文字書きさんに100のお題 -21~40-

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021 はさみ

 鋏で糸を切るように貴方との縁も簡単に切れればいいのに、どうして切れないんだろう。切る勇気がないから? ううん…違う…。切りたくないから…貴方の側にいたいから…。でも…貴方は振り向いてくれない。どうすれば振り向いてくれるの? どうすれば諦められるの?

 ………いっそのこと…切っちゃおうかな、思い切って。そして、極太の赤い糸に取り替えちゃうの。二人の小指と小指に糸を結んでしまうの。そうすれば今の関係はおしまい。新しい関係が始まるから。

022 MD

 MDをセットすると、彼女の好きだった曲が流れる。陽気な黒人の声が車を満たした。別れて…いや…彼女が消えてから二年が経った。突然のことだった。気が付けば彼女は白い粉になっていた。そこには彼女の形なんて無い。ただ、さらさらと…指先を流れた…。あのときの感触が忘れられない。もう…あえなくなってしまったと言うことを知ったときの感触が忘れられない。でも…僕は精一杯生きている。

 後ろから聞こえてきた鳴き声に僕は「もうちょっとだからな」と声をかけた。

 そう…。さつきと俺の間に生まれた…一人の子供。二人の分身…。俺には…がいるから。安心しろ。おまえのことは忘れないし、俺一人でもしっかりとこの子を育ててやるからな。俺は未だそっちに行くわけには行かないけど…何時かそこに辿り着いたときに…ほめてくれよ。よくやったね、って。その一言のために俺はがんばるからな。

023 パステルエナメル(絵の具の一色、象牙色)

 最後の一色が決まらない。色は無限大にあるかも知れないけど、ここに当てはまる色は僅か一色。彩度も色相も明度も違ってはならない。これを間違えると、画竜点睛を欠いてしまう。手が震える。何時だってそうだ。最後の決断。自分にしかできない。そして、それは、自分の行動が絵の価値を決めてしまうと言うこと。自分が全ての責任を負うと言うこと。
 ………いつまで他人が勝手に下す評価に耳を傾けているんだろうな。評論家達は何時だってそうだ。人の苦労を知らず、この絵は下手だとか上手いだとか勝手に言っている。自分で描いてみて欲しいものだ。どれだけ考えが必要なのか…どれだけ苦労するのか。
「はぁ…。馬鹿みたいだよな。」
 自分の趣味で書き始めた作品。自分の好きなようにやればいいのに………。
 目を瞑って、絵の具へ手を伸ばす。直感で選べ。絵の具が語りかけてくれる。
 手をかざすと、絵の具達の声が聞こえてくる。僕を使ってくれと、僕はやめた方がいいと。そう…絵を描くときは評論家達なんて関係ない。自分の心と絵の具とキャンバス…おまえ達しかいないからな。
 そうか…この感覚か…。
 俺達の世界…。誰にも邪魔されない俺達だけの空間。自分の描きたいように描けばいいじゃないか。
 手を下ろし、一つの絵の具を握りしめた。今回は君を使ってみるよ。

024 ガムテープ

 貴方に縛られる生活は…もう嫌だ。私のこともちょっとは考えてよ。毎日毎日…自分の言葉を私に押しつけて…満足通りに行かないと手を振り上げて…。でも…いないと寂しいのはどうして? こうして彼が帰ってくる間が苦しい。彼に毒されているの? それとも、これが私達の日常?

 ここで別れを告げたらどうなるんだろう。それこそ縛られて部屋に閉じこめられちゃうのかな? 七輪で殺されるのかな? このまま彼にべったりくっついて生きていっても…何か得られるのかな? いいことはあるのかな?

 本当に私が彼のことが好きなのかな。それすらもわからない。

025 のどあめ

 飴って凄い。色々な味があって、沢山の色があって…。見るだけでも、触るだけでも楽しい。焼き肉屋さんで貰えるのど飴はすっきりするし、勉強の時のあめ玉だってちょうどいい甘さで気にならない。ガムを食べると脳が活性化されるなんて言うけど、実際は嘘。咬むことに神経をさいちゃって勉強に身が入らなくなる。ガムは勉強の前に咬もうね。でも、あめ玉なら舌の上に乗っているだけでも味が出てくる。ころころ転がすだけでも楽しいし、歯に当たったときの音も心地いい。

 でも…一番好きな飴は、黒砂糖飴。そこ、マニアックって言わない。あの黒い袋がそそるんだから。

026 The World

When you hold you, the warmth is transmitted. We would not like to transfer just this feel by anyone. I protect you. I love you most in the world.

