携帯電話依存症

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 この文章は2003年3月1日にコラムとして掲載した『携帯電話…依存しすぎていませんか?』を、実体験に基づき趣旨や文章展開などをそのままにし、すべてを書き換えたものです。

携帯電話依存症

 今日、テレビを見ていたらおもしろい企画をやっていました。 “携帯電話を手放すとどうなるか” というもの。つまり、いつも携帯電話を利用している人から携帯電話を預かり、携帯電話のない生活を送ってもらうという趣旨の企画です。見ているうちに、技術が進化するたびに人間は弱くなっていくのかな、と痛感した次第です。

 今日の技術革新は目覚しく、半年ペースで新技術が生まれ、新しい規格が完成し、そして、古い製品は消えていく…それは携帯電話にも同じ事が言えます。
 今ではもう昔のように、肩にかけて運ぶ携帯電話も見なくなり、ポケットに収まるサイズになってしまいました。そして、フルカラー液晶ディスプレイ、デジタルカメラ、赤外線通信、ネットワーク通信、インターネット通信、指紋認証、電子マネー、動画再生、音楽再生、テレビ・ラジオの受信………それらのおおよそ会話に関係ない機能がつけられ、携帯電話はもはや一つの情報端末になりました。
 世界で一番小さく、世界で一番技術の高い日本の携帯電話。そして、それらを私たちは「電波悪い〜」と片手で振り回しながら、あたかも当然のように使っています。
 でも…そんな携帯電話…皆さんはどのように接していますか?

 先ほど紹介したテレビ番組では女子高生が携帯電話を手放し、生活を送っています。彼女たちは携帯電話がないことにイライラし、やがて不安に襲われ、公衆電話に向かって走り出し、彼氏に電話をかけました。今思えば、この公衆電話すら昔はありませんでした。
 そうです。私たちは気がつかない間に弱い人間になっているのです。

 恋人達の例を挙げてみましょう。昔は手紙しか手段がありませんでした。月に一度来るか来ないかの相手からの手紙だけでお互いを確かめ合い、それができないときでも、常に相手のことを信じていました。そして、その信頼関係があるおかげで、現代に住む私たちのように常に連絡を取り合っていないと不安になる、と言ったばかげた症状は起こりえませんでした。なぜなら、それが普通だったからです。
 携帯電話が爆発的に普及し、相手との連絡が自由自在に行えるようになってしまった現代。相手の親に知られることなく、本人と直接連絡が取れてしまう現代。親は子供の人付き合いを把握することなく、子供は親の知らないところで新たな交友関係を作ってしまいます。それが危ない関係だとしても親には知るすべがありません。手軽に連絡が取り合えるということは、連絡を常に取り合うことが普通になってしまうことを意味します。昔の恋人達とは違うのです。思い立ったら相手の声を聞くことができ、場合によってはテレビ電話すらできますから、顔も見ることができます。不安になったら電話をすればいい、メールをすればいい…そんな流れが世の中に定着してしまいました。
 子供達の間でメールへの返信の速さが友情のバロメーターとなっている、返事が遅いだけで苛められる原因になるといったことが、一部では語られているようですが、それも案外、一部の地域に限定した話ではないのかも知れません。

 そして、その結果、相手と連絡を常に取らないと、相手のことを信じることができない、不安に襲われると言った脆い関係ができあがってしまいました。今の私たちは、相手の声を聞かないと不安になり、相手の想いをすぐに知ることができないと疑ってしまいます。そう…私たちは、恋人を信じることができなくなってしまっているのです。あの人は私のことを想っていてくれる、あの人は私のことを心配してくれている、と信じることができなくなってしまっているのです。なぜならば、それを確認することができないから………。
 確認をしなければお互いの愛を確かめられない恋愛関係はもはや恋愛関係といえるのでしょうか。「俺たち友達だよな?」と確認する時点で友達じゃないとなるのと同じで、「貴方は私のことが好きなの?」と確認をする時点で二人の関係は恋人同士なのでしょうか?
 私たちは、相手の感情を携帯電話という通信手段で確認することになれてしまい、その結果、相手の感情を確かめないと信じることができなくなってしまい、脆い信頼関係・恋愛関係が築かれてしまっているのです。

 恋人以外もそうです。
 貴方は今日の日付をパソコンのカレンダーや携帯電話のカレンダーを見ることなく言い当てることができますか?
 自分の友人の電話番号をすぐに言えますか? 明日のスケジュールがわかりますか? 恋人がどんなことをしているか想像できますか?

