丘の上の物語 -水瀬千夏ストーリー-

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水瀬千夏 第二章

「おい、大丈夫か?」
「…」
 
反応がない…
 
「修~大丈夫」
「修司、大丈夫か~?」
 
さっきまで踊り場にいた二人が駆け寄ってくる
 
「あっ、あぁ…オレは大丈夫だけど…」
 
オレは視線を下に向ける
 
「わっ、この人誰」
 
それはオレも聞きたい…
 
「大丈夫かな~?」
 
毎度のことだが、晶はのんびりとした口調でしゃべっている
 
「まずとりあえず保健室に運んだほうがいいだろう」
「うん、そうだね」
 
蓮も同意する
 
「それじゃあ、僕こっちを持つよ」
「あぁ、頼んだ」

――― キーンコーンカーンコーン ―――
 
チャイムが廊下に鳴り響いた
まぁ、そんなことを気にしている暇はない
オレ達は、保健室までの道を急いだ
蓮は、後ろから心配そうについてくる
これを、ほかの人から見たらどういう風に見えるんだろう…
まぁ、たまたま休み時間が終わり授業中だからいいものを…
途中何人かの先生に出会いながら、オレ達は保健室の前にたどり着いた
 
――― トントン ―――
 
ドアをノックしてなかに入る
さすがの保健室の先生も驚いた顔をしている
 
「!?その子…どうしたの?」
 
ちなみにこの先生は工藤雪子先生。
まだ若くて、つい最近先生になったばかりらしい
ただし、絆創膏もまともにはれないぐらい不器用である
まぁ、面白い人と、この不器用さが手伝って、先生はかなりの人気者である。
 
「いえ、オレが階段から落ちて―――」
 
オレは、そのときの状況を詳しく話した。
まぁ、周りから見てた蓮と晶の説明がほとんどだったが…。
 
「そうですか…」
「まぁ、目立った外傷も無いようですけど、まともにぶつかってきたみたいなので」
「はい」
 
そりゃあ、オレの全体重がかかったんだから無傷ではすまないだろう。
 
「病院に車で連れて行くわ。 本当はあまり動かさないほうがいいんだけど」
「お手数かけます」
 
そこで先生は思いついたように言った。
 
「あっ、修司君だっけ? あともう一人どちらかついてきてほしいんだけど…」
「病院にも事情を話さなきゃいけないから…。そうねぇ~蓮さんだっけ?」
「あっ、はい」
「ついてきてくれる」
「はい」
「女の子がいたほうがいろいろと助かるから」
「それじゃあ、僕は教室に戻ってるよ~」
「あぁ、頼む。ノートあとで見せてくれ」
「うん、わかった」
 
先生の車に全員のると病院に向かって走り出した。
ちなみに、謎の女の人は後ろの座席で眠っている。
蓮がとなりで様子を見ている。
こういう時はワンボックスカーって便利なんだな…。
オレはよくわからないことを考えていた。

しばらくすると病院についた。
事前に連絡をしていたので病院では医師と看護婦がすでに準備を整えていた。
女の人を検査室へと見送るとオレ達二人は待合席に座る。
 

 
「修、あの人…大丈夫かな?」
「わからない…」
 
正直な気持ちを言ってみる。
 
「そうだよね…でも眠っていたみたいだから大丈夫だと思うけど…」
「そうだな」
「あの人先輩みたいだよ?」
「どうして解ったんだ?」
「だって3年生のマークついてたし…」
「あぁ、なるほど」
 
そういえば、そうだな…。
 
「あっ、先生は?」
「修~さっき一緒に検査室にいったよ」
 
あっ、そうだった。
う~ん今日のオレは何かがおかしい。
どうも、鈍くなってる気がする。
そりゃ、幼馴染が転校してきて、階段から落ちて、そのうえ先輩にぶつかるなんて…。
普通の人生やってれば起きないよなこんなこと…。

