ReSin-ens 遼なる風、彩りの音、降りしきる雪

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ReSin-ens 遼なる風、彩りの音、降りしきる雪

【画像・サムネイル】 降りしきる雪を背景に、しっかりとした明朝体で横書きにタイトルが書かれた、青色を基調とした表紙【画像・サムネイル】 真っ白な裏表紙には、次から書かれる序文が縦書きで印刷されている。 好きという感情? それは何? それがあると、満腹になるまでご飯が食べられるの? 誰にも裏切られないですむの?
 好きという感情? それは何? それがあると、死んだ人が生き返るのか? 誰にも迷惑をかけずに生きられるのか?
 私はもう、上辺だけの付き合いしかできない。
 俺はもう、恋なんてしちゃいけないんだと思った。

 人を好きになって、その人のことを傷つけることになるのなら…自分を傷つけることになるのなら、始めから人のことなんて好きにならなければいい。そうすればもう、辛い思いなんてしなくてすむから。

 でももし、心の奥底から好きになれる人が目の前に現れたら―――ううん…そんなことはあり得ない。
 でももし、心の奥底から好きになれる人が目の前に現れたら―――いや…何も変わらないだろう。

 一人の少年と少女、二人の目の前に少女は現れた。それはまるで、季節を払拭する颯のように。
 ある時から止まっていた三人の歯車が急激に動き出す。その歯車によって、三人は一体どこに向かうのだろうか。
 でもきっとそれは…予想可能な結末を迎えるだろう。何故なら人は、誰かと共にあるから。

 どうしようもなく純真な心を持つ少年と少女の物語………。

立ち読み

第一章 歩んできた道と、歩み始める道

三人

 人は生まれた時から死に向かって歩き出していると言います。あたし達は一度この世に生を受けたら、後は死ぬだけなのだそうです。人生の四分の一を睡眠に費やし、残った時間を自分のやりたい事に費やすのです。
 では、この世に生を受けた人は皆平等なのでしょうか。体内から生まれ出ることすら叶わなかった人もいるでしょう。長寿を全うし百歳を越える人もいるでしょう。この二人は平等なのでしょうか。
 あたしは平等だと思います。
 あたし達人間が生きている間にできることなんて本当に微々たるものです。そして、命を授かる喜びはダントツでそれを超えるものは存在しません。どんなに楽しい事があっても、それは命を授かる喜びから比べれば誤差といえる程度の事なのです。人はこの世に生を受けた瞬間、最大の喜びを味わい、その喜びを記憶にとどめて…糧にして…辛い道のりを歩き出すのです。
 人生はきっとナチュラル。プラスになったらゼロに戻って。マイナスになったらまたゼロに戻って。死ぬときまでそれを繰り返して、最期の答えもまた、ゼロになるのです。なぜならそれは、幸せによって不幸が定義され、不幸によって幸せが定義されるからなのです。
 そして、これは誰もが同じです。ここに不公平なんて存在しません。悲しい事があった人は嬉しい事が訪れます。嬉しい事が訪れた人は悲しい事が訪れます。あたし達人間は生まれながら平等ではないと言いますが、あたしは違うと思います。なぜなら、人は皆、同じ喜びを味わい、同じ悲しみを味わうからです。誰もが同じ道…命を与えられ、失う道を歩んでいるからです。
 人が死ぬことは当然の事であり、ただ、生きている時間が長いか短いか…それだけなのです。
 人が死ぬことは当然なのに、何故、人はそれを悲しむのでしょうか。命が生まれ出でた瞬間にわかっているはずなのです。あたし達が死ぬことは、命を与えられた瞬間からわかっている事なのです…それなのに何故…人は…人の死を悲しむのでしょうか。そして…どうして………っ―――。

