Top > 読み物 > 日記 > 2006年5月 -2冊目-
容量的にも、消費時間的にも新規ページにするのがもったいないので、このまま続行。
分割することにしました
PowerPointを使ったことがないと言うのは、私の一つの欠点。そもそも、持ってもいないですし。
こういうとき便利なのが、OpenOffice。これがフリーソフトというのが信じられないですね。まだ二回目ですけど、何とかプレゼンのデジタル作業は出来るようになりました。
MSOfficeとの互換を謳っていますが、OP独自の機能もあるので、結果的にJPEGに出力して学校に持っていきます。なんだかんだ言って一番手軽ですね。
とりあえず、三時間ほどで発表用原稿と、スライドは完成。配布用資料は………紙資源の消費量削減と言うことで、作らないことにしました。
………………………なんて言い訳できたら楽なんだろうなあ…。ページ数減らそう(コラ)。
おっと。CD-RWをフォーマットしておかないと。前回の二の舞を演じてしまう。
CRTの色をファクトリーメニュー(通称、裏メニュー)でがっちりと変更してしまおうと思い立ち、画面に白い画像を表示。
そこで気が付いた。
タスクバーの部分が色焼けしてる………。
でもまあ…確かにそうですよね。タスクバーは隠す設定にしていないと常に表示されていますからね。回避するためには…色を黒にするしか…。
私…頑張ったよね…。ファイル転送を挫折するなんて…初めてだよ…。
ショッピング特化型のロボット型検索エンジン、Becomeが日本参入を表明してからほぼ一週間。私のサイトにもロボットがクロールに来ているのですが、HTML以外のファイルも回収しているようです。
画像だけならまだしも、LZHファイルまで持って行かれています。HTMLファイルも含めて、二日間で300ファイルにアクセス。うーん…MP3などが含まれるとなると、結構辛いですよね。
とりあえず、しばらく様子を見てあまりに酷いようならロボットテキスト書き換えですね。
でも、ここ一週間に的を絞ると、gooのほうが、回収に関しては凶悪でした。
私の同人誌の発行スタイルには三種類有ると言っても過言ではありません。
一つめは、創作文芸・雪解け水への入門用の小説です。代表的な作品は、『恋の
from A to Z』です。
二つめは、中編の小説です。代表的な作品は、各種短編集や『巫女のスヽメ』があります。
三つ目は、長編小説です。代表的な作品は『丘の上の物語』や『光になりたい』があります。
基本的に長さで分割してありますが、AtoZに目を向ければそのページ数は40ページを超え、短編集を超えてしまいます。つまり、長さで分割するのを主体としている割には、既にその法則が成り立たなくなっていると言えます。
そこで、前から考えていたのですが、この分割基準を物語の雰囲気で分けるようにしようかなと思っています。
具体的には、以下の三つになると思います。
一つめは、気軽に読める小説。『透明という色』や各種短編集が入ってくると思います。
二つめは、物語性が強い小説。『巫女のスヽメ』や『丘の上の物語』、『アクロス・ザ・タイム』が入ってくると思います。
三つ目は、物語性が強く、重厚感がある小説。『光になりたい』や『ReSin-ens』が入ってくると思います。
さて、もう皆さん、突っ込んでもいいですよ。「ギャルゲーのブランドの分け方と同じだ」と。
例えば、ソフトハウス『ザウス』には、物語の方向性から、「純米」、「吟醸」、「本醸造」と別れています。それぞれ、純愛、鬼畜・陵辱、SLG・RPGと言った分類です。ちなみに、今では「発砲」とい銘柄も加わっているようですね。
これを真似して、私も長さだけで方向性を分類するのではなく、物語の雰囲気から分けていこうかなと考えています。
もちろん、物語の種類で分けることも可能ですが、現時点で殆どが恋愛小説ですから、種類で分けてしまうともの凄く偏りが出てしまいます。そこで、方向性や雰囲気で三つに分類することが望ましいでしょう。
分けるための名前、すなわち銘柄に関してはまだ決まっていませんが、真・行・草といった、日本に古来から存在する言葉を使うことになりそうです。(真行草は茶道や書道に関係してきます。)流石に、「松・竹・梅」や「富士・鷹・茄子」は無いですが。
以下、適当な言葉の抽出。茶懐石のたぐいが結構良さそうな雰囲気。
とりあえず、EPSONのドライバを騙して騙して、A4プリンターで、縮小も拡大もすることなく、縁なし印刷を達成。
