恋の from A to Z -U~Y-

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際限のない、果てしない、無制限の、無条件の

 空。
 青。
 それは、透き通るような、奥ゆかしさを感じるような、儚さを感じるような、清純な青。
 太陽は空高く、鳥は天高く。気分は何処までも高揚していて、胸の鼓動は何時までも落ち着きそうにない。
 無彩色に彩られるビル群に、人工的に植えられた緑が映え、モザイクタイルの様な人間の波の中で、一人だけ光を放つ女の子。

 青。
 ワンピース。
 僅かな風にも揺らぐ軽く柔らかな生地は淡い青色で、白いシフォン地によって作られた肩から袖にかけての透け感と対照をなす。細い腕を包む袖と緩やかな鎖骨を惜しげもなく見せる襟には、ギャザーが寄せられ、フリルとレースがあしらわれていた。
 強く抱きしめると折れてしまいそうなウエストのラインに、裾から覗くレイヤードされた紺色のエッヂ、そして、その奥に見えるアンダースカートの波形が、服装全体にアクセントを加え、十夏という人物を描いている。

 ワンピース。
 十夏。
 緩くウェーブのかかった髪は太陽の光を受け僅かに茶色へと変化し、その柔らかさを保ったまま、肩口まで辿り着く。大きく丸い目に街の風景を映し込み、うっすらと赤い頬は彼女を健康的にみせ、笑うとえくぼが出る頬と遠慮がちな唇は十夏を可愛らしくしていた。
 襟元をはだけたときにしか見えなかった舌を這わせてみたくなるほどの曲線美は、今日に限って横を見れば好きなときに眺めることが出来た。
 制服によって守られている手のひらを押し当ててみたくなるほどの柔らかさは、今日に限って少しだけ緩やかなガードになっていた。
 その姿は彼女が着ている服にも影響を与え、服によって飾られるべき人間が、服を飾るという瞬間を、僕は目の当たりにしている。

 十夏。
 デート。
 告白をされた次の日曜日である今日、僕達は街の中心部を、並んで歩いていた。比較的長い付き合いであるけれど、こうして十夏の手に触れることすら初めてだった僕にとって、十夏の細い指はくすぐったいほどに柔らかかった。間近で聞ける十夏の透明な声に、間近で見られる十夏の表情。すぐ横を向けば十夏がいるという状態は、学校でも同じはずなのに、今日の方が断然ドキドキした。

「お昼ご飯は何処で食べようか。」
 綺麗に整えられたプログラム仕立てのデートコースなんて必要なかった。二人で一緒に街を歩く、それだけで楽しかった。
「あそこなんてどうかな? 木漏れ日が涼しそう。」
 十夏が指差したのは、街角の小さなカフェテラス。ポプラの木の下、断続的に変化する光と影の中で、恋人同士に見える人達が楽しそうになにやら話している。
「そうだね。重い物もあるといいな。」
「そっか。悠斗も男の子だもんね。」
「十夏は今まで僕のことをなんだと思ってみていたんだよ。」
「異性。」
 男と言わず、異性と言った十夏の言葉の意味に、僕は少しだけたじろいで、でも、それがうれしくて、はにかみながら笑ってしまう。
 やがて運ばれてきたサンドイッチとパスタをそれぞれ口に運ぶ。蒸し暑い夏の空気も、ここだけは涼しく、時より流れる風が新鮮な空気を運んでくれる。ドラマの話とか漫画の話とか、本当にドーデモいいような会話が、デートの中にあると言うだけで、ものすごく新鮮に思える。
「なっちゃん?」
 それが十夏を呼んでいる声だと気が付いたのは、十夏が声のした方向を振り向いてからだ。
「こんにちは、みっちゃん。」
「こんにちは。」
 十夏のことをなっちゃんと呼ぶその女の人は、ショートカットにパンツルックという十夏とは正反対の様な人だった。声も十夏より低く、十夏を可愛いと評価するなら、この人は格好いいと評価できる。
「あっ、ごめん。デート中だった? ふむふむ。これが噂の悠斗君ねー。」
 突然名前を呼ばれて僕は少しだけ裏返りながら返事をしてしまう。
「なるほど。いい人見つけたじゃない、なっちゃん。」
「そんな…。」
「悠斗君。なっちゃんったらね、何時もメールで『悠斗君が、悠斗君が』、って連呼―――「あーっ、駄目駄目駄目ー。それ以上言わないでよー。」。」
 椅子から勢いよく立ち上がり、押し倒さんばかりの勢いでみっちゃんと呼ぶ人の口元を塞ぐ。いつもののんびりとした空気からは想像できないほどの機敏さに、僕は思わず笑ってしまった。
「笑うこと…ないじゃない…。」
「ごめんごめん。あまりにも意外なところを見てしまったから。」
「なっちゃん。お邪魔虫は退散することにするよ。メールで何処まで進んだか聞くからね。覚悟しておいてよ。」
 そう言いながら、十夏との距離を離していくと、十夏はゆっくりと席に座った。
「今のは?」
 とりあえず、メールの内容には触れず、誰かを訪ねてみることにした。
「従姉妹のみっちゃ…じゃなくて、従姉妹の美希さん。昔から面倒見て貰っているの。」
「そうなんだ。」
「あー、みっちゃんに見られちゃった…。明日の朝には親戚中に伝わっていそう…。」
「僕は別に構わないよ。それに、僕達の関係に口を挟めるのは僕達自身だけだし。」
「悠斗って…いいこと言うんだね。」
「ありがと。」
 太陽高く昼下がり。僕達は穏やかな時間を過ごしていた。

