光になりたい -第四章・前編-

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前回までのあらすじ

 田村さんが編入してすでに2週間が過ぎ、徐々に生活に馴染みつつあった俺。朝の時間を田村さんと共有するようになった俺達は急激によく話すようになっていた。

 バスケットボールの授業の最中、ボールが田村さんに向かうのを俺は寸前のところで阻止し、着地に失敗して保健室に運ばれた。
 目がさめると田村さんがいて、必死に謝った。そんなことで謝らなくていいよ、と俺はさとし、いつもの日常にもどる。
 そんななか、隣のクラスで財布が盗まれ、その容疑者に、如月さんの名前があがった。その如月さんは財布の事件を発端にいじめにあっているらしく…田村さんはそれを救いたいという。篠原さんと俺は田村さんを信じ、協力する事にした。

~第四章~

4月28日(月曜日)

 日が傾くのはまだ早く、夕日が教室を照らし出す。
 生徒は教室にはまったくいない。
 皆部活に行ったか、家に帰ったのだろう。
 俺達のほかの人は…。
 今教室には、3人の人影。
 田村さん、篠原さん、そして、俺。
「あんたが居るとむかつくのよねぇ」
 教室に響き渡ったそんな声。
「そうそう、ほんと、見るだけでいらついてくる。虫唾が走るわ」
「そんなこと…言われても…」
「あら? 少なくとも私達は、財布は盗んだりしないわよ」
「ほら、弁償しなさいよ、お金」
「それは…先日全て返しました…」
 臆病な声。
 恐れている声。
 震えている声。
 沢山の意味が取れる声が俺の耳に入ってくる。
「お金は返してもらったさ。財布を返せっていってんのよ」
「そ…それは…」
「あんた、とろいんだよっ!」
 小さな悲鳴と共に、固いもの同士がぶつかり、紙が散らばるような音が聞こえた。
 机が倒れた…。
「それとも、もう、財布は証拠隠滅で捨てちゃったわけ? なら、財布、弁償してよね」
「ぇ………」
 聞き取れないぐらい小さな声。
 だが、確実にそれは、疑問の声だった。
「だって、そうじゃない? 盗んだ物はきちんと返す…これ常識よ。それともなに? お隣の国ではそんなことも習わなかったわけ?」
「いえ…それは…そうですけど…」
「なら、さっさと返してちょうだい」
 3人の声が聞こえる…。
 一人は如月さん…。
 他の二人の声はわからない…。
 きっと財布を盗まれた本人と、その友人だろうか…。
 教室の壁越しでは声だけしかわからない…。
「どうでしょうか?」
「酷いわね…」
「あぁ…これはちょっとやりすぎだね」
「はい…」
「このあと、彼女達は言葉だけではなくなります…」
「いや、もう手を出していると思う。机の倒れたときに聞こえた小さな悲鳴。あれは、きっと、如月さんを突き倒したときに机にぶつかっているからだと思う」
「そうかもしれませんね…」
「しかし…同じ女として許せないわね。たとえ如月さんが財布を盗んでいたとしても、ちょっとやりすぎよ」
「如月さんは財布を盗むような人ではありません」
「そうだったね」
 俺達は壁から耳を離した。
「虐めはどんどんエスカレートしていきます…。きっと彼女達はこのままでは終わりません…」
「うん、そうね。芽の小さいうちに刈り取っておく…それが由梨絵の作戦でしょ?」
「はい…」
 『ガタンッ!』
 一際大きな音は、壁越しではなく、廊下を通して響いた音だった。
「私…もう黙っていられません………」
 田村さんは立ちあがると、手探りで周りの机の位置を確認し、
「薫。Go Door」
進み出した。
「うん、俺もだ」
 俺も立ちあがり、しゃがんでいてしびれている足を軽くほぐすと田村さんの後を追った。
