流浪の裁縫師 第1話「魔法院を求めて」

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前日譚

 他国(特にエルダーグラン)の魔法攻撃に対抗するため、生地に何らかの加工を施し、魔法防御効果を発動させることをもくろむサーヤは、帝国内では見る機会の少ない魔法を見てみようと魔法院への接近を試みていた。

第1話 魔法院を求めて

「いやー、しかし参ったね」
「そもそも今日行こうと言い出したのはサーヤですけど…と言いたいところですが、私も同感です。タイミングが悪いですね…」

 一息でそこまでしゃべりきると、私は大きく息を吸い、しばらくためてから吐き出すのを何度か繰り返した。クイナは対照的に小刻みに息を吸ったり吐いたりしている。
 二つの軍勢の剣戟の音が呼吸の合間合間に聞こえてくる。森の中にいるのにこれだけ聞こえてくると言うことは、まだ距離はそう遠くない。

「それで、どうしましょう。混乱に応じて魔法院を探すという手もあるとは思いますが」
「それができるに越したことはないけど、あんなに霧が深いと探せるものも探せないね」

 あたりを見渡す。魔法院に近づいたと思われるときよりは霧が薄まっているが、視界が悪い状況は変わらない。少し距離が離れるとそこに木があることすらわからなくなる。

「私の鼻も効果はなかったですね。やはり魔法の類いで守られているのでしょうか」

 私自身…というよりも、ノーザリア帝国で魔法に詳しい人はほとんどいないだろう。クォーターであるクイナの遠い血筋にいるかもしれない魔法使いにかけてみたが、クイナもどうやらお手上げのようだ。魔法院がある方角に間違いはないはず。だが、近づくにつれ霧が濃くなり、羅針盤も狂っていった。
 ふ、と、これを逆手に取れば、霧が濃い方に魔法院があるのでは…と一瞬思いつくが、そんな浅はかな知識で突破できるほど甘くはないだろう。

「視界は霧で遮られる。多分匂いもそう。羅針盤も狂う。これはもうお手上げねー」
「羅針盤ってどういう原理で動いているんですか?」
「学校で聞いた話だと大地に流れる魔力的な何かを感じ取って北を指し示すらしいんだけど、魔法院が魔力で守られているとしたら羅針盤も当てにならないね」

 念のためポケットから羅針盤を取り出してみるが、針はぐるぐると回るだけで一向に定まらない。自然由来の魔力ということも考えられるが、ここまで挙動が激しいと人為的な力が働いているといって間違いない。

「あまり言いたくないですけど、こういう状況下でノーザリア側が指揮を保てるとは思えません」
「魔法院から離れれば霧も薄くなるから、ボールラン側まで押し込めば勝機はありそうだけどね」

 「そこまで行けるかどうかは別問題だが」、と、ため息交じりにつぶやく。
 ため息をついたところで、自分の呼吸がいつもどおりになっていることに気がついた。

「さて、これからどうするね」

 考えられることは一つだけだが、一応クイナに意見を求める。

「ひとまず、展望山まで移動し、様子を見ましょう。軍勢が崩れるようであれば城に引き返せるように」
「ですよね」

 長年連れ添った…という訳ではないけど、この状況ではできる行動は限られているから自然と意見は一致する。軍に合流して義勇軍として戦に参加するという選択肢もあるにはあるが、役に立つのはクイナだけで、帝国ではお払い箱同然の裁縫師は食料を食い潰すだけの邪魔者だ。それ以前に私に食料の提供があるかもわからないが。

「展望山の方角は………あっちでしょうか」

 耳に手を当てながらその場で二回転ほどしたクイナが指を指す。

「よくわかるね」
「反響の音で、なんとなく」
「さすがクイナ。でも間違ってたときは貴方を差し出して逃げるわ」

 「酷いこと言いますね」と笑いながらも、迷うことなく歩き始めたクイナの後を追った。今のところ、こういう場面でクイナが選択を誤ったことはない。

「タイミングが悪いと言えば、この戦線にファイアランドの飛龍が投入されたら私たちどうなるかな」

 一瞬だけ走ってクイナの横に並びながら言う。

「まあ………消し炭でしょうね」
「味方のアイスドラゴンで永久凍結もあるかも!」
「形が残っているだけ、味方の方がましかもしれませんね…」

 背中に軍勢の衝突する声を受けながら、私たちは早歩きで展望山の方角を目指した。

初出: 2019年02月04日
更新: 2019年03月20日
著者: 鈴響雪冬
Copyright © 2019 Suzuhibiki Yuki

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