 オレンジ。
 夕暮れ。
 それは、透き通るような、奥ゆかしさを感じるような、儚さを感じるような、清純な橙。
 太陽は低く、鳥は空高く、気分は未だ高揚していて、胸の鼓動も未だ落ち着いていない。
 橙色に彩られる街並みに、人工的に植えられた緑が映え、オレンジ色を身に纏った人間の波の中で、同じくオレンジ色に染まる女の子。

 夕暮れ。
 デートの終わり。
 ゆっくりとその時間は近づいてきていた。どんなに楽しい時間も永遠に存在するわけではない。逆に、哀しい時間があるからこそ、楽しい時間が存在する。二人で並んで、朝来た道を逆に辿っていく。でも、二人の関係は進み続ける。
 十夏はずっと僕のことが好きだったらしい。あのときだって、本当に安心したからこそ「よかった」とつぶやいただけで、特に他意は無かったらしい。それ以前に、十夏はあのときのことを殆ど覚えていなかった。

 デートの終わり。
 十夏。
 駅前にたどり着いたとき、既に日は落ちていて、街灯が太陽から主役を奪っていた。人通りがまばらになり、徐々に大人の時間へと近づいている。お子様な僕達のデートの時間はこれでおしまい。明日からまた学校生活が始まる。
 でも、僕の隣の席に座る人は、クラスメイトでは無くなった。もう、恋人なんだ。
 手を振り合い、「またあした」と言い合って、反対方向の電車に乗りあう。十夏と別れることがこれほどまでに寂しいことだとは知らなかった。何時も学校で言っている台詞なのに、これほどまでに思い焦がれる言葉だったなんて知らなかった。

 十夏。
 僕の恋人。
 電車は走り出した。僕らの距離は次第に離れていく。でも、心の距離はそれに比例しない。何時までも十夏は側にいるし、それどころかドンドンと近づいてくる。
 十夏は僕の恋人だ。十夏の一言から始まったこの関係だけど、僕はそれでも構わないと思った。十夏なら、無条件に恋が出来るから。十夏の事が、無条件に好きだから。

vacillate
(2つのものの間で・事において)心を決めかねる・ためらう、(精神的に)揺れ動く、変動する

 プレゼント。
 誕生日。
 それは、人がこの世に生を受けた日であり、一年に一度しかない日であり、お祝いすべき日。
 その日まであと一週間、お祝いすべき日まであと一週間。プレゼントを考える私の心は未だに揺れ動き、何時までも思考は止まりそうにない。
 貴史は今何が欲しいんだろう。貴史はどんなのが好きなんだろう。それは私にも買える物なのかな? それは私にも手が届く物なのかな?

 誕生日。
 貴史。
 いつもより少しだけ早く部活が終わり、私は一人玄関で貴史のことを待っていた。外には夕日。ざまあみろ、と言わんばかりにオレンジ色に輝く夕日は、それを見ているだけで心までオレンジ色に染まってしまいそうになるほど、純粋で透明な色を放っていた。
 そこに「ごめん」といいながら遅れて現れた貴史は、少しだけ息を切らしていた。文芸部の部室である図書館から走ってきたんだろう。
 女の私ですらうらやましいと思うさらさらの黒くてしなやかな短い髪、そしてそのしなやかさとは反対に、彼の腕は、体操着に着替えるとき僅かに見えるだけで彼の腕の中に抱きしめられていると言う妄想を沸き立たせるほど、影の彫りが深かった。まだ手も握ったことはないけど、きっと彼の手は温かくて、私の手なんてすっぽり包み込めるほど大きくて、手を握っただけで惚れてしまうのだろう。

 貴史。
 優柔不断。
 でもそんな貴史はチョット優柔不断だ。帰り道を一緒に歩きながら「どんなプレゼントがいいの?」って聞いたら、「何でもいいよ」って答えちゃうんだよ。改めて聞いたら「未来の処女」なんて言い始めるんだよ。思わず鞄を振り回しちゃったじゃない。そしたら「ごめんごめん」って謝りながら、「未来が好きに決めてくれよ」って言うの。もう。これじゃあ聞いた意味が無いじゃない。
 こんななのってちょっと信じらんない。だって、人が悩んで悩んで結論が出ないから貴史に聞いたのに、その聞かれた貴史ったら、何でもいいよって答えちゃって、私に質問を押し返しちゃうんだよ。そんなのって、絶対優柔不断。欲しい物があればそう言ってくれればいいのにさ。

