Top > 読み物 > 日記 > 2007年4月 -1冊目-
詩唄いさんが9月に入籍するかも、だそうです。
いやあ、素直におめでとうございます、と言っておかなくては。
もちろん、オタク的な意味で英才教育を施すんですよね?
まあ、いわゆるエイプリルフールてきなネタであって…
私の生活に欠かせない物と言えば水です。そんなの当たり前だよと思う方もいるかと思いますが、どうやら私の概念と他の人の概念は若干ずれているようです。
私の冷蔵庫には必ずペットボトルに入れて冷やした水を常備用意してあります。ブレンディのアイスコーヒーを飲み終わった後のペットボトルですから、900ミリリットルですね。この量の水を一日、多いときは半日ほどで飲み干してしまいます。
私の生活において、清涼飲料水等という物は基本的に存在せず、この冷やした水だけで飲み物は事足りています。周りの独り暮らしをしている人に聞くと、みんな必ずと言っていいほど冷蔵庫にはお茶やオレンジジュースの類を常備しているようですが、わたしは本当にこの水だけ。
ここ最近は、夏以外でも作った麦茶を冷蔵庫に置いておくようになりましたが、ジュースと言った類の物が冷蔵庫にはいることはまずありません。
冷蔵庫に入っている確率の最も高い物は水で、その次は麦茶、以下、牛乳、豆乳と続きます。中でも水はほぼ確実という言葉ではなく、確実に常備してあります。
私の生活において飲み物代なんて言うのは微々たる物ですし、ペットボトルなんて三ヶ月に一度袋に纏めてゴミに出すぐらいですから、他の人から見れば本当に飲んでいないのかも知れません。
もっとも、私にとって、周りの人が(わたしからすれば)意外なほどにジュースの類を飲んでいることに驚いてしまいます。
もちろん、この生活習慣は、水の美味しい地域で生まれ育ち、今日でもさほど不味くはない土地に住んでいるからこそでしょうけど、水を安心して飲める環境というのはいい物ですね。
ナントカ還元水なんていらないですし。
ネタを楽しんでいただけたら幸いです。本当ならもうすこしひねりたかったのですが、今年もニュースネタでした。
詩唄いさんと(共同で? 話し合って?)貴方への花束を作り直し中。公開するデータは全ての楽器をSC-8850で演奏させたバージョンです。
始めに言っておきますが、絶対音感を持っている人は気持ち悪くなるかも知れません。曲の途中で二回もスケールチューンが変化するので。まだ実行してはいませんけど、調律も442Hzベースにしたいところ。結構好きなんですよね、2Hzアップ。
ちなみに、(初期)ヴァロッティBb → ヴァロッティB → 純正律Bの順番です。
ビバ! 相対音感。
サンプリング周波数が48kHzなのは、癖なんです。勢い余って録音するとこんな感じになってしまうと言ういい例です。
旋律は同じですが、殆ど全部MIDIから打ち直しました。強弱とか強弱とか強弱とか。
あと、各楽器のバランスも変更。DAWに手を付けるようになってから、音楽の聴き方を変えたのですが、それはバランス調整の仕方を学ぶためです。楽曲の雰囲気に合わせて、似たような楽曲を探し出し、その曲のバランスを聞いてみて、実際にMIDIに反映してみる。すると、そのまま使えそうな部分と使えない部分があるので、その辺りを含めて自己流に編集、といった感じ。
そう言った作業を何度か繰り返して、あくまで感覚的ではありますけど、各楽器の調整の仕方を学んでいる感じです。
『貴方への花束』って、意外と楽器数が多いので纏めるのが大変なんです。でも、今回のバランス調整は、居間まで作った楽曲の中でも一番綺麗にまとまっている、様な気がします。
変な話、コードを刻む楽器が多すぎなんです、本当に。三種類もいらないだろって。
あと、初めてユザードラムを使ってみました。これいいですね。好きな音を作るためにドラムを2チャンネルに振り分けなくても、1チャンネルで事足りるのですから。
ここだけの話、スネアドラムの位置をセンターからずらすって、結構好きな作りだったりします。あと、明るめのスネアドラム。
ついでに、サイト上では一度も公開したことがないのですが、主旋律も変わっています。
基本的なMIDIが出来上がったので、後はそれぞれの音源で使う音を収録。ここの作業で音が化けるのはThe Time~で経験済みなので慎重にいきたいところです。
同人サークル、というよりも作家連合希望風のウェブサイト、希望風ウェブサイトをリニューアルしました。ついでに、URLも変更し、サイトの更新や管理を全て私が一括して実行できるように。
今回のテーマはずばりシンプル。とにかくシンプルな構成です。しかも、これが純然たるハイパーリンクだと言わんばかりに、希望風のメンバーが管理しているそれぞれのサイトのファイルにディープリンクしまくっています。むしろ、サイト本体は18ファイルしかありません。もはや、メンバーのウェブサイトに重みを置いていると言っても過言ではありませんし、それが目標です。
希望風のメンバーはそれぞれウェブサイトを持っていますが、それらはいわば既存資源。ならその既存資源を活用するような形で希望風ウェブサイトを再構成してしまおう、と言うのが今回のテーマ。
予定より一年近く遅れてしまいましたけど、このたびようやく公開に至りました。すでにGoogleにはクロールするようにURLを申請し、希望風でぐぐると旧サイトの次に表示されるようになっています。
今回このようなスタイルになったのは、希望風ウェブサイトとしてメンバーが公開している情報と全く同じ情報を希望風のサイトに載せる理由が無いと言うことです。
もっと言い換えれば、情報として参照すればいいのに、何故同じ情報を幾つもの場所に分散公開しなければならないのか、と言う疑問点から出発しています。
例えば、希望風のメンバー全員、すなわち三人が同じイベントに参加する場合、それぞれのメンバーのサイトに希望風としてイベント参加情報を公開することになりますが、それに加え希望風ウェブサイトにも全く同じ情報を掲載することになります。これでは無駄が発生してしまいますし、更新作業も面倒になります。
そこで、メンバー各自が実行するページ作成は今まで通りで、希望風のウェブサイトからはそれら既存の情報資源に向かってリンクをするだけ、と言うことにしました。まあ、リンク集というとわかりいいですね。
なので、希望風ウェブサイト自体は本当に最低限のHTMLファイルしか置いてありません。しかし、そのサイトから取り出すことが出来る情報はメンバーのサイト3サイトに及ぶため、量として膨大になります。
まさに、サイトの垣根を越えた、作者通しの垣根を越えたウェブサイト。それが新生希望風ウェブサイトなのです。
こんなにレンタルサーバーを使ってお金大丈夫? と言う問いに対しては少し不親切な答え方として、「snowysnowのエイリアスですから」と言っておきましょう。CGIさえ使わなければ、エイリアスを使っても管理が繁雑にならないのはシンプルな故ですね。
だれか、この1万回転超の60ミリファンを4つ束ねて擬似120ミリファンとして、SI-120辺りと一緒に使ってみる気のある人は居ませんか?