 私たちは携帯電話を使い、携帯電話に依存する生活を続けてきました。そして、その結果、携帯電話が我々の生活になくてはならないものになり、それが当たり前になってしまいました。この先どうなるか…想像できますか? 携帯電話が無くなったときの代替案がありますか?
 そう…高度な技術の上に成り立つ世界は非常に現実味が無く、脆いものです。

 文明の進化は日進月歩ですし、より我々に便利な技術が生まれてきています。しかし、便利に成りすぎた生活は諸刃の刃です。それを失ったとき、私たちの生活は一瞬にして崩れ去るでしょう。特に日本は地震が多い国です。各地にしかれた電話網や携帯電話のアンテナ…それらが一瞬にして壊れることは容易に想像できます。水や食料を供給する車は2・3日すれば来てくれるかもしれませんが、携帯電話の電波を提供する車は来てくれません。電気を供給する車も来てくれません。技術というものをすべて引っぺがされたとき、私たちは相手のことを信じ、生活をすることができるでしょうか。ゆっくりと考えてみてください。何ヶ月も音信不通になったとき、相手を信じて待つことができるでしょうか。2005年2月、東京直下型地震の被害予測が出ました。死者1万3000人、避難者700万人、被害総額112兆円…連絡が取れなくなる人…不明…。そのような事態はいつでも起こりえます。日本全国どこでも地震が起こるからです。地震は一瞬にしてものを破壊する力を秘めています。一瞬にして相手との仮想世界を通じたつながりを立つ力があります。それを貴方は乗り切ることができますか?

 少し携帯電話を手放してみませんか?
 目覚まし時計を携帯電話に任せず、時計に置き換えてみませんか? スケジュールは手帳に取ってみませんか? 取引先や友人の電話番号はどこかに控えておきませんか? 暇つぶしに読書はいかがですか? 漢字…わからないときは辞書で調べてみませんか? カメラ…無意味に使っていませんか? 現金を持ち歩いてみませんか?

 携帯電話は自分と相手の接点を増やし、交わりの機会を大幅に増やすものです。しかし、その便利性故に、人に頼る部分や、携帯電話に頼る部分が出てきます。自分に足りないものを自分で補おうとせず、人に頼り…携帯電話に頼り………。
 少しだけ、距離を置いてみませんか?
 貴方は機械が友達ですか? 貴方は携帯電話がないと生きていけない人間ですか? 無機物であり、自分の命令を素直に聞いてくれる携帯電話が心の支えですか? 相手の想いを毎日確認し合わないと相手のことを信じることができませんか? 相手の声を毎日聞かないと不安になってしまいますか? もしそうならば、貴方は脆い人です。人間の本来持っている心を失った人間の形をした別の生き物かもしれません。近くにあることが信頼の証であり、遠くにいる人のことを信じることができない貴方は、生きていくことができるのでしょうか。

 携帯電話は便利な機械です。でも、便利だからと言って頼りすぎないように…。機械に頼ることで弱くなり続ける…それが人間です。機械は私たちの生活をサポートするものであり、機械に依存する生活を送るためのものではありません。そのことを把握してください。

 電車の中で周りのことを気にすることなく通話をすることができる人、レストランで電話の向こうの相手に向かってわめき散らすことができる人…あなた達は携帯電話を手放したとき、周りの人がそのような行為をしている場合、耐えることができますか? 周りの人は貴方自身にその気持ちを抱いています。
 マナーは相手を不快にさせないためのものだけではなく、自分を不快にさせないためのものなのですよ。

 携帯電話を使って耳を酷使して会話をしている方…貴方の耳は40年後、音を聞き取ることができますか?
 ディスプレイを見つめすぎて視力が落ちていませんか?
 コミュニケーションが…不足していませんか?
 子供のつきあっている友人のことを把握できていますか?
 メールを打ちながら歩き、人にぶつかったとき、きちんと謝っていますか?
 静かな場所で平気で電話していませんか?
 運転中に電話をかけていませんか? 相手を殺してしまったときのこと…考えていますか?

 私は携帯電話を手放せといっているわけではありません。携帯電話を用いた方がいい場合もあります。ただ、一つだけいいたいこと、それは、携帯電話は一つの手段です。時と場所を考え、より適した道を探し出し、その中の手段として、携帯電話を使うことが大切なのです。人間は強い心を持っているはずなのです。ただ、それに気がついていないだけで。

初出: 2003年3月1日
更新: 2006年12月26日
著作: 鈴響 雪冬
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