Top > ウェブ公開作品 > 小説 > 長編小説 > 丘の上の物語 > 水瀬千夏 -第五章-
「いただきま~す」
全員の高らかな声。
「それにしても、よかったね~」
「何が?」
オレは晶のほうへ向く。
「風邪が治って」
「あぁ、まったくだ」
「もぉ~僕の言うことを守っていれば、こんなことにはならなかったんだよ」
「だって、暑かったから仕方がないじゃないか」
…
……
………
「あれっ?晶先輩?」
どこからともなく聞こえてくる声。
「あっ、藤崎かぁ~、どうしたの?」
「えっ?どうしたっていわれても…」
「あら、若菜じゃない」
「久っち~♪」
いや、目の前で抱擁をされても困るけど…。
さらに、若菜の暴走は進む。
「あら、稔先輩、お久しぶりで~す」
そういって、手を振る。
嫌な予感が…。
稔は…、固まっている。
そのまま後ろに―――
倒れた。
「若菜、わざとやってるでしょ」
「ばれ…た?」
「おい、稔はどうするんだ?」
その場にいる、久川に聞く。
「放っておけば、元に戻るからいいよ」
「あはは(苦笑」
オレはそれ以上何もいわないことにした。
「それにしても、藤崎が、久川と知り合いだったとはね~」
晶は、感心したように言った。
「あら、私は元剣道部よ」
「えっ?」
さらに驚いた顔をして、晶が聞き返す。
「1年のときはね」
「それって、入れ替わりで普通は知り合わないと思うよ」
蓮の質問。
ん~。そういえばそうだな。
「その辺は、秘密」
…
……
………
「うっ…」
死体が動き出す。
「おっ、目覚めたか」
「そうみたいね」
「修司君…僕を勝手に殺さないで」
「人の心を読み取るな!」
放課後
「すみません。もしかして、待たせてしまいました?」
「いえ、そんなことはありません。それでは行きましょう」
オレと水瀬先輩は学校をでる。
昼、水瀬先輩に小さい声で、「今日、放課後空いてますか?」と聞かれたのが始まりだ。
「だいぶ、桜も散ってしまいましたね」
隣を歩く水瀬先輩が残念そうにいう。
「そうだな。まっ、来年も咲いてくれるよ」
「そうですね」
考えてみれば、水瀬先輩と2人っきりでどこかに行くというのは初めてだ。
外で会ったことは一回だけあるけど…。
坂道を降りきったところでオレは
「ところで、今日はどこに行くんですか?」
と聞いた。
「…」
「どうしました?」
数秒の間
「決めてないです」
そういって、笑う。
いや、決めてないって…。
どうしよう。
出だしを挫く二人。
端から見れば、路頭に迷ったカップル。
…
って、カップル?
…
ふぅ~危ない妄想を否定する。
「どうしました」
「いえ、なんでもないです。ところで、どこにも行くところがないんだったら、ちょっと買い物に付き合ってくれないか?」
「買い物?」
「はい、実は今日、蓮の誕生日なんですよ」
「そうなんですか」
オレは、水瀬先輩に気を使わせるのが悪い気がしたので、自分の誕生日のことはいわなかった。
「いいですか?」
「はい。そういうことだったら、喜んでお付き合いします♪」
「ありがとう」
「実は、毎年何をあげるか悩むんですよ」
「そうですね~。プレゼントを選ぶのは大変ですから」
「水瀬先輩だったら、どうしますか?」
「う~ん」
唸りながら、考えている。
…
……
………
「みっ、水瀬先輩?」
「あっ、すみません」
どうやら、かなり深く考えていたらしい。
「去年は、何をあげたのですか?」
「去年は…ローラーブレード…だったかな?」
「そうですか」
そういって、また考え込む。
「そうですね、写真立て…なんていかがでしょう?」
「写真立て?」
さっきの、ローラーブレードを聞いたことに関してはまったく関係なかった。
「はい。写真立てです」
「いや、繰り返さなくてもいいです」
「写真立てというものは、一見つまらないものかもしれませんが、私達人間が、思い出を残す手段の一つです」
「なるほど」
水瀬先輩がいうと、なぜか納得がいく。
学校帰りの喧騒に包まれた、商店街。
オレと同じ制服に身を包んだ人達が沢山いる。
商店街というと、寂れたイメージが沸く人も多いと思うが、ここは違う。
街の中心にあり、街に住んでいる人以外にも、周辺の町からも人が集まってくる。
かなり賑わっている。
「えっと、こちらにあったはずです」
いつもなら通りすぎてしまうような小さい店。
店の中に入ると、中には誰もいなかった。
「おじいさん?」
水瀬先輩が誰かを呼ぶ。
「あぁ、はいはい」
店の奥から白い髭を蓄えた紳士的なおじいさんがでてきた。
歳は…60前半だろうか。
ステッキとシルクハットが似合いそうな人だ。
「写真立て…ありましたよね?」
「あぁ。こっちだ」
オレ達は店の奥に案内される。
外から見るとは狭くて暗いと思っていたが、採光がきちんととられ、ディスプレイも上手く店内は意外と広く感じる。
「これが、私のお奨めかな」
そういっておじいさんが取ったのは、透明なアクリルを基調としたシンプルなデザインの写真立てだ。
「写真立てというのは、シンプルであればシンプルなほど、中の写真が引き立つんじゃ」
「なるほど。これは…いくらですか?」
値段がついてないので、オレは聞く。
「そうだな…1500円ぐらい…でいいだろう」
いいだろう?…オープン価格!?
