流浪の裁縫師 第4話「展望山にて」

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前回までのあらすじ

 裁縫師のサーヤは服に用いる生地に魔法防御力や断熱効果など、魔法的な力を与えることを目標にしていた。そこで、まずは魔法の実態を見てみようと魔法院を目指していたが、運悪く開戦の場に居合わせてしまう。サーヤと付き人のクイナは一旦展望山まで引き下がることにした。
 展望山まで撤退する途中、やた犬でおなかを満たした二人は、いよいよ展望山にたどり着いた。

第4話 展望山にて

「サーヤ、どうですか? 何か見えますか?」
「今のところ、大きな動きはないけども…」

 軍でも採用されている精巧な双眼鏡で覗き見る魔法院は、相変わらず霧の中にボウッっと浮かび上がっている。魔法院を守るドラゴンと思われる飛行種が棟の周りを旋回している。

「聞くところによると魔法院の主は『あの』ミラセラだそうです。どんな術を使って―――」
「まって、クイナ」

 右手で双眼鏡を持ったまま、左手でクイナを制す。クイナはそれきり黙り込み、カチャカチャと金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。自分の持っている単眼鏡で魔法院を観察しているのだろう。
 魔法院を構成するいくつかの棟の一つ、その先端から、薄緑色の光で描かれた丸や四角の模様が浮かび上がり、激しく動き回る。その動きはやがて収束し、固定されると、模様の中心から光が戦場へ向かって一閃、迸った。慌てて双眼鏡の先を戦場へ向ける。そこには深く傷つけられた大地。巻き上がった土煙が複数の死体もろとも覆い隠していく。

「……見た?」
「はい…」
「あれが…魔法?」
「そう…としか言い様がないですね…。ファイアランドにも『砲』と呼ばれる武器がありますが、今のは飛翔体が弧を描く砲とは違い、まっすぐに地面に向かって飛翔し、切り裂いたかのように見えます」
「あ、また」

 棟の先に描かれる謎の模様の兆候を私は見逃さなかった。クイナもすぐに黙り、魔法院の方へ意識を集中しているようだ。謎の模様は一つの大きな円の中に大小様々な模様と、複数種類の文字―――そのうち一つはエルダーグランの文字だけども、他のはわからなかった―――が組み合わさっていた。あれが魔法の鍵なのだろうか。
 やがて模様の動きが固定されると、先ほどと同じような光景が広がる。数秒遅れて空気の震えが到達し、後ろの山に跳ね返っては重なり合い、不気味な音を生み出していた。

「一方的ね…」
「そう…ですね…」
「布きれ一枚で本当にあれに対抗できるものが作れるのかな…」
「サーヤ…」

 魔法と呼ばれるものがどれだけ汎用性があるものかはわからない。ノーザリアが用いる武器は切ったり破壊したりといった作用がほとんどだが、魔法は切ったり破壊したりの他に何ができるのか底が知れない。地面がえぐれたあの光景は、『地面がえぐれる』という効果を持つ魔法なのか、単純にそれだけの威力を持っているのかすらわからない。
 だけど、魔法には道具そのものが不思議な力を発揮する…例えばクリオブレードの持つ氷結効果の他にも、謎の模様が特定の力を生み出す例があることがわかった。そういえば氷を溶かし、浄化された水を生み出すことができる『ノーザリア印のマグカップ』はどちらに分類…またはそのいずれでもない第三の分類なのか。ノーザリアの紋章そのものにそういう効果があるとは思えないから、マグカップが持つ効果なのか、それともどこかに別の模様が刻まれているか、第三の分類なのだろう。

「ひとまず」

 私は自分の中で、魔法という圧倒的な力に押されつつも、魔法を見ることができたことと、それを研究できることに高揚しているのを感じていた。

「サーヤ?」
「旗色はこちらが悪いし、魔法院からの魔法支援もある。いずれここも戦火に包まれるでしょうし、グレイベア城まで引き返しましょう。魔法とやらも少し糸口がつかめてきたし」
「わかりました。…ん?」

 クイナが三角の耳をピンと立て、辺りを見渡す。

何か変な歌が聞こえませんか?

 私は耳に手を当て、頭をいろいろな方向へ向ける。けど、歌のようなものは聞こえてこない。

「そう?」
「気のせい…では無いと思うんですけど…」

 クイナは単眼鏡の倍率を調節しながら、視覚でも辺りを探索する。

「あっ」

 クイナがそう叫んだ瞬間、森の中からいくつもの細長い棒が戦場へ向かって飛び立つのを視界に捉えた。遅れて空気を切り裂く音が辺りに響き渡る。

「あれって…ノーザリアのパイプですよね…」
「間違いなく、パイプだね」

 褒めるたびに速度を増していくというパイプはノーザリアで使われているいくつもの謎の技術の一つだ。あれも一種の魔法なのかもしれない。仮に魔法だとしたら、魔法は私達の声を認識してその効果を調節する力も持つのかもしれない。魔法は本当に底が知れない。

「あの、サーヤ」

 クイナが恐る恐るといった風に私に尋ねる。

「なあに?」
「ノーザリアの方々は、あれをスライスして食べるって聞いたことが…」
「そんな噂信じないで!!」
「は、はい」

 帝都の居酒屋で「これだよ、この味だよ。最近の量産品は味が悪くてかなわん」と言いながらパイプのスライスを食べていた一行のことを思い出しながらも、私は強くクイナに言い聞かせた。

初出: 2019年02月25日
更新: 2019年02月25日
著者: 鈴響雪冬
Copyright © 2019 Suzuhibiki Yuki

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