Top > ウェブ公開作品 > 小説 > 長編小説 > 丘の上の物語 > 水瀬千夏 -第七章-
「おい、久川!!」
すでに久川は立ち去った後…。
だけど…叫ばなきゃ行けない気がした。
それが義務のようで当然に感じた。
引きとめない奴がいないはずがない。
『コツコツコツ』
誰かが歩いてくる音。
「誰だよ」
オレは顔を上げながら音の方を見る。
「僕だよ」
「あぁ…稔か…。情けないな…こんな所を見られるなんて」
「…」
「完全にフラれたんだよな…」
「空を見上げて歩いてみよう。そこにきっと明日がある。未来を見つめて進んでいこう、蒼く果てしない空の彼方へ」
「どう言う意味だよ」
「聞いたこと…ないか?」
「何処かで聞いた事がある」
「ならいいんだ」
「どう言う意味だよ!!」
「落ち着け…。希望を捨てないで、未来を見つめ目標を持って歩こう」
「はぁ?」
正直いらついてた。
「そんな心理状況だとこの意味もわからないんだな」
「わかんねーよ」
卑怯だよな。オレは。
関係のない稔にやつ当たりをしている。
「修司君、この景色が見えるかい?」
稔はフェンスの向こうの街を眺めている。
「あぁ…」
「この街の景色は毎日僕に語り掛けて来るんだよ」
「…」
「何を言いたいかわからない…けど…何かを語りかけてくるんだよ」
「…」
「つまりね、どんなに小さいことでも気をつけて何かを感じようとすれば、それが自分のなにかにつながるんだよ」
「…」
「今、複雑な顔をしているね。大丈夫、僕自信何を言いたいかわからない。ただ話したかっただけだから」
そう言うと稔はフェンスから離れた。
「稔?」
「それじゃあ、僕は行くから」
ペントハウスに向かって歩いていく稔。
「あっ、最後に二つ」
「なんだ?」
「自分の思ったことをつらぬけ!気が済むまで」
稔がはじめて叫んだ気がする。
「それと…、かごの中の鳥は自由になりたくてもなれない。それはね、たとえかごを開けても外の世界が怖いんだよ」
「…」
「それじゃあ、僕のいいたいことはそれだけ」
「え?」
思わず聞き返す。
『バタン』
…
……
………
自分の思ったことをつら抜け。
蓮にも言われたな…似たようなこと…。
景色を見ながら考える。
いつのまにかかなり心が落ち着いている自分がそこにいた。
自分の思ったこと。
自分の想い。
ここまでいわれても…やっぱり水瀬先輩のことがオレはすきなんだろうな…。
…
最後ぐらい…先輩の口から直接聞こう。
そこまで考えてオレは家に帰った。
家
「おかえり…、修」
「あぁ、ただいま」
「ご飯…出来てるよ」
「あぁ」
蓮と一緒にリビングに入る。
テーブルの上には普通の和食。
「いただきます」
「いただきます…」
オレと蓮の挨拶。
会話のないまま進む食事。
…
……
………
「ごちそうさま」
「ごちそうさま…」
オレは部屋へと戻った。
…
どうやって水瀬先輩に会おう…。
やっぱり…放課後しかないのか。
教室にいっても会えない。
…
……
………
玄関…か。
でも…まだ…だな。
自分の心をもう少し整理しよう。
それよりも…さっきまでの蓮だ。
元に戻ったかと思えばいきなりこれだ。
なんなんだよ!