風量の計算が単純な四則演算かどうかはわかりませんが、60CFM×4で、240CFMになりますね。ああ、体積だと単純な四則演算かな?
56dBが四つと言うことは、こちらは簡単に62dBと答えが出ますね。60dBを超えると人間は「うるさい」と感じるらしいですから、爆音PCにはもってこいですね。
某大学教授に言わせるタケコプターの原理だと、CPUファンがメインボードから剥がれ落ちるかも(笑)。
先日、100パーセントおごりで焼き肉を食べに行きました。そこの調理方法が本物の炭で焼くやり方だったのですが、それを見て思わず、「ガスだと水分が出るからなあ」と言ってしまったのが、この日記でのネタ。
化学式で書いてみるとわかるのですが、ガスを燃焼させると、水が発生してしまい、その影響で水っぽくなってしまうのです。もちろん、普段の料理ではフライパンなどが邪魔をして水っぽくなるのを防いでくれています。
ガス、と言う調理器具に限って言えば、直火よりも、熱のみを取り出す間接火のほうがよりよいと言えますね。
こういった、普段の生活のほんの些細な部分に、中学生の理科の知識が生きてくるのです。
予定より一週間ほど遅れたペースで、ReSin-ensの八章、第二巻で言う一章の執筆が完了。容量にして30kB。全体の1/8から1/9ぐらいのはずです。
二巻の出だしは一巻の出だしに比べて明るめです。ふつう、出だしを明るめに作って読者の気を引くというのもテクニックでしょうけど、ReSin-ensにそんなのはいらないんです、ということで、一巻の出だしからシリアスモード。
二巻は彩音がどんどん可愛くなっていく巻です。そりゃあもう、本を抱きしめて布団の上でグルグル左右に転がり悶えながら、「彩音可愛いよ、彩音」といいたくなるぐらい。
まあ、そんなことをされたら、作者の私も引きそうですが。でも、そんな愛される人であって欲しいとは思います、彩音は。
おもえば、ゲーム版の彩音シナリオは300kBですけど、第一巻が303kBのはずなので、もう追い越してしまったんですね。
統一地方選挙ともなると各地を選挙カーが走っているでしょうけど、私の街でも例外ではありません。まあ、一年に一度あるか無いかの、政治家が自分が政治をしているとアピールできる、または、自分が政治をしているとアピールしないといけない選挙なのですから、騒がしいのもまあ、ゆるしましょう。
如何せん、政治家の活動って言うのは、事実はどうあれ、こういうときにしか目に見えないのですから。あと、スキャンダルとナントカ還元水。
選挙カーのうるささにいらだつ人もいるかと思いますが、それも理解できるという物。伝えている内容や行為を無視して、実質的な影響だけを取り出すと、昼間の暴走族ですからね、あの騒音は。
上に書いてあることと矛盾して、選挙カーに関して私は否定的な立場を取っています。というのも、経験上、多くの立候補者はウグイス嬢に全てを任せ、じぶんは手を振ることに徹しているから。
本当に伝えたいことがあるんなら、声を枯らしながらも、自分の声で、自分の力でアピールして見せろと、体育会系なことを言っておきます。
しかも、その戦略にはもっと嫌気が差してきます。ひたすら名前を連呼して、とにかく名前だけでもアピールして貰おうという、レベル的には最低なやりかた。これでは名前を覚えて貰ったとしても、選挙に行って投票しようとは思えません。それどころか、ただひたすらに名前を連呼されると、五月蠅くてしょうがなくなります。書いて字のごとく、五月の蠅ですね。
かといって、自分の言いたいことを文章に纏めて各家のポストに投函するというのも、余りいい戦略とは言えません。少なくとも、私が経験した中では。
政治家もブログを持つ時代になり、この選挙戦の中、自分がブログに記した文章をそのまま印刷して製本し、各家庭に配るという暴挙を成し遂げた政治家が、私の選挙区に一人います。
まあ、そのやる気には驚かされましたが、辛口にならなくても出てきてしまう感想が、「これは酷い」でした。
まさに、ブログをそのまま印刷して製本した文章。改行も文脈毎ではなく、インターネットで良く用いられる句読点毎の改行。これでは読みづらくて読む気も失せます。実際、数行読んで挫折しました。
それだけならまだしも、とにかく日本語が下手。政治家にとって言葉は自分の理念を伝えるための大事な道具です。その道具すらまともに扱えない政治家に私は投票しません。言葉によって民衆を動かしたと言えば、小泉元首相や、東国原宮崎県知事が記憶に新しいですけど、特に後者は立候補時だれも気にしなかったのに、各地で自分の声で語り始めたら一気に民衆が付いてきたという、言葉の大切さを知るいい資料になります。
政治家にとって理念の次ぐらいに言葉は大切なのでしょうけど、それを身に付けていないのは致命的です。いい年した日本人の大人なのにね。
それだけなら…それだけならまだしも、その本の構成が、表紙にマットPP、本文は全ページコート紙、と言う、まさに財力に物を言わせた構成であることに腹が立ちます。
