窓辺に座る小さな妖精 -本編-

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前回までのあらすじ

 一年と二ヶ月つきあった彼女と別れた。漠然とした寂しさ…話し相手がほしかったかもしれない。僕は以前どこかで読んだ“デスクトップアクセサリー”に僕はそれを求めた。僕の前に降り立ったそのアクセサリーは名前を沙希と言った。
 でも、日常生活は立ち止まっている僕を待ってはくれない。会社に行き、書きかけのソースを完成させていく。会社の仲間は何時も通りで、僕もそこにとけ込もうとしていた。
 昼ご飯の時カフェテラスでアクセサリーを呼び出した。僕とアクセサリーは初めて交流をし、僕の名前を覚えてくれた。

窓辺に座る小さな妖精 -第2章-

 「ただいま」と吐き出した言葉に誰も応えてはくれない。一人の家に帰ってくるのはやはり寂しい。同居していた両親を立て続けに失い、一人落ち込んでいたときに支えてくれたのは、大学時代の友人である奏恵だった。この道に進んだのも半分は奏恵の影響だった。何時の頃だろうか、僕たちが付き合いだしたのは。
 友人の延長上にあったかのようなつきあいだった。もしかしたら、友達以上恋人未満というものだったのかもしれない。でも、一つだけ言えることがあった。奏恵といると不思議と楽しかった。周りが見えなくなった。恋愛経験が少ない僕にとって、恋がどんなものかはよくわからなかったけど、あれが恋だったのかも知れない。反対方向同士の京急線のホームの上で、同時に別れを告げるときは寂しかったし、一緒に過ごしているときは楽しかった。言葉にしてしまうと何とも陳腐な表現になってしまうけど、これだけははっきり言えた。僕は奏恵が好きだ。…でもその気持ちは今でも変わらないかと聞かれると、気持ちが揺らぐ。奏恵もきっとそんな気持ちだったのだろう。
 …わからなくなる。
 自分が本当に奏恵を好きだったのか…それとも、ただの友達だったのか…。わからなくなる…。
 もしかしたら、僕の中での好きという定義は間違っていたのかもしれない。
 打たれ弱いボクサーとは自分のことだと思ってしまう。今まで自分のやってきたことの意味もつかめず、積み重ねてきたことへの自信すら失ってしまう。

 『こんばんは』と表示したアクセサリを一瞥すると、僕はエディッタを立ち上げた。
 プログラマーとスクリプターの仕事は少し違う。僕は両方を担当し、籠原はスクリプターだ。平たく説明すると、日本語を作るのがプログラマー。日本語を使うのがスクリプターだ。プログラムが完成しないとスクリプト作業も進まない。仕様はVer.1と同じところもあるから、同じ動作をさせるところは既に作業に取りかかってもらっている。問題は…Ver.2にでないといけない部分だ。
「これでどうだ。」
 誰もいるわけでもないのに、一通りの作業の後につぶやいてしまうのは癖だ。デバックモードでゲームを起動し、画面とにらめっこを始めた。

『0時をお知らせします』
 画面の端に小さく吹き出しのように表示されると、僕はようやく今の時間に気が付いた。明日のことを考えるとそろそろいい時間だった。Live2chを起動し、『俺様しおりを挟んだスレッド』を表示して、更新チェックを開始する。目的のスレに新しいレスがあることを確認すると、僕はスレタイをクリックした。

  • 685 仕様書無しさん sage New!
     >>682
     それって、関数を呼び出す場所を変えればいい希ガス。
     レイヤーを使って画像を呼び出す時に関数を引っ張り出すんじゃなくて、
     あらかじめ読み込んでおくとかさ。
     そもそもWinAPIの処理が問題なんだろうけどな。