 優柔不断。
 はっきりしてよ。
 きっと貴史は欲しいものがある。でもそれはきっと私には手の届かない物で、だから、私をがっかりさせないために、本当のことを言わないんだ。貴史はそんな奴だ。
 でも、遠慮しないで言って欲しかった。私達はそんなことで関係が可笑しくなるような仲じゃないのに。「それは自分で買ってね」、って、笑顔で言えるような仲なのに。

 物であふれる都会。人であふれる都会。大通りは相変わらず人でごった返していた。私には手の届かないゼロで溢れかえる煌びやかな商品がガラスケースを埋め尽くし、それを覗き込む何処かのお金持ちが、それに対抗するように自分自身を煌びやかに飾って歩いていた。
 この町は…嫌いだ。私を鬱にさせる。
 私は都会の錯綜を避けるかのように、一本、また一本と奥の道へと入っていった。ビルは消え失せ、煌びやかな人間も消え失せ、背の低い店達が自己主張することなく街に溶け込んでいる風景は、それだけで私をリラックスさせた。
 ふ、と、歩みを止めると、すぐ目の前にシンプルな看板があった。白い板に流暢な楷書体の縦書きで『世界堂』と書かれている。
 店の表向きはアンティークショップ。エスニック系に入るのかも知れないけど、何処の国の物かは分からない。世界堂と言うぐらいなんだから、きっと中には色々な物が売って居るんだろう。ショーウインドウに置かれた商品は、帽子から始まり、スプーンや使い方のよく分からないものまで置かれていた。
 ドアをくぐると明るい男の人の声で「いらっしゃい」と、聞こえてきた。ぱたぱたという足音に続き、声の主が登場する。こんな町中に店を構えているのにもかかわらず、黒い髪を持つその人は、彼と比べてかなり小柄で、私と同じぐらいの身長だった。
「何をお探しですか?」
「えっ、あっ、その…。彼氏にあげる誕生日プレゼント…です。」
 いきなり声を掛けられて、彼の顔を注目していた私は調子の外れた声を返してしまう。
「まだ何も決まって無くて…。何を上げたらいいか分からなくて…。それで、この間彼に何か欲しい物はあるか、って聞いたんですけど、私が好きに決めていいって…。きっと欲しい物もあるんでしょうけど、きっとそれは私には買えない物で。だから私が傷つかないようにそう答えたんでしょうけど、お互い恋人同士なんだからそう言うことは遠慮しないで欲しいっていうか、言うだけ言ってくればいいのにっていうか。」
「ははは。そこまで話さなくていいよ。今頃彼はくしゃみをしているだろうから。」
「そ、そうですね。」
「で、でも。無責任というか他力本願というか、優柔不断というか、そんな気がしません? 私の好きにしていいなんて。」
 そう言うと店員さんはちょっと困ったような顔をしてしばらく考え込んだ。
「うーん、きっとそれは違うと思うな。彼はきっとこういう意味で言ったんだと思うよ。『貴方が私のために選んでくれたものなら、それが一番だよ。貴方のその心意気が一番のプレゼントなんだから』、ってね。」
 何か反論しようとして、私は黙ってしまった。
「プレゼントって言うのは、プレゼントしたものじゃなくて、プレゼントしようとする気持ちが一番大切なんだと思うよ。だから、プレゼントを選んでいるときが贈り手にとって一番楽しいときになりうるんだよ。上げたい人のことを想像しながら選べる訳なんだからさ。ここにある殆どの物は祖父が集めたものなんだ。僕も時々飛行機に乗って世界中からかき集めてくるけど、祖父の選んできた商品には敵わない。でも、悪くはないと思う。ここならきっと君が上げたい物、彼にぴったりな物が見つかると思うな。」
 そう言って微笑んだ店員さんの言葉に、私の心は急に軽くなった。
「ありがとうございます。」
 素直に口から出てきた言葉に店員さんはまた笑って返した。

 プレゼント。
 誕生日。
 軽くなった心で店内を見渡すと、私は一つの物に目がとまった。繊細に輝く銀色の栞に。私はその栞を手に取り、光にかざしてみた。輝きがあたりに飛び散る様子は、今の私の心と同じように見えた。
 貴史は読書が好き。何時も本を鞄に入れている。きっとこれなら貴史は毎日のように使ってくれる。そして、これを見るたびに私のことを思い出してくれるに違いない。それって、凄く幸せなこと。