縁なし印刷はプリンタ側で画像を拡大し、紙のサイズ以上にプリントヘッドを動かして印刷する技術(EPSONの特許。ブラザーなどは、センサーを使って紙の端を検出しているらしい)です。縁なし印刷における最大の欠点は、画像が拡大されると言うこと。つまり、端の数ミリは印刷されないで出力されてしまいます。
一方、Canonが昔使っていた縁なし印刷は、A4ノビのサイズにA4を印刷し、余った部分を切り取れると言う紙を発売していました。これも歴とした縁なし。しかし、専用紙を用意しなければならないため、あまりいい方法とは言えません。裁ち切りで失敗するとまずいですし。
ここで登場するのが、上の二つの技を組み合わせ、なおかつ、EPSONのプリンタドライバの特性(バグ?)を利用する技です。ヒントは、
上の三つの特性を上手く組み合わせることによって、A4サイズプリンターなのに、最大幅220ミリ程度まで印刷できるようになります。
幅220ミリ印刷できると言うことは、幅210ミリの画像をトンボ付きで幅240ミリの紙に出力し、印刷が終わった後断ち切ることによって、拡大も縮小も行われない完全な縁なし印刷をする事が出来ます。
- 履く
- 履き物を足につける。「靴[サンダル・スリッパ・下駄・草履ぞうり]を─」「スキー[かんじき]を─」
- 穿く
- 足を通して衣類などを下半身につける。「袴はかま[ズボン・スカート・靴下]を─」◇「履はく」と同語源。 衣類を体全体や上半身につける場合は「着る」を使う。
前から凄く気になってました、〈パンツ履いてない〉。とりあえず、変換したIME、出てこい。
『ハレ晴れユカイ』が、今日付のデイリーチャートで2位。水樹奈々の最高記録って…3位でしたよね。凄いことになってきましたよ。
11日の大量入荷が効いているのかも知れませんね。
DyDoの自販機と言えばプロモーション機能付き自販機。つまり、喋るあれです。あれの津軽弁バージョンが出たと、一昨日のニュースでやっているのを見て笑いました。京都弁や大阪弁のように全国に流布というわけではないようで、青森県内限定のようですが…それはそれで味があるという物。そのうち、ご当地自販機、なんていうのも出てくるのでしょうね。
ただ、同じ県内でも南部や下北の人で津軽弁を解釈できる人は希なので、その辺は考慮して頂きたい物です。何処の方言もそうですけど、単一県に単一方言とは限らないのですね。大阪弁にも河内とかそういうのが有るようですし。
「しゃっこい飲み物買ってけで~」
「しゃっこい」って…南部弁津軽弁共通言語かな?
ダイドードリンコ(大阪市)が、津軽弁で話す自販機を開発。(以下津軽弁風に)4月中旬から青森空港やJR青森駅など青森市内中心に42台おいだっきゃ。
「しゃっこい(冷たい)飲み物どんだべぇ」と定期的に呼びかけ、ジュースこ買えば「つりっこ忘れねんでの~」。昼時は「午後もけっぱって(頑張って)の~」。
3年前の「関西弁」が評判こよくて今回、名古屋弁や博多弁と一緒に造ったど。ダイドーの担当者は「ばりばりの津軽弁だと観光客が分からない。少し緩めました」。
とりあえず、適当に津軽弁に書き換えてみる。
ダイドードリンコ(大阪市)が、わんどのこどばで話す自販機を作ったずど。4月中旬から青森空港やJR青森駅など青森市内中心に42台おいだっきゃ。
「しゃっこい飲み物どんだべぇ」と定期的によばって、ジュースっこ買えば「つりっこ忘れねんでの~」。昼時だば「午後もけっぱっての~」。
3年前の「関西弁」が評判こ良くて今回、名古屋弁や博多弁ど一緒に造ったど。ダイドーの担当者ば言うには、「ばりばりの津軽弁だと観光客が分からない。少し緩めました」。
以上を、もの凄い速さで発音してください。そうすれば現地の言葉に近づくはず。あと、『青森』は、「あ」にアクセントを置かず、「も」にアクセントを置いてください。それだけで大分似てきます。
子供というものは、ある日突然凄いことを喋ったりするものです。そんな何気ない一言に励まされたという親も多いかと思います。
もちろん、この『凄い』と言う感情は、言葉そのものが技巧的というわけではなく、どちらかというと、私達の想像を凌駕している、と言うところにあるでしょう。それほどまでに子供の想像力というのは無限大だと思いますし、それを活かすべきだと思います。平たく言えば、塾なんかに通わせる暇があったら、外で遊ばせろ、と言うこと。
さて、そんな諸々の言葉ですが、子供以外も発することがあります。
言葉にはもちろん広義的に文字も含まれてきます。こうなると、俄然私達の周りには言葉が溢れていますね。
<女と言う生き物>
うん。=いや。
いや。=うん。
たぶん。=だめ。
私たちに必要よ。=私が欲しいの。
あなたが決めて。=答えはもう分かってるでしょ?