自分のことを棚に上げた上で言いますけど、同人誌に関して今から述べる感想を抱くことはありません。伝えたいことが稚拙な文章でもにじみ出てくるからです。また、苦労したことを感じ取ることが出来ますし、私もその苦労を味わっているからです。
でも、この政治家が配ったこの本は、お金と時間と紙の無駄である、としか思えませんでした。
せめて改行を正して…せめて行間を読みやすい値に調節して…せめて本文コート紙という目が潰れるような構成は止めて…せめて…せめて。
晒したいのは山々ですが、あまりにも酷かったので捨てました。時間差で届いた二冊とも。
選挙カーを始め、言葉遣いなど、選挙戦になるとうっすらと見えてくる、政治家の本性。あなたは4月8日に、持っている権利をどのように行使しますか?
もちろん、私に投票して私を都知事にするというのも一つの手段です。
一説には、ヨーロッパで完成したシステムは百年かかって全世界に広がるそうで、日本に伝わるのは大体五十年後だとか。
とまあそんな具合に、インターネットが発達して情報の即時性が高まったとはいえ、それはあくまで情報レベルで、風土文化に馴染むのはどうしてもタイムラグが発生してしまいます。外部の物を取り入れ、独自性を加え発展させることが極めて得意な極東の島国ですら、漢字を日本語として昇華するのには数百年以上の時が掛かりました。
mixiがいつ日本に上陸したかは忘れましたが、流行りの言葉を使えばweb1.0全盛期、インターネット上には「踏み逃げ禁止」という文化が存在していたかのように思えます。もちろんこれはキリ番のことであり、各サイトがそれぞれに決めたきり番を踏んだ人は掲示板やメールなどで管理人にそのことを報告しないといけない、と言うことです。
それほど数として多くないですけど、踏み逃げが多いためサイトを閉鎖します、といった文章を見かけたこともあります。
今となってはなぞめいた「踏み逃げ禁止」と言う文化も当時はそれが普通でしたし、サイトの管理人が絶対であるというような風潮は、踏み逃げを許しませんでした。時としては、他の常連さんが、踏み逃げに対して激怒して掲示板が炎上する、と言ったことも見かけました。
しかし、そう言った考えも今日では収まったかのように思えます。インターネットは意見をぶつける場所ではなく情報を集める場所である。誰かがそう例えたように、ネットは人と人との交流を時として活発にしてくれますが、ある程度の義理と人情を省略することによって成り立っている世界でもあります。
お歳暮やお中元は特定の人物に贈るのではなく、記念イラストや記念小説としてサイト上に不特定多数に公開され、配布を省略し、感想も掲示板からウェブ拍手などの簡単なツールへ移行し、交流は繁雑な物から簡略な物へと移行していきました。
ウェブを閲覧する上で必要なのは基本的にポインティングディバイスの操作だけですから、それに合わせてコミュニケーションの形成方法が進化したともいえるでしょう。
もっと単純な見方をすれば、踏み逃げをするのは掲示板などに報告をするのが面倒だからだとか、キリ番に気づいていないとか、そう言った理由だと思います。
気づいていないのはともかく、前者はサイトの管理人である私にとっても比較的面倒なことです。特に、たまたまリンクをクリックして辿り着いただけの初見のサイトの掲示板に、「キリ番踏みました」なんていう報告は、恥ずかしい、億劫、他の常連さんに恨まれる、必要性を感じないなどといった感情を生み出します。
キリ番を踏むのは、サイトの常連さんだけではなく、初見の人や、リンクを辿ってきただけの人、サーチエンジンで調べ物をしている人など、様々な人が居ます。
そして、キリ番報告の義務に、気づかない人、面倒な人、興味がないひとなど、様々な人が居ます。
こうした混沌とも言える利用者の多様性は、必然的に「踏み逃げ」を容認することになったのでしょう。きっとサイトの管理人も気が付いたのです。自分が他のサイトのキリ番をたまたま踏んでしまったとき、はたしてそのことをいちいち報告するのかと言うことに。
ここ数年で一気に収まったとも見えるこの「踏み逃げ禁止」と言う文化は、日本において比較的新しいウェブサービスであるmixiに遅れて登場したようです。
そして、歴史は繰り返すという名の下に、この文化もそのうち自然消滅してしまうでしょう。なぜなら、面倒なのに強制される交流はmixiそのものを「mixi疲れ」の名の下に衰退させてしまうからです。
時々周りの人に「mixiやらないの?」と訪ねられるのですが、「2年前に止めたよ」って答えると少しは格好いいですか? 先駆者みたいで(笑)。mixi存在そのものを知ったのは2004年、mixiをやり始めたのは2005年の2月で止めたのも2005年2月ですけど、あの当時はmixiがここまで流行るとは思っていませんでした。
話題が上と似通っているので、この際に書いてしまいます。
個人的に『はてなダイアリー』と『Blog』というのは別物であるという認識です。機能的には殆ど変わらないのでしょうけど、なじみ深い『はてなダイアリー』と、馴染み浅い『Blog』は何となく別の物であると感じています。
