Top > 読み物 > 日記 > 2006年4月 -3冊目-
目が覚めたら日付を飛び越えていた私は、時をかける(以下自主規制)。
ようやくまとまったお金が財布に入ったので、学校の帰り道に自転車屋さんに行き、タイヤを交換してきました。結構な頻度で乗っているので、このまま鈴鹿も走れるのではないかと思うほどの見事なスリップタイヤに、店員さんもびっくり。
と言うよりも、私が驚きですが。
一応、一年に一度TSマークをきちんと更新して自転車の保険に入っているのですが、その時に久しぶりに自転車をまともに見たら見事にスリップタイヤになっていました。お金がないのでその時は諦めたのですが、今回、ようやくタイヤ交換に至りました。
結構まめに整備をしている…と言うよりも、がたが来たところについては自分で出来る限りは自分でやっているのですが、流石にタイヤ交換をする技能はありませんので、お世話になっている自転車屋さんに持っていきました。
この自転車、一応今年で三年乗ったことになるのですが、色々なところを交換していたりします。
まず一番始めに交換したのが、籠。買い物袋を毎週のように乗せているのですぐに駄目になりました。今は店で一番頑丈だと言われたステンレス製の籠に変わっています。
次に交換したのが、後輪のチューブ。パンクしすぎました。
続いて交換したのが、鍵。鍵を一つ無くしてしまったので、安全のために交換しました。元々ロックをかける部分も壊れていて取り替えを考えていたのでタイミング的には問題なしでした。
そして、今回の後輪タイヤ。ゴムの部分だけですけど、チューブも一緒に新しくして、気分一新。後輪タイヤだけブランド品(ブリヂストン)なのがちょっとちぐはぐな感じで笑えます。
次に交換するとしたら、きっとペダルでしょうね。
あと最低でも数年はお世話になるので、ちまちまと整備して長持ちさせましょう。
最近のアニソンって、メロディーラインが綺麗だなと思うことが多くなりました。優秀なアニソンとして知られる『創世のアクエリオン』なんかは、メロディーラインの展開が綺麗ですよね。あと、最近の楽曲では、『うたわれるもの』のOPテーマ、『夢想歌』。こちらも、メロディーラインの展開が綺麗だと思います。ここのところは一曲リピートで聞いています。
『創世のアクエリオン』の凄いところは、飽きが来ないと言うことなんですよね。どうなっているんだろう………。
私が作曲するときは、メロディーラインの美しさ、流れるような展開を重視しているので、こういった曲には自然と耳を傾けてしまいますね。
たぶん、私だけではないと思うのですが、初めて聴いた曲でも一番を聞けば二番を歌える人が居るかと思います。そう言う人はもしかしたらメロディーラインフェチ。
あとまあ、DTMをやっている人は、初めて聴く曲でも楽曲全体の進行を判断して、メロディラインやコード進行を予測できるでしょうから、そう言うのも関わってくるかも知れません。深夜の音楽番組なんかは、メロディーラインを予想する楽しみがあります(笑)。
自己紹介には書いていないのですが、『HyperCanvas』というVSTiを数年前からずっと持っていたのですが、VSTiのホストとなるソフトを持ってなかったので、ずっと放置していました。そのうち、VSTiの存在もすっかり忘れ、本人としても音源はSC-8850とYMF750だけだと思っていました。思っていたのですよ。
ですが、色々な偶然が重なる物で…。
あっという間に、VST環境、構築完了(笑)。
そうですよ、持っていたんですよ、ずっと。Cubasisと言うDAWソフトを持っていたんですよ。あまりにもインターフェイスが酷くて、インストールしてほったらかしにしていたソフトが。いつもならアンインストールしてしまうのですけど、VSTが使えるという理由でずっとしまい込んだままでした。
早速、昔作った『檄!帝国華撃団 改2』のGM-Level2版をロードして、再生してみました。(GM2を使った曲を作っている次点でレアキャラですけど)
…いい音だ…。
音質に関しては良くも悪くもRolandなのですが、VSC3.2とは比べものにならないほど音がいいです。金管楽器…特に、トランペットなどを含めたリード系の音が、かなりいい味してます。あと、ピアノもかなり豪華な音色になっていますね。ドラムなんかも、PowrKitのスネアがいい感じにヒット。
うん。いい音源を手に入れたぞ。
そのうち、自己紹介に自信を持って、VSTiと書いておきます(笑)。
DTMデビュー曲が『檄!帝国華撃団』の影響で、「げき」と入力して変換すると檄!帝国華撃団と出るようになっているのは、有る意味伝統です。(当時、入力するのが面倒だったと言うだけの話。)
カラオケで歌うと、結構盛り上がりますよね、『檄!帝国華撃団 改2』って。「私達、正義のために戦います!」とか。
先月末にSHIHOがI'veから脱退しましたが、今度はMOMOが脱退しました…。両者ともいいアーティストだったのでちょっと残念。でもまあ、一つの暖帯から離れて音楽活動を展開すると言うことは、枠が広がると言うことですから、これからの音楽活動に期待、ですね。
曲を発注する側としては嬉しいかも知れません。I'veの楽曲制作費は高いらしいですから………。
一時でも気を抜くと、あっという間に予定が駄々崩れになるほどタスクが溜まっているような雰囲気。でもまあ、「時間がない」と言う言葉をいいわけにする人は、時間の使い方が下手と言うことを露見してしていることになりますので、あえてそんな台詞は言いませんよ、と。時間の使い方が上手い人は、「半年後に時間が空くのでその時にお願いします」などと言えるはずですからね。私の場合は…まあ…次に時間が空くと思われるのは、三年後の五月ぐらいだと自己認識しています。
と言うことで、個人的には、「時間がない」と言う言葉をしょっちゅう使う人はあまり好きではありません。それってつまり、自己管理が出来ていないと言うことですからね。言い訳は妥協。
おおよそ私達に“暇”が無いのは、数学の本なんかで証明をするときに使われる言葉「明らか」並に、明らかなのですが、いまいちそれが理解して貰えないと複雑な心境になります。基本的に思考回路は常に回りっぱなしで、ショートしている暇もありません。一見何もやっていないように見えても、頭の中では何かをやっていますし、ぼーっとしているように見えて、行動の選択結果としてぼーっとしているときもあります。去年のJR東日本のキャンペーン、「なんにもしないをしよう」と言う雰囲気でしょうか。