「ん?そっちの小物はなんですか?」
写真立てがあった場所より少し奥に、光る小物があった。
「ほぉ~…」
おじいさんが感心したような声を漏らす。
「どうしたんですか?」
水瀬先輩がそんなおじいさんを見ながらいった。
「いや、いい物に目をつけたな、と思ってな。これはオルゴールじゃ」
「オルゴール…」
「曲は…たしか…『丘の上の物語』だったはずじゃ。英語の部分もあるが、覚えてない」
「ちょっと聞いてみていいですか?」
「あぁ、かまわんよ」
アルペジオから始まった曲。
多分サビの部分なんだろう。
明るい曲調が展開されている。
「すみません。これもセットで下さい」
「うむ。いい買い物したな。合わせて…2800円ぐらいかな」
「はい」
そういって、オレはお金を手渡す。
「これは、プレゼントか何か?」
「えぇ。誕生日プレゼントです」
「千夏さんのかね?」
「いえ、私のではありません。修司さんの妹の蓮さんの誕生日プレゼントです」
「そうか。ちょいと残念だのぉ。二つ一緒に渡すのかい?」
「はい」
「それじゃあ、ちょっと待っていてくれるか?」
「わかりました」
そういうと、おじいさんは店の奥に入っていった。
「水瀬先輩はここに結構来るんですか?」
「えぇ。昔たまたま入った店なんですけど、なんとなく気に入ってしまって」
「そうなんですか」
おじいさんが名前まで知ってるということは結構な常連なんだろう。
「早苗さんも知っていますよ。ここの店」
「へぇ~。ちょっと意外かも…」
「そんなことないですよ」
そんなことを話している間におじいさんが戻ってくる。
「はい」
そういいながらさっき買った商品をオレに手渡してくる。
短時間だったにもかかわらず写真立てにオルゴールを載せる溝が彫られている。
はまるのかな?
…
ぴったりだった。
「ありがとうございます」
「いや。またいつでも来てくれ」
「「はい」」
オレと水瀬先輩は一緒に答える。
「だいぶ遅くなりましたね」
既に6時。
「ちょっと休みませんか?」
「それだったら、あそこの公園に行こう」
「はい」
商店街の裏側の公園。
いつも誰もいない。
夕方だというのに中はひっそりと静まり返っている。
「今日はありがとうございました」
「いえ、オレの方こそ買い物につき合わせちゃって…」
「いいですよ。楽しかったので」
「そうですか?」
…
……
………
話題がなくなりお互い口数が減ってくる。
オレが耐えきれなくなり話しかけようとしたとき、
「修司さん」
「はい?」
水瀬先輩の方から話しかけてきた。
「誕生日…おめでとうございます」
「えっ!?」
「はい。プレゼントです」
「えっ!?えっ!?」
思いっきり混乱と動揺している。
「あっ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
…
落ち着け…オレ。
「えっと、どうしてオレの誕生日を?」
「以前、蓮さんに聞きました。修司さんが風邪をひいて倒れた日に」
「そうだったんですか…。開けてもいいですか?」
「はい。どうぞ。もう修司さんにあげたのですから」
「そうだな」
『ガサッ!ガサガサ…』
「風鈴?」
「はい。この時期にはとても風流です」
「ありがとう。窓辺に飾っておくよ」
「たまには窓を開けて音を聞いてください。湿度や気温によって風鈴の大きさが若干変わり、音が変化するので」
「へぇ~…。ありがたく頂くよ。いつかお礼をしないとな」
「そんな…いいですよ」
…
……
………
「そろそろ帰るか」
「そうですね」
二人で公園を出る。
家まで送ろうと思ったが場所がわからなくて挫折。
まだ明るいから大丈夫だろう。
「それじゃあ、また明日」
「はい。さようなら…」