「待って。まだ…早い…」
「Stop」
 篠原さんの声に田村さんが振り返った。俺も同時に立ち止まる。
「これ以上…私は黙って見ていられませんっ…」
 篠原さんの制止の声に田村さんは言った。大きい声じゃないのに、その声は、僅かな余韻を持って教室にとどまる。
「二人とも…今、自分に何が出来ると思う?」
 篠原さんの強い言葉。
「それは…」
「今、私達に出来るのは苛めを『止めさせる』だけだよ。根本的に『終わらせる』とは違うんだよ」
 それを聞いて俺は、はっとした。
 止めてもだめなんだ…終わらせないと…。まだ始まったばかりの苛め…。今なら終わらせる事も出来る。
 でも『今』止めに入っても、それは止めるだけにしか過ぎない…。再開される可能性の方が高い…。
 力で押さえるのではなく、心で終わらせる…。最善な方法。少なくとも、高校生だ。話し合えば解決出来る。
 だけど…今の俺達は『話し合うほど現状を把握しているか?』と聞かれても自信を持って『はい』とは言えない…。
 だから、もう少し待ってみよう…篠原さんの発した言葉にはそんな意味が含まれていた。
「確かに…そうだね」
「うん」
「でも…私には…黙っている事なんて出来ない…。だって…だって………」
 田村さんはその先の言葉を飲み込んだ。
「私…行きます」
 前に向き直る。長い髪が、空気に撫でられ舞う。左手が顔の高さまで上がり、指が顔についている何かを拭う。後ろから見てもわかった…。
 田村さんは………………………泣いている。
「田村さんっ!」
 俺は教室のドアにさしかかった田村さんを呼びとめる。だが…田村さんが止まる事はない。教室に軽やかなステップの音が響き、その音は次第に田村さんに近づく。
「田村さん…」
 俺は田村さんの左腕を掴んだ。小さい悲鳴…振り向いた顔、閉じられた目、端に溜まる光るもの、涙が流れた跡、微かに濡れた指先………。
 驚きと悲しみが含まれていた。
「ねぇ…今は…まだだめだよ…。篠原さんの言う通りだ…。タイミングを待とう………。ね?」
 小さい間。
「河口さん………一つ…聞いてもいいでしょうか?」
「うん…」
「どうして………どうして…人間は自分達と違うものを追い出そうとするのですか? 好奇な目で見つめるのですか? なぜ、苛めるのですか? なぜ…どうして………? 私にはわからない…」
 その言葉の意味…。
 俺には届いた…。
 理解は出来なかった…。
 いや…理解出来たとしても、答えられなかった…。
「それは…」
「苛めは…何ももたらさない…。生み出すのは悲しみだけ…。たったそれだけなのに…どうして?」
「由梨絵」
 俺の後ろから発せられた声。篠原さんが近づいてくる。そして…俺の手をやんわりと振り払うと、田村さんを後ろから抱きしめた。
「え…」
 田村さんの声と同時にその手からハーネスが落ち、薫が俺達を見上げる。
 数瞬の間…時間が止まり、そして…再び動き出す。
「由梨絵…今の私達には何も出来ない…。………何も出来ないのに…何かをしても、それは………怒りを…駆り立てるだけ………」
 すっ、と…光が流れた。
「わかっ、て…ちょう…だいよ…私だっ、て…とめ…たい…やめさせ…たい…。でも…今、は…まだ…何もで、きない…。由梨絵、の気持ち、は…わかる…。だから…私、の………気持、ちも…わかってちょうだい…」
「…篠原…さん?」
「私を信じて…。私達を信じて…。だって………クラスメイトでしょ? 友達でしょ? 仲間なんだよ。一緒に…戦うんでしょ? だったら…私を信じて…お願い…」
 長い時間がその場を制する。聞こえる音は隣のクラスの声と蹴る音。
「はい…」
 ゆっくりと…そして…しっかりと発せられた返事。
「ありがとう…」
 篠原さんは腕に力を込めた。