なので、「Blog始めましたー」といわれてURLを覗きに行くとはてなダイアリーだったときはとても複雑な心境になりました。
好き嫌いで言えば、名前の通り文章を読ませることに特化しているであろうはてなダイアリーの方が、読みやすさと言う点で非常に好印象です。
日本テレビ系列の『世界一受けたい授業』と言う番組で、記憶にある中で二回ほど、住宅の改築を示す言葉を英語で言いなさいと言う問いに対して、ゲストが「リフォーム」と答え、外国人講師が「リノベーション」ですと答えを言う場面が放送されていますが、すこし補足を。
一般の人が思うリフォームのイメージというのは、建物の改修の他に、用途の変更(住宅を喫茶店に)もあげられますが、建築の世界では前者はリフォーム、後者はコンバージョンといいます。
あくまで建築業界に限っての話ですが、例えば一軒の古民家があったとして、内装を変更したり配置を変更したりして住み心地を改善する作業をリフォーム。住宅の機能を削除して、喫茶店として生まれ変わらせた場合はコンバージョンと言います。
今までは機能の変更もリフォームやリノベーションと言ってきましたが、ここ最近はコンバージョンと言い換えられています。
特に新しい事例では、都心のビルが空洞化する2007年問題に対する答えとしてコンバージョンが特集されています。ビルの一室、一層、または複数階をコンバージョンを施して住宅として使えるようにしてしまうわけですね。
カップだけでは飽きたらず他の言語からコップを持ってきたように、色々と言葉は細分化されています。簡単に纏めてみました。
リフォームとリペア、リフォームとコンバージョンはそれぞれ領域が被っている部分があり、明確に別けることも出来ませんから、ここにあげたことが一定の基準にはなり得ません。ただ、既存の建物に手を入れるときには三つの方法がある、と言うことが重要なのです。
古き良き時代のものを未来に伝えようと、ここ最近、ようやく名建築と呼ばれる建築物を保存する動きが見られていますが、その手法は基本的に時間凍結型です。世界遺産では時間凍結型の保存に関して見直しの動きが出ていますが、建築業界でもそれは同じです。
一つの古民家をそのまま保存したとしても、それを資料として観察する知識のある建築家しか喜びません。
しかし、古民家の構造的に基礎的な部分を残し、そのまま建築として使い続けることは、歴史の蓄積や未来へのメッセージという意味では時間凍結型の保存よりも遥かに優れますし、その恩恵を授かる人も建築家だけではなく一般市民にまで拡張することが出来ます。(実際に住むとか。)
幸い、日本の住宅というのは西洋のそれに比べて非常に自由度が高く、更新もしやすくなっています。古い神社が今でも壊れずに残っているのは、一つの部品毎に取り替えることが出来るからです。
西洋の建築は頑丈な部品で構成され、一度作ったら長い間使い続けることが出来るという点で優れ、日本の建築は柔軟性のある部品で構成され、一つひとつのパーツを交換しながら長い間使い続けることが出来るという点で優れています。
巨視的な目で見たとき、建築業界は、新築住宅の着工数が減り、リペア・リフォームの時代に生まれ変わりつつあります。
しかし、新築のほうが業者としては儲かる上に、営業マンとしても成績になるので、メーカー側はとにかく顧客に対して新築を勧めてきます。特に住宅については。
一度、見積もりを取ってみてください。新築よりも遥かに低予算で、新築同然の建物を手にすることが出来るリペアやリフォームという手段を使った場合の予算について。(新築というと家を建てるだけかと思いますが、既存住宅の解体、整地、新築といった、リフォームにはない作業が加わるため、工期も長くなり同時に人件費もかかってしまいます。)
柱の傷は一昨年の、と言うフレーズが都市伝説と化した今日。生家に対する思い出を、新築住居と同時に全て捨て去りますか?
ちなみに、今の家を手放さないといけなくなってしまった場合、更地にして土地を売るというのも一つの手段ですが、貸家として住み手を募集すると言うのもありなんですよね。何事も発想の転換です。
不動産業者に対して敵意を抱いているので書いてしまいますが、土地の上に家があるだけで評定価格を下げるという、リサイクル推進の時代に逆行するような営業方針の不動産業者はさっさと潰れてしまえばいいよ。
路線変更に次ぐ路線変更で、とりあえずFreeBSDをインストール中。ネタになりそうだったらこのままFreeBSDユザーになります。
FreeBSDインストール完了。ユザーの作成まで完了して、ひとまず挫折。
しかし、GUI世代の人間にとってCUIというのは面倒ですね。CUIなんて言うのは、OSの再インストールや、手っ取り早くフロッピーをフォーマットしたいときぐらいにしか使わないので、馴染まない馴染まない。
そもそも、CUIベースのOSにGUIをインストールする、と言う構造その元を、漠然と理解できていても実践できていない時点で致命的ですよね。
初めてパソコン関係で本を買うことになる?