話し合いましょう。=文句があるのよ。
それでいいわよ。=私は不服よ。
この台所使いずらいわ。=新しい家が欲しいの。
私のこと愛してる?=買いたいものがあるの。
もうちょっとで準備できるんだけど。=言っとくけど,ずいぶん時間かかるわよ。<男という生き物>
ハラ減った。=ハラ減った。
眠い。=眠い。
疲れた。=疲れた。
うん。その髪型いいね。=前の方がよかったな。
その試着した服良く似合うよ。=なんでもいいから早く選んで,家に帰ろうよ。
映画でも見に行かない?=終わったらエッチしたい。
バンゴハンでもどう?=終わったらエッチしたい。
退屈だね。=エッチする?
愛してる。=エッチしよう。
俺も愛してるよ。=よし。言ったよ。さあエッチしよう。
そんな言葉に関するもので、面白いものを見つけましたので引用してみました。実はこれ、見たことがある人もいるかも知れませんが、某スパムメールの文章です。
かなり現実的な部分が多く含まれているので、思わず笑ってしまいました。特に、女性の方の『この台所使いずらいわ。
』と言う部分は、中々的を射ていると思います。
男性側も、『バンゴハンでもどう?
』という部分は結構面白いですね。一緒にご飯を食べるところからセックスは始まっている、なんて言う言葉がありますけど、それに似たような言葉でしょうか。
でもまあ、大量の言葉が生産消費されるこの時代において、面白い言葉、おおよそ、人々に何らかの感情を抱かせる言葉というのは極々少数。テレビを24時間つけていてその中で一言二言良い台詞が有ればマシ、と言う雰囲気ですね。
とあるイベントで、たまたま隣だったサークルの方と縁があってお付き合いが続いているのですが、昨日、二年ぶりにお会いしました。現実的な話、この地において唯一知り合いの同人作家です。
友人を作ろうとしない、言い換えて、不必要に風呂敷を広げようとしない私からすれば、貴重な人材とでも言うのでしょうか(苦笑)。携帯電話だって、ずっと電話帳を引き継いでいるのに、未だに100件を超える気配がありません。
そもそも人を求めていないのか、それ以外に理由があるのか。その辺りは『ゲーム脳』を提唱している人に分析していただくとしましょうか。
よく考えてみますと、私は文章書きの知り合いが極端に少ないことが分かります。もちろん、この知り合いとは、各サークルメンバーを除いたときのお話です。サイトのリンク集を見ても、音楽を扱うサイトの量からすれば、断然少ないですね。
たぶんこれは、過去の私の考え『作品を見て見て見て』と言うものから、『好きな人はどうぞ』と言う考え方に移行していると言うことがあるのでしょう。積極的に腕を広げて他のサイトへリンクしようとは思いません。(もちろん、今日的にリンク集と言ったものが果たす役割がニュースサイトと言ったサイト以外では衰えてきていると言う部分もあります。)
そんな事情も絡み、同人作家の知り合いはかなり少ないと言えます。サークルメンバーを除けば、数人しかいないでしょう。ですので、技術交流は専らサークルメンバー内部だけで行われています。もちろん、情報を収集するという面では、色々と参考にしている資料もありますが、その資料をかみ砕くときや解釈するときは、本当に身内だけでしょう。
そう言った状況で、私が他の同人作家と付き合いが続いているというのは、奇跡なのかも知れません。
同人誌を作るときもそうですが、結構沢山のフリーフォントを使用しています。今のところインストールしてあるフォントは、ファイル数換算880。ファミリーなんかもあるので、実際の所は700ぐらいでしょうか。
この沢山のフォントですが、ライセンスがはっきりしているフォントしかインストールしていないつもりです。ウェブで使うと言った用途は一応非営利になるのですが、同人誌は広義的解釈で営利活動。つまり、営利活動が認められていないフォントを間違って使ってしまった場合、大問題が発生するので、インストールしていません。
日本のフォント作家には、営利と非営利だけではなく、同人活動という概念を使い、『営利は非許可ですが、同人活動は許可』と言ったライセンスを用いている方が沢山います。そういった、いわゆる安全なフォントばかりをインストールしています。
さて、インストールしたい一つのフォントがあるのですが、これが非常に微妙なフォントです。フォントの価格は無料ですし、商用利用も認められています。しかし、そのライセンス条文に、非常に気になる文面が。
It can be used for personal projects and commercial products up to 1000 pieces.