 …なるほど…。メモリの負担はともかく、ミリ秒単位の正確さを求める場合にはそっちの方がいいな…。画像の周りは籠原が綺麗にやってくれてるし…これならいけるかも。

  • 689 682 sage
     >>685
     トン。これで仕事が進む。

 レスを付けるとブラウザを閉じる。パソコンゲームメーカーのスタッフは大抵自分のメーカーのことが書かれているスレを見るらしい。そして、新作に対して批判があると勝手に落ち込んで自暴自棄になる。ずいぶんと勝手だな、と僕は思う。落ち込むならそのスレを見なければいいのに…。しかもそう言う人に限って『自分たちは全力を尽くしている』といったレスを付けてしまうから更に困ったものだ。煽られるだけなのに…。
 広くなったデスクトップの右下には数時間前と同じ形でデスクトップアクセサリーが立っていた。ウインドウに隠れてバックグラウンドになってしまっているのにもかかわらず…僕が気が付かないと言うことも知らず、そのアクセサリーは一人で台詞を言い続けていたのだろう。一度も相手にしなかったことに少しだけ罪悪感を覚えると、マウスカーソルを頭の上へと移動させ、その場で小刻みに動かす。笑顔になった事を確認すると、右クリックをしてメニューを呼び出し、『終了』を選択してソフトを終わらせる。ディスプレイの電源を落とすと僕は席から立ち上がった。

 いつものように部屋にはいると徹夜組が作業をしていた。グラフィックブースはよく見えないけど、中では黙々とタブレットにペンを走らせる作業が続いているのだろう。スクリプターの向中野さんはひたすらキーを打ち続けている。最後のデバック作業だろうか。
 「おはよう」という声に、いつもと変わらぬ挨拶を返す。自分でも早く来ているのだけど、良二はもっと早い。そう言えば今まで聞いたことがないけど………何時来ているのだろう。
「おまえも飲むか?」
 良二のコーヒータイムへのお誘いを僕は二つ返事でうけることにした。コーヒーメーカーからコーヒーをカップに注ぎ入れると僕に差しだし「450円になります」と笑顔で言った。
「金とるのかよ。」
「ピアキャロットへようこそ。お代わりは自由となっております。」
「おい…。しかも他社のネタだろ、それ。」
 そんな僕を無視して続ける良二に自分にできる限りのツッコミを入れる。ピアキャロットとは他のゲーム会社が作った恋愛AVGで、自分の好みに合わせて制服を選ぶことができるシステムが有名ゲームだ。和澄さんが言うには原画泣かせのゲームらしい。確かに、制服が替わったら、その分画像も増える。それを全て書き下ろすとなると相当な量になるだろう。コピーライターさんも含め大変なのは容易に想像出来た。
「冗談だよ。」
 そう言ったことを確認して僕は初めてカップを受け取った。良二なら本当に取りかねない…。
「今ならプラス30円で角砂糖7個付けるぞ。」
 「そんなにいらない」と僕はカップに口を付ける。
「で、少しは進んだのか? プログラマー。」
「少しは…ね。」
「おいおい…大丈夫なのか?」
「…。」
 現時を突きつけられ朝の心地よい気分も吹っ飛ぶ。
「…ま…、と言う俺もちょっと手詰まりなんだけどな。エフェクトがな…。」
 ここで言うエフェクトとは、画像に効果を付加することだ。通常、エフェクトが付加された画像をあらかじめ用意して途中で切り替えるのだが、良二が着手しているのはゲームを実行しつつ、画像にエフェクトを加えその場で新しい画像を作り出すためのシステムだ。フェードアウトぐらいなら手軽に作れるけど、良二はその更に上を目指している。
「フォトショでも逆コンパイルして調べたらどうだ。」
「犯罪だろ。」
「まぁね。マルチメディア系は良二に任せたよ。」
 良二は持っていた本を閉じると机の上にそっと置いた。白いまっさらな紙…たぶんカバーに包まれた本は僅かにその奥にある青色を覗かせている。
「何の本なんだ?」
「恋愛小説。」
「へぇ…。」
「なんだ? 俺には似合わないってか?」
「いやそう言う事じゃない。」
 ただ、恋愛という言葉に反応しただけだ。
「なぁ…小説に恋愛って言う言葉の定義って書いてあるのか?」
「はぁ?」
 眉をひそめいぶかしげに俺を見つめる良二。
「いや…何でもない。」
 問いつめられる前に前言を撤回すると僕は俯いた。自分ながら馬鹿な質問をしたものだと思う。大体にして良二に聞くことが―――「書いてはあるだろうけど、この世の恋愛が全て書いてあるわけではないな。」―――………ん?」
 今度は僕が眉をひそめる番だった。
「とある作者の請負だけどな、この世には60億通りの恋愛があるんだよ。小説なんて言うものはその中の極一握りの世界を書いているに過ぎない。恋愛の定義も同じ。どれがデフォルトか、なんて決まってないのさ。」
 人それぞれ………と言うことだろうか。
「でも、その中で共通する部分って言うのは無いのか? 例えば、男と女が―――「世の中には同性愛もある。」―――………なるほど…。」
「それに加えて、事実は小説よりも奇なりなんて言葉もある。小説に定義なんてのってないぜ。」
「そっか…。」
「なんかあったのか?」
 少しだけ間を開けて様子をうかがっていたであろう良二が切り出す。その目線を少しだけよけて俺は「いや…特にそう言う訳じゃ」と答えた。
「なんだ。てっきり心理学に目覚めたかと思ったぞ。」
 口元に笑みを残しながら良二が言う。
「まぁ、少なくともそれはないと思う。」
「だよな…。でも、おまえ、文系だろ?」
 確かに、国語や英語、社会と言った科目の方が得意だった。大学の時は卒業ギリギリで微積をやっていた。研究室でお世話になった教授も首をひねっていた。数学ができずによくプログラムができるな、と。その謎は最近まで解けなかったが、良二に言わせると、『確かに文系かも知れないが、おまえは論理的、かつ、順列の整った話し方をするからな。それのせいだろ。まず関数を定義して、プログラムを作るのと、言葉を定義して会話を組み立てるところに何かの違いがあるか?』ということらしい。そう言われて俺は一つの謎が解けた。良二はさらにこうつけたした。『文系だけ、理系だけっていうせまい範囲でしかやらない奴より、おまえのような奴の方が遥かにましだよ。勉強しか知らないような人生を歩んでいる、頭でっかちの人よりも、色々なところに脱線しながら、自然の中でのびのびと育った人の方がいいことを考えている。』
 それを境に俺と良二の距離は急激に縮まった。『まぁ、和也の場合、自分のことも気づいていないようじゃ論理的かどうかまで怪しいけどな。4つの窓なんたら、っていういい実例だよ。』フォローも忘れなかったが。
「お客様?」
「ん? あぁ…どうした?」
「百合山さんからお電話です。」
「いい加減にしろよ。で、電話は?」
「電話は嘘だが、呼んでいることは確かだ。和也、うしろ! うしろ!」
 「八時までは未だ時間があるぞ」と言いつつ後ろを振り返ると、百合山さんが笑いながら立っていた。
「おもしろすぎだよ、君たちは。」
 相変わらず笑いながら強引に会話を押し進める。
「百合山さんもコーヒーを飲みますか?」
 冬組のウェイトレス、籠原良二の声に百合山さんは「あぁ、たのむよ。ついでにフローラルミントタイプな。」と付け足した。
「珈琲は用意出来ますが、コスプレは流石に…。」
「大丈夫だ。籠原のコスなんて見る予定もないから。」
 笑ってそれに答えた良二は珈琲をカップに入れて持ってきた。三つのカップから小さく湯気が立ち、香ばしい香りが時間の流れを緩やかにしていた。