 誕生日。
 貴史。
 明後日は貴史の誕生日。放課後、貴史を連れ出して一緒に街を歩いて回ろう。部活なんて休んじゃって、二人だけの楽しい時間を過ごそう。そして、お別れの時間になったら、このプレゼントを貴史に手渡すんだ。渡すときに、ちょっと手が触れちゃって、「あっ」っていいながら、顔を赤らめて手を引っ込めちゃうの。プレゼントを渡すだけで大仕事。いい雰囲気になっちゃって、手を握って貰ったりしたら…。
 あー。私ったら馬鹿馬鹿馬鹿っ! 一人で盛り上がってどうするんだろう。

 貴史。
 優しい人。
 貴史は優しい人。プレゼントの中身よりも、私が選び出したと言うことを喜んでくれる人なんだ。初めから何もためらう事なんて無かったんだ。悩む必要なんて無かったんだ。私の気持ちの赴くままに選んでしまえば良かったんだ。貴史のことを純粋に思って、その気持ちで選べば良かったんだ。

 優しい人。
 私の恋人。
 栞の裏側に“Takashi”と彫り込んで貰って、私は店を出た。そんなに大きくもないのに、ポケットに入ってしまいそうな物なのに、私はそのプレゼントが入った袋を両手で胸に当てて歩き出した。走ってもいないのに胸の鼓動が手に伝わってくる。
 どうしよう、ドキドキする。プレゼントを選んだら落ち着くと思っていたのに、ドキドキする。明後日のことを考えたら、今日から眠れなくなっちゃいそう。
 表通りの街路樹は葉を赤色に染めていた。きっと、私の頬もあんな色なんだろう。

wish
望む、切望する、思いこがれる、~に願いをかける、願い事

 夜。
 部屋。
 それは、俺が帰るべき場所。冷房の付いていない部屋の空気は肌にぴったりとまとわりつき、不快感を煽る。
 部屋は暗く、空気は重く。明かりの点いていない部屋を照らすのは月明かりだけで、全ての物が紺色の光を身に纏っている。その世界は妙に落ち着いていて、沈んでいて、綺麗と言うよりも先に、暗いというイメージを俺に与えていた。

 部屋。
 一人。
 それは、俺一人だけがいるべき場所。音と言う音は冷蔵庫のモーター音と、耳の奥から聞こえてくる高周波だけ。この世界に自分がいるのかと言うことを忘れてしまうぐらい静かな部屋で、それは何時もと変わらないはずなのに、変わらないはずなのに。

 一人。
 誕生日。
 一人で迎える誕生日をこんなに寂しいと思ったことはない。独り暮らしを初めてもう二年になるから、一人で過ごす事なんて日常のことだし、一人で誕生日を迎えると言うことは別に特別でもない。何時もと変わらないはずなのに、変わらないはずなのに。

 誕生日。
 お祝い。
 祝ってくれる人が居ない。美希という存在がいるのにもかかわらず、その美希は俺の誕生日のことを忘れていた。全く気づかず笑顔で話す美希に、俺は誕生日であることを告げられなかった。
 美希に誕生日のことをあらかじめ伝えていたわけではない。でも、長い付き合いだから知っていると思った。だから、美希の屈託のない笑顔を見て、俺は何も言い出せなかった。