簡単に訳してしまうと、1000までの個人プロジェクトまたは商業利用が可能です。つまり、発行部数が1000以下ならOK、と言うことでしょう。
もちろん、今の私の実力で同人誌を一種1000部販売することは、逆立ちをしても無理ですから、基本的に全く問題有りません。ただ、有事のことを考えると使用を踏みとどまってしまいます。
インストールするべきか、せざるべきか。
ただ、このフォントのいいところは、それ以上の場合でも、14.95ドル先日の東証を元に換算(1ドル=109円)すると、1629円55銭で商用利用が無制限になります。インストールしておいて、いざとなったときに金銭を支払う、と言う流れがベターと言えるでしょう。
フォントも一つのデザイン。権利関係は要注意ですね。上にも書いたとおり、商用利用に金銭が絡んでくるフォントや、ライセンスが曖昧なフォントはあらかじめインストールしない、と言うルールを用いています。
フリーフォントは数も多く、画像に埋め込む程度なら許容している方もいるので、手軽に使うことが出来ます。ただ、そう言ったフォントをインストールしてしまうと、知らない間に商用に用いてしまう可能性が出てきます。そう言った危険性を避ける上でも、利用範囲に制限がないフォントだけをインストールするという自己防衛も必要でしょう。
ちなみに、この事に関しては色々方法があるようで、フォントインストーラーを使って商用利用が出来るフォントと出来ないフォントを分けて登録しておいて、普段は後者、商用作品を造るときだけ前者にフォントを切り替える、と言う行程を挟む人もいるようです。
サイトのデザインという微妙な立場で参加しているEMUですが、先日バナーが完成しました。そのバナーに私が撮影した写真を提供させていただいています。と言うより、バナーを作ったのも私だったりしますが。
次に紹介する写真もそうですが、確かこの写真は、何気なく夜更かししてしまい、気が付いたら朝になっていたときに撮影したものです。もうすこし具体的に説明すると、気が付いたら三時半近くになっていて、これは朝日が撮影できる! と思い立ったところに端を発します。
時計を確認、窓を開けて外の明るさを確認。インターネットで検索して日の出の時刻を確認、デジカメを確認、ジャンパーを着込んで自転車にまたがって、全力疾走すること十数分。かねてから存在を知っていた田園風景が広がる郊外に出て写真を撮影してきました。
構図としては雲が全くない日の出を考えていたのですが、結果的に雲が出ていたのが幸いして味が出た気がします。上の写真は、ポイントに辿り着く前に日が昇ってきてしまい、自転車にまたがった状態で慌ててシャッターを切ったときに撮れた写真です。
こちらはポイントに辿り着き、しっかりと腰を据えて撮影した写真。右端の電線が個人的には好きだったりします。こうやってみると、少し露光オーバーだったようで、明るすぎましたね。こちらの画像を使ったバナーは色補正をして暗めにした状態で使わざるを得ませんでした。
ちなみに、この日(2005年9月26日)に撮影した他の写真のうち2枚を、冊子版の『恋の from A to Z』の表紙に使っています。
風景写真を撮るという行為が、同人誌の表紙に使うという行動に直結しているので、最近は縦構図の写真を沢山撮るようになりました。横構図で写真を撮ると、紙一杯に写真を使いたいと思ったときに、縦の長さが足りずに引き延ばしを迫られる場面が出てきてしまうからです。音楽と同じで、やっぱり劣化は避けたいですからね。
この日は、結構色々と写真を撮ったので、以前紹介した、稲穂に水滴がついている写真も同じ日に撮影した写真です。ちなみにこちらの写真は、前回のイベントからデビューした栞に使っていますね。
何時もデジカメを持ち歩いているというわけではないので、偶然性に恵まれた写真はそれほど多くないのがもったいないですね。ただ、そんな中でも、いい写真が撮れたりすると嬉しいものです。確率的には百数十分の一程度でしょうけど。
そう言った自己満足出来る写真を湯水のごとく同人誌の表紙に使うのは少しばかり贅沢かも知れませんね。写真を選ぶのが毎回楽しみです。贅沢しすぎると、ネタが直ぐになくなってしまうのが欠点ですが。『恋の
from A to Z』なんて贅沢に4枚ですからね。
電子メールのマナーとして、最初または最後に名乗ると言う条目があると思います。理想的には両方と言ったところでしょうか。
このとき、末尾において名乗る、と言うのは、すなわち、署名(シグネチャ)を添付するという意味合いです。私のシグネチャは以下のような感じ。
(*‥*) ─○─○─────────────────────────── ■鈴響雪冬 │ ├─◎Web Site [空の彼方へ… ~Wing of Wind~] │ http://whitesnow.parfe.jp/ └─□E-mail suzuhibiki@sound.design.co.jp ───────────────────────────────
とまあ、このようになっています。
この署名、結構個性が出るので見ていて楽しいですが、利用する人に応じて掲載される項目が変わってきます。
例えば、オークションをするとき専用の署名を作り、その署名には、住所や名前を記載しているというパターン。普通、住所氏名を署名で名乗るというのは会社ぐらいですけど、オークションも一種の取引ですから、こういったことが当たり前のようですね。
もちろん、企業の署名なんかは、連絡先電話番号なんかもついてきます。
さて、この署名、用途に応じますけど、以下の項目が有れば十分だと思っています。
あとは、業種に応じては身分(役柄)でしょうか。
………………………そう思っていた時期が、私にもありました。
電子メールの末尾に付加される、送信者の氏名や連絡先、座右の銘などを数行にまとめたもの。日本語では「署名」と呼ばれる。最近の電子メールソフトは、ユーザが作成したシグネチャを保存しておいて、送信するメールの最後に自動的に付加する機能を持っている。データが改ざんされていないことを確認するために付加される「デジタル署名」と名前が似ているが、まったく別のものである。
…ん?
