で再生できるのは、私からすれば魔法の領域だが、彼らにとっては普通であるらしい。果たして魔法とそうでないものの境目はどこにあるのだろうか。


 クイナはもちろんのこと、その後やってきた人達と協力し合ってなんとか割り当てられたブロックの治療…と言う名の包帯の交換や止血を済ませた頃には、新たな負傷兵が運ばれてきていた。こんな日々がしばらく続くだろう。むしろ、戦線がここまで到達して、もはや治療どころでは無くなるかもしれない。戦火はすぐそこまで迫ってきている。

 今日の治療兼調査でわかったことは、魔法の種類が豊富である事。
 例えば、加熱や冷却、切断や破壊、枯れさせたり復元させたり。変わったところでは、動かなくさせたり本人の意志とは別の動きをさせたり。
 見た目や感覚という視点で見れば、前兆がある場合とない場合。目に見える場合と見えない場合。とにかく、多種多様であった。
 しかし、目に見える場合、そして現象が観測できる場合、この二つは私にとっては大きな収穫だ。目に見える、観測できる、それはすなわち記録できること。記録ができれば条件を修正しながら再現ができる。まさに研究や実験の領域だ。これはノーザリアにとっては苦手な分野ではない。ただその対象が魔法であることに過ぎない。
 もちろん、見える部分しか見えないのであって、その背後に見えない存在がいることは否定できない。例えば先日目撃した魔法院からの攻撃、謎の模様が宙に浮かび上がった後、光の柱がまっすぐに向かった光景は、謎の模様が私達に知覚できない何者かに呼びかけることで光の柱を生み出すのだとしたら、何者と術者の関係はなんなのだろうか。契約なのか、それとも無条件で模様に反応するのか。それはまだわからない。

 熟練の職人が作り上げた本の表紙は、不思議な力…例えば本を汚れから守ったり炎に近づけても燃えないという効果を持つ事がある。それは狙っているのか偶然の産物なのかはわからないけど、ノーザリアに住んでいるからといって魔法と全く関わりが無いという訳ではない。
 褒めれば加速するパイプだとか、触れるだけでものを凍らせる剣だとか、氷を投入するだけで溶かして浄化された水を生み出すマグカップだとか、ノーザリアにも不思議なものはたくさんある。
 魔法は触れられないものではない。わからないだけである。

「サーヤ、お待たせしました」

 自分の仕事を終え、礼拝堂の入り口で待っているとクイナの声が後ろから聞こえてくる。

「お疲れ様、クイナ。そっちは重傷者を任されて大変だったでしょ」
「このぐらいなら大丈夫です」
「ところでそれは?」

 クイナは汚れた包帯や添え木などを入れた金属製の容器―――(確か膿盆って言うんだっけ)―――とは別に、金属片やら木製らしい棒やらを入れた容器を持っていた。

「こっちはこれから焼却処分するもの。それでこっちは…」
「こっちは?」
「兵士が握りしめていた鹵獲品」
「鹵獲品!?」

 思わず声が大きくなりそうなところをなんとか押さえた。

「はい。いずれも敵魔法部隊と直接戦闘した人から回収しました。一応、血が付着したりしていないのを選んだので大丈夫だと思います。魔法の効果は失われているように感じますが何かヒントになれば…」
「さすが私の相棒。こっちもちょっと収穫はあったわ」
「そうですか、それは何よりです」
「ひとまず城に戻りましょう。生地を織るのもそうだし、わかったことをメモしておきたいから」
「そうですね」

 戦闘が行われているであろう方角に目を向ける。もちろん戦場はここからはまだ見えない。展望山の裾野に日が沈もうとしている。哀愁の空の下にはどんな惨状が広がっているのだろうか。

初出: 2019年03月03日
更新: 2019年03月03日
著者: 鈴響雪冬
Copyright © 2019 Suzuhibiki Yuki

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