結局、暇という言葉は定義されていないのです。
個人的に一番つけられたくない称号は『専門家』。カタカナで言うと、プロフェッショナル、スペシャリストと言ったところ。これほどまでに嫌な称号は有りません。言い方を変えれば、私にとって専門家という言葉は基本的に悪口です。
さて、今年から『建築設計5』と呼ばれる授業を拝聴しています。この授業、私の学校の中では有る意味最高位の授業で、建築“設計・計画”系の最上位に当たる授業です。(授業体系がピラミット化される中で頂点にあるという意味。)この授業はグループワークになるのでペアを組むことになったのですが、そのペアの相手が………。事につけて「私は構造系だから」と言い訳をして、協議に参加しないという展開。専門外だから逃げるのですか、と。
おおよそ、皆さんにも覚えがあると思いますが、単位を取るためだけに授業を取っている人に殺意を覚えたことはないでしょうか。今まさに、そのような状況なのです。
ちょっと、話がそれたので戻しましょう。私は専門家という言葉が嫌いなのですが、それは何故かというと、結果的に専門家と言うことは多角的な視点から判断できないと言うことを意味します。もちろん、一つの方向から突き詰めていくことも大切ですが、別の方向からも見てみて、どのように見解が変わってくるかを分析する必要もあると思うのです。
自然科学の面から分析したら、今度は社会科学の面から分析してみる。そう言った多角的な視点を持つことはとても大切なことだと思います。
最近まで町の評価方法というのは、「都会」と「田舎」と言う区分に大きく分けられ、それぞれの立場から論ぜられていました。しかし、田舎という立場から都会を見つめることも、都会という立場から田舎を見つめることもとても大切です。何故なら、両者は相互に関係し合っているからです。今、ようやく、考え方が移り変わりつつあるのです。
専門家も必要ですが、より多くの範囲の見聞を持っている人も必要になります。そのうち、そのような人を呼ぶ為の「●●家」といった称号が出てくることになるでしょう。
ようはあれです。「ニーソ萌え」とか言って、他の属性を全て排他的に扱う人は嫌われるのと同じなんですよ、と。他の属性についても検討して、それでも駄目ならまあ仕方がありませんけど、ニーソだけを見つめている人はやがて気が付くのです。井の中の蛙だったと言うことを…。井戸から出てこなくてもいいので、せめて潜望鏡だけでも手に入れてください。
新しい諺を定義。
「井の中の蛙潜望鏡を手にする」
………有る意味最強? 井の中の蛙大海を知らず、されぞ井戸の深さを知る。その上で、潜望鏡を手に入れて他のことを知るようになったら………。
なんか最近はチャットで「駄々崩れ」と言う言葉をものすごく使っているような気がします。
「みずいろしょんぼり☆ミュージアム」で、早坂日和氏の聖誕祭を行っているのですが、これがもう駄々崩れ。何が駄々崩れかというと、CSS。
みずいろしょんぼり☆ミュージアム(以下美術館)では、聖誕祭などといったイベントがあるとき、大々的にサイト全体の色調を変更します。このとき、呼び出すCSSを変更するだけなので、あらかじめCSSを用意しておけば、後は一行書き換えるだけで、サイト全体について色を変更することが出来るようになっています。
問題は、ここで発生しました。
美術館で使われているCSSには、第一期と第二期があります。通常時に使っているCSSは、既に第二期に移行し、ブラウザごとの差を埋められるようになっていますし、第一期の欠点も全て補修してあるCSSです。しかし、イベントに使うCSSは、第一期だった頃に作った物で、その後一度も改修をしていなかったため、もはやグダグダ。オープン当時の危険なかほりのするCSSのままなのです。
一日二日だから大丈夫かなとほったらかしだったのですが、サイトが巨大化するに従って目を瞑ることが出来なくなってきました。如何せん、<ul>
に呼応するCSSを記述していないのです、第一期は。今回のイベントに当たって、<ul>
を使ったため、さあ大変。ブラウザの標準レンダリングが適応されて、異様な光景が目の前に………。
これはまずいと思い、急遽“hiyori.css”だけ、第二期へ移行。二時間程度で何とかなりましたが、心臓には悪いですね。公に公開する物なので、個人の主張100%と言う訳にもいきませんから。
私のCSSには一応進化の順番が有りまして、以下のようになっています。
第一期と第二期ではメジャーバージョンが丸ごと一つ違うので、その阿鼻叫喚具合はかなり軽減されています。とりあえず…移行に成功したからいいや。
MSNの面白いところは、メインウインドウに相手の再生している楽曲が表示されるところです。それを利用して結構話が盛り上がったりします。
ふとしたきっかけで、ここのところ、やたらとクラシックを聴いているのですが、メンデルスゾーンの『ヴァイオリン協奏曲
第一楽章』が手に入ってほくほくです。比較的ハイテンポな曲を好むのですが、この曲は例外ですね。
適当に思い当たるところで、好きなクラシックの曲を上げておくと、『闘牛士』や『剣の舞』と言ったところです。見るからにハイテンポな曲ですね。あと、『トランペット吹きの休日』も(ぉ。
ReSin-ens第一巻の原稿が終わったのですが、読み返して満足できない部分がかなり出てきてしまい、結局書き直しをしています。特に導入部の辺りは方針が決まっていない頃に書き始めたので、場面が変わるごとに表現や文体まで変わっているという手に負えない状況。ストーリーの差し替えを含めて大規模に書き換えています。
それと、今回も書きかけの文章を紹介します。
「一つひとつ匂いが違うんですね」
ミルに向けていた目を俺に向ける。
「そうだね。産地や銘柄で結構違うよ。パンを焼いたときのような匂いがする豆もあるし、干したサツマイモのような匂いを出す豆もあるんだ」
三種類の豆を挽き終わると、抽出に必要な道具を一式手元に寄せる。やかんに汲んでおいた水をフラスコに二人分注ぎ入れ、スタンドにセットし、アルコールランプに火を灯す。同時に、柔らかなオレンジ色に染まったシーツの上に、青い炎の色が舞い降りた。