電子メールの末尾に付加される、送信者の氏名や連絡先、座右の銘などを数行にまとめたもの。
座右の銘!?
少なくとも、一度も見たことがないです、座右の銘がついた署名なんて(倒置法)。
(*‥*) ─○─○─────────────────────────── ■鈴響雪冬 │ ├─◎Web Site [空の彼方へ… ~Wing of Wind~] │ http://whitesnow.parfe.jp/ ├─□E-mail │ suzuhibiki@sound.design.co.jp └─□座右の銘 出る杭は打たれる。出すぎた杭は手に負えない。 ───────────────────────────────
こんな感じでしょうか? でも、もの凄い違和感。
そこで考えました。どうして、違和感があるのかと。この答えが出るのに時間はかかりませんでした。アルファベットによる項目が並んでいるところに日本語が入っているから違和感があるのだと。
(*‥*) ─○─○─────────────────────────── ■鈴響雪冬 │ ├─◎Web Site [空の彼方へ… ~Wing of Wind~] │ http://whitesnow.parfe.jp/ ├─□E-mail │ suzuhibiki@sound.design.co.jp └─□Zayuunomeeeeeeei! Derukuiha-utareru. Desugitakuiha-tenioenai! ───────────────────────────────
うん、エレガント。
「流石にローマ字は巫山戯ている」と言われるのが怖い方には、以下のようなやり方を推奨。
(*‥*) ─○─○─────────────────────────── ■鈴響雪冬 │ ├─◎Web Site [空の彼方へ… ~Wing of Wind~] │ http://whitesnow.parfe.jp/ ├─□E-mail │ suzuhibiki@sound.design.co.jp └─□Zayuunomeeeeeeei! b53475428f5ec77a90d1438bebc364c7 ───────────────────────────────
普通は、符号化できませんので、解読できませんが。
ただ、こういったシグネチャがメールに彩りを添えたり、個性をアピールする事に繋がると思います。個性的な文面で個性を主張するのではなく、メールの本文は礼儀や規則に沿って、最後の最後にちらりと個性を光らせる。そんな乙なメールも面白いかも知れませんね。
………なんだなんだ、この、三流雑誌のようなまとめ方は。
IE7.0がW3C準拠を目指して躍進中。もちろん、目指したからと言って、そこにたどり着けるとは思えないと、殆どのウェブマスターが感じているでしょう。如何せん、5年間投げ捨てていたわけですからね。
さて、IE7.0では独自仕様のサポートも一部打ち切られ、レイアウトについても、W3Cの規定を準拠するという方針になったようです。W3Cが規定を作ってから何年経つんでしょうかね(苦笑)。
ともかく、IE7.0がW3C準拠と言うことは、色々と問題が出てきます。特に、いわゆるHTMLの小技を紹介しているサイト。あのサイトの存在は、IEのシェアが圧倒的であるからこそ意味があるのですが、そのIEですら、独自仕様のサポートを中止となると、大問題となるでしょう。ウェブマスターも大変です。
ほかにも、IE6.0でしか表示を確認していないサイト。一般的にIE6.0はタグのミスがあっても勝手に補完しますので、比較的問題が出ずにレイアウトされます。しかし、IE7.0がHTMLに厳格になると言うことは、こういった変なタグで構成されたサイトのレイアウトがグダグダになる可能性が出てきます。今まで使っていた方法が使えなくなるとなると、ウェブマスターも大変です。
IE7.0がHTMLに厳格になった場合、おおよそ大変なのはウェブマスターです。IEの開発者はブログで、「CSSハックを使わないで」等と嘆いていましたが、そう言った事を含めて、IEがバージョンアップすると言うことは、小さなサイトから大きなサイトまで管理者への負担が一時的に増加すると言えるでしょう。
特に、大規模なサイトでは、しばらくの間IE6.0と7.0の混在が発生するでしょうから、両方のブラウザできちんと表示されるサイトを作らなければなりません。