 コンビニで買ってきた安っぽいケーキに、ちんけなパーティーセット。日本で一番相場が高いのに、それほどの質があるようには思えない。でも、一人でお祝いするのには十分だ。どうせ、食べるのは俺だけだから。
 プラスティックのふたをはずし、割り箸を裂く。頂きますと唱えて唐揚げに手を着けようとしたとき、ドアのチャイムが小さな部屋にこだました。だれだろう、そう思って時計を見ると既に夜の10時。部屋の明かりが漏れているから居留守を使ってもしょうがない。仕方が無く受話器を上げて、「はい」と答えた。
「あっ、将義。わたしわたし。」
 俺はその声に聞き覚えがあった。少しだけ低くて、はきはきとした声。聞き慣れた声だった。聞き慣れていないといけない声だった。
「美希…。おまえどうして? こんな時間に?」
「とにかく開けてよ。」
「あっ、う、うん。」
 ドアを開け、美希を招き入れる。美希にしては珍しく短めのプリーツスカートに、襟刳りにギャザーを寄せたスモックシャツを着ていた。
「ほらほら。驚いた顔しない。どうせ祝ってくれる人、いないんでしょう? しょうがないからお祝いしに来てやったよ、将義の誕生日。」
 そう言って後ろ手に持っていた白い箱を差し出す。
「これは?」
「ケーキ。私が愛情込めて将義のために作ってやった世界に一つしかないケーキ。味だけは保証するよ。」
「おまえが? ケーキ?」
 50メートル7秒台で、好きなスポーツは野球で、しょっちゅう背中を鞄で叩いて来る美希が、ケーキ? あり得ない。絶対あり得ない。それ以前に、この服装すら可笑しい。いつもはデニムにシャツという超おおざっぱな服装で学校に来ているくせに、スカート? スモックのシャツ? 急に女の子らしくなったのか? 女性ホルモンでも投与したか? それとも、大豆イソフラボン?
「あのさ、将義。あんまり険しい表情をしていると、失礼なことを考えているという現行犯で、背負い投げするよ。」
「いや、えんりょしとく。ケーキはもらっとく。」
「そうそう。平和が一番よねー。」
 美希は笑顔の半分だけが笑いで出来ていますというような表情で笑うと、俺を部屋に押し込んだ。
「うわー、寂しい人。コンビニのケーキにパーティーセット。」
 テーブルの上に置かれたケーキとコンビニ袋を交互に見ながらあきれた顔で美希は言った。
「しょうがないだろ、誰も祝ってくれないと思ってたんだし…。」
「うーん、しょうがない。ケーキだけだとなんだから、私が何か作ってあげる。ただしっ! 私が忘れていると思いこんで一人でケーキを買って食べようとしている人には、ちらし寿司の素を混ぜるだけで十分。」
「それだけでも十分うれしいよ。」
「そう? なら台所借りるよー。」
 そう言って、適当に床に放り投げていたエプロンを拾い上げ、エプロンを身に纏うと、美希は台所に立った。その後ろ姿は、俺が今までに見たことがない姿だった。体に合わせて小刻みに揺れるエプロンとスカート。こうしてみてみると、美希には男の俺が持ち得ない体のラインがあったし、特にウエストの細さなんて言うのは美希が女の子であることを如実に示していた。
「ほら。出来た。テーブルの上をさっさと片づける。」
 急に声を掛けられて、数秒間固まった後、俺はテーブルの上にあった空箱をどけていく。
 ちらし寿司の入った大皿をテーブルの上にのせた後、エプロンを丁寧に畳んでソファーの上に置いた美希は、俺の向かい側にテーブルを挟んで座った。膝よりも遥かに上にあるスカートのエッジによって、普段は見えない美希の体がガラスのテーブルを透過して見えてくる。
「美希も、女の子らしい部分があったんだな。ケーキだなんて。」
「私は生まれる前から純粋無垢な女の子ですよーだ。」
「自分で言うなよ、それ。」
「だれも言ってくれないから自分で言うの。文句ある?」
「いや、ないよ。」
「それじゃあ、改めまして。誕生日おめでとう、将義。」
「ありがとう、美希。」

 夜。
 部屋。
 それは、俺の居場所。冷房が効いているのにいつもより温かく感じ、その空気が気持ちよかった。
 部屋は明るく。空気は軽く。明かりの点いた部屋は、それ以上に美希のおかげで明るく、全ての物がいつもより輝いて見えた。その世界は妙に華やいでいて、軽くて、明るいと言うよりも先に、元気というイメージを俺に与えていた。

 部屋。
 二人。
 それは、俺と美希がいる場所。二人の話し声やテレビから聞こえてくる笑い声。部屋の隅々までを賑やかな音が満たしていた。この世界には自分と美希だけがいれば十分と思えるほど、充実した空間だった。何も変わっていないはずなのに、何も変わっていないのに。

 二人。
 誕生日。
 二人で過ごす俺の誕生日。美希は俺のためだけに晩ご飯もケーキも用意してくれた。そして誕生日プレゼントまで用意してくれていた。ケーキにろうそくを立てて、電気を消して、火を吹き消した瞬間美希に襲われそうになったり、それに驚いて無我夢中で手を出したら胸に触ったと言われて襲われそうになったり。暗い部屋でひたすら騒いで、冷房が効いているのに汗だくになって、二人で汗をぬぐいながら笑った。

 誕生日。
 俺の恋人。
 美希は俺の願いを叶えてくれた。俺の想いに答えてくれた。誕生日を一緒に過ごしたいという夢を。
 自分が生まれた日はこんなにも楽しい日だと言うことを、今日初めて知った。好きな人に祝って貰えることがこんなに楽しい物だと言うことを、今日初めて知った。
 美希の行動一つでここまで気持ちが浮き沈みすると言うことは、俺が美希のことを好いているという証拠だった。美希が可愛くてたまらない。美希の側にいたくてたまらない。美希と一緒にずっといたい。今度はこの願い事、叶うといいな。

xylophone
木琴、シロホン

 部屋。
 闇。
 それは、何処までも続いていて、それでいて有限で、人を惑わす、漆黒の闇。
 夜は深く、闇は深淵。頼れるのは腕に伝わってくる雅聡の鼓動だけで、でもそれがうれしかった。今私達を邪魔する物は何もないから。星はただ空で輝いているだけで、手出しはしないから。

 闇。
 感触。
 闇の中で浮かんでいる私を包み込んでいる温もりは確かな存在で、何も見えなくても平気だった。私をしっかりと抱き留めているこの腕がある限り、私は何も見失うことはない。
 時々波打つ小さな鼓動は、丁度、毛糸のマレットで奏でられる木琴の調べのように柔らかくて、時より私の鼓動と重なっては、心地よい音楽を生み出している。