沸騰するまでの待ち時間、ロートにフィルターをセットし、そこに明日の主力商品であるオリジナルブレンドを作る三種類の豆を入れていく。
シーツを被せられた机が、チョークによって彩られた黒板が、紙テープで飾り付けられた教室が、コップが、コーヒーミルが、サイフォンが、まるで今が薄晩であるかのような色に染められていた。隅の方までとはいかないものの、白も、紺も、音も、空気も、全てが同じ色に、全てが同じ風合いに染まっている。遼風さんはその中にあって、ただじっと、フラスコの中で対流するお湯を見つめていた。口をぎゅっと結び、瞬きもまばらに、ただ、お湯の流れを見つめていた。その瞳に揺れ動く光が映り込み、その姿は揺れ動く光に照らされている。全ては橙で、それは、ここに遼風さんがいることが必然であるかのような風色【ふうしょく】だった。
お湯が泡を立て沸騰したことを知らせると俺は一旦スタンドからアルコールランプを放し、お湯を鎮める。フラスコの上に挽いた豆を入れたロートを差し込み、二つが完全に接続されたことを確認する。再び、フラスコの下にアルコールランプをセットすると、お湯がダンスをしているかのように動き始め、やがてその動きが頂点に達すると、フラスコの中に差し込まれたロートの管を通って、お湯が上に登り始めた。
何故か、コーヒーの抽出シーンにはこだわっています。直哉からこれを取ったら何が残ると(以下略)。
国の政策としてアナログ放送を終了させてデジタル放送にするのなら、各家庭にデジタルチュナーの一つぐらい無料で配らないのはおかしいだろと本気で考えている鈴響雪冬です。
深夜放送の合間では、アナログからデジタルへ、と言うコマーシャルが結構な頻度で流れていますが、昼間ではあまり見かけませんね。それどころか、アナログからデジタルへ、と言う話よりも、もっと重要なことがあると思うんですよ。アナログにしか対応していないテレビは2011年から砂嵐だけになると言うことをもうすこし告知するべきだと思います。一応、デジタルチュナーを買えばそれで済みますけど、結局、何らかの形で私達は投資をしなければならないのですからね。
まあ、あと5年もあれば大丈夫なのかも知れませんね。………5年あったとしても、何もしなかった場合もありますが………PSEとか。
そんな物はありません。別に、「TTAのおかげで結婚できました」とか、そんなレビューをするつもりはありません。
リッピングした音楽ファイルを入れているフォルダがあるのですが、やはり容量の消費具合が尋常でないです。そこで、かねてより全てのトラックが揃っているWAVEファイルについては、TTA+cueへの移行を続けているのですが、今回の作業でようやく全部終わったという雰囲気です。更に2GB程度の空き容量の確保に成功しました。
おおよそパソコンユザーの場合、CDをリッピングし、パソコン内部に格納してしまうかと思います。1GB数十円の環境があるのですから、これを使わない手はないですからね。ですが、容量という絶対的な問題において、せっかくの高音質音源をMP3と言ったフォーマットに圧縮し、格納します。
CDから音楽を直接聞かないのは、パソコンから取りだした方が明らかに便利だからです。しかし、容量問題によって、CDを購入したのにも拘わらず、本当の音質で聞けないとはこれいかに。
思うにCD購入者は、44.1kHz/16bitのデジタルな音楽を鑑賞する権利があるはずなのです。その権利を破棄してまでMP3にする意義とは何か。それどころか、MP3プレイヤーに曲をうつすときにMP3を元に再エンコード………。ロスのロス、とても無駄です。
ならば、可逆圧縮かつ、Flacよりも変換が早く容量も減るTTAに変換するのが現時点において最適な判断とは言えるのではないでしょうか。容量が本当に切迫していて、MP3じゃないとまずい、と言うならまだしも、WAVEからTTAにするだけでほぼ6割近くまで容量を削れます。
これなら、MP3プレイヤーに入れるときは、TTAからエンコード、TTAが滅びたときもWAVEに戻して、新しいフォーマットへ移行。これほど便利な事はありません。
さあ、レッツTTAライフ(w 。
個人的には、『mp3infp』が、TTAのタグ書き込みを正式にサポートしてくれればとても便利だと思っています。
………あのキャラの名前が分からない…あのキャラの名前が出てこない………スタッフロールにも出てこない。ああ…脇役に堕ちた人の運命。
図書館で蹴躓いて本の中に埋もれたキャラが―――。
あと、玉青かわいいよ、玉青。
初めて読む人の作品を読むときは気をつけるようにしているのが、文体にまつわること。勘違いされることを承知で書けば、「これはミスだ」と突っ込まないようにすると言うこと。
そう言ったことは、何回か読んでみないと気が付かないことです。間違いかどうかは、何度か場数を踏まないと、わざとなのか本当に間違っているのか分からないですからね。文体の判断は安易にすると怖い物があります。と言うことは、そう言った曖昧な表現を避け、終始国語辞典のような表現が求められるのが論文と言うことですね。一回で意味が理解できなければ意味がないと言うことを考えると、至極当たり前の結果と言えそうです。
例えば、KanonのSSを書いたとして、「軌跡」と何処かで記述したら、一般的に殆どの人は、「奇跡」の誤変換かと思うでしょう。ですが、その安易な決断は時として危険をはらんでいます。もし作者がそれを知っていて、わざと「軌跡」と使っていたのなら、そこに込められた意味が全く違ってくるからです。
「軌跡」なのか「奇跡」なのかは作者にしか分からないことです。では私達読み手はどうするか。それは、文章を『読んで』どちらがよりふさわしいのかを考える必要があります。
読み手というのは基本的にダイレクトな感情を好むと思います。伏線やトリックよりも、面白いとか切ないとか、そう言った一時的感情を求めているとも言えます。ただ、ここからは私の考えですが、それに答えるだけだと作者は駄目だと思います。咬む度に味が出てくる物語、やはりこれに終始したいところです。
物語には両面性が必要です。まずは、読み手に強烈なパンチを与える方向性、そして、何回か繰り返すことによって体力を削る効果が得られるジャブ。この二つが必要と言えます。
