Top > 読み物 > 日記 > 2010年4月 -1冊目-
未だに整理し切れていない段ボールがありますが、ひとまず新生活も始まり、そんなことを気にしている場合ではありません。
さて、引っ越しを機にちょっと荷物の整理をしつつ、パソコンの配置などを変更したのですが、その結果、こうなりました。
ようやく、というべきでしょうか。スピーカーが正常な位置に設置され、音の環境が大分良くなりました。今までは音を確認する時、イスを最大まで高くして聞いていましたけど、通常の立ち位置でできるようになりました。頭の上からふってくるような音は、6年ぶりぐらいに正常な位置になったのです!
私のインターネット契約は、ADSLの1.5Mコースなのですが(昔はこれしかなかった)、引っ越しを機にNTTに近づいたため、1.4Mぐらい出るようになりました。今までの8倍ぐらい出てます。しかも、通信速度にムラがありません。ADSLってこんなにがんばれるものなのね…。
色々と身辺が落ち着いてきたのでまずは報告から。
今年の頭に、今年中にReSin-ensと明記しましたが、現状をふまえると難しそうです。しばらく小説から離れていたため、感覚が鈍っているというのもありますが、今から3ヶ月でReSin-ensを1から書き上げるという事に対して、冷静に考えなくても時間が足りません。1巻、2巻は割とゲームシナリオ通りの展開が多く、ゲームのノベライズという面が強かったのですが、3巻からは書き下ろしの部分が増えていくので、時間的な余裕が足りないだろうと予想します。
お待たせしていて申し訳ありませんが、次の新刊はリハビリもかねて黒髪本で行こうと考えています。同時に書き始めた詩唄いは今年ついにReSin-ensを完結させるに至るようですが、私の方はもうしばらく、長い目で見て下さると幸いです。
「大根といえば、青首大根」という社会情勢において、本当の食育って何だろうと考える日々です。
折角群馬に住んでいるので、群馬県の食育基本計画から少し引用してみましょう。
群馬県食育推進計画(ぐんま食育こころプラン)
県では、本県の目指す食育の方向性を示し、施策の総合的かつ計画的な推進を図るため群馬県食育推進計画(愛称『ぐんま食育こころプラン』)を策定しました。
本計画では、規則正しい食生活の実践など「健全な身体」を培うことのほか、感謝の気持ちやもったいないといった「豊かな心」を育んだり、さらには家族で楽しい食卓を囲んでコミュニケーション能力を高めることなど、「こころ」を重視した食育に取り組み、「豊かな人間性」を育んでいくことを目指します。
とまあ、よく見かけるような形の文章に仕上がっていますが、私の考える食育というのは、最終的に「おいしい」につながるものだと思います。
不規則な生活では市販の弁当や惣菜、温め直した料理、「食べられればいいや」と捨てられていく料理、核家族化が進んだことや、過度な残業などによる生活リズムのズレと個食など、おいしく料理を食べられる環境というのはどんどん失われているように思えます。しかし、これらが簡単に解決できるかと言われたら、それはとても難しいでしょう。
いつもの例ではありますが、サービスを提供するために普通の人とずれた生活を強いられる人達が居ます。新聞配達しかり、24時間営業の店員もまたしかり。彼らがすべて定時で営業をやめていたとしたら、人は皆文句を言うでしょう。そして穿った見方をするならば、その文句を言う人達が「食育」を声を大にして叫ぶのです。まずは、そう言った実情を真摯に受け止めなければなりません。現代社会において、昔で言う「健康的な生活」を送ることができる人がこの世の中にどれだけいるのだろうか、と。
閑話休題。
食育の枠組みで語られることがあるものの一つに、地産地消があります。簡単に説明すると、地域で育てた作物を地域で消費すると言えるでしょうか。これによるメリットは以下にあげられると考えられます。
このほかに、元研究者として、
を加えておきます。
しかし、地産地消の本当のあるべき姿というのは、地域の食文化を守り伝え発展させていくことにあると考えます。
大根といえば青首大根という世の中において、地域の食文化を守っていくことなんて不可能でしょう。なぜなら、地元の料理というのは地元独自の食材を使うことによって成立する味付けになっているからです。
練馬には練馬大根があり、亀戸には亀戸大根があるように、練馬では練馬大根を使うからこそ成立する味付けの郷土料理が発達し、亀戸では亀戸大根を使うからこそ成立する味付けの郷土料理が生まれ、はぐくまれてきたのです。
もっとも身近でなくてはならない郷土料理は、味付けや見た目だけが継承され、食材本来が持つ味は、昔とは変わってしまっているのです(同じ品種の野菜でも現代の方が昔より味が薄くなっていると言われていますね)。なぜならそれは、使っている材料の品種が違っているからです。
経済性や、環境負荷、食の安全といった視点から語られる事が多い地産地消。本当に気をつけなければならないことは、地元でのみ育てられてきた作物を、その作物が持つ独特の味を引き出すような形で作られてきた郷土料理を守り育て、発展させていくことが、本当の意味での地産地消ではないのでしょうか。そしてそれを食べることによって育った子供達が、地元への愛着を持つことで、人材の流出を抑え、地域の創世、地方の再生・活性化につながっていくのではないでしょうか。
たかが食べ物とは言いますが、人の根幹をなす衣食住の一つです。だからこそ、食べ物はこれだけの力を持っている、少なくとも私はそう思い、現在の農政に「しゃきっとせんかい!」と、背中に平手打ちをたたき込みたいと思います。