流浪の裁縫師 外伝「NYフェスT量産大作戦」

  1. Home
  2. ウェブ掲載作品
  3. 小説 - 長編
  4. 流浪の裁縫師
  5. 外伝「NYフェスT量産大作戦」

はじめに

 本作は「pixivファンタジア Last Saga」内で行われたユーザーイベント「ヨークモエル村復興支援!」に対するユーザーイベント「ヨークモエル村復興支援フェス」に向けて執筆した作品です。
 ヨークモエル村復興支援フェスで公式フェスTを作るってことなら、こういう場面もきっとあったよねと妄想全開で書き上げました。

※時系列的には3章の最中という設定です

NYフェスT量産大作戦

「今日もお疲れ様」

 鷹便が持ってきたスクロールを広げる。戦況は特に動きはないようだ。政治や経済も戦時中ながら安定している。裁縫分野での新商品や新発見は特にない。応用できそうなものも…とくにないかな。情報としては得るものは特に無し、か。

「さて、肝心の二枚目は…」

 いつもは一枚のスクロールは久しぶりに二枚重ねだった。二枚目には、書き切れなかったニュースというよりは、大学や政府からの要望が書かれていることが多い。意を決してスクロールをめくる。

「ええと、ヨークモエル村復興支援フェス『NYフェス!』開催のお知らせと支援のお願いについて…?」

 ヨークモエル村といえば、色々情報が錯綜していた記憶がある。ノーザリア大学からの鷹便で手に入る情報だけでは細かいことはわからなかったけど動く火山の目撃情報、エルダーグランとファイアランド両軍の死体があること、村が燃えたこと、村長代理が行方不明ということは伝わってきていた。
 一つの村が消える。
 戦争中ではよくある事だ。
 戦争でなくても疫病や巨大生物の侵攻によって村が消えることはよくある。
 よくある事だから誰も見向きもしない。
 だけど、あえて復興しようとするならば、そこには何かがある。
 望郷の思い、だけならきれいな話だが、酒を造っているとか、希少植物がとれるだとか、怪しい薬を作っているだとか、まあ色々だ。たぶん後者の方が多いだろうし、このヨークモエル村もそんなところだろうか。

「それで、何がご所望かしら」

 手紙の続きには、フェスでTシャツを作ること、戦時中でTシャツ用の生地が不足していること、その生地を作って欲しい事が書かれていた。目安となる必要量は書いてあるが、それ未満でもいいようだ。
 書きぶりから察するに、これは大学でも政府でもなく、主催者が調達に困って各地に支援を呼びかけているという話を誰かが聞きつけ、誰かが大学にそれを伝え、私のところに来たという感じだろうか。エルダーグランに潜入して研究をしている客員研究生もいるだろうし、特に違和感はない。
 対価の支払いはあるけど、復興支援だから割がいいものではない。それでも、サンダラー銀貨が手に入ること、何かがありそうな村に恩を売っておくメリットはありそうだ。それに、鷹便で知らせてきたと言うことは大学もこの内容については知っている。相手がエルダーグラン領内であるのも折り込み済みだろう。先日のゴタゴタの件もあるし、おとなしく受け入れておいた方がいいかもしれない。なんなら村の針子に依頼してTシャツに仕立てるところまでやってもいい。
 色は何種類もあるみたいだけど、この辺で手に入る染料ならピンクと緑、あとは生成りかな。大量生産が必要だから後染めがいい。
 ロゴの部分は………この程度なら捺染で多色染めにして、細かな部分は刺繍で対応できそう。
 頭の中で色々考えているうちにその気になってくる。ノーザリアとエルダーグランは絶賛戦争中だけど、それはそれ、これはこれだ。私の生地で人々が幸せになる、それは私の目標でもある。そもそも私の魔法布は戦争のために作っているのではなくて………って、いつまでも待たせるわけにはいかないわね。

「ちょっと待ってて。今返事を書くから」

 特に返事はないけど、しばらくリラックスできると理解したのか、手紙を持ってきた鷹はテラスの手すりに飛び乗った。

「賢い子ね」

 家の中に戻り、テーブルの上に新しい紙を広げる。依頼を受けること、10日後にリュースグリ村からエルダーグラン領ヨークモエル村への竜便のチャーターをする事、いつもお世話になっている商隊の在庫だけでは糸が足りなくなるから、大至急この近辺にいる商隊を案内することを書き記す。