 病室のベッドの上。もう動くこともできなくなった手足。支えなしでは起き上がれなくなった体。トイレに行く事も自分一人で出来なくなった体。風呂に入れてくださる方、体を拭いてくださる方、髪を梳いてくださる方、ご飯を食べさせてくださる方、あたしの体を調べてくださる方、何時もお見舞いに来てくれるお父さん、お母さん、紗に紀秋さん………。
 今日も皆さんが来てくれた…。でも、その中に紀秋さんはいなくて…みんなあたしと目を合わせようとしないで…お母さんが切り出した一言は、あたしの胸を刃こぼれしたナイフで切り裂きました。
「そんな………そんなことって…起こっていいはずがないですよ………。紀秋さん………。どうして………どうしてあたしを置いていってしまったのですか………」
 涙を指先で拭って、壊れた表情を手の平で覆い隠して、初めて自分の手が動くようになっている事に気づいたのです。そしてそれは、紀秋さんが遠い世界に行ってしまったことを切々と物語っていました。
「彩音…」
「こんなの…意味がないですよ…。これでは…あたしが元気になっても………紀秋さんがいないなんて…意味がないではないですか…ねぇ…紀秋さん………どうして………」
 涙が止まらないのです…。止まらないんです…。涙を止める事ができないのです。止める事ができないのです。ううん…いっそのこと泣いて…泣いて、泣いて………このまま干からびて…紀秋さんの後を追ったほうが今のあたしは………。
「彩音………」
 見上げるとそこにはお母さんがいました…。
「ねぇ…どうして…どうして紀秋さんは…。あたしの…せいで………あたしが………」
 それっきり部屋には音が無くなりました。なっていたはずの心電図の音も途絶えていました。時が止まってしまった…そう表現するほうが正しいのかもしれません。
「紀秋さんは最後まで自分を責めていた…だから慰めたかった…。でも…あたしがいる限り…それは無理だった…。だから紀秋さんは………」
 ―――飛び降りた…。
 紀秋さん…あたし…どうすればいいのですか…これからどうすれば………。

 目を開けると視界が揺らいでいました。やっぱり…泣いています…。何回目になるかわからないほど指でこすった目をもう一度こすると、その先には僅かに光がともっていました。カーテン越しの月明かりがそんな指先を照らしています。
「紀秋さん…」
 天井を見上げて呟いた名前。去年…のこと…。去年の秋の事…。闇に慣れた目で机の上のカレンダーと時計を見比べ、一つのことを確認して、目を瞑ります。
 紀秋さんが死んで今日で丁度一年が経ちました。あたしはあれから、紀秋さんのぶんも生きようと思っています。ですから…。
「紀秋さん…」
 もう一度その言葉を唱えました。
 今日、学校が終わったら、挨拶に行きます。
 …すぅ…。
 ゆっくりと息をすいこむと、私は布団をかぶり直しました。寝坊…してしまうかもしれませんね………。


 痛い。痛い。痛い。…痛いよ…お父さん。
 助けて。助けて。助けて。…お母さん…助けてっ!
 お父さんが紗に痛いことをしてくるの。お母さん…助けて。
 ねえ…お父さん…お父さんはどうして紗を苛めるの? 紗に痛いことをするの?
 お父さんの臭いがする。みんなでグラウンドを走り回った後のような臭いがする。
 理科の実験で使った鉄の臭いがする。間違って包丁で手を切ったときのような臭いがする。
 よく…分からない。何が起こっているのか…よく分からない。ベッドの上に裸で寝転がって、お父さんが上に覆い被さってゆさゆさと紗の体をゆらゆら揺らしていると言うことだけが分かる。
 ねえ…どうして?
「やめ………てっ…! やめてお父さんっ!」
 紗の声にお父さんは何も言ってくれなかった。
「っ…! 痛いっ!」
 ねえ…お父さん…やめ…っ………て…。お願い…だから…お父さん…痛い…よ。ねぇ…お父さん………やめ………。痛いよ。紗、痛いよ。
「…」
 ねえ…お父さん。紗の声…聞こえないの? 紗…痛いよ…。血が出てるよ…。
「…お父さん…っ……!」
 っ…嫌………いやぁぁぁぁっ! やめてっ! お願い…! 紗の一生のお願いだから…。ねえ………。
 ベッドさんも悲鳴を上げてるよ? お父さんが紗を揺らす度に悲鳴を上げてるよ? ねえ…やめてよ…ベッドさんが可哀想だよ…紗も…痛いよお…。
 …ぃ。
 …ひ…。
「お父さん…やめてっ! お願いっ! お父さん………!」
 振り絞った声にようやくお父さんは紗の体を揺らすのをやめてくれた。やっぱり…お父さんは…優しいよ。紗の足の付け根はまだ凄く痛いけど、まだ血が出たままだけど…でも…さっきよりは痛くないよ。お父さん。ありがとう…お父さん。
 でも…どうしてそんな怖い目で紗を見つめるの? ねえ…どうして?
「紗…黙ってろ」
 …うっ…。
 お父さんがまた動き出した。紗…痛いよ………。紗…このままだと死んじゃうよ…。