一度読んで捨てられる物語を作りたいとは思いません。ベストセラーよりロングセラー。そんな物語を書きたいと常日頃から思っています。
しかしそのためには、二回以上読ませる必要があります。その時重要なのが、やはり、ジャブ。一回味わった必殺技は体が覚えてしまい、なんの感情も抱かせません。逆を言えば、体が覚えてしまったときこそ、新たなる攻撃として緩急のあるジャブが必要なのです。
そして、ジャブに気づかせるだけの物語が必要なのです。
先の事例で言えば、「軌跡」なのか「奇跡」なのか、疑問を抱かせるきっかけが必要なのです。
これらのことをまとめて言い換えて、伏線。やはり、伏線は重要なのです。
具体的な事例は挙げられないのですが、過去に何度か、「作者のやりたいことをやってるだけでしょ」と言われたことがあります。ああ、これが同人作家に与えられる評価なのかなと考えてしまいました。
商業作品でも、極一部の電撃文庫を始めとしたティーンズ文庫、言い換えて、ラノベでは起こりうることですので、こういった感情を抱かれても仕方がありません。後書きを読んで、「戦争物が書きたかった」等という文章を見つけると、買ったことを損してしまいます。
「戦争物が書きたかった。でも、書いているうちにそれだけだと駄目だと感じ始めた。結局物語はものすごく長くなったけど、表現したいことが表現できたので満足している」なんて書いてあったらものすごく評価は変わっていたのでしょうけど、それがないのです。
なんか以前にも同じ事を書いたような気がするのですが、動機は目的になってはいけないと私は思います。特に、公の場所に公開する作品は、最低限それを満たしている必要があります。
それをふまえて、先に言われた言葉、「作者のやりたいことをやってるだけでしょ」に反論したいと思います。
もし、私がやりたいようにやってもいいのなら、それはとても楽なことです。何のしがらみもなく、ただひたすら言葉を連ねるだけで一冊の本が出来てしまいます。自分の好みだけで塗り固められた『キャラクター』を出演させ、自分好みのシナリオをひたすら組み立てていく。あわよくば、その作品を同人誌として発表し、それ相応の値段を付けて売り出し、最終的に利益を得ることだって出来てしまいます。
ですが、それは作者の自己満足でしか有りません。それでは単なる趣味です。
私達書き手は、作品を公の場所に発表すると言うことを前提にしなくてはいけません。その時に何が必要になるのか。最終的に、読み手のことを考えなければなりません。まあこれが、「俺の作品が読みたい奴だけ俺についてこい」と言い放つ朔太郎のように、抜群のカリスマ性を持っているのならまだしも、駆け出しの私にとってそんなスキルは皆無です。
「だから」とまとめることも出来ないのですが、私には読者のことを考える必要性があります。
もちろん、動機は基本的に思いつきです。「盲目の少女が書きたい」だとか、「自分の萌えキャラを書きたい」とか動機でも問題はありません。最終的にその動機が燃料となるからです。ですが、物語を書き終えた時までその動機を引きずっていてはいけないと思います。
最終的に物語を書くときには、動機を元にして何を表現したいのかを考える必要があります。そして、その表現した上で、読者に自分が何を伝えたいのかを考える必要があります。国語のテストなんかで、『この文章で作者は何を言いたかったのか』と言う問いに対して、答えられるだけの物語を書く必要があります。
もっとわかりやすく言い換えれば、こうなります。
卒業論文なんかは、自分のやりたいことが基本的に動機になります。ですが、最終的には、その論文を持ってして読んだ人に何を伝えたいのかが大切になってきます。書きたいから書いた、そんな論文が学会で受け入れられることはありません。その論文と言う道具を使って自分が何を伝えたかったのか、それが込められていなければ論文として用を為さないのです。
具体例を挙げると、「俺は美坂栞萌え萌えだ。だから栞のSSを書く!」と言うのはただの動機です。これに加えて、「俺以外の全ての栞属性の人達に燃料を投下してやる」ぐらいの気合いが必要になります(これも動機に近いですが)。
二次創作作品はキャラへの愛などと評されますが、もう一段階先があると思います。自分以外のそのキャラを愛する者に対してのプレゼントです。結果的に、『同人』と言う言葉が当てはめられているのですから、その本来の意味、同じ趣味を持つ者同士・同人同好の士を全うしなければなりませんね。
作品を人に見せるという過程が生まれると、最終的に作品を享受する側に何らかの感情を与えなければなりません。多少感情的になりますが、自分の生み出した作品が読者に何の感情も与えず、資源ゴミの日に出されるのは非常に悲しいことと言えます。貴方の生み出したキャラクターは、捨てられるために生まれてきたのか。貴方が萌えたキャラクターは捨てられるために生まれてきたのか。
「よっしゃ、俺のキャラクター超萌える!」等といった作品が、ごみ箱に丸められて捨てられてしまうのです。それがやりたいのならやっても構わないと思いますが、その本を買わせた代金はきちんと返却してくださいね。
私も含めて書き手はそのことを考えて物語を作っています。書きたいことを書くのではなく、書きたいことをふまえて読者に何を共感させたいのかを考えながら、物語を書きつづっています。ですから、「作者のやりたいことをやってるだけでしょ」と言う言葉は至極失礼な言葉でしか有りません。理解のないマスコミよりも失礼なことです。一人の障碍者を撮影するために他の障碍者を邪魔者扱いする日本テレビ並みに失礼な行動です。
趣味で物語を書くのなら、大学ノートにでも書きたいように書いて、そのまま封印してください。そんな物を買わされた読者が可哀想です。誰もかもが、個人の自慰行為に付きたいたいとは思っていませんので。
ただ、逆の言い方をすれば、そのような感情を抱かれると言うことは、私がどのような意味を込めてもそれを解釈されない、言い換えて、解釈可能な文章を書いていないと言うことになります。これでは意味がないですよね。だからこそ、勉強と努力を続けるのです。
ネット配信によって音楽CDが再び売れるようになる、と何時か前の日記で書いたような気がしますが、見事にそれが証明されました。