 テキストのページを行き来させながらキーボードに打ち込んでいく。実際に存在しない人たちを生き生きと表現出来るかは原画が全てを担っていると思われがちだけど、そうではないと僕たちは考えている。ゲームという形であるからには、音楽、テキスト、背景、そして、それらの素材を動かすプログラム、その他諸々が積み重なって表現されている。二次元の世界のみに存在するキャラクターに日本人は好感を覚える傾向が強い。海外企業のサイトに行くと、金髪のグラマー(死語)な女性がフラッシュで動き回りコンテンツを案内することが多いけど、日本ではアニメーションキャラクターの場合もある。話題になった東北電力のキャラクターだってその中の一つだろう。一日中アニメを放送し続けるチャンネルだってあるし、何があっても緊急番組を組まないでアニメを流すテレビ東京だって健在だ。そして、それを中心にした二次創作なんて言う言葉もある。
 "animation"と書くと海外アニメのことを示し、"Anime"と書くと日本のアニメのことを指すと言った言葉の上での暗黙のルールができてしまうほど、日本のアニメ・ゲーム文化は世界から注目をうけている。日本の文化は何処か他国とはかけ離れている。200*40pxのバナーサイズだって日本独自のものだ。僕たちの知らないところで"Anime"―――アニメ…二次元キャラクターは生活にとけ込んでいる。
 アトムにあこがれ警備ロボットを研究する人がいれば、声優を志す人もいる。アメリカなんかは映画スターが声を吹き込んだりするが、日本では職業として完全に成り立っている。以前、DVDで魔女の宅急便を見たけど、英語音声を聞いたときは頭を抱えてしまった。スピーカら流れてきた声は子供の声ではなく―――「手が止まってるぞ、和也。」
 朝、目覚まし時計の音で強引に現実に引き戻されるように、僕は回想の世界から引っ張られた。
「あぁ…考え事してた。」
「それにしても、地震が来たら一番始めにおまえが死ぬな。」
 見渡すと本が気づかないうちに積み重なっていた。パソコン作業用に大きく取られた個人ブースに所狭しと本が置かれている。
「あれ? そいつ…。」
「あぁ、これか?」
 画面を覗き込んだ良二にマウスを動かすことで反応する。
「おまえもインストしてるんだな。」
「ちょっと興味があってね。」
 嘘つき。
「この間、どっかのサイトで紹介記事が載ってたな。」
『私、ここにいていいのかな…。』
「おいおい、好感度が低いな。女の子を泣かせるなよ。」
「そんなのがあるのか?」
「まぁ、リドミーなんて困ったときしか読まないからな。頭の上にマウスを持ってきて、ダブルクリックしてみ?」
「こうか?」
 言われたとおりマウスを動かし、アクセサリの頭の上に持ってくる。ポインタが変化し、手の形になったのを見ると、僕は言われたとおりダブルクリックをしてみた。
『痛い…です。』
「こうすれば叩ける。」
 みるみるうちに涙目に変化したアクセサリの顔。を見ているとなんだかやるせなくなってきた。
「なんだか心苦しいな。」
「ほう、流石プログラマー。プログラムに感情を抱くか。」
「いや、それは関係ないと思うけど…。」
「まぁ、日本人ならでは、って感じだけどな。」