 感触。
 雅聡。
 雅聡の腕はちょっとごつくて、私より遥かに大きくて、思わずしがみついてしまいそうなぐらいしっかりとしていた。そんな雅聡の左腕は私の首の下に置かれているし、もう一つの腕は私の腰を緩く包み込んでいる。私は今雅聡の中で丸くなって眠っているのだ。
 雅聡の体は確かに硬いけど、逆にそれが野性的で、雅聡が男の人だっていうことを私に強く認識させている。

 雅聡
 寝顔。
 横を見ると、僅かに部屋に入り込んだ月明かりに照らされている雅聡の顔が見え、その雅聡は小さな寝息を規則的に繰り返している。瞑った目に、ちょっとだけ乱れた髪の毛。微かに開いた唇は何処か物欲しげで、私は雅聡を起こさないようにそっと動くと、その唇に自分の唇を静かに重ねた。
 悪いことをしている訳じゃないのに、急に乱れる私の鼓動は、雅聡のそれよりも遥かに早く、思わず自分の胸を押さえつけてしまった。キスしただけでこんなにドキドキするのは、今日が初めてだ。それもこれも、寝る前に雅聡が言った台詞の所為だ。

 酔いも回ってきて、二人で調子よく笑い在っていた頃、雅聡は好物のカワハギロールを口に運んだとたん、手に持っていたグラスを置いて、私を強い眼差しで見つめてきた。突然のことに驚いた私は、手に持っていたサラミを落としそうになる。
「なあ、奈々美。一つ相談があるんだけど?」
「なに? 進路のこと?」
 酔いの所為で上手く助走が出来ない脳味噌を何とか回転させ、私は雅聡の言葉に相槌を打った。
「いや…う~ん、まあ…進路と言えば進路かな。」
 肝心の雅聡の方は酔っぱらっているのか、頬が赤くなっているし、言葉がとぎれとぎれになっている。ちょっと飲み過ぎみたい。
「あのさ、酔っぱらって乱心している訳じゃない、と言うことだけは初めに言っておくよ。」
 そう言われても信じられるわけ無いじゃない、と思っても口にすることは出来なかった。雅聡の目があまりにも真剣だったからだ。何時も眠そうにしている目は、酒の所為で垂れているはずのめは、さっきよりも大きく開かれ、心なしか眉も鋭く見えた。
「俺、今二年だけど、このまま博士課程に進むつもりなんだ。もう教授にも相談して、来週の試験を受けるつもりなんだ。」
「そうなんだ。」
 今まで聞いたことがない雅聡の話に少しだけ私は驚いた。今思えば、雅聡がこうして進路のことを明確に話してくれるのは今回が初めてだ。
「だからさ、俺、未だこの土地っていうか、このアパートに住むつもりなんだよ。」
「そっか…。それじゃあ、まだ会えるんだね。」
 来年雅聡が院を卒業してしまえば、何処かに就職するだろうし、そうすれば何処かに引っ越してしまうと言うことを考えていた私にとって、それはうれしい知らせだった。私は未だ三年生。どんなにあがいても、雅聡に追いつくことは出来ない。距離も、時間も。そう思っていたからこそ、来年も雅聡がここにいると言うだけで私はうれしくなった。
「それでさ、一つ相談があるんだけど。」
「何? 修論の手伝いとかだったらやれる範囲で手伝うよ?」
「いや、それは違うかな。」
 今の雅聡と言ったら修論、と言うイメージがあるからか、私の言葉を否定されたとき、他に何があるんだろうと考えることも出来なかった。
「あのさ…うちら、今、それぞれのアパートに暮らしているだろ?」
「うん。そうだね。」
「で、こうしてお互い時々遊びに行ったり来たりするわけだけど、これから修論が本格的に始まると、会える時間がどんどん減ってしまう。」
「うん…そうだね…。」
 この間に、しばらくの間あえなくなるなんて言うことが起こるんだろう。それは初めから覚悟していたことだったし、できるだけ雅聡の負担にならないようにしようと決意したところでもあった。
「だからさ…、もし、奈々美がよければ、なんだけど、えっと…その…。」
 そこでいったん台詞を切った雅聡は、わざとらしい咳を挟んで続けた。
「あのさ…二人で一緒に、この部屋に住まないか?」
「………。」
 一緒に住むってことは………えっと…それって………。うーんと、あの、なんだっけ…あの、あの………。
「えっと…それって………ど…同棲…ってこと?」
「う…うん。あのさ、そうすれば毎日一緒にいられるし………。でも…やっぱり迷惑かな? 奈々美も奈々美の時間とかあるもんな…。」
「う、ううん。そんなこと無い。すっごくうれしい。」