027 電光掲示板

 眠らない街を二人で歩いた。光が舞う中、僕たちは歩いていた。水のきらめきのような光の中で、手を繋いで僕たちは歩いた。この手に…君のぬくもりが伝わってくる。
「ねぇ、どうしたの? そんなに急いじゃって。」
「あぁ、時間がないんだ。でももう少しだよ。あの交差点。」
「何があるの? 交差点に。」
「行けばわかるさ。」
 人混みをかき分け、交差点に辿り着いた。人と人が交わる場所。多くの運命が交錯する場所。そして、今ここで、二人の道が一つになる。
「あそこを見て。」
 指差した先にはビルがあり、そこには電光掲示板がある。デジカメを持った女の人が、手ぶれ補正について説明していた
「あれがどうしたの?」
「あと5秒でわかるさ。」
 彼女を後ろから抱きしめ、二人で電光掲示板を見上げる。小さな声でカウントダウン。5、4、3、2、1………。

 僕から彼女への愛のメッセージ。

028 菜の花

 花を見に行こうって誘ったら、「珍しい」なんて言われた。君が花を見ることが好きだと言うことは知っていたけど、時間が無くてどうしても連れて行ってやれなかった。まぁ、男が花を見るのは何となく恥ずかしかった、と言うのもあるけど。
「あっ、菜の花♪」
「どれどれ。」
 しゃがみ込んだ彼女の横に俺もしゃがむ。「綺麗~」なんていいながら黄色い花を見ている。
「…。」
 花を見に行こうなんて言ったけど、本当は、君が花を見る横顔を見たかっただけだから。

029 デルタ(三角。正しい表記はΔ。小文字はδ)

 私と君の間にある溝。その溝がどうしても埋められなくて、その溝を越えることができなくて…私は告白出来ないまま。このままずるずると引っ張っていくんだろうか。この想いを胸に抱いたまま。貴方のことを思い続けたまま。告白という時間。ほんの数秒の時間を作り出す勇気がない。人生の中で極微少の時間なのに、その時間を迎える勇気がない。

 だけど…想いは伝えないと意味がないから…。その思いを手紙に託して届ける。直接会う勇気もないから…この手紙に全てを込めて…。古風だけど下駄箱に放り込んで…貴方の答えを待ちたい。今はただ…貴方のことを想い、ペンを走らせることしかできないけど…何時か…きっと。

030 通勤電車

 朝は何時だって戦争だ。田舎ならまだしもここは東京。15両編成の電車が3分おきに行ったり来たりする。多くの人が行き交い、多くの人の運命が交わる場所。日本の経済の中心、そして、日本の首都東京。人口1000万。日本の人口のほぼ十分の一がここ東京に集まる。ただ、僕はその戦争を回避し続ける。たった30分電車をずらすだけで席は十分に空いている。たった30分、それだけ時間をずらすことでこれだけゆったりとした生活を送ることができる。だから僕はその道を選んだ。マスターアップ直前の日曜日。今日も臨時出社だ。泊まり込んでもいいのだけどどうしても家に取りに行かない資料があったから僕はいったん家に戻っていた。ノートパソコンを膝の上に広げるが、思い立ってノーパソを脇に置いた。鞄からテキストを一冊取り出し、膝の上にのせた上で、パソコンをおく。熱がこもると作業に集中出来ない。ましてや、健康に害があることだって近頃は報道されている。プログラマーとしてパソコンに接するのだから、健康には気を遣わないと行けない。日差しが陰に隠れてとぎれとぎれになりながら車内に飛び込んでくる。暖かい日差しの中、僕はキーをたたき出した。

 ちらりと目を車内へ這わせると、子供ずれのお年寄りが座っている光景を目にした。そうか、日曜日だからな…。この時間は行楽地へ出掛ける家族が多い。いつもは人が乗らないような小さな駅でも、子供を連れた親御さんが乗ってくる。家族か…。いいもんだ………。所帯持ちでもないし、彼女が居るわけでもない…。むしろ、先日フられた………。