……
………

そうやって時間が過ぎていく
ドアが開いて先生達が中から出てくる。
 
「こっちよ」
 
工藤先生が手招きしている。
呼ばれて入ったのは診察室だった。
 
「それでは、説明します」
 
まだ若い医師が説明をはじめる。
 
「レントゲンを一応とりました」
「はい」
 
オレは神妙にうなずく。
どうも、こういうのは苦手だ。
 
「あばら骨にほんの軽くひびが入っただけで臓器への影響はありません」
 
ほっ。
ふと横を見ると蓮もほっとしたようだ。
 
「この位なら2~3日入院安静すれば大丈夫でしょう」
「入院ですか?」
 
工藤先生が尋ねる。
 
「はい。比較的軽いのですけど、万全をきして…ですね」
「わかりました。それでは今日にも学校に報告しておきます」
「そうしてください。これから部屋を準備するのでどうぞ待合室でお待ちください」
「「ありがとうございます」」
 
オレと蓮の声が同時に放たれる。
工藤先生とオレ達は診察室を出る。
 
「ところで修司くんだっけ?」
 
待合室に戻ったとき工藤先生が尋ねてきた。
 
「はい?」
「あの人だけど、水瀬千夏と言う名前みたいよ」
「そうですか」
 
そんな事はどうでもよかった。
ただいまは、先輩に迷惑をかけたと後悔している。
 
「ところで、蓮さんだっけ?」
「はい」
「修司くんは彼氏?」
 
若い先生と言うのは関係無いにしてもこうゆう話題は好きそうだった。
 
「いっ、いえ違います」
 
蓮が慌てて否定する。
 
「蓮はオレの義妹です」
「そうか…。ちょっと残念」
「先生…そんなこと言わないでください」
 
蓮が困ったような声を上げる。
 
「そうね」
「ところで水瀬さんだけど、もう目を覚ましているわよ」
「あっ、そうなんですか…」
「よかったね修」
「ああ…」
「今日はちょっとあれだけど、明日あたりお見舞いに来てあげたら?」
 
先生の提案はもっともだ…。
まぁ、言われなくてもオレ達は、待ってる間にお見舞いに行くと決めていたけど…。
 
「そうします」
「そうしてあげて」
「君達はもう学校に戻ってもいいから。もうタクシーは呼んであるわ」
 
速い…いつのまに呼んだんだろう。
蓮も同じような考えなのかちょっと驚いた顔をしている。

数分後タクシーが来たので、オレ達はタクシーに乗り学校まで戻った。

学校に戻ると既に4時間目が始まっていた。
授業をしていた先生に事情を話し席についた。
 
「しーくん」
 
さっそく来たか。
 
「どうした?薫」
「どうしたの?一時間目からいなかったけど…」
「あぁ、それか…」
 
オレははじめから全部説明した。もちろん”女の子が良いな発言”はきちんと省いた。
 
「それで、階段から落ちたしーくんは無傷なんだ…」
「あっ、あぁ…おかげさまで」
「お見舞いに行ってあげなさいよ」
「わかってる」
 

……
………

―――キーンコーンカーンコーン―――
 
一日の授業の終わりを知らせる音が鳴る
オレはカバンを持つと蓮を探す。
もちろんお見舞いに行くためだ。
オレが一人で行くべきなんだろうが、やっぱり女の子がいると強い。
蓮と一緒に坂道を下り病院へ向かう。
 
「なぁ蓮」
「ん?どうした修」
「オレが階段から落ちた時、超能力を使ったか?」
「どうして」
「えっ、ああ、あまりにも衝撃が小さかったから…」
「う~ん、意識的には使ってないけどな…もしかしたら気がつかないうちに使ってたかも…」
「そうか」
「どっちにしても修が無傷なのは水瀬先輩のおかげだからね」
「そうだな」

気がつくと病院の前まで来ていた。
オレ達は中に入ると看護婦さんに入院している部屋の番号を聞いてそこに向かった。
 
―――コンコン―――
 
オレはドアをノックする。
 
「はい」
 
部屋の中から女の人の声が聞こえる。
 
―――ガラガラ―――
 
「おじゃまします」
 
なかに入ると制服姿でベッドに横たわる水瀬先輩がいた…。
 
「失礼ですがどちら様ですか?」
「えっと…」
 
オレが次に言う言葉に詰まっていると―――
 
「こっちは白河修司、階段から落ちてきた張本人」
「それで私は白河蓮、修司の妹です」
「おまえな~階段から落ちてきた張本人って言い方はないだろ?」
「だって、ほんとのことじゃん」
「いくらほんとの事だって、もう少しましな説明の仕方があるだろ」
「だって―――」
「くすっ」
 
蓮がオレに言い返そうとしたとき笑い声が聞こえてきた。
オレ達はそっちを見る。
水瀬先輩が笑っていた。
 
「面白い方達ですね」
 
笑顔で言う。
その笑顔につられて皆で笑いです。
 
「ところで、水瀬先輩…でいいですね。怪我の調子は大丈夫ですか」
「はい。たいした怪我でもないので」
 
水瀬先輩はさっきの笑顔のまま言った。
ん?妙に言葉使いが丁寧だな?
 