音楽業界、特にレコード会社の打ち出す定説は以下のようになっています。
前者については先月辺り、米国の方で、音楽ファンを対象に行った調査によって、音楽の品質が低くなったから、手元に置いておこうと思えなくなった、等という結果が発表され、見事撃破されました。
今回定説が崩れたのは後者の方。昨年度のCDの生産額(売り上げ枚数ではない)が、前年を七年ぶりに上回り、マイナス傾向に逆転が生じました。これは、iPodの売り上げ躍進を始めとした携帯型の可逆・非可逆圧縮音声プレイヤーの躍進に生じる物と考えられています。
携帯電話への音楽配信も進み、アーティストの情報を手に入れやすくなった環境が影響していると見られています。
これによって、JASRACをはじめとした一連の、「音楽が売れないのは●●のせい(●●には消費側の態度が関係する言葉が入る)」と言う定説が事実上、全て崩れることになります。
思いこみって怖いですね。
定説って言うのは、説なのですから、論理的な立場に立ってまめてくださいね、レコード会社さん♪ 予想は反対から読めば、「嘘よ」。予想なんて言うのはあてにならない物です。ファッション業界の流行色とか(これは後日書きます)。
情報漏洩については傍観者、鈴響雪冬です。
朝日新聞による個人情報漏洩の記憶が真新しい(昨日?)ですが、面白い物を発見したので紹介します。
何か問題が発生したとき、それを解決するためにはまずメカニズムの解析が欠かせません。Winnyネットワーク上への個人情報流出を含めた、情報漏洩経緯を追ってみることにしましょう。
とまあ、大まかに考えてこのような流れでしょうか。
さて、官房長官が『Winnyを使わないで』と言った場合は、6番目でロックがかかります。これによって一件落着と言った雰囲気ですが、一般的に正しいとされているこのメカニズムが間違っていると言うことは、パソコンを知り尽くしている皆さんなら既にご存じでしょう。
正しいメカニズムは以下のようになります。
この場合、官房長官が言った、Winnyを使うのはやめようと言った防衛策は基本的に意味がありません。画像や動画に寄生するウイルス、アップローダーにスクリーンショットを公開するウイルスがある以上、Winnyを使わないというのは全く意味を成しません。
こういったメカニズムが現実に存在する以上、このメカニズムを元に情報漏洩を止めなければなりません。
まずは、1番の段階で漏洩を防止する方法です。結果的に、情報漏洩が怖いのならパソコンを使わなければいいのです。
しかし、今日社会的にパソコンを使わなければならないという状態になっていますから、この対策は現実的ではありません。
次に2番目の段階で防止する方法です。ようは、Winnyが使えないOS、Linuxなり、Lindowsなり、FreeBSDなり、MACなりを選択すればいいのです。
しかし、LinuxやMACと言ったOSには、Windowsを仮想起動することが出来るので、そこからWinnyを起動できる可能性があります。ということで、これも現実的な対策ではありません。
次に3番目の段階で防止する方法です。結果的にネットワークに接続しなければ情報は漏洩しません。この場合、各種メディアを利用した情報の移動なども、ネットワークに接続されていないパソコン限定で行わなければなりません。
しかし、インターネットの普及率が5割などと言われているこの時代、二分の一の確率でネットワークに接続してしまうのですから、これも現実的な対策ではありません。
次に4番目の段階で防止する方法です。ネットワークに接続してもファイルをダウンロードしなければいいのです。事実上、ブラウザすら起動できません。
しかし、ブラスターワームに代表される、繋ぐだけでウイルスに感染すると言う馬鹿なOSを利用している以上、それを防ぐ手だてはありません。
次に5番目の段階で防止する方法です。今のところ情報漏洩を招くウイルスは、ダブルクリック(またはクリック)をする事によって、ファイルの実行を経て、ウイルスに感染するようになっています。オートランを利用したウイルスや、圧縮ファイル解凍時に発動するウイルスも基本的には一つの作業が必要です。
どうやらここで防ぐことが出来そうですね。結果的に、ウイルスをダウンロードしたとしても、そのウイルスを実行しなければいいのです。4番目による感染を修正パッチなどによって防ぐことが出来たのなら、最後は人間の作業によって防ぐ事になります。
しかしまあ、大概の人間は馬鹿でして、
(無修正)エッチな女子高生.avi .exe
なんて言うファイルがあったら、きっとダブルクリックしてしまいます。と言うことで、この方法もあまり妥当ではありません。Windowsには未だに修正されていない、.folderバグも残っていますし。
次に6番目の段階で防止する方法です。これはウイルスワクチンと呼ばれるソフトウェアをパソコンに導入することによって感染を防ぐことが出来ます。しかし、ウイルスワクチンが新種のウイルスに対応するまでは未曾有の危険にさらされる可能性が有るということ、日本と言った極少地域で流行っているウイルスに対応するソフトベンダーが少ないという現状をふまえると、この対策もさほど意味を成しません。
さて、ついに7番目まで来てしまいました。ウイルスに感染したとしても、パソコンから情報が出力される前に防げばいいのです。アウトパケットを全て破棄すると言った方法は、ネットワークに接続できるという前提条件を無視してしまいますので、出来ません。となると、ノートンやマカフィーに代表される個人情報流出を防ぐソフトを導入する必要があります。
しかし、Winnyに代表されるファイル交換ソフトは基本的に通信内容が暗号化されていますので、どれだけスキャンを行ったとしても、通信内容を読み取ることが出来ず、情報漏洩が発生してしまいます。
ここまでくると、情報漏洩の発生を防ぐことが出来ないように思えてしまいます。
しかし(今日だけで何回使った?)、世の中には、それぞれの効果を持ち合わせて失敗する確率を下げる方法があります。
例えば、コンドームによる避妊の確率は一般的に8割から9割と言われています。これを極めて高い確率、1メートル980円で買えるOFCコードの純粋性、99.997%に迫るような確率で避妊するためには、その他の方法と組み合わせることによって行います。
