本作は「流浪の裁縫師」シリーズの自己スピンオフです。「流浪の裁縫師」シリーズは、大陸東部での出来事ですが、大陸西部での出来事を描いてみました。(pixivファンタジアは閲覧数で勝敗を決するイベントのため、東部戦線(王無き国の戦い)に参戦していた私が西部戦線(レッドヴァルの戦い)にも参戦するために書き上げた作品です。)
公式NPCであるオスカー提督に妄想設定もりもりでチャームクロスを使った服を着てもらいました。これで魔法防御は完璧!
※時系列的には本編19話の後です
「ガロックさん、おはようございます」
「ガロックじゃなくてミュゼでしょ。おはよう。何かいいのは入ってる?」
「これなんかどうだ? シルクっていう光沢があって吸水性も高いいい生地だ」
「南の方の素材でしょ? 良く手に入ったわね」
「まあな」
わざとらしくふんぞり返る店主を無視して並べられている生地を見る。南の方から戻ってきた商隊から買い付けただけだろう。それにしても、どうしてこの国は白とか紺の生地ばかり好まれるんだろう。身を隠せるからだとか、染料になる素材が少ないとか、上層部がみんな白い衣装をまとっているからとかいろいろ言われているけど、私自身はもっといろんな色が合ってもいいと思う。南方の商隊と出会ったならもっといい色も仕入れればいいのに。
「あれ?」
「ん? ああ、その端っこのか。緑色で売れないだろうから嫌だったんだが、どうしてもって渡されてな。珍しい色だよな」
「そうね」
若草色…とでも言うのだろうか。綿布を染めただけの素朴な生地だ。この辺では珍しい色故に粗雑に置かれていたその一巻きを持ち上げ、タグを見る。
「サーヤ・ストラ機織り工房!?」
「なに、知ってるのか」
タグには『サーヤ・ストラ機織り工房謹製(グリーンストーン庄仮設工房)』と刺繍されている。
あの馬鹿! グレイベア城が襲われたって聞いて心配してたのに、なに別の場所で平然と生地作ってるのよ! 連絡ぐらいよこしなさいよ。それとも次席の私には興味がないって? いや、私も連絡取ったことないけど。
「知ってるも何も、偏屈で有名な織屋よ。ところでこれはなんというの?」
「聞いた話だとチャームクロスっていうらしい。魔法を防ぐとかなんとか」
「はい?」
「いや、俺も聞いただけで…」
確かに昔から魔法を生地にとか言ってた気がするけど、魔法も使えないのにどうやってとかみんな馬鹿にしてたっけ。でも、彼女は首席であることに違いないし、研究者としての素質はある。もしかしたら本当に…。
「これ全部買う。なん巻きある?」
「え、緑色の生地なんて使うのか? まあ俺はいいけど。全部で5巻きだな」
「はい、これ代金。先に一巻き渡して。あと同じのが入荷したら全部私に売ってちょうだい」
「お、おう」
「マーサ、一発撃ってみて」
後ろを振り返って従者のマーサに指示を出す。
「よろしいのですか?」
「かまわない。射撃系で強め、よろしく」
「分かりました」
布を広げ、自分の前にかざす。強めといってもマーサは手加減するだろう。ひとまず、効果があるかどうかだけ見極められればそれでいい。
「では、行きます。ラ・リトラ・リュラ・カーラ、大地を覆いし氷鉄の源、槍となりて貫け、アイスジャベリン!」
サーヤ、あんたの布、信じるわよ。
キリキリと空気が震える音が近づいてくる。思わず目を瞑り、衝撃に備える。
「あ、れ?」
「防ぎましたね」
「う、そ、でしょ?」
布をひっくり返してみるものの、跡は何もついてない。
「防御属性は、受け止めるでも受け流すでもなく、抗うですね。詳しいことは分かりませんが、たぶん自然由来の魔法でしょう。多少手加減はしましたが、かなり高い防御力を有するようです」
「そう」
あの馬鹿は本当に…。
「マーサ、工房に帰るわよ。今すぐ服に仕立てる」
「はい」
