良縁結ぶは神ならず

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その恋の行方は巫女さん次第!?

京姫神社、そこには縁結びと恋を司る神様と告白や結婚をためらう人の背中を勝手に押してあげちゃう、そんなお節介な巫女さんがいた―――。

良縁結ぶは神ならず

書き出し

第一章 痕跡を見つけて

 作りかけの御守りに、袋詰めの途中で止まっている破魔矢、〈日本の四季と祭〉というタイトルの本に縫い針、マジックにボールペン、鉛筆、はさみ、模造紙、何に使おうとしているか分からない針金とペンチといった雑木林が目の前には広がっている。いつの間にここは鎮守の森になったのだろうか。
「楓さんは本当に片づけが苦手なんですね…」
 あんなに掃除は丁寧なのに、と追加で呟いて、一応のフォローはする。
 そんな混沌を浄化しようと、上質な絹で裏ごししたかのような光が空から降り注いでいた。夏の日差しとは違うそれを社務所に導くのは、完成した当時の華やかさこそ失ったものの、まだその存在感を保持している…いや、年を経ることで、ますます力強くなった木の窓枠だった。実家や前に住んでいたアパートの樹脂の窓枠は気がついたら表面がぼろぼろになっていたけど、ここのそれは塗装こそ剥がれていても、むしろそれによって風格が増し、なにか得体の知れない力を纏っているかのように見える………とはさすがに買いかぶりすぎだろうか。
 もう一歩足を進めると、ギイ、と、しわがれた鳴き声が床から響いてくる。その音だって、古くさいというよりは、歴史や風格を彩る一つの重要な要素なのだ。最近はこんな音を聞くことも減ってきたと、手伝いにきてくれたおばあちゃんが言っていたのが気になって知り合いの宮大工に聞いてみたら、近頃の家は接着剤でフローリングを固定してしまうから、こういう音とは無縁なのだという。釘で床板を打ち付ける、昔ながらの建物ならではという所だろうか。
 にもかかわらず。通ってきた道を振り返ると、さっきの混沌とそれを育むスチール製の事務机が林立し、よく言えば古今東西、悪く言えばまとまりの無い空間が広がっている。
 そんな机に寄りかかりながら、どういう経緯でこれが社務所にあるかを夢想する。まあ、おおよそ氏子の会社であまったとか、新しい机に入れ替えるからとか、そういう理由で献納されたのだろう。応接室に置かれた数々の悪趣味な飾り物といい、どこか先々代の宮司はズレているところがあるような気がする。まあ、この机に限っては先々代の時代に運び込まれたとは限らないのだけど。
 そんな風景から視線を外し、外を見据えながら、既に楓さんによって開かれていたであろう窓口を兼ねている窓の前まで歩いていくと、すぐ近くの木に留まっていた雀が声を上げて飛び立っていった。雀の休憩所になっていた銀杏はいつもと変わりなくそこに立っている。
「…はぁ」
 意識しないようにと机の上を見てみたり、窓枠そのものや窓の外に意識して視線を向けてたりしていたのにもかかわらず、目は自然とそこに向けられてしまう。
 たとえて言うなら、出汁を取り忘れた味噌汁のような、ミントを乗せ忘れたレアチーズケーキのような、漠然とした寂しさ、物足りなさ。目の前にある木も、それを絵画に変えてしまう窓枠も、いつもと変わらずそこにあるのに、何か今一つ足りないような違和感。その正体はすでにわかっている。
 いないのだ。
 窓際に置いてあった、近所の親子が作って持ってきてくれた、ぬいぐるみが。