 部屋。
 闇。
 それは、何もない空間で、だからこそ静かで、落ち着いて考えることが出来る、漆黒の闇。
 夜は深く、闇は深淵。闇と雅聡の温もりだけに抱かれながら、私は雅聡の言葉への返事を考えていた。
 ううん。本当は考える必要なんて無い。二つ返事でいいよと言ってしまいたいぐらいだった。
 でも、あんな事突然言われたら………私だってとまどっちゃう…。

 闇。
 見えない未来。
 遠近法が消失点に収束するように、進めば進むほど細くなる木琴のように、未来というのは確かな部分が減少して、分からない部分が増加していく。それはまさにこの暗闇と同じで、私達は手探りで進んでいくしかない。

 見えない未来。
 共に歩く人。
 でも、その行き先不明の未来を、もし誰かと一緒に歩いていけるのなら。その不確かな未来を、隣にいる確かな存在と共に歩いていけるのなら、それほど安心することはないだろう。
 今、目を瞑れば何も見えなくなるのに、体中に伝わってくる温もりのように、きっと私を安心させてくれる。
 困ったときは手を取り合って、方向を定めたら一緒に駆けだして。疲れたらちょっと休んで、地図のない未来という地図を塗りつぶしていく。

 共に歩く人。
 私の恋人。
 私が未来を一緒に歩きたい人は、雅聡という存在。その雅聡は、今このときでも、私を包み込み、私を安心させてくれている。
 雅聡となら一緒にいられる。雅聡となら一緒に未来を歩いていける。だって、私は、雅聡のことが好きだから。

yearn
恋しく思う、あこがれる、慕う、切望する

 都会。
 夜景。
 それは、人間の文明の証であり、それでいて脆くて、人を感動させる、生きた光。
 星は瞬き、街は輝き。光の縁は人類発展の限界を示し、星の光は太古の昔からそんな俺達を静観している。
 そんな夜景を見つめながら、俺はヒロインが登場するのを待っていた。この夜景に負けないぐらいの美しさを持っているヒロインを。

 夜景。
 煌びやか。
 目に映る夜景は確かに荘厳で、圧巻で、瞬きをすることを忘れてしまう美しさがあった。人が自然という存在を無視し続けて、自分達の文明を発展させ、その結果、自然界にない煌びやかさを大地に張り巡らした。蜘蛛の巣のように延びる道路に、水滴のように飛び散る家々。それは確かに輝いていて、煌びやかだった。

 煌びやか。
 主人公。
 でも、その煌びやかさに負けない人が、この世には存在していた。荘厳で、圧巻で、瞬きをすることを忘れてしまうぐらい美しい夜景よりも、俺の心をとらえて放さない人が居た。そして、その人は、これからの俺の人生において、主役を演じる人だった。

 主人公。
 待ち人。
 俺は今、その主役を待ちわびている。おしとやかで、情緒的で、隣であくびを平気ですることが出来るぐらい側にいて落ち着く人を。
 それは、可奈美という、俺と5年以上の人生を共有してきた人だ。