セカンドマシンの彩音をWin98にダウングレードすれば、98SEのディスクがあまるので、それを使ってVAIOにWindows環境を構築することが出来るのですが、そうなると、彩音のGbitイーサネット環境が崩壊してしまいますし。
とりあえず、プロダクトIDが見つかるまではでかい玩具ということにしておきましょう。最低でもWin98環境を構築すると、Foobarをいれて音楽プレイヤーにはなるのに。
はてなダイヤリーで、「続きを読む」といったリンクがあるじゃないですか。あれを「続きはWebで」って置き換えたら、何割の人が微妙な心境になるんだろうって。
ReSin-ensの9章を書くためにプロットを書いていると、次々とプロットが浮かび上がり、勢い余って13章までのプロットを作ってしまいました。
ReSin-ensの9章を書こうとしてキャレットを行の頭に動かした瞬間、同人サークルの情報を知りたくなって、希望風のウェブサイトや、詩唄いさんのサイトを覗きに行ってしまいました。
ReSin-ensの9章を書こうとしてキャレットを行の頭に動かした瞬間、先ほどの後遺症と言わんばかりに新しいサークルカットの案が浮かんだので早速フォトショップを起動。
頭に浮かび上がったデザインをパスツールやテキストツールを使って申込用紙の上に再現していきます。たぶん、身の回りではだれも試したことがない…どころか、私の経験上、どのサークルもやっていない(まあ、創作文芸ならではの表現方法なので、スタジオYOUのイベントに参加し続けている限り、そうそうお目にかかるような構図ではない)サークルカットがパソコン上に組み立てられていきます。
20分ほど試行錯誤して出来上がったカットは、今までのどのカットよりもインパクトに優れています。また、スタジオYOUのイベントで配られるカタログを見ながら、「これで同じ舞台に立てる」と自画自賛。
大胆な手法といいつつも他のサークルで多用されている手法です。しかし、果たしてこの形が受け入れられるかどうかはわからないので、一応公式サイトにてカットの要項を確認してみることに。
その結果、明確には禁止されていないと言う次元。慣習としては問題ないのでしょうけど、いざ根拠があるかと問われたら弱い、そう言った微妙な立場ですね。でもこのカット、結構目立つので、次回のイベントでちょっと使ってみようかと思います。
学校の課題で使う図面を手書きで処理していた頃、最終出力をコピーセンターでコピーしてもらっていました。(ちなみに今は同じお店で大判インクジェット出力をお願いしています。)コピーする際、コントラストを高くしないと綺麗にコピーされないので、手書きの図面を一旦白黒でコピーしていました。
即売会の申込用紙なんかでも、鉛筆で書いたカットは禁止されていますが、それをコピーすれば白黒出力のトナーになるから使うことが出来る、と言うのと原理は似ていますね。今回の場合はカラーコピーなので、明暗の境目をはっきりさせることだけに的を絞っていますが。
とまあ、そんな事情があるのですが、このコピー。鉛筆で書いたものをCADで書いたように見せかけるためにはそれなりの設定が必要です。もちろん、一発で成功すると言うことはありません。そのため、沢山の印刷ミス…しかもA3サイズという使い勝手の悪いものが出ます。
学校の課題に関わるプリントには地図が印刷されていることがあります。建物を設計するための敷地、模型を作るために必要な敷地、調査対象の敷地。それら沢山の地図を、実際に使えるサイズに拡大する必要があります。
例えば、必要な図面は1/100なのに渡された図面が1/500だった場合は、5倍に拡大して1/100の縮尺にしなければなりません。この時、気合いがある人はCADで地図を起こしてそれを出力して使いますが、CADを使えなかった私は地図をコピー機で拡大して使っていました。
このコピー。一度で目的の倍率まで拡大できればいいのですが、大体4倍までしか拡大できないので、5倍に拡大するときなどは中間ファイルを作らなくてはなりません。
また、高倍率の拡大となると、出力範囲の予測が難しく、間違えた範囲をコピーしてしまうこともあります。そのため、沢山の不必要な印刷物…しかもA3サイズという使い勝手の悪いものが出ます。
これら、何年にも渡って溜めてきた紙は、本のブックカバーや、接着剤を広げるために使ってきましたが、どうあがいても処理速度が間に合いません。せっかくのリユースなのに、不要な紙としてストックする速度の方が、使う速度を上回ってしまうのです。
さて、私の部屋にはメモ用紙と呼ばれる紙が存在しています。インクジェットプリンタで印刷してみたものの、印刷物として使えない(例えば、インクがこすれ出たり、両面印刷なのに給紙ミスが発生しページが飛んでしまったなど)紙の裏側を使うシステムになっています。
主な用紙はB5とA4で、その都度、ミスプリントの在庫によって変化していきます。
しかし、同人誌をお兄ちゃんが印刷するようになってから印刷ミスは激減。メモ用紙の枯渇が始まるようになりました。
二つの事象を組み合わせてみましょう。
一方は使い物にならない紙、一方は紙が欲しくてたまらないシステム。
一方はA3が大量に、一方はA4かB5が大量に必要。
ああ…そういうことか…。
早速、一家に一台の裁断機を用意して、A3の紙をA4に裁断していきます。
数十枚の紙を裁断し、およそ100枚程度のA4メモ用紙に変更することが出来ました。これでしばらくメモ用紙が足りなくなると言うこともなさそうです。
しかし…四年前にコピーした紙が出てきたときは、「おまたせしました」と言う感じでしたね。
思えば、裁断系に関してだけ、道具の豊富さは驚きですね。
