Top > ウェブ公開作品 > 小説 > 長編小説 > 丘の上の物語 > 水瀬千夏 -第四章-
「おはよう」
「おはよう~…ってあれ?修司~、なんか疲れてる顔してるね?」
「ん?…まぁな。そういうお前は強化合宿だったって聞いてるぞ」
「そんなハードでもなかったけどね~。それより、どうしたの?」
晶がオレの顔を覗き込んでくる。
「蓮にはめられて、寝ていて遅れた分の授業を取り戻してた」
「どういうこと?」
こんなに具体的に説明してるのに…。
「勉強してた」
簡潔に伝える。
「わっ、すごいね~」
「…つかれた」
「もしかして…」
「おやすみ~」
3時間目
とりあえず、英語の時間
自分でいうのもなんだが、珍しく起きてる。
起きていると聞いているは違うが…。
「というわけで、白河修司、ここは何で起きかえる事ができる?」
呼ばれて思わず立ちあがる。
黒板を凝視する。
あっ…なるほど………。
「『and it』です」
「そうだな。よし、座っていいぞ」
オレは席に座る。
「へぇ~」
薫が物珍しそうにオレを見てくる。
「どうしたんだよ」
「珍しく起きてたから」
「オレだって、いつも寝ているわけじゃないぞ」
「そーなんだー。でも、珍しいのは事実だと思うよ」
「そーですか」
昼
「ありがとうございました」
ダッシュ!!
日直の号令と共に廊下へ飛び出る。
蓮と一緒に駆け抜ける。
最終コーナーを全速力で回る。
勝った!
「今日も並ばなくてもよさそうだね」
「あぁ」
隣を走っていた蓮が列に並ぶとそういった。
相変わらず、息切れすらしてない。
…
……
………
屋上
「お帰り~」
「ただいま」
晶の第一声
「それじゃあ、食べよう」
続く薫の言葉。
…
……
………
「うん?」
ふと辺りを見渡すと、1人の男がフェンスに寄りかかって街を眺めていた。
その時、その男に声をかける一人の人がいた。
(久川!?)
たしかに久川早苗だ…。でもどうして?
まぁ、関係ないか。
あっ、水瀬先輩もいる。
「どうしたの?修~。ボーッとして」
「うん?あぁ、久川と水瀬先輩がいる」
「どこどこ?」
いいながら辺りを見渡す蓮
「あっ、いた♪」
「な?」
「ちょっと行ってくる」
「えっ、おい待てよ」
行っちゃった。
「れーちゃん、どうしたの?」
から揚げを箸で持ちながら薫が聞いてきた。
「友達の所に行った」
「そうなの?」
そこに、蓮が帰ってくる。
「ねぇ、早苗達が『一緒に食べよう?』だって」
「オレはいいけど、晶達はどうする?」
「僕はいいよ」
「私もさんせー♪」
「ということだ」
…
とまぁ、そんな感じでオレ達は6人の大所帯となった。
屋上で7人で円くなって昼ご飯を食べる。
端から見たら結構威圧感がある光景だったりする。
すでに、自己紹介も済ませ話しは盛上っていた。
「ひさはいつもここで食べてるの?」
「ちょっと待て。ひさってだれ?」
「修~そんなのもわからないの~?早苗に決まってるじゃん」
「…」
いや、そんなことはわかる。
いつのまに『ひさ』っていう呼び名がついたかが知りたいんだ。
…
「また、一緒に食べようね♪」
「えぇ、人数が多い方が楽しいと思いますから」
ちなみにさっき街を眺めていた男の人は『久川 稔』といって、久川の双子の兄とのことだ。
蓮や薫をみて顔を赤くしていたが、久川の『女の子が苦手』という説明でオレは納得がいった。
「なぁ、稔?」
「なに、修司君?」
「なんで、双子なのに久川と性格が反対なんだ?」
「どうしてだろうね。まぁ、僕は僕自信だし」
「…そうだな」
う~む。話が盛上らない。
だけど皆と一緒にいるときは何気に話に入ってはその場を盛り上げている。
…+-0…か………。
「修司さんや蓮さんはパン…なんですか?」
「あぁ、オレ達はいつもパンだけど」
「僕は作ってもいいんだけど、修がパンの方がいいって…」
「どうしてですか?修司さん」
「蓮ちゃんの料理って美味しそうなのに~」
美味しい?まぁたしかにそうだが…エンカウント率なん%か知らないけど、たまに出てくる料理じゃない料理は怖い…ぞ。
「ザクッ!」
「ぐわっ」
「修、変なこと考えてるだろ」
「まっ…まさかそんなことはありません」
てか、お前の後ろに浮いている2,3発目のフォークはなんですか!?
「蓮ちゃん、なんだったら僕のフォークも使っていいよ」
「あっ、僕のもどうぞ、使ってください…」
「お前らなぁ~」
そこまでいって皆で笑う。
いつもと違う昼の風景がそこにあった。
夜
「修、明日の朝、冷え込むらしいから気をつけてね」
「おう」
…
「それにしても、暑い!」
無意味に叫んでみる。
明日寒かろうが、オレの安眠を妨げるのは許さない!
