生地に魔法防御力を付与する方法を確立するため、まずは魔法の実態を見てみようと魔法院を目指したサーヤとクイナは、運悪く開戦の場に居合わせてしまう。
霧も深く視界が狭いことを危惧した二人は、一旦展望山まで引き下がることにした。
ミルクのような霧はようやく薄まり、周囲の景色が大分見渡せるようになった。戦の音も遠ざかり、時折鳥の鳴き声がこだましたり、何かの動物が駆け抜けていく音が響き渡るだけの平和な空間が広がっていた。
「もう大丈夫かな」
「そうですね。でも、邪魔になるかもしれませんが弦は張ったままでお願いします」
「わかってる」
裁縫学校と言っても戦闘の訓練はもちろんある。しかし、私は剣を握って接近戦というのはなじむことができず、先生の提案もあって弓を持つことにした。手先が器用なのも手伝って訓練の時の命中精度はなかなかだったと思うが、実戦経験は狩りまでで、対人や対魔物は未経験だ。
その時、空を揺るがすような咆哮が辺り一帯に降り注いだ。
「っ!」
こういうときはどうすれば…とにかく身を守らなきゃ。
突然のことに滞りそうになる思考をなんとか動かして、木の幹に体を寄せる。クイナは…隣の木に同じように背中を当て、剣と盾を構えて辺りを見渡しているクイナが目に入った。背負っていた鞄もすでに地面に置かれている。私も慌てて矢筒から矢を取り出し、弦に番える。
今の音は空からだろうか。
木々の間隔は以前よりもだいぶ広がっていて、空を見渡すには十分だった。
少し前までは霧に囲まれていたのが嘘のように抜けるような空に、一対の翼を持つモノがよぎっていった。
「あれは………戦狂竜ヨド…ルハ?」
「ヨドルハ?」
クイナの声は少し揺れ動いているように感じた。
「戦場を求めて世界中を飛び回っているドラゴンです。戦となればどこからともなく現れて加わるという」
クイナの説明に、奥底に眠っていた記憶が少しだけ浮上する。
「聞いたことがある…気がする。どこの陣営に属することなく、勝手に参戦していくドラゴンだよね、確か」
「ええ。ヨドルハが参戦するとなると、戦局は大きく動くかもしれません」
「動く、で済めばいいけど」
「まっすぐアイアンヒルの方に向かっていきましたし、参戦は間違いないでしょう。こうなった以上、戦局を見極めるためにも展望山まで移動した方がいいでしょう。もしかしたら魔法院も何らかの動きを見せるかもしれません」
眼下に迫る展望山の山々を見ながらクイナが言う。
「魔法院が動くのは好都合ね」
運が良ければ何らかの魔法の発動する瞬間を見られるかもしれない。
「ドラゴンも飛び去りましたし、私達も先を急ぎましょう」
「そうね」
クイナは一度武器を地面に置いて鞄を背負い直すと、改めて武器を手に取った。耳はまだ立てたままで、周囲を気にしているようだ。身を潜める場所が減り、視界が通るようになっていると言うことは、相手からも私達のことが見えやすくなっていると言うことだ。少人数で行動しているから見つかりづらいだろうし、戦地から距離を取ったとは言え、油断はできない。
弓を握りしめる手に思わず力が―――「サーヤ。いい匂いしない?」
「はい?」
わざとらしく鼻から息を吸い混むが、特に「いい匂い」とやらを感じることはできない。
「こっち」
さっきまでの警戒はどこへ行ったのか、クイナは展望山の方角へ一直線に歩き始めた。
「確かにそろそろお昼だけど…っ」
私達を煮込むためのスープじゃなければいいな、などと考えながら私はクイナを追った。