 平日よりも更に穏やかに時間が進む電車の中は子供達の楽しそうな声で柔らかに満たされている。電車が速度を落とし、ホームに到着する。ここは大きい駅で人が乗り降りする。僕はノーパソをいったん持ち上げると、脇に置いてあったバックを膝の上にのせ、その上においた。大宮とアナウンスが流れ、ドアが開くと、案の定多くの人が乗り込んでくる。それでも車両の中は空席がまばらに点在していた。電車が動き出すと、僕は画面に目を戻した。―――ふと視界に映り込んだ足下。黒のヒールがあった。僅かに目線を動かし、腰の辺りまで来たところで嫌な予感を感じた。黒いレースの服にブランドもののバック。こいつは…。僕の席に座ったその人は、僕の予想を全く持って裏切らなかった。

 ………香水…やめてくれ………。

 人が少なくても通勤電車は地獄だった。

031 ベンディングマシーン(自動販売機)

 人間は交流が嫌いなのだろうか。都会の人はいささかそのような傾向がある気がする。日常的に行われる会話は僅かだし、その会話の殆どは社内で使われてしまう。近所づきあいもないし、隣の人が男か女かすらわからない。交流と言えば、一昔前に、全て自動販売機に商品を入れた無人のコンビニができたことがあった。実験的な内容もあったのかも知れないが、人の入りが悪くすぐにつぶれてしまった。やはり、何処かしらに寂しさを感じた人が店を使うのをやめ、次第に人が減っていったという。人間は潜在的に交流を求めているのだろう。

 回想を中断し、弁当とお茶をを保冷器から取り出し、レジに持って行く。
「いらっしゃいませぇ~。」
「へ~い、1013円のお預かりですから、100円のお返しで~す。」
「ありがとうござやした~。」
 ………自動販売機というのもありかも知れない。

032 鍵穴

 迷宮の中で迷い込んで、何処までもゴールにたどり着けない私。ドアがあっても通り抜けることができないし、スタート地点の入り口も見つけられない。歩いて歩いて歩き回って………。既にどれだけが経つのか分からなかった。髪は伸びてきたし、いい加減むだ毛の処理もしたい。でも…そのうちそんなことも気にならなくなるのか…。たまに見つかる休憩ポイントで、食事と排泄ができるのがせめてもの救いだった。出口の分からない迷路。まるで自分の心のよう…。自分でも分からなくて…他の人も分からない。自分のことが分からない。自分のことを分かってくれる人もいない。

 ………お願い…。誰か私の心の鍵を開けはなって。私に私自身を見せて。私がいったい何なのか…。どうしてこの世に生を受けたのか…。私がこれからどうすればいいのか………。

033 白鷺

 おまえらはいいよな…自由で…。大空を飛び回って…。

 なんて考えるから人間は自分勝手だって言われるんだよな。彼らだって必死に生きている。自分のやりたいことだけをやっている訳じゃないんだよな。食べ物を探し回って天敵から逃れて…。

 人間だって鳥だってやっていることは変わらない。自由に見えるのは人間の逃避。現実から逃げる弱い心が映し出す虚像。………それとも…もしかしたら…。生きている生命体に抱くあこがれなのかも知れない…。必死で生きている彼らの心が、彼ら自身を輝かせているのかも知れない…。だから人は鳥にあこがれるのだろう。