「ところで何か食べたい物とか有りますか?」
「どういうことでしょうか?」
「いや、お見舞いに来たのに手ぶらだから・・・」
「そうですね…えっと、ドラ焼きでお願いします」
「ドラ焼き?」
 
蓮が話に割り込んできた。
 
「はい、私大好きなんです」
「わかった、買ってくる」
「あっ、ぼくも行くよ」
「いや、蓮はいてくれ」
「わかったよ。いってらっしゃい」
 
二人とも出ていったらお見舞いに来た意味がないしな…。
俺は病室を出た。
なかからは、二人の笑い声が聞こえる。
さっそく仲が良くなっていやがる。
 
「さて、行きますか」
 
俺は自分に気合いを入れると商店街まで歩いていく。

歩行者天国でにぎわうなか俺は歩いていた。
目的の店を探す。
 

……
………
あった…。
この街でも比較的有名な和菓子店「甘党」のノレンをくぐる。
 
「いらっしゃいませ~」
 
中から元気のいい店員の声が聞こえる。
このみせは古くからあるが伝統を守った懐かしい味と、あえて新しいことにチャレンジをしてまったく新しいお菓子を作るので受けがいい。
そして、それらのお菓子は美味しいと評判である。
 
「すみません、ドラ焼き6個ください」
「720円になります」
 
ちなみに内税だ。
こっちの方が計算も楽だし。
 
「ありがとうございました」
 
俺は店を出る。
ヒューッと、商店街の中を春の新しい風が吹き抜けた。
また1段と暖かくなったな

そんなことを考えながら病院までたどり着いた。
 
「失礼します」
「はい」
 
中からさっきの声が聞こえる。
 
―――ガラガラガラ―――
 
比較的軽い音が鳴る。
 
「買ってきたよ」
「ありがとうございます」
「あっ、もう買ってきたんだ」
「あぁ」
「はいどうぞ」
 
蓮との会話に相槌を打ちながらオレはドラ焼きの入った紙袋をベッド付属のサイドテーブルに載せた。
 
「あっ、これって有名なお菓子屋さんだ」
「あぁ。って俺が知ってるのもここくらいだし・・・」
「これは?」
「あっ、えっと、一応この街で有名な”甘党”っていうお菓子屋さんなんだ」
 
水瀬先輩の質問に蓮が答えた。
 
「名前からは明らかに甘ったるい味が連想されるが、ここの店は違うんだぜ」
 
オレはさらに付け足した。
 
「そうなんですか」
「結構有名なんだけど…」
「そうですか。あまり詳しくないので…」
「まっ、食べてみてよ」
 
蓮が水瀬先輩を促す。
 
「はい。いただきます」
 
―――パクッ―――
 
1つずつ丁寧に和紙に包まれているドラ焼きを水瀬先輩は食べる。
 
「…」
「……」
「………」
「おいしいですね♪」
「よかった」
 
正直安心した。甘い物は人の好みが別れるが、水瀬先輩も気に入ったらしい。
 
「皆さんも食べてください」
「どうも」
 
さっそく蓮がドラ焼きを食べ始める。
でも…差し入れって大丈夫なのか?
まぁ、食事制限とかは無い見たいだし、いいか。
オレはそこまで考えるとドラ焼きを食べ始める。
しばらくはドラ焼きを囲んでの談話が続く。
 
「先輩は他にどんなのが好きなんですか?」
 
蓮が先輩に尋ねる。
 
「そうですね~、ドラ焼き関連でしたら”生ドラ”とかも好きですけど…」
「生ドラ?」
「たしか、東北の宮城だったかで有名なお菓子だ」
 
蓮の質問にオレがかわりに答える。
 
「あっ、そうなの?」
「はい。あんこのかわりに小豆が入っているものです。最近では、カスタードクリームなども入っているものがあるみたいですね」
「おいしそう~♪」
「丁度ここにあります」
 