 息がもつれていた。不自然な鼓動が鼓膜からも骨からも伝わってきていた。何度か唾を飲み込み、胸に手を当てて、締め付けられるかのような鼓動を何とか落ち着かせていく。深く息を吸って………吐いて。何度か繰り返すうちに、ようやく私の心臓は、まともに思考が出来るほどに落ち着いた。
 部屋の中はカーテン越しの月明かりでしっとりとした艶を放っていた。空気は透明で、まるで私を諭すかのように落ち着き払っている。
「まさか…ね」
 あの夢を見るとは思ってもいなかった。むしろ、もう忘れたと思いこんでいた。でも…何時まで経っても私はこの呪縛から逃れられないのかも知れない。
 布団の下に手をもどし、足を広げて、ゆっくりと手の平を古傷のある場所へと這わせた。薄い布地越しの刺激はソフトで優しくて、すぐにでも夢心地の世界に入っていけそうだったけど、今はそんな気分じゃない。
「欲求を消化するためだけの、愛情の無いセックス………」
 友夏里さんの言葉を思い出し、思わず口に出してみた。セックスをするために愛情は必ずしも必要ない。人間にとって、性行為と繁殖行為は必ずしもイコールではないのだ。
 同時に彩ちゃんの言葉も思い出した。「自分で癒せない傷を他人に癒してもらうことは悪いことではありませんよ」、と。確かこの後は、「彩ちゃんに言われたくない」って言い返したんだっけ。
 頬の筋肉がゆるんでいることに気が付いた。自然と笑えているのだろう。嫌な思い出をかき消すだけの楽しい思い出が今はある。だから、思い出してしまってもいい。みんなの笑い声を思い出して、私も一緒に笑えるから。
 汗をかいたせいか、喉が渇いていた。素直に乾きを静めるために私はベッドから降り、ドア一つ向こうの台所に向かった。冷蔵庫を開け、水道水を入れて冷やしただけのペットボトルを引っ張り出し、ふたを開けて水分を補給する。静かにのどの奥を伝い体を満たしていく水に満足すると私はボトルを冷蔵庫に戻し、布団へと潜り込んだ。
 布団にくるまって十数秒。眠気に襲われる気配を感じない。もしかしたら、さっきから体全体を包んでいる気持ち悪い湿り気のせいだろうか。もう一度ベッドから降り、汗で湿ったパジャマ代わりのスリップを脱ぎ捨て、新しいスリップを衣装ケースから取り出し、上からすっぽりと被る。秋の空気に冷やされたそれは、汗が蒸発するときとは違う、透明な冷たさが気持ちよかった。
 今度こそ布団にくるまって、数十秒。意識は何時まで経っても明確なままで、手を握ってみても、昼間と同じだけの握力が出る。どうやら完全に眠気が覚めてしまったみたいだ。
 仕方が無く、ベッドに据え付けられているスタンドの電気をつけると、枕元に置いてある日記が目に入った。部屋の掃除をしている時に見つけてしまう漫画本のように何気なく手に取り、一ページ目を捲る。夜の帷が降りていく中、私はそれに逆らうかのように時間を遡り始めた。こうしていれば眠気が私を包んでくれると信じて。