034 手を繋ぐ

 息を吐くと白くなって立ち上った。ミトンの手袋を口元に持ってきては、白い息を捕まえようとがんばってみる。でも…とうてい捕まえられるわけもなく、綿毛は空へと還っていく。イルミネーションが十字に光をまき散らし、手を繋いだカップルがその下を歩いていく。木々の枝は葉っぱの代わりに光の葉をまとい、風に揺れては色を変化させていた。
 待ち合わせをした木の下で待ちぼうけの私。彼が来る様子もない。待ち合わせ時間から30分が過ぎた今。期待と絶望が入り交じった心だけが私を支配していた。やっぱり…これないのかな…。デパートでサンタクロースのアルバイトをしている彼は今日が稼ぎ時。難しいと入っていたけどやっぱりこれないのかな………。椅子に腰掛け、空を見上げる。雪交じりの空は黒と白のコントラストに光が反射して眩しかった。
「はぁ…。」
 深く息を吐くと、ひときわ大きな雲が飛び出した。パフと手袋を鳴らし、私は立ち上がった。携帯を取りだしてみてもメールは来ていない。電話をかけても繋がらない。
「だめ…ね…。」
 せっかくのクリスマスだけど、無理ね。
 携帯をポッケに入れて駅の方へ振り返る。丁度サンタクロースが白い袋を背負って、歩いてきているところだった。大変だよね…サンタクロースも…。子供達の夢の象徴、サンタクロース。その存在は不思議だったけど、こうして見ることができる。日雇いのバイトかも知れないけど、彼は子供に夢を与えているんだ。私の彼と一緒に。
 タン、と、靴を鳴らし、私は歩き出した。駅に向かって。ガンバってね。
 歩き出すとサンタクロースが私を呼び止めた。私の心…分かってくれたのかな。そうだよね…。待ち合わせの場所としてはもってこいの木の下。しばらく動き出さない私が時計を見て立ち上がったら、誰だって分かってしまうよね。
「…。」
 無言でサンタさんは袋からプレゼントを取り出すと私に指しだした。
「これ…私に?」
「…。」
 小さくうなずいたサンタさんはちょっと小太りで(当たり前かな)、身長は私よりちょっと高いぐらい。
 「ありがとう」と言いつつ、プレゼントを受け取る。リボンの下の金色の紙には私の名前が筆記体で刻まれていた。
「…これ…。」
「開けてみてごらん。」
 リボンをほどこうとして手袋が邪魔になると、私は手袋を外してポッケに入れた。ひんやりと冷たい空気が指の間を通り抜けた。息で温めようとして口元に持ってきた手を知らない人の手が包んだ。
「え…。」
 見上げるとさっきのサンタさんが笑いながら立っている。「メリークリスマス」と言ってひげと帽子を取ると、そこにいたのは―――。

035 髪の長い女

 君の後ろ姿ばかり見てきた。いや…後ろ姿しか見ることができなかった…。隣に並んで歩くこともできないままで…。そのことばかりを考えては一人で落ち込む。告白する勇気のない自分。君の後ろ姿も大分見慣れてきた。けど…飽きることはなかった。そう…綺麗とか…そう言う事じゃなくて…好みなんだ。僕の…。心を羽根で撫でるかのような透明な、それでいて存在感のある君の声。ただの同じ部にいるだけという君と僕の関係。そろそろ終わりにしたい…。砕け散ってもいい…。こうして見ているだけじゃ駄目なんだ。君を腕の中に抱いてしまいたい。そんな関係になりたい。一言で片づけると君のことが好きなんだ。髪が長いとかそう言う事じゃなくて、一人の人間として存在する君のことが好きなんだ。だから…。
「なぁ、新山さん…。」
「はい。」
「俺…新山さんのことが―――。」

 長い髪が揺れた。石けんの匂いを僅かに漂わせ………小さく………前後に………1回………。

036 きょうだい(変換自由)

 「おはよう」と言って笑った弟の孝史は何時だってかっこよくて…素敵だった…。身長も大きくて…声も格好良くて…。学校でモテていることも知っている。何時も孝史の周りには誰か女の子が居ることを知っている…。楽しそうに歩いて楽しそうに会話して…楽しそうな時間を送って…。そんな孝史に嫉妬してしまう毎日…。こんなにも…孝史のことが………。運動ができる…頭もいい………。
 叶わないと分かっている願い…。無理だと分かっているお願い…。越えてはいけない線…。それを越えたら…もう………戻れない………。でも………。
「ねぇ…孝史………。」
「ん? どうしたの?」
「えっと…ここ…教えて…。」
 弟に勉強を聞く俺…。情けねぇ………。