いつも通り寝よう。
おやすみ…。
「寒い…」
朝、いつもよりだいぶ寒い。
寒気がする。
風邪…引いたかも。
リビングへ向かう。
「おはよう~!って…修~顔が青白いよ」
「寒気がする」
「だからいったのに~」
「とりあえず、学校には今の所行けそうだから、行くよ」
「無理しないでね。季節の変わり目の風邪はひどくなる、っていうから」
3時間目
なんで、オレ走ってるんだろ。
体育。
そういってしまえば、一言で片付く。
さっき、先生に休むと伝えようとしたら…。
「先生、今日…はし…」
「おお!そうか!!より、そんなに走りたかったら、準備運動はマラソンだな」
…
というわけだ。
走れそうにないので、といおうとしたんだが。
先生はオレの後ろを走っていて、サボろうしてもサボれない。
別のいい方をすれば、オレが一番後ろ、ということだ。
晶が心配して、オレの隣を走っている。
「修司、大丈夫?」
「死にそう…」
もう…だめです………オレ。
…
……
………
「…」
「修」
「…」
「お~い、大丈夫~?」
「う…うぅ…」
光が戻ってくる。
「大丈夫…みたいだね?」
「晶…蓮………?どうした?」
今オレの目の前には、見なれない設備がある。
あぁ、保健室か。
体育の途中から記憶がない。
「どうしたって…体育の途中で倒れて意識不明…だよ?いきなり倒れるからびっくりしたよ~」
「白河君…だっけ?熱測らせて貰ったけど、39℃あったから」
「39℃!?」
あぁ、大声を出しただけでめまいがする…。
目の前にいる保健室の先生は、工藤雪子先生。
普通は保健室の先生の名前なんて、覚えるはずがないんだが、あまりに有名過ぎるからオレでも覚えている。
先生なのに、不器用で、絆創膏すら貼れないという噂だ。
「修~、これからどうするの?」
「私は、まだ1時間授業はあるけど、帰ったほうがいいと思うわ」
「はい。そうさせていただきます」
「それじゃあ、私が家まで送っていってあげる」
「すいません」
「君達は、もうすぐ授業が始まるから、教室に戻った方がいいわ」
「はい」
「修、今日は、早めに帰るようにするから」
「ありがとう」
ということで、先生の車で送ってもらった。
驚くほど運転が上手かったということは、しばらく忘れられないだろう。
「とりあえず、薬でも飲むか」
保健室では基本的に薬は処方しないからな。
たしか、あそこの棚の上に―――
あった。
…
寝るか。
階段登るだけで目の前がくらくらする。
…
「おやすみ」
…
「ん?」
目が覚める。
時計は『7:24』
えっと…夕方…だよな?
「降りるか」
「あっ、起きたんだ」
「あぁ」
「どう?調子は」
「まだ、ヤバイ」
「食欲は?」
「あまりない」
心配そうに蓮が顔を覗き込んでくる。
「そういうと思って、今日はお粥にしたから」
「サンキュー」
…
今日は早く寝よう。
一応、熱でも測って見るか。
…
……
………
38.5℃
数字をみて、目眩がした。
『10時』
目覚めたときに見た時計には、そう示されていた。
起きるか…
リビングに降りてきた。
こんな時でも、何かを食べておかないと、後々しんどくなる。
テーブルの上の書置きを見つける。
『おはよう、修。朝ご飯だけどお粥は作り置きできないから、お茶漬けにしてね。』
と共に置かれた『お茶漬けの元』。
文の終りには、
『僕はちょっと、出かけなきゃいけない用事があるけど、なるべく早く帰ってくるよ』
と、あった。
お茶漬けですか…。
今のオレには丁度いいくらいだ。
風邪の体で、いつもの様に食べても、具合が悪くなるだけだ。
…
1人の食事は寂しい。
「はぁ~、メイドでも雇うかな」
蓮に聞かれたら、そのお金、誰が払うの?とか言われそうだ。
「やっぱり、無理か」
11時
やること…ない。
寝るか。
オレは部屋に戻る。
さっき飲んだ風邪薬の睡眠促進効果が効いてきた様だ。
…
……
………
「ん…」
瞼を開く。
視界に光が入り込む。
ん…だいぶ調子がよくなってきた。
部屋を見回す。
三国志やら小説が並んだ本棚。
勉強机。
床には、正座した水瀬先輩。
そして、窓の外は………。
…?
……??
………???
「うわっ!!」
「きゃっ!」
「どうして、先輩がここに?」
オレは、今直感的に思ったことを聞いた。
「お見舞い」
「お見舞い?」
「はい。この間のお礼も兼ねて」
先輩はそういって、笑った。
ぐっ…かわいい。
下がったばかりの熱がまた上がりそうだ。
「この間…って、階段の時の?」
オレは平静を装って先輩に質問を続ける。
「はい。そういうことです。ですから、はい、どうぞ」
「これは?」
「ですから、お見舞いです」
「あっ…、ありがとう」
そういって先輩から『甘党』と書かれた箱を受け取った。
これって…。
「どら焼きですか?」
「はい♪流石ですね。あっ、ちょっとお待ちくださいね」
「えっ」
オレが反応する前に、水瀬先輩は部屋から出ていった。
なんだったんだ?