…
だめだ…。
今日はこれ以上は考えられない。
おやすみ、オレ
結局今日は蓮ともほとんど話さなかった。
強いて言えば『しょうゆ必用?』『いや、いい』だけだった。
見かねた晶と薫が『なにかあったら私達に相談して』といってくれた。
だけどオレは断った。
これは1人で解決するしか無い気がした。
それと…兄妹だしな。
たとえ血がつながっていないとしても…。
…
……
………
すでにオレの心は決まっている。
明日、水瀬先輩に会おう。
今度こそ…話しをつける。
放課後…
オレは急いで玄関に向かう。
授業中に考えていたことを頭に浮かべる。
今日は昼ご飯すら食べなかった。
学校の誰も来ない裏庭で1人で考えてた。
幸いホームルームも早めに終わり、オレは1人廊下を走った。
靴を履き替え玄関を抜け、校門の前で待つ。
ここしか学校の外に行く道はない。
つまりここで待つと、絶対水瀬先輩に会えるのだ。
そうこうしている間に玄関から少しづつ人が出てくる。
遠目にオレは水瀬先輩をその中から探し出す。
…
……
………
いた。
水瀬先輩は真っ直ぐこっちに向かってきた。
そして―――
「水瀬先輩」
「!?」
水瀬先輩は驚いてこっちを見つめる。
「ちょっと…話があるんだ…。10分…いや5分だけ付き合ってくれ」
「久川さんから聞いているはずです」
それだけ言って水瀬先輩は立ち去ろうとする。
「待て」
オレは水瀬先輩の腕をつかんだ。
「オレは水瀬先輩の口から直接聞きたい」
「………」
長い沈黙。
何人かの生徒がこちらを伺いながら歩いていく。
「…わかりました」
本当に小さな声。
「ここだとなんだから…屋上………でいいか?」
「はい」
屋上
無言での対峙。
水瀬先輩との距離は10メートルほど…。
すでに二人が並ぶことはなくなっていた。
稔の残した言葉の意味…オレはなんとなくわかっていた。
そして…
「水瀬先輩」
「はい」
「許嫁…本当なんですね?」
「そうです。許嫁がいるのは事実」
「その許嫁…水瀬先輩自身がえらんですか?」
「………はい」
「それなら…何故オレと?」
そう。二人の距離は友達を越えていた気がする。
久川の言うとおり自惚れかも知れないけど…。
「…」
無口になる先輩。
「先輩はそれでいいんですか?」
「?」
「他の人が敷いたレールの上を走って」
稔は明らかに何かを知っている。
そして、その稔がオレに『自分の信じるまま動け』といった。
それは…オレの予想があっているという意味に違いない。
だからオレは今まで考えていたことを一気に言う。
「水瀬先輩は…本当は嫌じゃないんですか?その許嫁と結婚するのが。
先輩は自由になりたいんじゃないんですか?」
「…」
稔のあの言葉の意味。
「空を見上げて歩いてみよう。そこにきっと明日がある。未来を見つめて進んでいこう、蒼く果てしない空の彼方へ」
あのオルゴールの曲の歌詞だ。
だけど、稔はそこに水瀬先輩の気持ちを重ねてオレに聞かせた。
希望を捨てるな。
「自分の進みたい道をすすもう…先輩」
「…」
「たとえ、それが他人が敷いたレールの上じゃなくても…自分がしけばいいじゃないか」
「………」
長い沈黙。
「でも…長い間かごの中で飼われていた鳥はかごから出されてもそこにとどまりつづけるのです。私もそれと同じ。たとえ、修司さんのおかげで自由になれても何も変わらないのです」
「なっ!?」
「もう…貴方に会うことはないでしょう。さようなら」
ゆっくりとペントハウスに向かう先輩。
「先輩!先輩は風に吹かれたままの草ですか?いや、そんな立派な物じゃない。名のない草だって、生きている。自分の信じるまま!」
距離は開いていく。
「先輩は今、1人じゃないはずだ。久川もいるし………皆…友達だっている。それにオレだって…。1人では無理でも…皆となら歩いていけるんじゃないのか?」
初めて先輩が振り向いた。
「私…私には無理です。もう2度と…私の前に現れないでください」
先輩がドアを開ける。
「先輩っ!オレはいつまでも待ってる!オレと一緒に歩いて行けるようになるまで。遠回りになっても、時間がかかってもいい…オレはずっと立ち止まって待ってる」
「…」
「明日の夜10:00…あの時の公園でオレは先輩を待っている。ずっと…!」
『バタン』
ドアがしまった…。
風の音しか聞こえない屋上…。
オレは何もすることもなくそこに立っていた。