 居なくなってからもう二ヶ月は悠に経つだろうか。幸いと言ってはなんだが、その親子はそれを最後にまだ参拝に来てないから気づかれていない。でも、今度来た時に隠し通せる自信は無かった。
「おはようございます、菱沼さん」
 私の心配をよそに、背中から元気な声が飛んでくる。
「おはよう、楓さん」
「何かお探しですか?」
「いや、今頃、ここに置いてあったぬいぐるみはどうしているかなって」
「それって、私が来る前の話でしたよね」
 楓さんはさっきまでの元気が嘘のようにしょげると、「そうですね………、なんかの拍子に下に落ちて、犬や猫に持って行かれたのかもしれませんね。または、誰かが持っていったか…こっちはあまり考えたくないですけど…」と、続けた。
「それはそれでいいと思いますよ、大切にしてもらえるなら、ね。もちろん行いは良くないことかもしれませんが、ぬいぐるみにとっては前者の方が不幸ですからね」
「言われてみたらそれもそうですね」
「でも、仮にそうなら、一言言ってくれれば変に心配しなくて済むんですけどね」
「ですねえ」
 楓さんはそう言うと、まだおろしたままだった髪を後ろ手にまとめ、机の上に置いてあった陸奥紙で器用に巻くと、その上から水引で縛って固定した。あのジャングルの中から一瞬で目的の物を見つけられたことに思わず驚くと同時に、やっぱり注意が必要だと誓った。
「楓さんはもう少し机の上を整理してくださいね。いくらついたてがあると言っても、全く外から見えないというわけではないので」
「が、がんばります」
 机の上から視線をはずして、私の肩越しに空を見上げたその姿をみる見る限り、しばらくきれいな机は期待できそうになかった。こんなに机は汚いのに、境内の掃除は丁寧だし、夕方になっても着崩れ一つしていないのが不思議でしょうがない。
「菱沼さんは、今日はどのようなご予定ですか?」
「そうだ、それで思い出した」
 話を変えようとしたのかどうかは分からないけど、お願いしたいことがあるのは確かなので、「お使いを頼まれてもらえますか」と、楓さんに便乗することにした。
「はい、構いませんよ」
「三井先生の所に荷物を取りに行く約束をしていたのですが、祭りの打ち合わせが後から入ってしまって、どちらも先方が忙しい上に時間に厳しい方なので…」
 三井先生の雷が頭の中に再現された直後、商工会の約束をすっぽかした時の後々の圧力を想像して二重に体が震える。
「先生は厳しい方ですからね…」
 三井先生の方には思い当たる節があるのか、少し俯いてそう言いつつ、すぐにいつも通りの姿勢に戻り、「了解しました。私にお任せをー」と、元気よく右手を掲げた。
「どうかしました?」
 掲げられた右手が中々戻ってこないのが気になり、そう問いかける。
「午前中は特に神事の予定もありませんし、少し寄り道してもいいですか?」
「買い食いなら、別に許可を取らなくていいですよ?」
「そこまで食い意地は張ってないですし、今更聞いたりなんてしませんよー」
 ぷーっと頬を膨らませたかと思うと、すぐにしぼませて、「じゃあ、準備を整えてきますね」と続けた。
 楓さんは何に感化されたのか、ビシッと敬礼を決めて、素早くその場でターンをし、どこかの士官のような歩き方で授与所を出て行った。
「あれで着崩れしないのか…?」
 それにしても、一ヶ月近く一緒にいるのに未だに楓さんの性格や行動がよく分からないのは、彼女自身の特異性が問題なのか、長い時間を女性と一緒に過ごすのが久しぶりだからなのか…。
「もしかしたら、最後まで楓さんのことは理解できないかもしれない…」
 考えがそこまで辿り着くと、「さ、着替えないと」とわざと声に出し、頭を切り換えた。