結局、ここにいる理由はわからなかった。
まぁ、お見舞いとはいってたけど…。
『コンコン』
「失礼します」
「あっ、入って」
オレの目に飛び込んできたのは―――
土鍋…だった。
「あの、お腹が空いたと思いまして、雑炊を…」
「オレに?」
「はい」
「水瀬先輩が作ったんですか?」
「はい」
オレはレンゲを取ろうとした…。
その時、先にレンゲをとる水瀬先輩。
オレは、様子を呆然と見つめる。
雑炊を空くって、ふーっ、ふーっ、とやって…。
?
オレに無言のまま差し出した。
食べろ、って?。
そんなオレの疑問を悟ったのか、水瀬先輩は頷く。
はっ、恥ずかしい。
けど、水瀬先輩にも悪い気がしたので、頂くことにした。
眼差しに負けたわけではない。
『もぐもぐ』
「美味しい」
「ありがとうございます」
…
……
………
?
そういえば、先輩の私服姿って、初めて見た。
こうして見ると、大人っぽい服装だな。
短めのシック色合いのカートに、色を合わせたと思われる、長袖の上着。
似合っている。
水瀬先輩の、見た目にも、性格にも似合っている。
そう、オレは感じた。
…
……
………
なんだかんだいって、全部食べてしまった。
食べさせて貰った…と、いうべきか。
思い出すだけで赤くなる。
「あの…修司さん?熱…また上がってきましたか?」
「なっ、ないです」
思わず、声が裏返る。
「それなら…、いいですけど」
そんなオレの心をよそに、話を進める水瀬先輩。
「そっ、それじゃあ、下に降りますか」
「はい」
「あっ、おはよ~修」
「お前ら…いたのか?」
蓮と、久川兄妹がリビングにいた。
「ラブラブだねぇ~」
蓮の声。
「若い男女が、同じ部屋で二人っきり」
久川(妹)の声。
「今日は、赤飯…だね」
稔の声。
「お前らな~」
「修、そんなに恥ずかしがらなくてもいいよ」
3対1だと明らかに不利だ。
どうしよう…。
「あっ、皆さんにも…」
水瀬先輩!ナイス!!
「お菓子を持ってきました」
「ありがとうございます」
蓮の素早い反応。
「羊羹(ようかん)…食べられますよね」
といいながら、部屋の片隅から、箱を持ってくる。
『橘亭(たちばなてい)』と書かれた箱。
「ここの、羊羹は、全国でも有名な羊羹です。ですけど、店長のこだわりで、支店を作っていないので、ほとんどの人は知らないと思います」
「そうなんですか?」
蓮の疑問。
「はい。取材拒否もしているとのことで、テレビにも放送されていないそうです」
「へぇ~。それにしても、それを知ってるとは、流石千夏ね」
「いえ。ただ単に好きなだけです。旅行先で見つけたときは、嬉しかったです」
「ねえ千夏。ちなみに、どこにあるの、その店」
「えっと…京都の右京区嵐山だったはずです」
そういって、記憶を探るような仕草をしながらいった。
オレは、どうやって、ここに持ってきたか聞きたくなったが、やめることにした。
「皆さん、どうぞ召し上がってください」
といいながら、水瀬先輩は箱から羊羹と、見たことのない物体を取り出した。
「水瀬さん…これは?」
稔から話を切り出すのは珍しいと思いつつ、オレの関心も見たことのない物体へ向く。
「これは、黒文字(くろもじ)といって、1種の楊枝です。クスノキ科の黒文字という落葉樹の木から、作る大形の楊枝のことを茶道ではそういいます」
たしかに、爪楊枝とは若干形が違っている。
オレの見た感じ、切るという機能も果たしているようだ。
「檜葉(ひば)の様に香りがあるので、昔から和菓子と一緒に出すのが慣わしだったようです」
「へぇ~」
心から感心した。
失礼ないい方だが、水瀬先輩が、こんなにお菓子のことに詳しいとは…。
…
……
………
水瀬先輩達を見送った後、オレは蓮に疑問に感じていたことを聞く。
「なぁ、いつ水瀬先輩達はオレの風邪ということを知ったんだ?」
「あぁ、それね?昨日学校から帰る時、偶然水瀬先輩とひさに会ったんだよ」
「それで?」
「今日は一緒じゃないんね?って聞かれて、風邪で家に運ばれました、って答えたんだよ」
「なるほど」
まぁ、水瀬先輩達ならそれを聞いたら、駆けつけそうな気がする。
皆、友達思い見たいだし。
「今すぐ行きたい、っていわれたんだけど、風邪がうつるといけないし、昨日は断ったんだ。そうしたら今日来るということで、落ちついたんだ」
そろそろ寝るか。
だいぶ調子もよくなってきた。
明日辺りは、もう大丈夫だろう。
おやすみ、オレ。