後半から品揃えが怪しい方向に………。そう言えば筆箱にカッターが3本入っているというのもおかしいと言えばおかしいですね。
理論上、今日の時点で第二巻の第二章、全体で見たときの9章の執筆が終わっているか、21kBまで進んでいなければならないのですが、進んでいるのは2kB。一日かかっても1000文字というのが泣けてきます。
目標は四月の終わりの段階で合計150kB。つまり、全体の半分を少し超えた辺りまで執筆が進んでいるのが理想的です。漸近線というわけでもないですが、
月 | 合計 |
---|---|
4月末日 | 150kB |
5月末日 | 200kB |
6月末日 | 250kB |
7月末日 | 完成 |
といった形になるのが理想的と言えるでしょう。このペースだとかなり難しいですが。
順調にいけば、7月29日の『おでかけライブ in 前橋』でReSin-ensの第二巻を発表できるわけですね。不可能ですけど。
とりあえず、学業より自分のことを優先できるのは四月とゴールデンウィークが最後ですから、五月の上旬でどこまで執筆が進んでいるかが重要ですね。
期待的観測としては、第一巻のように40kBもシナリオの削除という事さえなければ、それなりに上手くいけるような…という感じです。脳内スケジュールでは、一日四時間、週四日の執筆時間を捻出することが出来るので、上手く使っていきたいものです。
もっと期待的観測をすると、彩音が可愛くなってくると執筆のテンションが上がるので速度が速くなるかも知れません。可愛さの表現にこだわりすぎて遅くなる可能性も否定しませんが。
いやー、人柱になりたいのは山々ですが、先にCPUとメモリの変更が待っています。そろそろOEM版OSの限界が見えてきそうですが、M/Bがまだ現役なので大丈夫。
ただ、どちらにせよグラボは早めに取り替えた方が良さそうなんですよね。同じチップを搭載しているグラボは沢山ありますけど、その中でも地雷と呼ばれている製品ですし。(具体的には、メモリ部分の性能が128bitが標準なのに64bitになっている。)
ちなみに、AGPでスペック上最強なのはRadeon X1950 XTらしいです。安いという理由でGeForce系のグラボを使っていますが、本当はRadeonのグラボが使いたいんですよね。ただ、最近のRadeonは5-BNC接続に関して地雷、と言うのを聞いたことがあるので躊躇してします。
たしかに、5-BNCにはモニタの情報を送信する機能(ケーブル)が存在しませんから、それに依存していた場合、設定すら危うくなりますし。実際、5-BNCでモニタを接続すると、グラボ上でのモニタの認識が「標準のディスプレイ」だったばあい、解像度やリフレッシュレートをモニタの限界を超えて設定できてしまいます(モニタが仕様をグラボ側に送信しないため)。
5-BNCでの接続には、モニタ製造メーカーの公式infファイルが必要不可欠ですね。
ただ、そう言った面倒なことをふまえてでも、5-BNC接続は優れていると思います。アナログ接続では横幅1280を超えた辺りから5-BNCでの接続でなければ実用に耐えうる画質ではなくなるとも言いますし、私もケーブルの規格をD-subから5-BNCへ変えたときに、画質の違いをはっきりと認識しましたし。
青森を代表する三つの方言、津軽弁、南部弁、下北弁のうち、最も難易度が高いのは津軽弁だと思います。一般的に、関西は話すテンポが速く、東北はゆっくりと言われていますが、津軽弁ではテンポはともかく、単語の短さで勝負をすることが出来ます。
いつも例に挙げるのは、「な、どさ」「わ、ゆさ」のやり取り。それぞれ、「貴方はどこに行くのですか?」「私は温泉(お風呂)に行きます」になります。
これを省略したのが、「どさ」、「ゆさ」で、日本語にありがちな守護を省いたしゃべりになっています。
青森出身というと「津軽弁」と言うイメージを思い浮かべる方もいますが、全く違う龍はと言ってもいいほど発音構造に違いのある南部弁が存在します。というか、青森県人同士の認識としては、言語的な国境があります。
どのぐらい分厚い国境があるかというと、『なまるが勝ち!』というテレビ番組で、「南部弁を話す人にある津軽弁の意味を」、「津軽弁を話す人にある南部弁の意味を」聞くと言うクイズをやっているほどです。(2006年で18年にわたる放送に幕を下ろしたようです。同番組司会の黒石八郎のトークショウで、最前列に座っていた私が「何年生?」と聞かれ、慌てて「5・6年生」と答えたら、「面白い奴だな」と、同番組のボールペンを貰ったという謎歴史もあり。)
で、その南部弁には津軽弁よりも短い、たぶん、日本最短の会話があります。
「け!」
「め!」
もはや、意味不明ですね。青森県人だったら、南部の人じゃなくても解読できるかも知れません。ちなみに意味は、「食べてみて!」「美味しい!」となります。「め」を「ぅめ」と言う場合もあり。
寒いという意味の方言でお馴染みなのは「しばれる」で、ご存じ北海道の方言です。でも、青森県全体でも通じます。一応、南部弁で寒いを意味する方言は「さぶい」とか「さびぃ」になるかと思います。もちろんこれ一つで使うことはなく、標準語で言う「~です」という意味の「じゃ」を加えて、「さみぃじゃ」になります。アクセントは「み」です。
あと、宮城を含めた北東北全般で通じそうな方言は「投げる」ですね。これは「捨てる」と言う意味なので、「ゴミ投げてきて」と言われたら、絶対に収集所へ持っていきましょう。決して遠投してはいけません。
ただし、この「投げる」。ゴミの時だけ「捨てる」と言う意味になり、普段は標準語で言う「投げる」と同じなので、「ボール投げてけろじゃ(ボールを投げて頂戴)」と言われても、決してごみ箱に捨ててはいけません。「適当」と同じように、空気を読んで下さい。