商店街に出たところでオレ達は別れた。
お互いに別の方向に向かって歩きだす。
最後の水瀬先輩の様子がいつもと違っていた気がする…。
…気のせいだよ………な。
その後オレは蓮と一緒にパーティーを開いて盛り上がり、毎年恒例のプレゼント交換をやった。
蓮はオレからのプレゼントをとても嬉しそうに受け取っていた。
ちなみに、蓮からのプレゼントは、『目覚し時計』だった。
おいおい…。
朝
蓮のくれた目覚し時計で目が覚める。
「死ぬかと思った…」
推定100デシベル…。
恐るべし『爆音目覚し時計』。
寿命が3ヶ月縮んだ。
明日からは使わないようにしよう。
…いや、使わないと殺されるか。
1、 寿命を3ヶ月縮める
2、 使わない(蓮に殺される)
3、 他の方法を考える
う~ん…どれにしよう。
4人で交わす朝の挨拶。
いつのまにかこれが日常になっている。
オレ、蓮、久川、水瀬先輩の順に並んでいる。
昼
7人のメンバーで昼ご飯を食べる。
…
……
………
「水瀬先輩」
「…」
「水瀬先輩…」
「……」
「水瀬先輩!?」
「えっ…あっ、すみません。なんでしょうか」
「いえ、昨日のお礼をしようと思ったので」
「あっ、そうですか」
「蓮も喜んだみたいでよかったです」
「それでは、私も選んだ甲斐があったというものです」
…?
なんか、会話に違和感を感じる。
表情だろうか…。
いや、水瀬先輩…さっきからよそよそしい気がする。
さっきのこともあるし…考え事でもあるんだろう。
とりあえず、爆音目覚し時計(ふとんでグルグル巻きにした)で目が覚める。
「うむ。このぐらいが丁度いいな」
窓辺には貰った風鈴。
風のない室内では静寂を保っている。
「窓…開けるか」
そういって窓を開ける。
春の終りが近づいている。
前よりもさらに温かい風。
まだ、いつもの様に季節が入れ替わる。
「下りるか」
着替えをすませたオレは、リビングへ向かった。
「おはよーっ!」
「おはよう」
「最近目覚めがいいよね!」
「あぁ、蓮の目覚ましのおかげだ」
「うん、うんっ♪これからもその調子だよ」
ふとんでグルグル巻きにしたことは当然内緒だ。
…
……
………
朝の挨拶でオレ達はいつもの様に坂の前で合流する。
…
?
「なぁ、久川?」
「ん?どうしたの」
「水瀬先輩は今日は休みなのか?」
「今日は用事があるって、先に行ったわ」
「へぇ~…めずらしいのか?」
「う~ん…。まぁ…珍しいと言えば珍しいわね」
久川は言葉を濁した。
昼
いつもとちょっと並び方が違う。
まぁ、席替えのような心境で楽しいかもしれない。
オレと水瀬先輩は対角線上にいる。
前は久川を挟んで隣だった。
…
……
………
結局一言も話さず終わった。
まぁ、稔とは意味もなく討論をしていたが…。
ついでに言うと、オレは敗戦。
恐るべし、稔の知識と弁論術。
商店街
久しぶりに『甘党』ののれんをくぐる。
たまには甘い物が食べたいと思ったからな。
そういえば、誕生日に蓮が作ったケーキ…食べたっけ…。
まっ、いいか。
家
「修」
…
「修」
……
「修ってば!!」
『グサッ』
「うおっ!!」
目の前のテーブルに包丁が突き刺さっている。
「なにすん―――」
「ご飯出来たから早く運んでね♪」
「あっ、ああ」
反論する前にやられる。
先手必勝だった。
これで稔にも勝てるな…。
…
……
………
オレは水瀬先輩のことを考えていた。
思い出してわかったがここ最近あまり話していない。
今日は一言も話さなかった。
どうしたんだろう。
悩み事の相談ならのってもいいんだが…。
まぁいい。明日になればきっとわかるだろう。
いつもの水瀬先輩に戻っているに違いない。
「修、考え事?」
「まぁ、ちょっとな」
「でも、味噌汁冷めちゃうから、ほどほどにしてね」