さて、こうやって考えてみると、IE7.0は、サイトの管理人に大きな負担があると言っても過言ではないでしょう。もちろん、私のように始めからIEを切ってCSSを組んでいるような人には特に問題はないかと思いますが…。(IE7.0のCSS解釈は現時点で前より酷くなっているらしいですが…。)
あと、ActiveX関係が結構改造されているようなので、IEコンポーネントを使ったソフト(代表例は、McAfeeのウイルススキャン)は、動作や表示と言った面で大変なことになりそうですね。
しかし、大変の中でも、一番大変な人を決めると言ったら、マイクロソフトのサイト制作者。もう、マイクロソフトのウェブサイトはどのページに行っても、HTMLソースが凄いことになっていますから、これを全て改修するとなると、億単位でお金が動くんじゃないかと思っています。
新しい都市居住の可能性について、なんて言う高等なことを考えながら、これからお付き合いをしていくことになりそうな紙の卸問屋さんに見積もりを発注する。
完全に二重生活ですけど、これもまた生きる道。与えられたオプションから紙を選んで印刷して…という行程では味わうことが出来ない、手作りの良さがあったりします。
あの日、私はもう、人を信じないと誓った。
他人というのは『役に立つ人物』と『役に立たない人物』と二つに分かれる。このとき、面倒なのが、『役に立たない人物』で有ることは、既に皆さん、嫌と言うほど承知のはずだ。
しかし、ここに、『いる』『いない』の概念を組み込むと、話はもっと面白いことになる。
世の中の現象が、『役に立つ人物が居る』『役に立たない人物が居ない』この二つに分類されるだけならいいのだが、やっかいなのは、『役に立たない人物が居る』と言う中途半端な状況だ。
もちろん、多くの大衆から見て〈私〉という存在もおおよそ役に立ってないのだから、強くは言えないのだが………。一応、役に立たない人が居るとは思われていないつもりだ。あくまでも、つもりだ。
人間の感情の閾値というのは、もしかしたら経験や知識の量に左右されるのではないかと思う。例えば、「疲れた」と愚痴をこぼす人が居たとしよう。しかし、貴方自身はその愚痴をこぼす人よりも更に忙しい(疲れている)人を知っているとする。すると、この愚痴をこぼす人に対してどのような感情を抱くだろうか。
つまりこれが、感情の閾値が情報量に左右されるという状態である。
もっと忙しい人を貴方が知らないのなら、純粋に「この人はとても頑張っている」等と思うだろうが、それ以上に頑張っている人を知って居るとなると、話は別だ。もしかしたら、「お前なんかより頑張っている奴が居る」などと思ってしまうかも知れない。
私の現在の感情閾値。
さあ、とりあえず、これを超えてくれ。そうしたら、愚痴を聞いてやる。
未成年ホットダイヤルとは違うのだが、何故か私は人生の相談を受ける。パソコンのセットアップとかトラブルなんかは、半分義務とかしているのでもはや気にする暇もないのだが、この人生相談がネックだ。
『10歳以上年上の人を好きになってしまった』とか『仕事を辞めようと思っている』と言った内容ならまだしも、『友人がNEETになってしまったけど、どうにかしてそれを救いたい』だとか、『夢があってそれを叶えるために就職したいんだけど問題が…』などなど、そんな重いテーマはみのさんに相談してくれと言わんばかりの内容だ。そのうち、離婚問題なんかも出てきそうな布陣である。
私自身、そんな波瀾万丈な人生を歩んでいるわけでもなく、どちらかというと、ここまでは順風満帆すぎて、親にすら、『お前の欠点は失敗を知らないことだ』等と言われている。そんな私に、人生の分岐点とも言える問題が数多く集まる。一時期、そんな相談の電話が嫌になって、家の電話線を引っこ抜いたこともある。
今となってはこれもほぼ日常になり、仕方が無く相談には乗っているのだが、気が付くと数時間相手のことを考えてやっているのだから、末恐ろしい。
とまあ、そう言うこともあって、よっぽどのことがない限り、人の経験や人生について驚く事はない。驚くと同情はまた別だが、おおよその場合、「それで?」と思ってしまう。きっと、私と同じような人はこの日記を読んでいる人だけを数えても、数人はいるだろう。
こんな私に対する他人からの評価は「冷たい」だとか「悲観的」だとか「卑屈」だとか、さほど良くはない。ただ、そうならざるを得ない環境にいるのだからこれは仕方がない。
人間は『性悪説』か『性善説』か、等という何処かの学問の命題があるが、この問題は、人間がどちらにあてはまるか、と言うことを決めるためのものではない。性善説であれ、性悪説であれ、人が良い行いをするのも、悪い行いをするのも、生まれた後に行われる教育の影響である。つまり、性悪説や性善説は、人間の本性を決めるためのものではなく、教育の大切さを説くための問いであるといえる。