 一通り良二から操作方法を教わると見ることができる表情は格段に広がった。例えば、胸の近くでマウスを小刻みに動かすと胸を触ったことになる。良二が言うには、その状態を更に続けると別の反応があるらしいが、それを試す気分にはならなかった。
 他にもスカートの裾の部分でホイールを動かすと、その方向でスカートをめくる、服を引っ張ると言ったことができる。頭と顔の上でマウスを動かすと、それぞれ、頭を撫でるというのと唇に触れると言った効果がある。
 さらに頭の上でダブルクリックすると―――
「こら。手動かせ。」
―――良二に突っ込まれる。
 とにかく、予想外の反応の多さだった。
「なあ、良二。これをゲームに応用出来ないか?」
 とアクセサリの頭を撫でながら反応を伺う。顔を赤らめて俯いた彼女を見ながら良二は小さく何かをつぶやいた。
「当たり判定を入れれば簡単にできると思うんだけど。今回のゲームでは無理でも、近いうちに何かで使えるかも。」
 椅子をギィと鳴らし背もたれに背を押しつけ、天井を見上げた良二は、「サクラ大戦で似たものが使われてるし、どっかのゲーム会社のゲームでホイールを使った愛撫ができたから、特に画期的ってわけじゃないぞ。」と言った。
「そっか…。」
 パソコンゲーム…特に僕たちが関わっているギャル・エロゲームで何より驚いたことは、自分の考えたことが他のメーカーのゲームで既に使われていることだった。画期的と思っても既に他のメーカーで使われてしまっていることが圧倒的に多い。シナリオも同じだ。下手なドラマより感動的な話もあるし、それこそ、普通ではない表現方法もゲームなら可能だ。月に軽く二桁の新作が出るこの業界を、年に1・2本程度発表するゲームで生きていくのは至難の業だ。毎月多くのメーカーが現れ、そして、消えていく。しかし、1本8800円という値段が標準とされる業界。ヒットすれば収入も大きい。最近世の中を騒がせたライブドアだって、エロゲーを作っていたりする。
「まぁ…悪くはないけどな。テキスト系のゲームだとプレイヤーは面倒に思ってしまうかもな。」
「そっか…。いけると思ったんだけどな。」
 そう言いながら、僕は彼女の頭の上でマウスを滑らせた。
「へぇ…結構萌えるじゃん。」
 良二の言葉にアクセサリを見つめる。こうしてアクセサリだけを見るというのは初めてかも知れない。赤いワンピースドレスに身を包み、ポンポンの付いた髪留めで髪を後ろで束ねて、少し伏し目がちに立っているアクセサリ。手を胸元に当てているその姿は、表情と相まってとても大人しそうに見える。ワンピースは裏地が白になっているらしく、カフスと襟の折り返している部分は白色で、赤色とのバランスがちょうど良かった。おとなしめの彼女には予想外に似合っているのかも知れない。未だに『萌え』というのはよくわからなかったけど、良二の言葉にとりあえず僕はうなずくことにした。