例えば、コンドームをつけた上での膣外射精は比較的有効と呼ばれています。膣外射精は全く避妊にはならないのですが、コンドームをつけた上ではかなり有効に働きます。
他には、コンドームをつけた上で、殺精剤(正式な言い方ではありません)を膣内に塗るという方法、コンドームをつけた上でペッサリーを利用する等々。一番手軽な避妊では、コンドームをつけた上で安全日を狙ってセックスをするという方法が有ります。
このような事例に代表されるように、効果を掛け合わせて確率を上げる方法が可能です。
では、情報漏洩を防ぐために有用な組み合わせとは何でしょうか。今まで出てきた中で、単体でも比較的有効と思われる策は、
以上二つです。というより、これしか有りません。その上、この二つはパソコンを使う上で超基礎知識です。電源を入れる前に覚えて欲しいぐらいの内容です。基本的に、ウイルスを発端とする情報漏洩はこれがかけていたことによって発生します。人間って馬鹿ですね。
さて、この二つでは心許ないので、もう一つ対策を加えるとしましょう。
はい。もうこれも大切ですね。ウイルスワクチンでは不完全、全てのファイルがウイルスに感染している可能性がある等^5、こういった知識を持った上で、パソコンを使うしか有りません。
これら三つを組み合わせた場合、パソコンがウイルスに感染する危険性は非常に低くなります。感染したとしても、レジストリエディッタやタスクマネージャを駆使してウイルスを駆逐することも可能になります。普段からネットワークから隔離したメディアにバックアップを取っておけば、パソコンがウイルスに感染したとしても、クリーンインストールを実行し、情報を元通りに格納することだって出来ます。
ようは普段から危機感を持つ。これが全てです。
………長々と書いても、今までと同じ結論しか出ないと言うことは、これが真の答えで、これしか方法がないと言うことです。そう言った状態で情報漏洩が相次ぐと言うことは、もはや目も当てられませんね。
第三次世界大戦はネットワーク上で行われる、なんて言いますけど、情報漏洩がその前兆かも知れませんね。少なくとも、今の日本では勝ち目がないようです。賛否両論有りますけど、インターネット免許制は個人的には推奨しています。
歩いて一分もないところにCDを置く店があるのですが、ひたすらポイントのためにとヤマダ電機まで走って、売っていなくて戻ってきて、結局歩いて一分もないところにあるCDを置く店で、『うたわれるもの』のOPテーマ、『夢想歌』を買ってきて、EACでリッピングして、TTAにエンコードして、ラッピングを元に戻して、押し入れの奥にしまいました。
明日になればアニメイトに行ってこられるのですが、なんかもう、待てないと言う雰囲気です。ラッピングを剥がすのが楽しみなCDと言うのは久しぶりに買ったような気がします。
あとは、アニメの方には入っている剣戟の音を編集で製品版に挿入すればOKです(コラ
挿入ジャケットは結構面白い作りで、表と裏で、歌手とアニメのキャラと別れています。オタクにも一般人にも優しい作りですね。
BGM: 夢想歌
歌: Suara
出展: [アニメ] うたわれるもの OPテーマ
…何気なくサイトを覗いてみたら、音楽製作サークル「千代紙。」さんがM3までの限定で復活してる。って、M3は4月29日………行けない…orz
大田区のPioかあ…確かJR蒲田駅の近くなんですよね…。近くて遠い駅だ…。
通販とかやってくれるかなあ…。
あっ、でも、5月に活動再開か。夏コミとか出るならお邪魔しようかな。
夏コミと言えば、今年も既に始まっています。夏コミ貯金。ただ…今年はまずいよ…。未だに15K円とか本当にまずいです。
半期ごとに生活スタイルが移り変わっていく生活とは時としてとんでもない罠をはらんでいます。
今現在、中途半端に授業を履修しているため、明日は二限からだから早起きしないと、と思って、次の日の朝早起きして時間割を確認すると、実は五限からだった(曜日を勘違いして覚えている)などなど、諸々の問題が発生します。
曜日を間違えているというわけではなく、授業と曜日の関連づけが上手く行われていないのです。まるでWindowsXPのようですね(笑顔)。
といいつつ、木曜日だけは何の授業があるかはばっちり覚えてしまいます。まあ、あの授業を忘れたら直接死亡に繋がりますからね。毎週プレゼンテーションというのも結構面白い物です。ペアを組んでいてパソコンを使えるのが私だけなので、全部私が用意するという点だけを除けば。
とりあえず、OpenOfficeでもダウンロードしてきます。
立場としては非常に微妙なのですが、一応
と言った、サイトのビジュアル面における全てのデザインを担当したサイトが昨日オープンしました。基本構造は『空の彼方へ』で利用している『blue-sky』のデザイン違いで、デザイン名称は『緋色の空』です。
あ、あと、巫山戯ているのかと突っ込まれそうなのですが、同サイト内コンテンツ、「舞ちゃん○3さい」のタイトル画像の制作も担当しています。これは作るのが楽しかった(w
以下、自己満足の語り。
基本コンセプトは、わかりやすさとデザイン性の融合と言ったところでしょうか。
ひとまず、当面は『ねこねこソフト』さんへのお返しCDの制作がメインになるとのことでしたので、そのねこねこソフトの作品、スカーレットのスペルにおける先頭の文字、『S』と、スカーレットの意味「緋色・真紅色」をモチーフにして、作り上げた赤い線がデザインにおける最大の要素です。メニューが増えるに従って、垂直に引かれた赤い線が延びていきますので、最終的には文字としての『S』に近づくことを願っています。
あと、「燃えるような熱い心」や、創作のエネルギーとなる「血潮」のあたりも連想していただけると個人的にはデザインを考えた甲斐があるというもの。
赤という色を使っている上で苦労したのは、やはり赤が目立つと言うこと。出来るだけシンプルに押さえるために基本的なデザイン要素以外はグレースケールを利用しています。赤という色がこってりとした印象を与えないように、出来るだけシンプルに、鋭い印象を与えるようなデザインになっていると嬉しいです。