ベッド付属の冷蔵庫から先輩は、箱に入っていた生ドラを取り出す。
 
「これです」
 
目の前に置かれた生ドラ…。
見た目は普通のドラ焼きと変わらない。
 
「食べてみてください」
「あっ、どうもありがとうございます」
 
蓮がおもむろに口に運ぶ。
 
―――モグモグ―――
 
「あっ、美味しい」
「そうですか…よかったです」
「あっ、中身が紫だ…」
「それが小豆です」
「頂きます」
「どうぞ」
 
オレは生ドラを取り出すと半分に割ってみた。
う~む、確かに紫だ…。
さっそく食べてみる。
 
―――モグモグ―――
 
「あっ、美味しい」
「よかったです♪」
 
水瀬先輩が笑顔で言った。

夕方。
 
「それじゃあ、そろそろ失礼します」
「そうですね。もうだいぶ暗くなってきました」
 
結局あの後5時ぐらいまでオレ達は病室にいた。
 
「明日も、これますか?」
「いいよ」
 
蓮が即答する。
 
「お邪魔じゃ、無いですか?」
「いいえ、全然かまいません」
 
オレの質問に水瀬先輩は即答した。
 
「皆さんといると楽しいですから」
「そうですか」
「それにあまり見舞いに来る人もいないので…。学校とかが忙しいみたいですね」
「まぁ、オレ達はいつでも暇だからな?」
 
蓮に話を振る。
 
「うん、ぼくも別にかまわないよ」
「それじゃあ、また明日」

自分の部屋。
オレは病室での事について考えていた。
かなりの数のお見舞いに貰ったと思われるものがあった。
あの生ドラもその1つだと思う。
しかも…、個室…。
あれだけ大きい病院になると個室も結構少ないはずだし…入室する人も限られるはずだ。
言葉づかいも丁寧だったし…。
まぁいい。
明日もギリギリになると何が起きるかわからない。

4月29日木曜日

---キーンコーンカーンコーン---
 
学校の終わりを告げるチャイムが鳴った。
それでは行きますか。
 
「あっ、もう準備できた?」
「いま呼びに行こうと思ったところだ」
「それじゃあ、いくか」
「晶くんは部活が忙しいし、薫ちゃんは引っ越しの後片付けだって」
「そうか…。まぁ、いくか」
「うん」
 
昨日と同じようにオレ達は病院へ向かう。
もちろんお見舞いに行くためだ。

「失礼します」
「はい」
 
―――ガラガラ―――
 
病室の中へ入る。
 
「昨日よりなんか増えてる」
 
蓮の疑問にオレは部屋を見渡す。
確かに昨日よりお見舞いの品が増えてる。
 
「明日で退院なんですけどね」
「そうなんですか?」
「咲苗さんや他の方がおいていったんです」
「咲苗さん?」
 
蓮が聞いた。
 
「わたしの友達です。皆さんと同じ学年だったと思います」
「そうなんだ…もしかしたらどこかですれ違ってるかもね?」
「あぁ、そうだな」
 

……
………

「ところで明日で退院だったんですね?」
「はい」
「ほんと、たいした怪我じゃなくてよかったよ」
 
蓮が嬉しそうに言う。
 
「本当にそうですね」
 
ここまで来ると当事者のオレの立場が狭くなってくる。
オレは話題を変えることにした。
 
「ところで先輩はどこのクラスなんですか?」
「私ですか?3-Aですよ。いつでもいらしてください」
「3-A?オレ達の校舎とだいぶ離れてる気がするけど…」
「はい、あの時はちょっと迷ってしまって…」
「迷った?」
「はい。方向音痴ですから」
 
校内で迷うか?普通…。
 

……
………

「もうだいぶ遅くなったのでそろそろ…」
「あっ、そう見たいですね」
「時間が経つのが早いね~」
 
蓮の言うとおりだ。
最近、時間の流れが早く感じる。
楽しい…からだろうか…。
いや…多分違う…。
 
「それじゃあまた」
「はい」
「今度は階段から落ちないようにします」
 
一応付け加える。
 
「はい」
 
水瀬先輩は笑いながら答えた。

初出: 2003年3月24日
更新: 2005年8月20日
企画: 二重影
原作: 鈴響 雪冬
著作: 鈴響 雪冬
制作: 鈴響 雪冬
Copyright © 2002-2005 Suzuhibiki Yuki

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