037 スカート

 降る…。静に降る…。ただひたすら…音もなく…冷たく…痛く…雪が降っている。息を吐き出せば白く化ける冬の朝、彼女たちはひたすら学校へ向かっている…。除雪作業によって脇に集められた雪をよけながら、不安定な格好になりながらも俺も同じ方向へ歩いていく。
「おっはよ。」
「おはよう、篠原さん。」
「今日も寒いね~。」
「夏は暑いね~、冬は寒いね~って…なんか聞くのも飽きてきたよ。」
「はは、でも、日本って感じでしょ?」
 そう言って篠原さんは笑った。
「かもな。」
 手袋をぱんと鳴らし、俺は息を一つはいた。この音が意外と好きだったりする。
「それにしても…。」
 篠原さんに目線を移すと、制服の上にマフラーを巻いて手袋を吐いただけという見ていて寒々しいというか…痛いというか…。頬や耳、鼻の頭を赤く染め、俺の隣を歩く篠原さんはその見た目だけでも寒そうだ。ストッキングを穿いているとはいえ、その隙間からは風が入ってくることは容易に想像出来た。
「寒くないのか?」
「ん? あぁ、制服のこと?」
「そうそう。」
「制服に機能性を求めてもだめよ。ポケットなんて使い物にならないから。」
「そういうものなのか?」
「でも、制服を着れるのは10代の特権みたいなものだからね。今のうちにまとめて楽しんでおかなきゃ損だよ。」
 そう言って彼女はくるっと回って見せた。凍結路面の上では一回転半も夢ではない。案の定、一回転以上回りきり、「でしょ?」と付け足した。
 少々期待はずれの展開だったが俺はその気持ちを抑えつけできるだけ普通に相づちを打った。
「あぁ~ちょっと今残念そうな顔した。」
「そんなことないよ。」
 スカートという服装は生活の切れ端にちょっとだけどきどき感を与えてくれるのかも知れない…。

038 地下鉄

 多くの人の運命が交わる空間、地下鉄。今日も君はいつもの駅から乗ったよね。席を探して諦めた様子で吊革につかまる。こうしてみているだけなのに…ただの通勤時間がそうじゃなくなるんだ。そう…安易な言葉で片づければ、生活に潤いが加わるんだ…。見ているだけで。
 君は僕の手の届かないところにいる。君と僕の人生の道は近づくことはあっても触れることはないんだ。
 だけど…しばらくは君の姿を見ていたい。ただのあこがれでも構わない。叶わない恋でも構わない。ただ、そこにいるだけで…。声をかけてもいいと思う。いっそのことストーカーになってもいいのかも知れない…。さらうことだってできてしまう。でも…そんなことはしたくない。好きだから………。だから…見ているだけでいいんだ。
 ありがとう…。僕に夢を与えてくれる一人の少女よ。

039 オムライス

 子供の笑顔が好きだ。遠巻きに見る子供の屈託のない笑顔が好きだ。親はその姿を見てちょっと困惑するけど、僕はその笑顔が好きだ。ケチャップを口の周りに塗りたぐって、頬にも付けて…スプーンをグーに握って一生懸命…一心不乱に食べている君たちのその顔が好きだ。効率化がどうかは知らないけど、子供達の距離は自然と離れてしまう。でも、厨房まで音は届いてくる。笑い声、スプーンの音、談笑…一見バラバラにみえて、楽しい時間を過ごしていると言うことには変わりない風景。そんな風景が僕は好きだ。
 作業が遅いとクレームが付くときだってあるけど、その人達がいつか笑ってくれるから僕は料理を作り続ける。笑った顔を思い浮かべて…。

 でも…何時の日か………身近な人に食べてもらいたい。君だけの…何時か見つけるだろう君の笑顔が見てみたい…。ただ…君一人だけの………。そして、子供ができたら、家族の顔が見てみたい。ケチャップを口の周りに付けた自分の子供を見たら…僕はどうするんだろうな。

040 小指の爪

 嘘をつくとき丁寧語になってしまう癖。くしゃみをするときに大きな声を出してしまう癖。ちょっとだけ癖のある爪。寝言を言う癖…。全部覚えてる。包み込まれた感触、ぬくもり…柔らかさ…そして…堅さ…。全部覚えている。遠くに行ってしまった貴方のこと…忘れられない…。もう触れられない貴方のこと…忘れられない。何時の日か…記憶が死に絶えて…貴方の存在が小指の爪ほどの小ささになったとしても二人の重なった時間があったことは事実だから…。

初出: 2004年12月10日
更新: 2004年12月25日
原作: 鈴響 雪冬
著作: 鈴響 雪冬
制作: 鈴響 雪冬
Copyright © 2004 Suzuhibiki Yuki

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