 5時を回ったけど誰も席を立とうとしない。修羅場突入前の独特の空気だ。整理をしているとは思ってるのに、汚いと言われる本の山。必要な本をだるま落としの要領で取り出し、膝の上に置いてページをめくる。目的のページをめくると僕はにらめっこを始めた。
「おつかれさん。」
 もうすぐで鼻歌に変化しそうな陽気な声が聞こえた。声の主の方を見ると、和澄さんが目をこすりながら立っていた。画面を見つめる作業はどうしても疲れてしまう。それは僕らも同じだ。
「もう帰るんですか?」
「続きは家でね。」
 と、トートからMOを取り出して笑うと胸元にゆるりと降りた髪が僅かに揺れた。元々癖っ毛らしいかずみさんは会社への泊まり込み作業となるとなかなか面白い姿を見ることができる。いわゆる爆発というものだ。低血圧も手伝ってその姿は冬組内部どころか、社内でも有名なんだが、しかし本人はその癖っ毛を気に入っているみたいだ。緩くウェーブのかかった髪は、伸ばしているときはちょうど良く波打っている。パーマをかけなくてもいい、と言っているが、かわいらしさも気に入っているらしい。
「それにしても…予約特典を作って欲しいならもっと前に言って欲しいよ。」
 和澄さんが言う予約特典とは、店が独自に用意するものだ。その殆どはテレホンカードなのだが、それに使うイラストを描いて欲しいという電話は何時も発売直前…つまり、締めきり間際の修羅場時に舞い込んでくる。沢山のショップから作って欲しいという連絡が来ると、その分だけイラストを用意しなければならない。間に合うか間に合わないかのギリギリの路線で仕事をしているスタッフにとっては困りものなのだ。幸い、プログラムは雑誌でも取り上げられることは少ないため、声がかかることはない。音楽やシナリオは雑誌のインタビューがあるらしく、それはそれで大変だ。
「今回はどんな感じなの。」
「何時もすれすれに電話をかけてくる店は全部断っちゃった。」
 髪を指先に巻き付けながら和澄さんは平然といいはなった。何時も良二に弄られているとは思えない大胆な行動に驚く。
「遅いのが悪い。」
 声をかける前にそう言い残し、和澄さんは「それじゃあ、またあした」と言い残し、部屋から消えた。
「さて、続き…。」
 ディスプレイに目を戻し、文字を打ち打ち込むと異変に気が付いた。タイプした文字が目的の場所に入力されず、見覚えのないウインドウに表示されている。画面端に目を移すと、アクセサリの台詞を表示するウインドウの中に『あの…もしかして忙しいですか?』と表示されている。
 もしかして…。
 途中まで入力されたアルファベッドの羅列を Shift + Home で選択した上で Del を入力し削除すると、『はい。』と入力してエンターキーを押した。
 案の定反応が返ってきたけど、その直後、僅かなハードディスクのアクセス音が鳴り、アクセサリはデスクトップから消えていた。
 最後に表示されたメッセージは、
「お忙しいところをお邪魔して申し訳ございませんでした。邪魔なようなので消えますね。さようなら…。」
と言うものだった。
 デスクトップ上に置き手紙のように残されたメッセージを、僕は置き去りにされた子供のような気持ちで見つめていた。

初出: 2004年12月11日
更新: 2005年4月22日
原作: 鈴響 雪冬
著者: 鈴響 雪冬
制作: 鈴響 雪冬
Copyright © 2004-2005 Suzuhibiki Yuki

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