「おまたせ。大学までよろしくね」

 インクを乾かし、丸めてひもで縛ったスクロールを放り投げる。手すりから飛び降り、スクロールをキャッチすると、鷹は急上昇。よく通る鳴き声を空から降らせ、まっすぐと大学の方へ飛んでいった。


 それからの9日間は大忙しだった。普段の試作に加えてTシャツ用の生地作り、染色、針子への指示、縫製など、正直、やっぱり生地づくりだけにしておけばよかったと後悔するほどだった。中盤からは村の生業である紡織を止めて染色や縫製に回ってもらったり等、村を挙げての作業になってしまった。それだけでは手が回らず、私自身もすべての工程に関わったし、クイナにも手伝ってもらった。
 現役を引退したおばあちゃんまで駆り出して、織った、染めた、切った、縫ったの大騒動。加えてSサイズからXLサイズに巨人族用の特大サイズ。3色多色展開。ロゴマークや刺繍など、細かい作業の多いこと多いこと。ちょっとやり過ぎたところもある気がする。
 その分お給料ははずんだし、久しぶりの大型案件ということもあって盛り上がったのがせめてもの幸いだった。おかげで懐が潤ったのか、村民の一部は商隊まで買い出しに行っているみたいだ。戻ってきたらすぐにでも飲み会が始まるかもしれない。

「サーヤ、お疲れ様でした」
「クイナもお疲れ様。ごめんね、変な作業させて」
「いえ、なかなか楽しかったです」

 クイナには完成したTシャツの内側に『サーヤ・ストラ機織り工房謹製(リュースグリ村仮設事務所)』と書かれたタグを縫い込んでもらった。安い仕事だったし、このぐらいのアピールは許されるだろう。

「タグ付けはこれで最後です」
「じゃあコンテナの中に入れて釘で閉じてくれる?」
「わかりました」

 最後のTシャツがコンテナに収められ、蓋をされ、釘が打ち込まれる。トントンという手際のいい音が気持ちいい。クイナにはこういう平和な作業の方が似合っているような気がする。本人に言うのは失礼だから言わないけど。

「できました」
「ありがとう。そろそろチャータしてた竜便の来る時間ね。外に行きましょう」

 上下と側面に『NYフェスT在中』と二か国語で書かれたコンテナを抱えて家の外に出ると、青空の向こうから飛龍がまっすぐ向かってくるところだった。手を振って合図をすると真上で旋回してゆっくりと降りてくる。

「依頼主のサーヤ・ストラさんですか?」

 ワイバーンにまたがった青年の質問に「はい」と答え、荷物を指さす。

「荷物はこれです」
「エルダーグラン領ヨークモエル村宛てですね。魔法道具、危険物は入っていませんね?」
「大丈夫です。ところで、飛行は大丈夫なんですか?」

 ワイバーンを降りてコンテナを首にくくりつける作業を見守りながら、ふと心配になって聞いてみる。

「両国は戦時中ではありますが、国境を超えた復興支援という事で、航路と時間は指定されたうえで飛行を許可されています。情報によるとヨークモエル村の復興にはファイアランドも関わっているようなので、このTシャツで事実上、三国共同事業になりました」
「そう、それは良かったわ。それじゃ、お気をつけて」
「了解です。飛べ!」

 青年が手綱を引くとワイバーンが大きく羽ばたく。土埃が舞い、パラパラと小石が当たる。

「よろしくおねがいしまーす」

 それに答えるかのように上空で大きく旋回したワイバーンは、まっすぐヨークモエル村があると思われる方角へ飛んでいった。どこにあって、どんな景色の村だろうか。燃える前はどんな人々が住んでいて、どんな生活を営んでいたんだろうか………ああ、もうだめ。

「じゃあ私は一度寝るから昼前に………ふぁぁ………起こしてくれる? 徹夜明けでもう眠くて」
「口元を手で隠さないとせっかくの顔が台無しですよ…。まあ、わかりました。ゆっくりしてください」
「ありがとう」

 よろよろとベッドまで向かうと、そのまま突っ伏した。

「もう、靴ぐらい脱いでください」

 意識が沈む直前、クイナのそんな声と、靴を脱がされる感触が届いた………ような気がした。
 その日の夕方、クイナの努力むなしくノロノロと目覚めた私の元に、ヨークモエル村からアイスブランドに戻る途中の竜便が、対価であるサンダラー銀貨と喜びに満ちたお礼の手紙を運んできてくれたのは、また別のお話である。

初出: 2019年03月21日
更新: 2019年03月21日
著者: 鈴響雪冬
Copyright © 2019 Suzuhibiki Yuki

Misskeyにノート

Fediverseに共有