第二章 不思議な縁を結んで

 結界と言われてもピンとこないのだけど、やっぱりここをくぐるときは緊張する。多くの生きた木々によって囲まれた境内と、人々が生活を営む舞台を分ける鳥居。枝葉によって和らげられた日が射し込む内と、満面の太陽に満たされた外。どちらがいいとは言い切れないけど、私はどちらかというと………やっぱりどっちも好きだ。
 落ち着いた神社も好きだし、活気のある街も好きだ。このあたりは緑も多くて、動物もたくさんいることも好き。ここにこれてよかったと、素直にそう思う。
「いつも守ってくれてありがとうね」
 鳥居の柱をポンとねぎらい、私は外へ飛び出した。

「えっと、まずは荷物を受け取らないとだね」
 そう言いながら菱沼さんに書いてもらったメモを広げる。三井先生も高村さんも何度か顔を合わせたことはあるけど、性格は正反対なんだよね。まあ、地元の有力議員と菱沼さんの同窓生とだと対応が違うのは当然だけど、三井先生の方は根っからの性格だと思う。
「とりあえず、三井先生の方からだね」
 三井先生は忙しい人だから時間をずらすのは困難だ。まずはこっちから片づけてしまおう。高村さんの方は今日の午前中という約束だから後からでも十分間に合う。
 今日は事務所にいるという三井先生と、紙のタカムラの場所を思い浮かべながら歩く道筋を考える。運がいいことに、近場から寄っていって、帰りがてら自分の用事も済ませられそうだった。
 片道三十分強の道のり。袴じゃなければ自転車にでも乗りたい距離だと思う。でも、私はあえて歩くことにする。別に捜し物があるからという訳じゃない。案外好きなのだ、街を歩くのが。
 そういえば、他の巫女さんの話を聞く機会は滅多にないけど、昔聞いたところだと、外祭でもない限り、外にでるときは私服に着替えてしまう人の方が圧倒的多数だった。草履だと長い時間を歩くのには向いていないし、今の子にはつらいかも知れない。目立ってしまって恥ずかしいというのもあるかもしれないけど、私は神様の息吹を感じるから、この格好でもいいと思う。
 …なんて言ってるけど、実のところは、自転車に乗れないだけなのだ。もちろん、服が好きなのは本当だけど。
「それじゃあ、出発」

 鳥居の外側にも少しだけ延びた緑を抜けると、真新しい家と古くからある家が混在した住宅街へでる。平日の昼間だからか人影は薄く、無機質なブロック塀からは静けさがにじみ出ていた。反対に生け垣はオレンジの実をプクリと膨らませて笑っている。近所の人が散歩しているのだろうか、尻尾をきれいに丸めた麦色の小さな犬が―――首輪もリードもつけずに悠々自適に歩いている。
「野良犬?」
 道路の真ん中で歩みを止めたその子は、私の声に気付いたのか、まっすぐとこちらを見ている。なん歩か歩いてみてもその場で立ち止まったままで、とうとう手で触れられる距離まで来てしまった。
「おはよう」
 しゃがみ込んでご挨拶。
 ………むー、無愛想な子。
「元気?」
 ………これも反応なし。
 丸まった尻尾はそのままで、歩くこともなく、座ることもなく、ただじっと私を見つめている。
「昼間からのんびり散歩?」
 ………。
 この子きらーい。うんとも寸とも言わないじゃない。これだから野良………続けようとして、ふと思いつく。野良犬ならいろんなところを歩いているから何か知っているかも。そう言うところは、飼い犬より優れていると思うんだよね。
「ねえ君、巫女さんのぬいぐるみってどこかで見なかった?」
 短い沈黙。不意に吹き上げた風が大きな袖を揺らす。大きくはためこうとするそれを押さえようと手―――今まで身動きすらしなかったその子の目が不敵に輝―――
「ちょ…ちょっとー」
神憑ったと信じて止まない私の反射神経もなす為す術なく、無邪気な野良犬に袖をかまれてしまう。
「離してよー」
 ぶんぶんと振り回しそうになる気持ちをぐっとこらえて言葉でたしなめる。そんな私の気持ちをくみ取ったのか、満面の仕方なさそうな顔でゆっくりと口を開いてくれた。
「あーあ、ほつれちゃって…」
 後で直しておかないと。
 褒めて褒めてと尻尾をぶんぶん振り回しながら私を見上げてくるその小悪魔を眺めながら「まだ言葉がわからないぐらい小さいから仕方がないかあ」と、軽く同情する。
「他の人には噛みつかないようにしなさいよ? 怖いところに連れて行かれちゃうんだから」
 言葉はわからなくても言霊は伝わったのかシュンとなる犬を見ながら、そろそろ行かないと、と自分に言い聞かせる。
「それじゃあ私はお仕事の途中だからまた今度ね」
 ポンと一つ頭を撫でてから進行方向を向く。そんな私を見上げながら、何か言いたそうに瞳を潤ませ細く鳴く犬に手を振りながら、私はその場を後にした。動物に好かれるのは悪い事じゃないと言い聞かせて。