「おう、直哉、今日は一人かよ」
 ああ…またこの夢か…。
「前は痛かったよ、ほら」
 振り向くとそいつは俺に頬の傷を見せるかのように顔の向きを微妙に変えた。時間の流れを緩やかにする効果を持つ空気が二人の間に流れる。そんな中にあって、奴の後ろにいた数人がただ、俺との距離を狭めた。
 こいつらが今、俺の目の前にいる事は、初めから狙っていたことなのかも知れないし、そうでないのかも知れない。ただ、今この瞬間、家の近所の小さな公園で、俺とこいつらが対峙していると言うことだけは事実だった。
「やっちまえ!」
 全員が一斉に俺の所まで走ってくる。身構えるまもなく殴られ、地面に叩き伏せられた。人間のそれとは違う何処か硬質な感覚が体を襲うと、武器を持っているということだけは理解できたが、痛みの所為でそれ以上に思考が進むことはなかった。
「化け物はいなくなっちまえよ」
「おまえのその力、なんだんだよ。おまえ…キモイんだよ!」
「お前、友達いないもんな」
「話せる人はあの月詩っていう女だけなんだろ?」
「寂しい奴だな」
「だいたいにして、お前の存在がめぐさいんだよ」
「うずくまってばかりいないで少しは反撃してみろよ」
「女の子の居る前じゃないと力が出ないってか?」
「どうしたんだ? それでも宇宙人か」
「おら、何とか言ったらどうなんだよ―――っ」
「死ねよ、ばけもの」
「君達、何やってるの!」
 最後に聞こえた声は、周りの声よりも明らかに高く、そして懐かしい声だった。一瞬にして静寂。輪唱のように頭をグルグルと回っていた罵声は何時しか完全に消え去り、聞き覚えのある柔らかい声だけが頭に残った。
 母さん…。
「何って、みりゃ分かるでしょ。遊びだって」
 土と涙で既に見えなくなっている視界の奥に、確実に俺に向かって動いてくるものがある。何時もと同じ色の靴、それだけで母さんが近づいてきていることが分かった。
「遊びって…これはいじめって言うの」
「いじめじゃないって。遊びだって、なぁ、直哉君」
 辺りを下品な笑い声が包み込むと、俺は力を振り絞って膝を地面についた。
「おいおい、誰が起きて良いって言ったんだよ。ほらよ!」
 脳に直接音が響いた。猛烈な痛みと衝撃が加わったことが分かった時、俺の中で何かが崩れた。
 嫌なほど、冷静な自分がいた。きっと人が何かを悟るときはこんな感じなんだろうかと思った。
 だめだ…っ!
 何が駄目なんだろう…。俺にはわからない―――。
「ああぁぁあぁあああぁ!!!!!!」
 瞬息。
 光が空に向かって爆発、空気の流れが一変、地面に刻まれる風紋、球状に広がる光、中心にいる俺、膝を突いて倒れる奴ら。
 瞬きをする間に全てが崩れ、全てが刻まれた。
 気がつけば足下の地面はめくり上がっている。高周波がうなりをあげ、俺の耳を襲っている。さっきまであれほど威張っていた奴らは顔が地面の色と同じになっていて、死体を見たことがない俺でも、一目見ただけでも死んでいることを悟った。
「なお、や…」
 風邪で倒れた時も、体調を崩した時も見ることがなかった、これ以上を想像できない顔色の悪い母さんがそこにいた。耳を襲う風に何時かき消されても可笑しくないような声だった。
「母さん! 母さん! 死なないでよ、ねぇ!」
「なおや…大丈夫?」
「大丈夫、こんな奴らなんてどうだっていい! 母さんは、大丈夫なの!」
「直哉、ダメよ。人を傷つけちゃ、ね?」
 そう言うと母さんは笑いながら俺の唇に人差し指を当てて軽くウインクをした。
「わかった……?」
「うん、うん…わかった。わかった、から…母さん、死なないでよ…お願いだから」
 膝を突いた母さんはもう一度だけ笑うと、俺に体を預けた。
「いやだあぁ! 母さん! ねぇ、ねぇ? 嘘でしょ! 母さん。母さん! うそだだぁあぁ!」
 何も言わないただの個体になった母さんを抱きしめて俺は叫んだ。
 光は眩しく、木々は波打ち、地面には風紋が刻まれている。そんな舞台の真ん中で、俺はただ、母さんと叫んでいた。
「なお…や?」
 なじみのある柔らかい声に俺は息を飲み込んだ。
「直哉、どうして…えっ。なんで?」
 茜の丸い目が俺を見つめていた。異様な光景だった。腕の中にはもう動かなくなった母さん。そんな俺達を取り巻くように倒れている同級生。辺り一面を包み込む光と風と轟然の世界。そしてその向こうには、茜。
「直哉…何があったの?」
 茜が俺に近づいてくる。
「茜…近づくな!」
 泣きじゃくっていた喉を押さえつけ、強引に発した音にはやっぱりまだ涙の成分が混ざっていた。
「それ以上近づけば死んでしまう!」
「なんで…なんでなの!?」
 茜は俺の言葉を理解していないかのように距離を縮めていた。いや、声は届いているはずだ。これだけ大声を上げれば茜に届いているはずなのに………また一歩、茜は俺に近づく。距離は四メートルぐらいだろうか。
「その風の中に入ると…茜も殺してしまう」
「何があったの!」
「俺が…俺が殺した。殺してしまったんだ…」
 視界が再び揺らぎ、一瞬にして曇っていく。腕で曇りを振り払ってもそれはだおだおと押し寄せてくる。自分の目の前には間違いなく母さんが居た。何時も優しくて、何時も笑っていて、たまに怒って、叱られて、それでも何かあったとき…何時でも俺のことを助けてくれた母さんがいた。形だけの存在として…。
「無力なんだよ…俺は…俺は。また一人になってしまった…」
「馬鹿にしないでよね…」
 その言葉を封切りに茜は俺との距離を再び詰め始めた。
「…っておい、近づいてくるなって!」
「私ね、直哉と話せて楽しいよ。昔から一人だったから」
「茜! 止まれ!」
「でもね私、今一つだけ直哉に言いたいことができたんだ…いや、二つかな」
「止まってくれよ!」
 これ以上近づくんじゃない! 茜の足下に転がっている人みたいなってしまう! お願いだから…止まってくれよ………。もう…これ以上…失いたくないんだよ………。茜が居なくなったら、俺…、本当に…ひとりぼっ、ちに…なってしま、う……から…。学校で…話、せる人…本当、にいなく…なっちゃう、から………。
「直哉…私が直哉と一緒に歩いていくよ」
「茜…お願いだから………それ以上来るな!」
 光は眩しいままで、木々は波打ったままで、地面に風紋が刻まれていて。そんな舞台の真ん中で、俺はただ、茜と見つめ合っていた。
「これからも、一緒にね」
「俺には無理だ…このままだと茜まで殺してしまう…そうなったら俺は、どうすればいいんだよ」
「大丈夫…直哉には止められるよ。だって、直哉は強いでしょ?」
「俺は…これ以上人を殺したくないよ…茜…」
「直哉、直哉はどうして欲しいの? 助けて欲しいんじゃないの…」
 茜が俺を見つめている。まあるい目で俺を見つめている。元気な茜に似合う短い髪が強風に掻き上げられ、びゅう、と音を立てて舞っている。そんな茜を見て、俺は………最後に口に出したのが何時か分からない言葉を紡いだ。
「助けて欲しい…助けてくれよ………茜」
 誰かに助けを求めるなんて………もしかしたら…昔…熱を出して入院して以来…かもしれない…。
「うん、わかったよ」
 茜は笑った。笑ったような気がした。俺に見えるのはもう、ぼやけた姿の茜だったから確認することは出来ない。でも、きっと、茜は笑っていた。
「直哉…一人になったなんて言わないで…」
「茜?」
「一人じゃないよ…ずっと一緒にね…」