そういう蓮の顔も、なにか心に引っかかる物があった。
「お前も、考えすぎるなよ」
長い付き合いだ。
義理だとしても兄妹だ。
このくらいの言葉でも通じる。
「ありがとう♪でも僕は大丈夫だからいいよ」
「そうか」
…
……
………
「おはよう」という朝の挨拶で俺達はいつもの様に出会い、学校へ向かう。
「あれ、水瀬先輩はどうしたの?」
そういう蓮の声でオレは水瀬先輩がいないことに気がつく。
「そういえば…どうしたんだ?久川。きょうも用事でもあるのか?」
「ん?まぁ、そういうところね」
一時間目
先生の声が教室に響く。
どうしたんだろろ…なにか最近おかしい…。
久川の態度、水瀬先輩の態度、昨日の蓮。
…全てが変わり始めている。
とくに蓮があんなふうに考え事をしているのは珍しい。
どうしたんだ…いったい。
昼
いつもは7人の空間。
だけど6人しかいない。
「あれぇ~水瀬先輩は~?」
「今日は…1人になりたいって」
「そうなの~?」
晶と久川のそんな会話。
蓮はあまり話に乗り気じゃない。
場は、久川と稔と晶と薫の声だけで支配されている。
「ねぇ、修司、どうしたの?」
晶が小さい声で話しかけてくる。
「あぁ、蓮の様子が昨日からおかしいんだ」
「そうなの?」
「あと、水瀬先輩」
「うん…それはそうだね。12日辺りからかな…急に話さなくなったのは」
「おまえも思うか…」
夜の自分の部屋
何の音もない部屋。
オレはここ数日のことを考えている。
12日…オレと水瀬先輩がデート(?)した次の日。
なんか関連でもあるのか?
そして、13日からおかしい蓮の様子・
いったいなんなんだよ!!
いつもと違うことが起こっていることにいらついている自分がそこにいた。
…
……
………
あした…二人に聞いてみよう。
おせっかいかもしれない。
けど放っておけない。
その時…オレは水瀬先輩のことが好きだということに気がついた。
「おはよう」
いつもの蓮の挨拶からだが今日はオレからしてみる。
「あっ、おはよう…」
玄関を出る。既に桜は散っている。梅雨までの一ヶ月…こんな暖かい天気が続くんだろう。
坂の手前までオレ達は一言も話さなかった。久川との朝の挨拶。今日は稔がいた。久川の話によると、朝寝坊したらしい。そして…今日も水瀬先輩はいなかった。
隣にいる薫と話しながら授業を受けている。誰でもいいから話し相手が欲しかった。薫も蓮と水瀬先輩のことが心配らしい。あと、オレのことも心配していたらしい。最近元気がないと…。
放課後
ホームルームの終了の礼をした直後、オレは教室を出る。水瀬先輩の下へ向かうためだ。チャンスは今しかない。この曲がり角の先には三年生の教室がある廊下。オレはそこを全力で曲がりきった。開けた廊下の向こうには水瀬先輩の姿。どうやら、ホームルームが終わったばかりらしく、他の生徒はまだ誰も廊下にはいない。
「先輩!」
「…」
呼びかけに応じず歩いていく先輩。絶対に聞こえている。
「先輩っ!!」
二十メートルほど先で水瀬先輩が立ち止まる。
オレは無言で近づく。
「来ないでっ!!」
「なっ!」
水瀬先輩は振り向かずに、いつもとは想像できないほどの声で叫んだ。後姿は僅かに震えている。教室の喧騒がその時だけやんだように聞こえた。
オレはその意味を聞こうとして口を開きかけた。
「これ以上私に関わらないで…」
今度は全ての時間が止まる。呆然と立ち尽くすオレをよそに水瀬先輩はその場から立ち去った。その後姿があまりにも寂しく、悲しかった。
オレの心も…。
教室から他の生徒が出てくる音で、オレは我に返った。オレの顔を訝しげに横目に見ながら生徒が通りすぎていった。既に水瀬先輩は向こうの階段から下りていった後だった。