 子犬と別れて数分歩くと、今までの住宅街と少し雰囲気が変わるのがわかった。鳥居をくぐったようなといえば大げさかも知れないけど、今まで見てきた家よりも少し大きな家が、今までの塀よりも少し高く、そして長い堀が、そう言った空間を作っているのかも知れない。気のせいか、空気も少し張りつめている。
 その事務所はそんな閑静でちょっと高級な住宅街の中にあった。商店街の中に間借りしている選挙対策用の事務所ではなく、ちゃんとした常設の事務所だ。自宅と目と鼻の先にあるのにあえて別にしているのは公私を分けるためとも、家族に迷惑をかけないためとも言われている。
「よしっ」
 事務所の前で深く息を吸い、気合いを一つ。ふと、さっき噛まれた場所が気になって、手でポンポンと払ってから、私は扉に手をかけた。


 事務所を出ると、柔らかい風が頬を撫でていく。長かった夏休みが終わり昼間の喧噪が遠のいたからか、秋の足音が着実に聞こえるようになっている。それでもその足音はまだ少し遠くにあるのか、日向はやっぱり夏だった。日の落ちる時間は確かに早くなったし、雨蛙の鳴き声は少しずつ減っている。空の主役も、入道雲から鰯雲になりつつあるし、季節は確かに移り変わっている。きっと、今日は昨日よりも少し秋なんだと思う。
「なんてカッコつけてみたけど、暑いのは暑いよね…」
 これがワンピースなら煙突効果があるから少しは違うんだろうけど、アスファルトから上ってくる熱気は胸の下の帯で遮られ、溜まったいく一方だ。もしかしたら袴の両脇にある隙間から少しは抜けているのかもしれないけど、そんなものは微々たるものだし、むしろ本丸である襦袢の中の熱気はどうしようもない。
「これも夏だよね」
 などと自分に言い聞かせて、夏を満喫している気持ちになってみる。昔の人は、新年を迎えたら、多少寒くても、暖かくなってきましたねといったらしいし、結局は気の持ちようなんだ。
 …もっとも、今と昔は一ヶ月ぐらい暦がずれているから、まだ夏を満喫してて良いはずだ。
「結局、天照大神様は偉大ってことね」
 そんなことを考えながら住宅街を抜けて大通りへでると、ちょうど信号が青に切り替わった。
「さすが、日頃の行い!」
 横断歩道の白いところだけを小気味よく歩こうとしたけど歩幅が足りなかったのであきらめつつ反対側へ。大通りと言っても昔と比べて歯抜けになってしまっているその光景は住宅街よりもむしろ寂しく見える。古い店構えのお店は確かに多いけど、それ以上に駐車場や打ち捨てられたままになっている建物の方が目立っている。お店の人もどこか活気が無く、たとえば…、ほら、ここの氷屋さんも店先でかき氷ぐらい売ってくれればいいのに…。まあ、いま私が食べたいだけだけど。
「次は紙のタカムラだったよね。幣束の和紙かな」
 頭の中に地図を描きながらその場所を目指す。今までに来たのは二回で、その二回とも菱沼さんの運転だったけど、もう少し南に行ったところに―――とか考えている間に着いてしまう。歩ける範囲で物が揃うというのは凄く便利だ。
「お、楓さん、こんにちは」
 杓子を持ったまま右手をあげて挨拶をする高村さん。打ち水をしていたのか、店先の歩道にはかすかに染みが残っている。
「こんにちはー」
「今日は一人でお使い?」
「ですです。ずばり、高村さんに用事があったのです」
「ああ、お願いされていた和紙だね。てっきり菱沼が来るのかと思っていたよ」
「菱沼さんは別の用事があるということで、そっちに行きました。なので今日は私が代わりに」
「電話の一つでもよこしてくれたらいいのに。まあ、代わりに楓さんが来てくれるなら俺は歓迎するけどね」
「また奥さんに怒られますよ?」
「大丈夫大丈夫。まだ店の奥に…」
「何が大丈夫なんですか?」
 開いていた入り口からひょっこり奥さんが現れる。
「だ、大丈夫、ちゃんと用意できてるよ」
「楓さんこんにちは。ほら、暑いところに立ってないで中にどうぞ。こっちのほうが涼しいから」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて」
 奥さんはさっき自分が出てきた引き戸を広げると、先に中に戻って「いらっしゃい」と振り向きざまに言った。
 歩道から地続きの店に入るとコンクリートの土間からひんやりとした感覚が伝わってくる。場を満たす空気も少し涼やかで、熱くなった体を優しく冷やしてくれた。
