本作は「流浪の裁縫師」シリーズとは違い、公式NPCの一幕を描いた作品です。3章の戦線の一つ「テイル島の戦い」で、ノーザリア軍支援のために執筆しました。実質、十数年ぶりの二次創作SSという形になりますが、良く書けたと思っているので転載します。
「砲撃ペースはこのままを維持! どんどん撃ち込んで!」
「このペースだとすぐに弾がなくなります!」
「上陸したら船にできることは少なくなる。やれるだけのことはやって。撤退の二文字はなし!」
「了解!」
ユキの号令が甲板に轟く。それに負けじと砲が唸りを上げる。ビリビリと床が震え、何発もの弾が飛び出していく。ユキがファイアランドの砲を研究し作り上げたノーザリア式の砲は、急ごしらえながら着実に仕事をこなしている。配備されたばかりの武器だけあって弾は最初から少ない。出し惜しみなしに撃ちきってしまうのも一つの戦略だろう。
「ユキちゃん、俺の仕事取らないでくれないか」
「オスカー提督には上陸してから暴れてもらいますから」
「そうかいそうかい、それは楽しみだ」
オスカー提督と呼ばれた男は抜き身の剣を自らの肩にトントンと打ち付ける。今か今かと出撃命令を待ちわびているかのようだ。
提督が見守る中、陸に展開された陣はその統率を失っていく。もちろん、兵は見えている範囲だけではない。砲が届かない山の陰にはまだ多くの兵が残っているだろう。だが、最初からそれらを片付けるつもりはユキにはなかった。ただ陣形を崩し、上陸する隙間を作れればそれで十分なのだ。
「右舷、残弾なしです!」
「左舷を島へ向けて! 取舵!」
「取舵一杯! 左舷をテイル島側へ!」
「左舷掃射開始! ですがまもなく弾切れです」
「右舷より敵影接近! 巡洋艦ウォーモーレン型、約10艘! 弾切れを見越したかのようなタイミングです」
オスカー提督が監視の声に反応し、右舷に一瞬だけ視線を配り、指示を出そうと息を吸い―――
「ウォーモーレン程度では体当たりされてもこの船は沈みません。無視してください。むしろ味方の船をかばうぐらいで」
その息は何の音にも変えられず、ただ吐き出された。その顔は緊迫した戦場には不釣り合いなほど安堵した顔で、どこか満足げである。自分が出そうとした指示と同じ指示をユキがした、そのことがうれしかった。
異国から来た少女。
文化も常識も何もかも違っていたその少女は、いつしかノーザリアに溶け込み、今、ノーザリアのために働いている。しかもただの少女でも一兵卒でもない。ノーザリアとファイアランドの命運をかけた戦いに、軍師として。
「俺も異議なしだ。捨て置け」
「了解!」
「左舷、残弾なしです!」
「だとよ、ユキちゃん。そろそろ俺の出番だな」
「すみません、お願いします! 砲による火砲支援はできませんが、パイプだろうがなんだろうが飛ばします」
「頼もしいな」
いざとなったらなりふり構わず甲板を引っぺがして投石機でも作り出しそうなその顔に、オスカー提督はノーザリアの明るい未来を見た。
凍てついた大地の資源は少ない。あるものは何でも使う。無ければ奪う。蛮族とさえ言われるノーザリア。異国からたどり着いただけの少女にその蛮族の名を負わせることに多少の負い目はあったが、その表情で吹き飛んだ。
もう彼女は立派なノーザリアンだ。奪うだけの蛮族から、豊かな国土と優れた統治による、新しい時代のノーザリアンだ。
そして、すぐにでもゼラ皇帝を支える国の柱になる。いや、すでに支えているのかもしれない。
肩に当てていた剣を握りしめる。
「船団を二つに分ける。大型艦はここで待機。中型小型は俺に続け!」
「オスカー提督!」
「どのみちこの船じゃあ接岸できないだろ? 上陸は俺の部隊に任せな。ユキちゃんはここで背中を守ってくれ」
「…わかりました。オスカー提督! 健闘を祈ります! 無事に……帰ってきてください! もう誰かが居なくなるのは……!」
「泣くなよ、ユキちゃん。オレは冥界の魔物って言われてんだ……あの世から願い下げさ。必ず戻る。帰ってきたらまたユキちゃんの国の船の話を聞かせてくれよ」
「…ご武運を!」
「おうよ」
その声に振り返ることなく、右手で剣を掲げて返事をするオスカー提督と、一歩も動くことなく見送るユキ。追いかけたい気持ちはある。だが、それは私情だ。誰もが皆、帝国を背負って戦場に立っている。
「我々はオスカー提督を援護します! 例の砲を!」
「準備できてます! 弾の準備は少ないですが」
「威力はあるはずだから、一発ずつ確実に狙いましょう」
ファイアランドの何者かによってもたらされた図面はその精度だけ見てもノーザリアの砲を凌駕していた。ユキもその差を見過ごしてきたわけではない。鹵獲品から使えるものを拾い上げ、組み合わせ、ファイアランド式の砲をいくつか用意しようとしていた。もたらされた図面は足りない部品と組み立て方を指示する、それだけで十分以上の成果だった。量産は戦いが終わってからすればいい。
「マヌルもここで待機だ。後方の指揮を頼む」
中型の船に乗り換えたオスカー提督は、後ろを振り返って続こうとしたマヌルを制する。
「オスカー、テメェばかりカッコつけやがって……! 次ユキちゃんを泣かせたら許さねえからな? 必ず……生きて帰れよ」
「マヌル、お前の様な有能な家臣がいるからこそオレは戦える。この戦いで、もしオレに何かあった時はお前に任せる。ユキちゃんを……あの子を頼むぞ」
「あったりまえだ! まかせたぜ、『提督』」
マヌルに呼ばれた『提督』という言葉に思わず頬が緩んだが、すぐに引き締める。
ふ、と、オスカー提督が空を見上げる。雪花がはらはらと舞い始めていた。
「ここまで南に来ても降るときは降るんだねえ。まるでユキちゃんの加護のようだ」
翻るマントも、降りしきる雪も気にすることなく島をまっすぐに見つめる。思えば不凍港を手に入れたい、最初はそんな企みだった気がするが、今はどうでもいい。
ユキのために、ゼラ様のために、帝国のために戦う。ユキやゼラ様、みんなが作る新しい国が見てみたい。そのためにはまずここで勝利する!
「欲ってのはどんどん大きくなるものだな…。海賊の血かな?」
オスカー提督は小さく吐き出すと、息を大きく吸った。
「上陸作戦開始! 一気に突き進むぞ!」