5巻きの布を抱えながら、日数を練る。クールモリアから前線基地に届けるとしたら、鷹便は陸伝いだから使えないし、龍便で海上を飛ぶことになる。戦場の上空は回避したとして、早くても二日…三日…ってところかしら。今すぐ服に仕立てたら、都合四日か五日あれば届けられるわけね。サーヤがなんのために魔法の生地にこだわったかは知らないし、これが目標としていたものなのか副産物なのかは知らないけど、効果があるなら使わせてもらおうじゃないの。
色が色だから別の色に染め変えたいけど、生地自体は普通の綿布だ。この色になった理由があるとしたらそこは手をつけたくない。となると服の裏地にするか、鎧下にするか、下着にするか。服の裏地は南方の暑いところでは不向き。鎧下でもいいけど、提督は鎧を身につけないし、ユキさんも普通の服だと聞く。それに加工も時間がかかるから現実的でない。となると、下着が一番かな。
荒く舗装された石畳の上を馬車ゆっくり進む。その時間は私に構想を与えるには十分な時間だった。
「提督、クールモリアから荷物が届いてます」
「こんな時に荷物? 物資もなかなか届かねーって時に、なんだそりゃ」
「はっ。今日到着の物資に紛れ込んでいたのですが、発送リストと突合しないので、正規の荷物ではないと思われます」
「怪しいな。送り主は誰だ」
「ガロック裁縫店 ミュゼ・ガロック、と書かれています」
「ガロック………あのガロックか」
「ご存じですか?」
「ああ。二番通りにある仕立屋だ」
ガロック家といえば代々仕立屋の家のはずだ。親父のすすめで何着か作ってもらったことがある。ミュゼ…という名前は聞き覚えがないが、代替わりしたのだろうか。あの店主もだいぶ歳だったからな。
「で、若きガロック家の娘が俺になんの用かな」
兵士から荷物を受け取り、封を開こうとする。
「その役目は私が」
「この軽さで罠って事も無いだろう? まあ、開いてくれるというなら頼むわ」
「はっ」
兵士が留め具を回し、蓋を開ける。何も起こらないことを確認して中をのぞき込む。
「下着…?」
「下着ですね」
丁寧に畳まれた緑色の下着の上に置かれていたメモを拾い上げる。
オスカー様。
突然の荷物申し訳ありません。
私はミュゼ・ガロックと申します。
まずは、先代に対する格別のご厚情を賜り誠にありがとうございました。
ここに改めて深甚の感謝を申し上げます。
このたび8代目としてガロック裁縫店の店主に就任することになりました。
先代同様、ご指導とご愛用のほどお願い申し上げます。
先般、魔法を防ぐ布を手に入れましたので、何かの役に立てばと下着として仕立てました。
ご利用いただければ幸いです。
クールモリアの住民の一人として、オスカー様の無事をお祈りしております。
背一杯背伸びして考えたであろう文章に思わず笑いがこみ上げてくる。きっとまだ若いのだろう。もしかしたら孫娘なのかもしれない。文章にたどたどしさは残るが、その思いは伝わってくる。考えてみればクールモリアを空けてだいぶ長くなる。みんな元気にやっているだろうか。この戦争が終わったら盛大に祝賀会でも開こうじゃないか。
「かわいい手紙じゃないか。どれ、魔法使いを一人連れてきてくれ」
「はっ」
かわいい手紙といってもその中身は仕立屋として、クールモリアに住む人としての強い思いが込められている。なら、その思いに答えるのも俺の仕事だろう。
魔法使いによる簡単なテストはその布の特異性を証明してみせた。射撃系、放出系の魔法はほぼ完全に防御。大火力による一点集中攻撃や、範囲攻撃、飽和攻撃でもなければ大丈夫だろうという分析だった。一方で、布としての性質は持ち合わせたままのようで、切りつけられれば切れるし、燃やされれば燃えた。まあ、それは軍服も同じだ。この特性なら確かに下着にするのが一番だろう。
ついでに罠が仕掛けられてないかも見てもらったが、その点も大丈夫とのことだ。これなら安心して薦められる。
「5着か。俺が1着使うとして、ゼラ様はこう言う小細工に興味はあるだろうか。まあ、声はかけてみよう。後はユキちゃんに…マヌルは無理だな。体で耐えてもらおう」
よっと箱を抱え上げ、ひとまずゼラ様のいる幕舎へ向かって歩き始める。残りの2着をどうするか考えながら。