 辺りを見渡すと、土間のような空間には木やガラスのケースがいくつも置かれ、紙が所狭しと並んでいることがわかる。木の引き出しには大きな紙が、ガラスのケースには一定の大きさに切られた紙が入っているんだろう。見える範囲でも、書道用から包み紙まで自由に使える和紙、特殊な模様や加工を施された特殊紙、そして豪奢な装飾に彩られた千代紙まで数多くの紙が並んでいる。和紙の中にはご主人自ら漉いたものもあるはずだ。
「それじゃあ取ってくるから、お茶でも飲んでいって」
「お構いなくー」
 店の奥に消えた高村さんと入れ違いに奥さんがお盆に麦茶を乗せて入ってきた。
「ここに置きますよ」
 売場の端、作業場との境にどっしりと横たわる上がり框のうえに麦茶を二つ乗せた奥さんはそこに腰掛けて早速一口口にした。
「頂きます」
 袴がしわにならないように折り目に気を使いながら腰掛けると、木の温もりと冷たさが同時に伝わってきた。麦茶に手を伸ばすとカランと氷が音を立てて崩れる。そのまま持ち上げ、一口目を―――
「冷たいですねー」
 「んーーーーー、冷たい!」と叫びたいところを、巫女としての理性で何とか押さえ込む。…つもりだったのに、なんだか変な言葉になったしまった。
「外はまだまだ暑いからねー。その服も暑そうですし」
「まだまだ夏の気配は残っていますね」
「そう言えば今年の秋祭りは例年通りなの? 何か新しいことをやるという噂もあるけど」
「基本的にはいつも通りのようですね。でも、一度廃れてしまった神事を復活させたいと菱沼さんは常々言っていますけど…」
「そういえば、『最近、あれはやらないのか。あれ、あれ、あれよー。なんだっけかなー』って母がよく言ってます。あれが何かは思い出せずじまいですけど」
「そう言うものなんですよね。一度忘れてしまうと何があったかすら思い出せない…」
「そうですねえ。古いお店がつぶれて新しいお店ができあがると、そこにかつて何があったかなんて思い出せないもの。よっぽど思い入れ…例えば日常的にお世話になっていたとかじゃないと」
「辛気くさい話をしてるな」
 いつの間に戻っていたのか、高村さんが紙袋を持って入り口に立っていた。
「俺の紙漉きだって、俺が復活させるまでは五十年近く誰もやってなかったんだぞ。廃れたら興せばいい。たとえそれで少し形が変わっても、それが新しい伝統になるんだろう? 残るということは、その時その時の感性の変化に耐えられるだけの普遍性があったからか、耐えられるようにその時代に合わせて創意工夫したからだ。お嬢ちゃんはあの神社に来てからまだ一ヶ月ぐらいだから知らないだろうけど、菱沼の野郎はすんげー努力家で、しかも歴史への造詣も深い。あいつならやるだろうな。そもそもあの神社だって菱沼が復活させたようなものだし」
「そうだったんですか」
 と初めて知ったかのように相槌を打ちながらも、私は菱沼さんのことを思いだしていた。直接会話するようになってからはまだ一ヶ月ぐらいしか経っていないけど、それ以前から菱沼さんのことは知っている。もちろん、その範囲が内面にまで及んでいるかは別だけど、先代の宮司が高齢を理由に跡継ぎがないまま引退を決めたとき、真っ先に駆けつけたのは菱沼さんだったことからは、その実直な性格が見て取れる。
 既に知っていること。それでも、高村さんの熱意が知らない間に染み渡ったのか、私以外にも菱沼さんのことを見ていた人がいたことを知ったからか、ほのかに体の心が熱くなるのを感じた。それは太陽や暖房とはまた違う温もりだった。
「あ、この話はあいつには内緒な。恥ずかしがるから」
「三人の秘密ですね」
 私は口に指を当てながら高村さんの目を見つめる。
「ああ、秘密だ」
 いたずらっぽく笑った高村さんは、「これが注文された和紙だ。菱沼が見つけた文献の通りに作ってみたからあとは頼んだと伝えてくれ」と言って、持っていた紙袋を框の上に置いた。
「はい。確かにお預かりします」
 残っていた麦茶を飲みきった私は、立ち上がると同時にその紙袋を手に取る。
「それでは、次もありますので私はこの辺で」
「ああ、菱沼によろしくな」
「よろしくねー」
「はい」
「あ、そうだ。菱沼に、新しい祭り楽しみにしているからな、って伝えてくれ。これは応援じゃなくてプレッシャーだからそのことも伝えておいて」
「わかりました」
 わたしは笑いながらそう答えると高村さんも大きく笑った。
「それではお世話になりました」
 もう一度玄関の方を向く。夫婦の声を背中に受けながら私は清々しい気持ちでドアを引いた。