人は生まれよりも育ち。何とも虚しい言葉だが、これほど的を射ている言葉はないだろう。
閑話休題。
私自身に、他人を評価する権利も、偉功も、資質もないのだが、どうしても、自分の持っている知識でその人を評価してしまう。きっとこれは誰も同じだ。このとき大切なのは、その評価を本人に告げるか、告げないかの選択を誤らないように気をつけると言うことだろう。
『商店街の復興』は、今日の建築業界にとっての一つの命題といえるでしょう。家を建てるだけだと思ったら大間違い。地域インフラ(公共サービス)を含めた都市開発や、街に発生している問題を解決するのも、建築の分野の一つです。ちょうど、看護師が患者の看護だけではなく、看護研究と称してよりよい看護を研究したり、発表するのと似ているかも知れませんね。
さて、相変わらず、年に一度という感じですが、私の学校では商店街の復興について授業で取り扱います。この辺は、私立ではなく、地域に土着した公立の学校だからといえるでしょうか。
既に課題が始まって一ヶ月。作業の進展は遅れに遅れ、既に設計に入らないといけないのに、未だにプランを考えている段階。ただ、このプランを考えるのが結構楽しい私が居ます。
今の都市の問題は何なのか。何故そうなったのか。それでは、それを解決する方法は。解決したとしても、そこに新しい価値がなければ人は現状に満足しているから移住はしてこない………。などなど、中央商店街に与えられたテーマを一つひとつ解決するのが、私の今の仕事です。
なんだかんだ言って、既に四年目ですけど、やはり私の方向性は、手作り感のある商店街に帰着しそうです。店主と客の顔と顔を向かい合わせた商売。そこと無く同人誌即売会に似ているのは仕様です(笑)。
ただ、新しい価値観というのは何処に眠っているか分からないもので、秋葉原にその答えを求めようとする建築家も数多くいます。何処のゼネコンかは知りませんが、秋葉原クロスフィールドという再開発(既に建築家の間では失敗と言われています(苦笑))ではなく、その年をきちんと見つめ直し、埋もれている価値を引き出す作業も大切なのです。
ポーランドの国旗が巫女服に見えたら、貴方はオタク。
他らしくなった製本方法を試しながら、更に改良を加えていく作業が楽しかったりします。製本の仕方も含め、各材料の配置や使い方、どうすれば強度が得られるか、なんて言うことを考える作業がこれまた面白い。
現在のバージョンは、1.02。頭の中には、1.03の構想もあります。未完成の状態でデビューして、版画変わる度に製本方法が変化するというのは避けたいですから、今のうちに試作品を沢山作ると言うことは大切なことですね。
ちなみに、実験台になっているのは、『恋の from A to Z』。通常、スペースや通販で取り扱っているのは、紹介目的と言うことで異様に値段が安くなっている分、普通のコピー用紙なのですが、実験バージョンは色上質の中厚口。無駄に豪華な本になっています。
中厚口の紙は間違って注文した余り物なので、どれだけ減っても精神的ダメージはほとんど無いのがいいところ。いっそのこと、B6サイズに加工して、「『恋の
from A to Z』文庫本サイズ」なんて言うのもありかも知れないですね(笑)。
やってみた。1段組で99ページになった。厚さは…1センチぐらいでしょうか。
そうそう。B5は問題外として、A5サイズの小説系同人誌は読みづらいと言われ、創作文芸サークルはB6サイズの同人誌を結構発行していますが、私はもう、文章量の都合としか言いようがありません。「ハードカバーはA5サイズなのよ」、を合い言葉に、目下A5サイズの同人誌を作ろうとひたすら躍進中。たぶん、これからは、B5に加えて、A5サイズを展開するようになるとしても、B6サイズ(文庫サイズ)の同人誌を作ると言うことは無いと思います。
プロポーションが比率という意味ならば、等幅に対する日本語としては、可変幅と言ったところでしょうか。
さて、今現在このサイトは、ユザーCSSやMACを使っていると言う方以外は、MSPゴシックで表示されているはずなので、プロポーショナルフォントを利用しています。しかし、書籍の世界ではプロポーショナルよりも等幅の方が見やすいとされ、殆ど等幅フォントを用いてデザインされています。