 映像は途切れ、映画館の営業は終了した。過去の陰鬱という題目のフィルムは、記憶の中で巻き戻され、次の上演を待っているようだった。ベッドから半身を起こすと、肌にまとわりついていた寝間着が剥がれ、乾いた空気が背中を流れる。カーテン越しの月の光は、湿った色で部屋の中を満たしていた。
 この夢を見るのも何度目だろうか。もしかたら、印象が強すぎて何回も見ていると錯覚しているのかも知れないが、どちらにしても余り気分がいいものではない。ただ、少なくとも、指で数えられる限度はとうの昔に超えていた。何時も同じ場所から始まり、何時も同じ場所で終わる。今日はその中でも最悪だった。意識があったのにも拘わらず、止めることが出来ない明晰夢。
 思い出したくない過去のこと。封印したい過去のこと。自ら犯した過ち…。自ら交渉し、手放した力と手に入れた命。そしてそれの代償。それはあまりにも残酷だった。
 ベッドから降り、タンスの中から新しい寝間着を取り出し、汗で濡れたそれを脱ぎ捨てる。明日は月曜日、早く寝てしまわないと。
 布団を被り、ゆっくりと意識を鎮めていくと、体が慣れきっているからだろうか、意外にも早く、暗闇は訪れた。

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作品について

作品ジャンル
  • 創作文芸
  • 学園
  • 恋愛
作者・装幀など
  • 著作: 鈴響雪冬
  • 挿絵: 詩唄い・伊賀太郎
  • 写真: 御堂雷夜・鈴響雪冬
  • 装幀: 鈴響雪冬
冊子
  • 大きさ: A5
  • ページ: 本編187P / 202P
  • 文字数: 約15万5000文字 (原稿用紙464枚相当)
  • 価格: 550円
  • 印刷: レーザープリンタ (表紙のみインクジェット)
    • 表紙: 総天然色 / インクジェット用紙・厚口
    • 本文: 黒一色 / 上下二段組み / 書籍用紙
  • 製本: 並製本・平綴じ
  • 発行: 2006年8月12日
  • 重量: 300グラム
キーワード
  • 恋愛小説
  • シリアス
  • 中学生・高校生
  • 苛め
備考
  • 通販時の略称: ReSin-ens彩音 1
  • EYEマーク
初出: 2006年5月29日
更新: 2007年8月9日
著作: 鈴響雪冬
Copyright © 2006 Suzuhibiki Yuki