 息を切らしながら可奈美が山道を登ってくる。手を振りながら近づいてくる可奈美に、俺も展望台から降り、手を振りながら可奈美に近づいていく。街と月と星の明かりに照らされた可奈美は、確かに美しくて、可愛くて、でも、それらは近寄りがたいのではなく、かえって落ち着く雰囲気を生み出していた。これは、俺と可奈美が恋仲だからだろうか。
 薄紅のワンピースに、白いハンドバック。いつもはしないイヤリングをしているところを見ると、これから何処かに俺が連れて行くと思っているのだろうか。でも、その予想ははずれだ。俺は、合流地点としてここを選んだわけではない。目的地としてこの場所を選んだ。
「ごめんなさい。待った、かな?」
「いいや、大丈夫さ。俺も今来たところ。」
 と言いつつ、30分近く夜景を見ていたのは墓場まで持っていくことにしよう。俺が待つことが出来るのは、可奈美が来ると信じているから。
 「さてお嬢様。こちらへどうぞ」と歯が浮くような台詞を発して、可奈美の前に跪き、手を差しだした。そんな俺に笑いをこらえながらも、真面目な顔で「ありがとう」と言いながら、差しだした手を握った可奈美と共に、展望台の階段を上り、視界が開ける瞬間を同時に味わう。
「…綺麗…。」
 綺麗には二つの意味があるらしい。一つは清らかさ。何人にも汚されない崇高な存在。そして、美しさ。何人も黙らせることが出来る絶対的な存在。ならば、俺にとって可奈美はどんな存在なのだろう。
「綺麗だね、武志。」
「だな。」
「もう。何か言ってよ。」
 そう言って暗くても確認できるほど頬をふくらませた可奈美の顔を見て、俺は思わず笑ってしまった。風に可奈美の髪が揺れる。
「そんなに笑わなくたっていいじゃない。」
「ごめん。可奈美でもそんな顔するんだなって。」
 そう言って俺は夜景に目を落とした。確かに夜景は綺麗だ。でも、俺はあまり好きではなかった。自己主張が過ぎるからだ。人間が自らを照らすために作り出した光。ろうそくのように揺らめく炎ではなく、電気の力によって輝き続ける変化のない極めてつまらない光。魅力がないからこそ数の多さで自らを美しく見せようとするその光には、味わいという物を感じさせない。可奈美も確かに綺麗だ。でも、可奈美の綺麗というのは、決して自己主張が過ぎるような綺麗さではなかった。風景に溶け込む、背景に収まる…強いて言うなら、飾らない美しさ。人間本来の美しさ。そんな雰囲気が出ていた。
 仕事のためにファンデーションと薄く口紅を塗ることはあっても、普段は化粧なんてしないし、アクセサリーなんて言うのも滅多に身に着けない。でも、そんな素朴さ、純朴さを持った可奈美の事が俺は好きだった。そして、俺は今、その可奈美に永遠の誓いを立てるために、ここに二人でいる。
 ズボンのポッケに忍ばせた小さな小箱。そしてその中にはペアのリング。そのリングと、星と月と街が俺達の証人になる。
「なあ、可奈美。今日でもう、5年だな。」
「そうだね…。5年か…長いなあ…。人生の五分の一ぐらいは、一緒に過ごしてきたんだね、私達。」
 俺が大学生四年の時からだから、可奈美の計算通りだ。
「そうだなあ。」
「うん…。」
 可奈美は俺が何か言いたいことを悟って、口をつぐんだ。これが5年という間に二人が体得した間合いだった。だからこそ、俺はその期待に応えないといけない。
 春の暖かな風が吹き抜ける。可奈美の髪が揺れ、ワンピースの裾がばたつき、ひゅう、という音を残して霧散する。その風は暖かだったのに、ポケットの中にある小箱を握りしめると、自然と足が震えてきた。そのふるえを紛らわすために、手すりに添えられた可奈美の右手に自分の左手を重ね、ゆっくりと深呼吸をする。可奈美はそんな俺をただ丸い瞳で穏やかに見つめているだけだった。
 重ねた手を握りしめ、可奈美の存在を自分の体に確実な物として定義する。
「可奈美。月並みな言葉かも知れないけど、ドラマでさんざん言い尽くされている言葉かも知れないけど、俺の頭だとこれが精一杯なんだ。でも、本気で言わせてくれ。可奈美、俺はおまえを幸せにする事なんて出来ないかも知れない。でも、俺は幸せになることが出来る。だから、俺と―――。」

 都会。
 夜景。
 それは、光だけで己の存在を主張し、他の要素では評価すら出来ない、哀しく、切ない光。
 星は語り合い、街は沈黙する。人口の光に感情は存在せず、星の光には物語が存在する。数え切れないほど遠くの時代から存在する光と、太古の昔に神が授けた物語。そんな物語の下で、俺達は今という短い一生を生きている。

 夜景。
 美しい。
 はらりと流れた可奈美の涙は、その場から見えるどんな光よりも神々しくそれでいて儚い。輝いては消え、生み出されては地表に解けていく。きっと、物事は寿命があるからこそ光り輝くのだろう。それは、ろうそくの炎が消える瞬間に一番輝くかのように。

 美しい。
 恋しい。
 泣き出した可奈美を抱き寄せ、しっかりと背中に手を回す。そんな俺の行動にようやく可奈美も追いついたのか、俺の背中にもしっかりと二本の腕が絡められた。
 お洒落なレストランも、ムーディーな音楽もいらない。必要なのは、二人になれる場所と、自分の愛を純粋な気持ちで告げられる場所、ただそれだけ。その場を飾り付けるのは恋しい人、愛しい人だけで十分だ。なぜなら、それを超える美しさなんて、この世に存在しないのだから。少なくとも、俺にとっては。

 恋しい。
 俺の妻。
 子供の名前は何が言いとせっかちな妻に、可奈美の『か』と、武志の、『た』と『し』で、貴史っていうのはどうか、と提案したら、そんなの単純すぎ、といって笑っていた。でも、武志さんらしいとも言ってくれた。
 これから歩んでいく未来には何があるのだろうか。俺達の愛は永遠なんだろうか。そんな不確かなことは今すぐに知らなくてもいい。結果なんて後からついてくる。
 だからこそ、俺は今この瞬間、涙がこぼれないように上を見上げている瞬間を大切にしたいと思う。可奈美と一緒に夜空を眺めている瞬間を大切にしたいと思う。やっぱり星の方が綺麗だよねと笑いあっているこの瞬間を大切にしたいと思う。
 そうすれば、今日も明日も未来も何時までも、幸せだと信じて生きていけるから。愛は永遠だと信じて生きていくことが出来るから。

初出: 2005年11月27日
更新: 2005年12月4日
著作: 鈴響 雪冬
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