田舎に住まう巫女、都会に住まう巫女。それぞれ立場は違えと同じ巫女。彼女たちはそれぞれに何を思い、何を考えているのか。
そんな、巫女を主題に扱いつつも、大幅に趣味に走ったお話です。
サークル『雪待終夜』の鈴響雪冬と、サークル『萌屋』の詩唄いによる、自身初の合同誌となる本作は、それぞれ一作品ずつ、計二作品の書き下ろし作品を収録しています。発行は、作家連合『希望風』で行っています。
なお、『巫女のスヽメ』は、晋遊舎から発売されている『巫女のススメ』とは一切関係ありません。
「起っきろーー! バカ姉どもぉぉお!」
甲高いまだ幼さが抜けていない声が、春先の神社脇の小屋に響き渡った。びりびりと揺れるガラスや、驚いて飛び立つ小鳥。
「起きろって言っているんだよ!」
木造の床を地団太踏んで、起こそうと心がけている小さな影。春の朝に似つかわしくないほどの大音量だが、これが春先にはほぼ数日に一回の割合であると知れば、大概の人は驚くだろうか?
部屋の大きさは、八畳。そこに布団が三つ並んでいたのだが、そのうちの一つはもうきれいに片付けられている。
「ご飯、冷ーめーちゃーうーぞぉ!」
真ん中の掛け布団を引っぺがすと、丸くなって寝ている女性が一人いた。年のころは十七、八才。うなじが隠れるか否かどうか程度の長さの黒髪に、いつもは、締まっている顔も、今はこれでもかといわんばかりに緩んでいる。これでもか。
「うぅん……あっ……おはよ、沙希」
低い声。寝起きの一言。まだぼんやりしているのか、しょぼついている目にダルそうな雰囲気。
「あのね、雪ねぇ。今は九時。稽古場は九時半、おーけー?」
「んー、んー、うん」
のっそりと起きた”雪ねぇ”。それに触発されるように起きだすもう一つの人影。
「あれ? もう朝?」
「そうだよ。とっくに日は昇っているけどね」
起きだした影に対して話す威勢の良い声。それに対するは、なんともマイペースでゆっくりとした声。
「あのねぇ、雪ねぇに、お姉ちゃん。いい加減起きないとご飯、冷めちゃうぞ」
「うんうん。ん~…はぁ。おはよ、沙希」
「早くしないと、門下生が待ちくたびれちゃうぞ!」
起き立ての二人の姉。そしてそれを起こす沙希。いつもの構図で、いつもの展開で迎えた朝だった。
雨が降っていた。色づいた葉はその光沢を増し、道は黒色に染まる。街行く人は何処か生彩を欠き、誰もが皆、ただ目的地だけを目指していた。傘がぶつかり合い、人は拒み合う。都会を埋め尽くすアスファルトとビニールの天蓋に雨は休みなく降り注ぎ、音を立て、やがて側溝へと流れ着く。
それは、朝から見続けている光景。何時までも雲は分厚いままで、人は何時までも俯いたままで、街全体は無彩色の海に沈んでいた。まるで、未来なんて存在しないかのように。その場凌ぎに買われる百円傘のように。
今日は咲美とデートの約束があった。咲美と同じく一限だけで講義が終わる木曜日、俺達は駅前に集合する事を約束した。同じ大学なのに学内で待ち合わせをしないのは、何処か気恥ずかしさがあるからだろう。俺達がデートをする時は、何時も駅前で待ち合わせをしていた。
そんなデートの待ち合わせ場所を目指すため、俺は自転車に乗って風景を後ろに押し流していた。駅前から病院に変更された待ち合わせ場所を目指すために。
咲美は元々体が丈夫というわけではなかった。模型製作のために使うスチレン素材や接着剤に少し触れただけで皮膚が痒くなると言い、何時も薄手のゴム手袋をしていたし、直射日光を嫌い、一年中、長袖の服を着ていた。別にそれらは咲美が悪いわけでもないし、咲美も「子供の頃からだからこれが当たり前だよ」なんて健気に笑ってみせる。
そして、その笑顔が心の底からの笑顔だと言う事を俺は知っていた。咲美は自分の体を産んだ両親を恨むわけでもないし、体が弱い事を理由にして何かから逃げようとしているわけでもない。逆に、自分に与えられた制限の中でどれだけ力を発揮できるか、と言う事を常日頃から楽しんでいるように見えた。