作品の紹介

 京姫神社―――それは、縁結びと恋愛成就、つまり恋の女神、色瀬京姫神を祀る神社。
 様々な縁を結ぶということで地元ではちょっと有名なその神社には今日も色々な人が色々な悩みを抱えてやってくる。
 ひょんなことから京姫神社に奉仕することになった巫女の楓は、彼らの悩みを聞いているうちに居ても立っても居られなくなり、告白に悩む片思いの子の背中を押してあげたり、マリッジブルーに悩む新郎の相談を受けたりと、右に左に大活躍するのであった。
 そしていつしかそのターゲットは―――。

 「巫女のスヽメ」から8年、久しぶりの巫女さんの小説です。

詳細

本の詳細

版型、ページ数
A5・86ページ
ページレイアウトをPDFで確認する(PDF作成ソフトの都合で左綴じ(本来は右綴じ)になっています)
標準価格(委託販売や通販等では異なることがあります)
400円
作者
鈴響雪冬(文章、表紙、装幀)
発行日
2013年8月11日(コミックマーケット84)
ジャンル・舞台
創作文芸、現代、神社
テーマ、傾向、キーワード
巫女さん、縁結び、二十歳前後の登場人物、大学生、社会人、ほのぼの・少しだけシリアス

もっと細かい本の仕様など

良縁結ぶは神ならず
ジャンル  創作文芸
発行日 2013年8月11日(コミックマーケット84)
仕様     頒布価格 400円
大きさ A5縦
ページ数 表紙込み86ページ、本文72ページ
文字数 約5万5000文字
段組 上下二段組み・ゆったり(9.5pt・20行)
作者   文章 鈴響雪冬
表紙 鈴響雪冬
装幀 鈴響雪冬
印刷・製本   表紙 4色フルカラー(インクジェットプリンタ)
本文 白黒(レーザープリンタ)
製本 並製本・平綴じ(ホチキス綴じ)
用紙 表紙 FKスラットR・IJ Nホワイト(939×650連量110kg、厚さ0.2mm)
効き紙 江戸小染かすみ 絹(四六判連量70kg、厚さ0.11mm)
本文 オペラクリームウルトラ(四六判連量68.0kg、坪量79.1g/㎡、厚さ0.128mm)
本文用紙に森林循環紙を使用しています

仕様の変更経緯

仕様変更の経緯一覧表
日付 変更内容 詳細
2013年8月11日 初版発行 初版発行しました
2013年10月20日 改版しました 第2版に改版しました
時期不詳 本文用紙を変更しました 再生色上質ラベンダー厚口 → OKプリンス上質エコG100
※発注先業者「アサナカ紙商事」廃業および発注先業者「梅原洋紙店」の入荷再開につき
2018年12月15日 製本方法を変更しました 製本環境の再構築により、平綴じから無線綴じに製本方法を変更しました。
長編作品にのみつけていたスピン(糸栞)をつけるようになりました。
2019年10月1日 価格改定しました 300円 → 400円
※紙の価格変動や消費増税などにより原価が高騰しているため
2019年10月22日 本文用紙を変更しました OKプリンス上質エコG100 → 淡クリームキンマリ
※当該用紙が受注生産に移行し、発注先業者「梅原洋紙店」での取り扱いが終了したため
2021年11月6日 製本方法を変更しました 製本の手間を考慮して無線綴じから平綴じに製本方法を戻しました。
2022年2月13日 本文用紙を変更しました 淡クリームキンマリ → オペラクリームウルトラ(四六判連量68.0kg、坪量79.1g/㎡、厚さ0.128mm)
※かねてより淡クリームキンマリの固さが気になっていたので柔らかい紙に変更

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初出: 2013年08月04日
更新: 2019年10月01日
著作: 鈴響雪冬
Copyright © 2013-2019 Suzuhibiki Yuki