破棄する意味での「投げる」の上位表現は「ぶなでる」です。意味合い的には「捨ててしまえ!」というかんじ。
ちなみに、ReSin-ens第一巻で「めぐさい」という方言を「邪魔くさい」という意味であると紹介していますが、結構意訳的です。
「めぐさい」の本来の意味は「みっともない」だとか「見苦しい」と言う意味です。で、この言葉を使った側にとって、「お前の存在が見苦しい」、すなわち、「見たくない」すなわち「邪魔」と言う流れ。
実際、「お前は邪魔だ」と言う意味で「おめ、めぐせんだじゃ」を使う場面というのは、それほど少なくないかと思います。
ですから、感覚的な部分ではありますが、「めぐさい」というのを「見苦しい」と訳す事自体が意訳で、実際は「視界に入れたくない」と言う意味を持っているのかも知れません。
ちょっと補足しますが、言語学的に見ると、下北の言葉は「訛り」ではなく「方言」として分類されています。ですから、青森県の方言は言語学的にも「津軽弁」「南部弁」「下北弁」の三種類という事になります。
もっと細かく分類すると、三種類を簡単に超えてしまうのですが、ひとまず全国区になりうる方言、と言う意味ではこの三種類でしょう。
まあ、言いたいことは、青森県人≠津軽弁、ということを、南部弁の使い手として主張しておきます。
「津軽弁の日」を録画したDVD-Rか、発売されているCDかカセットが欲しいなー。誕生日プレゼントとして待ってます(笑)。いや、音源を探すのが難しそうな「あおもれんじゃー」とか、「どんだんず」でもいいですけど。
Google等において、厳密なHTML、もっと単純に言い換えて、HTMLの論理的構造を的確に使用すると言うことがどれだけ大事なことか、身をもって体験します。
さて、この状況をどうやって打開しようか。
珍しく本家のサイトにリンクしてあるので、2クリックで辿り着けるから問題なし、と判断する?
携帯電話事業者と言えば、Docomoとauによる二極化に加えて忘れてはいけないよという立場のSoftbankと、個人的に応援をしているWilcome、もはや名前を知っている人がどれだけ居るかわからないイーモバイルぐらいが思い浮かぶでしょう。といいつつ、イーモバイルは完全に新進気鋭の会社で、音声サービスの提供は来年の今頃になるようですから、知らなくて当然かも知れません。
この記事を読んで真っ先に思ったのが、二大政党制。二つの巨大な政党がある、もしくは二つ以上の政党のうち主力二政党が政権を交代しあっているという状態が続けば二大政党と呼ぶことが出来るでしょう。
米国合衆国は二大政党制の有名どころですけど、実際には第三勢力も存在していますね。どちらにせよ、二大政党の状態にあることには変わり有りません。
この二大政党制は、古典的政治学において理想的な形であると言われ、その利点として「政治が安定する」、「論争による政権交代がわかりやすい」等があげられるでしょう。
しかし、多数決の原理「大多数の意見を採用するのではなく、少数派の意見もくみ入れてより多くの人が納得できる意見を作り上げる」を振り返ったとき、第三勢力を含んだ形での二大政党制というのは、民主主義、多数決主義の良さを殺すことになるのです。
現在の携帯電話市場は先に述べたとおり、Docomoとauによる二大政党、それに加えて第三勢力のSoftbankとWilcome(WilcomeはPHSなので、『携帯電話』とは言わないが、携帯できる電話という意味で、第三勢力として扱う)が存在している状態です。
わざわざ提示するまでもなく、自民党がDocomo、民主党がau、あとは共産党とか公明党とかに各自割り振ってください。お勧めはWilcomeに(新党)大地。
で、近頃の政治を振り返ってみると、自民党の不正に対して民主党が追求し、何かと民主党が「俺らは資料を提示したんだから、お前らも提示しろよ」と小学生の論理をふるってマスコミのいいネタにされている、と言うのが現状です。でも、政権は変化無く、問題は山積みで、末端の国民には何の利益もない。
Docomoとauは構造こそ若干違うものの(auは相手をけなすのではなく率先して新事業を展開するし、自分が不利だからと言って国会を休んだりしない)、結果的に、シェアに大きな変動はなく、通話料金は高いままで、末端の消費者には何の利益もない。
まさに、イーモバイルが言った、大手3社の体制に入った2000年以降,シェアの変動がほとんどなく競争が進んでいない
状態にあるわけです。
この事から見ても、安定した状態というのは、会社(や議員)としては(自分の権力を維持できるから)ありがたいものの、末端の人にはありがたくないと言うことがわかります。
政治を例に取り上げれば、二大政党制は政治が安定するなどとメリットをあげますけど、『ニッポン』という統治国家になったいま、政治の安定性というのは法の下に保たれるので、わざわざ国会レベルで安定させる必要性というのは全くないように思えます。
公務員が管轄内で部署の移動を繰り返すのも、その部署で大きな影響力を持たないようにするため(賄賂とか賄賂とか賄賂とか)であり、やはりある程度の変化がなければ、政治も腐るというもの。(もっとも、自分に都合が悪くなると国会を欠席する政党は、政治と言うより人間として腐っているのですが。)たるに入った水だって時々たるを揺すらないと腐るのと同じなのですよ。
国民が求めるものに合わせて、提供する側も形を変えていく。
六つの季節が揺れ動くことに合わせて、服も旬も風景も変わっていく。
