裁縫師サーヤは生地に断熱魔法や防御魔法を付与する方法を研究していた。魔法の実態を見てみようと魔法院を目指していたが、運悪く開戦の場に居合わせてしまい、根城であるグレイベア城まで撤退を余儀なくされた。
夜中、グレイベア城の作業場に戻ったサーヤはやがて城へ帰還するであろう負傷兵のために、治療に使う生地を織り始めた。
※本作から物語は第二章へ突入します。第一章終了時点の戦局、第二章開始時点の戦局をあらかじめご覧頂くと、舞台設定への理解が深まるかと思います。
織り終わった生地を荷車に積み込むと、「それでは出発します」と、何も言うまでもなくクイナが引き始めた。一夜過ぎ去ると辺りの様子は一変していた。市壁の外側には軍による布陣が展開され、戦の準備が進んでいる。城内では非番の兵士が自宅に戻っては親子の感動の再会を果たしている場面も見られた。
「ひとまず、外の病院でいいですよね?」
「そうね。負傷者はそこに運び込まれてるはず」
クイナがその場で方向転換をし、城門へ向かって歩き始めようとしたとき、ベビーブルー色の四つ足の騎獣が走ってくるのが見えた。
「3番街の生地屋はここか」
騎獣にまたがった兵士が私達を見下ろしながら言う。
「そうです。私が店主のサーヤです。治療用の生地の依頼ですか?」
「そのとおりである。南征将軍レイオンより供出の命が下っている」
「今から向かうところでした。案内をお願いします」
「手早い準備、感謝する。荷車を預かろう」
騎獣ラウフェンの鞍に荷車を固定する。長い尻尾が荷車を跳ね上げてしまわないか心配したが、よく訓練されているのか、尻尾はおとなしかった。
「二人とも治療に参加できます。同行の許可を」
「了解した。荷車に乗りたまえ」
「ありがとうございます。さ、クイナ、乗って」
「わ、わかりました」
「それでは出発」
グンと加速した荷車から振り落とされないように枠をつかむ。加速が収まり、一定速度になった頃合いを見計らって姿勢を元に戻す。クイナもようやく落ち着いたのか、私の方を向いて口を開いた。
「サーヤ、本当に治療に参加するつもりですか?」
「クイナは本職が兵士だから多少覚えはあるでしょ? 私もこういう仕事だから何回か経験はあるから大丈夫。それに」
「それに?」
「最前線で戦った兵士から魔法の情報を聞き出せるかもしれない。なんなら鹵獲品に魔法が刻まれた武器とか防具とかが紛れ込んでいるかも」
「もしかして最初からそれが目的ですか…」
「治療にはちゃんと参加するわ。でも研究も捨てない。私は自分の研究がノーザリアの未来を明るいものにすると信じてるから」
「わかりました。私もそれとなく聞くことにしましょう。問題は私の出自がばれると面倒なのですが…」
「ノーザリア軍は多種多様な種族で構成されてるし、クイナがファイアランド出身だとか獣族とのクォーターだとか誰も気にしないと思うわ」
「それならいいのですが…」
荷車は市壁の門をくぐり抜け、跳ね橋を抜け、郊外にある病院へと一直線に向かう。掃きならされた城内と違い、自然の道は荷車を時々持ち上げる。自然と私達は会話をやめ、口を閉じるのに専念した。クイナは相変わらず心配なのか、赤と茶のオッドアイが少し揺れているように見えた。
病院と礼拝堂が並び立ち、ぐるりと低い塀が取り囲む。荷馬車が塀の中に入ると、そこにはおびただしい数の負傷兵が座り込んでいた。中庭はまだ序の口で、病院や礼拝堂の中は重傷者であふれかえっているだろう。しかし、一方的に終わった先の戦いはともかく、グレイベア城の先で行われている戦闘は千人殺しのヘルヴォルやその相棒スルトの参戦もあってこちらが優位に進めているようで、悲壮感は薄かった。
「到着しました。私は別の任があるのでここで失礼します。生地は礼拝堂の中へ運んでください」
「ありがとう」
礼拝堂の入り口をくぐり抜けると、鉄の匂いが鼻をついた。私のような角なしだけではなく有角人や言葉が通じるかどうかも定かではない騎獣が至る所で横たわっている。治療に従事している人は服を赤や緑の体液に染め、忙しく歩き回っていて、声をかける雰囲気ではない。
「さて、誰に声をかけようかな」
「新しい治療用の生地ですか?」
後ろから聞こえてきた声に私は振り返る。そこに立っていたのは、いかにも医学に覚えがあるといった出で立ちの青年だった。すらりと長い身長に短い髪。レンズとしての効果があるかどうかもわからないほどに薄いレンズの眼鏡は魔石を使っているという噂の眼鏡だろうか、それともファッション用だろうか。
「ええ、レイオン将軍の名で供出の命があり、持参しました。特殊な緯糸を使っていて傷口に癒着しにくい特徴があります」
「おお、それは助かる。僕は治療を担当しているアイスブランド大学で医学を研究しているルマエーテだ。此度の戦では従軍して治療に当たっている」
「あら、同じ学門ね。アイスブランド大学の客員研究生、サーヤよ。こっちは護衛のクイナ。治療には覚えがあるから手伝うわ」
「サーヤ…」
「何かしら」
私の名前に覚えがあるのか、少し思案する様子を見せるルマエーテ。まあ、いくらなんでも入学して早々、首都ではなくグレイベア城に作業場を構えて大学に一日たりとも顔を見せない客員研究生として変な噂でも広がっているのかもしれない。いずれにせよ、この人は感情が行動に出ちゃう人ね。
「何でも無い。重ね重ね助かる。生地はそっちの作業台へ。自分たちで使う分は好きに持って行ってくれ。二人にはそうだな………あの一角を頼む。僕はその辺にいるから何かあったら適当に呼んでくれ」
「わかったわ。それじゃあクイナ、行こう」
ルマエーテに指示された一角は不思議な患者が多かった。出血や傷口は少ないが体力の損耗が大きく、寝込んでいる兵士が多かった。外傷がある兵士はその多くが鋭すぎるにもほどがある傷口で、仮に鋭利な刃物で切りつけられたとしても、戦場でここまで一直線に傷を負うことがあるのだろうか―――とそこまで考えて、一つの可能性にたどり着いた。
「魔法…」
「魔法がどうかしましたか」
「ルマエーテ、彼には感謝しないとね」
彼はきっと私がここに来た目的を知っている、そんな気がした。