これがもし、サイトにも同じ事が言えるのなら、見づらいフォントで表示させていると言うことになってしまいます。ディスプレイと書籍は違うと言いますが、等幅フォントとプロポーショナルフォント、一体どちらが見やすいのでしょうか。
試しに、大手と呼ばれるテキストサイトや、利用者が多い日記サイトを覗き込んでみると、プロポーショナルフォントが多いように見受けられます。ただ単純に、ブラウザデフォルトに任せているだけとも言えますが…。
こういうときは、CSSやW3Cについて言及したサイトの方があてになりそうですね。
ある日突然等幅フォントにレイアウトが変わっている可能性がありますが、その辺はご了承ください。
事実、プロポーショナルフォントの密着感が苦手で、小説ページは、文字間1pxに指定していますし。
同じヤマダ電機なのに、八戸店で購入するより4000円も高い某プリンター。早く値下げしてくれますように。でも、4000円の格差はちょっとあり得ない。ポイントを貰ってようやく相殺できると言う雰囲気ですよね…。
封筒に手紙を託すとき、その裏の貼り合わせ位置からみて右側に住所、左側に名前とはよく言ったもので、まさに手紙のルール。日本的解釈で言えば、手紙の礼儀。
ただ、同人の世界では多少なりとも異なるようで、通販の商品を送るときは、リターンアドレスを書かないという同人作家さんも多いようです。最大の理由は悪戯防止。世界が世界なので、困った行動を起こす人が多いため、それをあらかじめ防ぐという目的でリターンアドレスを記述しないと言う行動が認知されているようです。
私のサークル(変な気分になる表現)で通販をしたことがある方は分かると思いますが、私はリターンアドレスを記述しています。
思うに、リターンアドレスを書かないというのは、同人作家の傲慢なのでは、と思います。通販を申し込む側も、全く見ず知らずの人(ここで言う同人作家)に住所を教えるなんて、と言う葛藤があるはずです。そういった感情の揺れを乗り越えてもなお、同人誌が欲しいと言ってきた読者に対して、それ相応の対応をするのは、同人作家以前に人として当然の礼儀だと思います。
むろん、相手が個人情報を守るために、局留めを使ったとしたら、こちらも住所を記述するのを遠慮してサークル名だけにとどめる可能性もありますが、そうでなければ、書くというのが筋というもの。
自分の個人情報のことばかりを気にして、相手が自分に個人情報をさらけ出したという事実に気が付かないのは、気配りが足りないのかな、と。
もちろん、礼儀と言った理由の他にも沢山あります。読者(ここでは、通販の申込者とする)が独り暮らしの場合はいいですが、家族と過ごしていた場合は問題が発生する可能性があります。おおよそ漫画同人誌の標準サイズはB5ですが、このサイズが入らないポストだって沢山あります。そう言ったとき、郵便物は手渡しされるわけですが、受け取った人が本人なら未だしも、他の家族だった場合はどうでしょうか。
受取人は身内にいる、でも、裏返してみても差出人の住所が書かれていません。明らかに、不審物です。もしかしたら先に開封されてしまうかも知れません、受け取り拒否されるかも知れません。住所を書かないと言うことは、常にそう言う危険性がつきまとうと言うことです。
もちろん、宛先不明や、保有期間切れの時にも問題が出てきます。郵便局ではこういったとき、送り主を確認する作業があるのですが、その時にリターンアドレスが記述されていない場合、郵便物が開封されてしまいます。
もしかしたら、本人が受け取ったとしても、同人誌と気が付かず(発送に一ヶ月以上かかった場合は読者すら忘れそうですよね)不振郵便として処理してしまうかも知れませんね。
リターンアドレスを書かないと言うことは、こういったリスクを避けるためにあります。
礼儀とか個人情報保護という名目も何となくうなずけますけど、最終的に以下の答えに行き着くのではないのかな、と。
自分の手塩にかけた同人誌を相手の手元に安全に届けるために行うべき事。
例え一冊でも、自分の作った、自分の愛を割いた同人誌。その同人誌が途中で事故にあったり、読者の家族によって捨てられてしまったり、本人が気づかずに捨ててしまったり………そう言った、事を避けるためにも、リターンアドレスは必要だと思います。
たしかに、読者の中には『押しかけ厨』といった言葉に代表されるように、作者の家に押しかけてくると言う人もいるのはいますから、そう言ったことから身を守ることも大事ですけど。
そう言ったリスクを被るのが嫌なら、通販という手法を諦めて、別の手法をとればいいのにと。書店委託なり、別のイベントに委託参加するなり、やり方は沢山ありますからね。
以下、小さなツッコミ。