変化というのは、宇宙というレベルで見た原則であり、変化しないものは滅び行くまでです。日本国憲法(携帯電話産業)といった根本的なものはある程度形を保つ必要はあるでしょうけど、それを支える政党(携帯電話事業者)は時代時代に合わせて踏襲、変化、改革、革命、統合、新進していくべきでしょう。
とまあ、投票日の一ヶ月前に「この人に票を入れて欲しいんだけど」と誘われて適当に誤魔化して、自分の信じる人に今日投票してきた鈴響雪冬がお送りいたしました。義理人情は大切にする主義ですけど、そう言ったことは大嫌いなもので。
この辺り一帯で入学式だったのか、着飾った親子連れを沢山見かけました。私の学校も今日が入学式、そして、明日から授業。いよいよ新年度突入という雰囲気ですね。
スーパーの酒売り場をうろちょろしていたときに、脳内にこんな妄想が。
雪待酒夜(ゆきまちしゅや)。飲み明かせとおっしゃいますか。
しかし、雪見酒と言う言葉にあるとおり、雪を見ながら酒を飲むというのは日本の文化の一つになりますが、その雪が降るのを待ちきれず、または雪が降るのを待ち遠しく思いながら酒を飲む、というのも面白いかも知れませんね。
雪待終夜の終夜というのは一晩中という意味ですが、そう言う意味では、雪が降るまでずっと酒を飲み続けると言う、サドンデス的な光景が………。
というか、こういう話題をやると、ロゴマークを作ってしまいそうな自分がいて嫌です(笑)。絶対酒のパッケージとか脳味噌の片隅で考えそう―――というか、既に考え―――。
そういえば、先日、梅酒に入れる氷をよりよくするために、製氷皿を買いました。今までの製氷皿より氷のサイズが大きくなって、よりロックっぽく。何というか、ふつう、製氷皿って冷蔵庫に着いてきたものを冷蔵庫が壊れるまで使うと思うのですが、ここまでくるともはや末期のような気がしてなりません。
いや、本当に末期だったら、ロックアイスを買ってくるようになるかな。
個人的には、「冷えればいいのよ」と言う考えなので、そこまでこだわると言うことはなさそうです。それどころか、ロックで飲むのも、冷蔵庫で冷やしただけでは飽きたらずもっとキンキンと冷やした状態で飲みたいからであって、氷なんてそのための道具に過ぎないですし。
「恋をすると女は綺麗になる(笑)」などとよく言いますが、そんなに単純だったら苦労しません。もっと厳密に言えば、エロくなって、彼氏に抱かれる妄想とかをして、女性ホルモンを分泌するようになったら、女は綺麗になるわけで。
恋をするだけで綺麗になったら苦労はしないのです。
恋をした上で、脳内で、肉体的(性的に)気持ちよくならない限り、綺麗にはなれないのです。妄想をして、アドレナリンをどばどば放出して、興奮して、初めて綺麗になれるわけです。
ということで、綺麗になりたかったらエロくなれ。
数日前あるサイトの日記を読んでいて写真を撮ってアップしなきゃいけない心境に駆られたことをついさっき思い出して、気分がいいので写真を公開します。
もう本当に…長い付き合いです。少年アシベに出てくるキャラからゴマと呼んでいますが、実際にこのぬいぐるみを作った人が「ゴマ」をモチーフにしているかどうかは不明です。色も若干違いますし。
でも、親を始め、全ての人に「ゴマ」で通る。これがこの相棒クォリティー。
というかこの相棒、周りの人に大好評で、愛されているんだなあ、と端から見て思っています。私からすれば専ら昼寝用の枕なのですが。そして、枕にしすぎたために水平方向に圧縮されているのですが…。
でもあえて言おう。ゴマは可愛いと。
せっかくB2サイズの額縁もあることだし、ストックのポスターを部屋に飾ろうかと思い、ポスターを漁っていたら、出てくる出てくる、貴重なポスター。というか、自分のコレクションに少し驚いたぐらい。
結構、色々持っているんだなあと改めて実感。ポスター探しはもうしなくなったので、今後このコレクションが爆発的に増えていくと言うことはないでしょうけど、ZARDのポスターあたりはコンビニでカラーコピーして、額に入れて部屋に飾ってみてもいいかなと思ってみたり。
せっかく、朱 -Aka-に登場するチュチュのポスターを都合で剥がしてしまって壁も空いていることですし。
朝のニュース…というよりバラエティー番組の『すっきり』に、黒川記章氏が登場していましたが、その人に対してタメ語で接する芸能人。
ちょっとまて。お前、その人、日本を代表する建築家の一人………。たぶん、都市計画という範囲に限ってみれば、世界で十指に数えられる建築家かも。普通だったら、そうそう簡単にお目にかかれない人。
まあ、黒川さんの性格だからこそ実現できた出演でしょうね。
残念なことに、タレントとお金とブランドにしか興味がないバラエティー番組なのか、お金の話ばかり出てきましたけど、もうすこし別のことに目を向けて欲しいな、と。
一番身近な黒川記章氏の設計と言えば、世界初のカプセルホテルを設計したのが黒川記章氏のはずですし。
もっと対外的に活動すべき人であって、都知事という枠にはまるような人間ではないような気がします。
でもそれって、
と言うことですよね。
「競争原理」っていうと格好いいけど、最終的に質の低下に繋がるんですよね。
個人的には、小学校における教育システムの改善に、低学年は一年ごとに学年分けをするのではなく、半年ごとに学年分けをする、と言うシステムを提案。
だって、小学生低学年って、誕生日が4月か3月かで、明らかに学力に差があるじゃないですか。
資金繰りの目処が立ったので、五月上旬にパイオニアのDVDマルチドライブを買うことを誓います!
いや、もう、HDDが一杯一杯なんですよ。Windowsのキャッシュ専用ドライブですら、大容量ファイル置き場とかしていますから。