現状、少し背景が眩しいので、もうすこし調整が入ると思いますが、基本的にはこのデザインが元となります。
テーマが「創作」と言うことで、最終的に1ページのコンテンツを作る上で必要になる画像が莫大になることを想定し、CSSの方ではあえて画像を使わないような設計になっています。「みずいろしょんぼり☆ミュージアム」のテーマである、「作品を引き立たせるためのデザイン」の延長線上にあるデザインと思っていただければ幸いです。
「デザインがダサイよ」と言う突っ込みをする方は、用語としてのデザインの意味をきちんと把握した上で、よろしくお願いします(ぉ 。
CSSの方は、このサイトで採用している、『blue-sky』を基本設計として使用しています。要素としてはまだ未整理の部分が多いので、管理のしやすさという面では、blue-skyに劣るのが現状ですが、デザインが確定次第順次、整理していこうと思っています。
このサイトのCSS『blue-sky』は、音楽・小説を扱っているが為に、出来るだけ融通の利く構造になっています。そのため、インデックスページからトップページ、音楽、小説、日記、コラム、書籍紹介、掲示板に至まで、全て一つのCSSによってまかなうことが可能になっています。エイプリルフールや、サイトの記念日に一日限定で色を手軽に変えられるのはこのおかげです。
一方、TCC(EMU)の方も、創作が主軸ですので、音楽や文章、画像と言った特徴の異なる要素が一ページの中にふんだんに使われることが予想されます。ですから、専門的なデザインよりも、柔軟性に富むデザインを、と言うことで、blue-skyを元に組み上げています。
ミュージアムに比べて更に不特定多数の人が来る、と言うことと、私の技術力向上に伴って、完全なフレキシブルレイアウト、すなわち、解像度に左右されない相対レイアウトを実現しています。ワイド画面の方は最大化してみると、メニューやコンテンツの大きさが相対的に変化することをおためし下さい。
CSSは、XHMLにも対応できるように、HTML4.01Trの元凶とも言える物理マークアップに関しては全て排除し、サイトそのものをXHMLでも記述できるように考慮してあります。(たぶん、2.0ぐらいまでは対応できるのかな?)
もちろん、将来的なサイトの拡張性も考え、SSIを利用しても問題がないような構造になっています。この辺は、空の彼方と同じですね。
なんだかんだ言って、作りは『空の彼方へ』と殆ど同じです。ですので、『空の彼方へ』のデザイン違いだと思えば、CSSファイルの解釈も簡単になるかと思います。
まあ、極少地域のサイト管理人向けへの説明をすれば、『空の彼方へ』と同じと言うことで、「class="yoseteagete-right"」も有ります(笑)。
とりあえず、前半においては、
水曜日: 徹夜の日
木曜日: 寝オチの日
と定義できそうです。
BLOGにおけるトラックバックやコメントスパムが問題になっていますけど、やはり掲示板へのスパムも無視できません。
このサイトの掲示板は、有る一定の基準(と言っても明示しているのですが)を満たすと、スパムと判断して自動的に投稿を排除するようになっています。ただ、本当に自動的なので、サーバーログにもその形跡が残らないのが難点。
一日にどれだけのスパム投稿が有るのかはサーバーログを見て解析するしか有りません(書き込みようのCGIが呼び出されたのに、実際に投稿されていない等の症状が出る)。
ただ、ここ二日三日、スパムの投稿に成功されてしまったため、対策を練った結果、とりあえず、禁止ワードに、“a
href”を加えました。とりあえず、これで今のところ成功しているようです。
最終兵器と言わんばかりに、明示的に発行されるワンタイムパスワードを入力しないと投稿できないシステムも、本家で配られている掲示板に新機能として加わり、ここの掲示板にも導入したのですが、それはそれで投稿する側が手間ですからね。
次の新刊となる『ReSin-ens』から、装幀を新しい物に差し替えることにしているのですが、その新装幀を実験によって可能であると言うことを確かめ、採用を正式決定しました。
あとは、装幀におけるデザイン要素と、カバーの有無を考えるだけですね。
今までの同人活動においてやってきた装幀とは全く別の、つまり、進化系ではない装幀ですので、色々と考えるだけで楽しくなってきたり。データを作って後は印刷所、と言う流れでは味わえないのが手作業製本のいいところ。しっかりと味わいたいと思います。
少しばかり必要な道具が増えたのですが、それについては購入先も確定していますし、入手は簡単になるはずです。何時か引っ越すことも考えて、引っ越し先でも手に入らなければ意味はありませんからね。その辺も考慮して材料は選ばなければなりませんね。
本当は使いたくないのですが、文章の理解度を上げるため万引きという単語を随所に使用します。
マスコミが万引きについて扱うとき、「万引きは窃盗です」などと、全国の万引き常習者に向かって訓告していますが、そのマスコミが、「万引き」と言う言葉を使い、『万引き=窃盗』と言う認識を弱めていると思うのは、私だけではないはずです。
毎回毎回、自分は関係ないと思っているような報道を繰り返すテレビ局ですけど、万引きにおいてはそれが顕著に表れる報道だと静観しています。
基本的に万引きは窃盗と言うことぐらい小学校でも先生が言うような内容ですけど、テレビ局がそれ以上に万引きという言葉を使う物ですから、児童や生徒といった年齢層に『万引き』と言う認識を植え付けていると思います。最後に申し訳程度にアナウンサーがカメラ目線で、「万引きは窃盗です」なんて言っても、説得力は皆無ですよね。
これがアナウンサーやナレーターだけならまだしも、元警視庁●●といったお偉方まで「万引き」と言う言葉を使うのだから、本当に万引きを撲滅したいのか、万引きは罪であるという意識を浸透させたいのか疑問に思うところです。
不本意ではありますが、今日におけるテレビの影響力は大きく、我々が良く用いる言葉「萌える」の形容詞的表現、「萌え~」もテレビ局が生み出した言葉と言われるぐらいですから、テレビ局はもっと自分達の使う言葉が世論に影響を与えると言うことを把握して欲しい物です。
普段のニュースから「万引き」等という言葉を使わず、素直に「窃盗」と言う言葉を使えばいいのに。何時もそんな風に考えています。
万引きは窃盗? いえいえ、窃盗は窃盗なのですよ。
あと、「できちゃった結婚」とかも、マスコミか雑誌が新しく作った言葉のような気がします。確証はありませんが。この辺は言語学的に調べてみると面白い結果が出てきそうです。少なくとも、マスコミはできちゃった結婚を悪として捉える傾向がありますので、マスコミが作った言葉と証明できたのなら、これもいいネタになりますね。
ちなみに、できちゃった結婚の意味を柔らかく、と言うよりも、負の感情を和らげるために作られた言葉として、「授かり婚」が有りますけど………うーん…そう言う問題かな。
少しばかり乗りが良かったので、昨日から今日にかけて一曲だけ編集してみました。
ドラムキットを差し替えたてバランスを調整しただけですが、バージョン1.30です。シンバルの音がやたらと良くなっているのは、ビットレートの違いだけではないのです。
中盤でプチプチ言っているのは明らかに録音ミス。ここを手直ししたら完成という感じでしょうか。
あと、これ、コンプレッサーと音量調整以外はMIDI完結です。バラ取りしてDAW作業なんてそんな面倒なことはやっていません。
かなり手抜きが目立つ打ち込みなので公開したくないのですが、学術目的のためにと言うLameエンコーダーの様なのりで私も公開しておきます。表立って公開していないのはそう言う理由なんです(苦笑)。
8850をお持ちの方は音源で再生して、ボリュームを大きくするとそこそこ楽しめます。
知り合いの文章系同人作家さんから、写真展を開くので見に来てください、と言うような手紙が届きました。
世の中には沢山の表現の手法があるのですが、市民ギャラリーを借りると言う表現手法もあるんだなと、再認識しました。同人誌即売会という形ではなく、こういったギャラリーで同人誌を展示するというのも面白いかも知れませんね。私のレベルでは数百年先のことになりそうですが(笑)。
私は専らテキスト系ですし、今後とも音楽をCDと言う形で配ることはまったく想定していないので、今後も、本などと言った形で発表することになると思います。そうすると、その『本』でどうやって表現をするか、そしてその表現を持って読者に何を伝えたいのか、じっくり考えてみたいものです。
ひとまず、『ReSin-ens 遼なる風、彩りの音』に決着をつけたら、やりたいと思っていることが沢山あるのでそれをやってみようかなと思っています。新曲も書き下ろしたいですし。色々な方から教えてもらった音源や、技法もいい加減試してみたいんですよね。他にも書きたい文章作品が二作品………。
あと五年ぐらいはネタに困らずサイトを運営できそうです。
ふと考えてみると、このサイトのサーバー費用は年間3000円程度ですが、これが積み重なると結構な金額になるんだなと思います。
さてさて、国際社会・国際化の大義名分の元に、小学校で英語を必修にするという流れが生まれつつありますが、これは基本的に馬鹿の考えることなので、無視しておきましょう。馬鹿というのはそれ相応の根拠があるのですが、それは別の日に送るとして、今回は歴史の話。
企業の買収における巨大化が進んだり、小学校から塾に通わせるなどのお受験戦争が進んでいますが、ああ、みんな馬鹿だなあと。
かつて、学歴優先主義が世の中をはびこっていた頃、これはまずいのではないかと言う考えが出てきました。案の定、高学歴優先によって作られた社会はバブルの崩壊と共に終焉。それを期に、学歴だけではなく、個人の魅力を見据えた社会が形成されました。推薦入試、AO入試それらの入試制度が成熟を見ると時を同じくして、学歴だけではない、本当の頭の良さ。勉強が出来る頭を求める時代から、頭の良さを求める時代が到来しました。
そう。かつて、学歴優先主義は失敗によって崩壊した経緯があるのです。
しかしまた、今日において学歴優先主義が少しずつ成長を始めました。やっていることはかつてと全く同じ。これでは全く同じ失敗をしてしまうのは目に見えているはずです。学歴優先における失敗を経験しているのにも拘わらず、人はまた学歴優先社会を目指しています。これを馬鹿と言わずに何と評価すればいいのでしょうか。
企業の買収による巨大化も同じです。昔は『財閥』と呼ばれる巨大組織が経済を左右するまでになっていました。三大財閥、四大財閥、そんな言葉ももはや遠い昔の話です。その財閥だって、その巨大さが仇となり、バブルの終焉と共に解体されました。大きな企業は独占禁止法の下に解体され、今日となってはお互いに株を持ち合う関係になりつつも、別企業となっています。
大きな会社は崩壊する。そう言ったこれまで積み重ねてきた歴史を無視して、また同じ事を始めてしまった人達を、馬鹿と評価せずにどうやって評価するのでしょうか。
結局、人間は何も学んでいない馬鹿で肉のかたまりなんです。ミトコンドリアと遺伝子しか継承できず、本来継承すべき歴史や技術を継承できないただの動物なんです。
さて、ついに『長編恋愛小説同盟』を脱退しました。二年ぐらいお世話になったのかな。理由はもちろん、同盟の規定、「半年に一回は更新する」を達成できなかったため。まあ、同盟に加入している以上、同盟の方針を受け入れたことになりますから、それを達成できない時点で脱退するのは当然ですね。
サイトを閉鎖した後でも、同盟やサーチエンジンへの退会処理を行わず、閲覧者に対して不快な思いをさせるよりは数倍マシでしょうか。終わりよければすべてよし、です。
基本的に私は遅筆で、小説も音楽もそんなに爆速で作れる、と言うわけではありません。同人誌なんかも半年以上前からプランを立てないとイベントには間に合いませんし、音楽も、一曲作るのに半年かかったりします。
でもまあ、こういうゆっくりさも大切かな、と思います。
『窓辺に座る小さな妖精』に関しても、今作っている未公開の新曲についてもいずれきちんとこのサイトで公開しますので、それまでお待ちいただければ幸いです。大体にして、この日記を書くためだけに300円を支払っているというのはあまりにも馬鹿馬鹿しいですからね(苦笑)。
明日の予想最高気温、30度。
ライバル熊谷市も同じ予想最高気温。ついに来たか…今年初めての全面戦争!
CPUが50度を超える季節がやってきました…。むしろ、現時点で部屋の気温が…。