 ゆっくりと篠原さんが腕を放すと、田村さんは振り返った。
「よろしく…お願いします」
「うん♪」
 二人の指が自分同士の涙を拭う。流れるようなその動作を俺はゆっくりと見守った………。

    *

 流れる旋律は一つのまとまりを持って廊下を埋め尽くす。
 音楽室から流れ出る音たちは、どれをとっても楽しそうだ。
 少し厚めのドアガラスから中を見る。
 各々楽器を持ち、それぞれのパートを演奏している。
 その中に、田村さん………そして、如月さんはいた。
 長い髪は、田村さんよりやや短く、そして、濃いブラウンを放つ。
 しっかりと前を見据え、楽器を演奏するその顔は真剣その物だ。
 目は輝きを持ち、それでいて、優しさをも持ち合わせる。
 遠目にはわからないが、とても楽しそうだ。
 さっきまでのあの光景が…嘘のように…。
 あれが…今さっきまで虐められていた人なのだろうか…。
 そうだとしたら…強い…そう俺は思った。
「どう、様子は?」
 隣にいる篠原さんは俺の顔を覗き込んだ。
「うん…とりあえずは楽しそうだけど…」
「そう…ならよかった」
「えっ?」
 よかったって…。
「だって、楽器の演奏すら楽しく出来ないようなぐらいまで追い詰められているなら…もう…力ずくで止めないといけないと思っていたからね」
「そういうことか」
 篠原さんが練習を見に行こうと言った理由がわかった気がする。
 演奏は次第に終局に向かう。
「これなら…部活の方は大丈夫ね…」
 音がやんだ。
「あぁ…」
「ねぇ、河口君。どうして由梨絵が如月さんに直接聞かないかわかる?」
「えっ…それは…?」
「如月さんに虐められている理由は何? って聞くのが一番手っ取り早いけど何故それを由梨絵が実行しないかわかる?」
「それは…」
 本人に直接聞かない…。
 その理由…。
 だめだ、わからない…。
「わからない」
「つまりね…由梨絵さんなりの優しさなわけ。もし河口君が虐められる立場だとして、あまり話したことが無い人に、『虐められている理由は何?』って聞かれたらどうする?」
 親しい友人に聞かれたら相談するだろう。
 けど、あまり話したことが無い人から、いきなりそんなことを聞かれたら…逆に疑ってしまいそうになる気がする。
「つまり、そういうこと。露骨な質問はその人を傷つける。それを避けるために由梨絵は遠回りをしている。由梨絵は他の人が傷つくのが大嫌いな人…自分のことより…ね」
「そっか…」
「まったく関係ないけど、如月さん、演奏上手いね」
「そうなのか?」
「…何聞いてたの?」
「いや…そんな事言われても…音楽はよく分からないし…」
 苦手という訳ではないが、好きでもない。
「そう…。音楽はね、楽しめばいいの。体で感じればいいの。わかった?」
「善処します…」
 部室の中では部長と思われる人が、二人の前に立っていた。
 二人の顔を見る限り、どうやら誉めている様子だ。
 とても嬉しそうである。
 3年生の新入部員はどうやら皆に見とめられたらしい。

4月29日(火曜日)

「つまり、如月さんが財布を取っていないという確証は無いわけね?」
「はい…」
 朝の教室、そんなやり取り。
 俺の机を囲むような形で、3人は思い思いのかっこうで座っている。
「田村さんが…如月さんを信じる理由って、なんなんだ? って、それは前に言ってたっけ…」
「はい…」
 音楽…綺麗な音を出す人は、綺麗な心を持っている。だから、如月さんは財布を取ることなんて無い。
 それが田村さんの見解だ。
「でもね…聞いた話だと、『財布を取った人はだれ?』っていう先生の問いかけに、如月さんは自分で手を上げたらしいわよ」
 篠原さんの言葉に、一同無言。
「庇って…いるとでも、田村さんは言いたいわけ?」
 どこと無くとげのある篠原さんの問い。
「………………………はい」
 田村さんは長い間を空けつつも、『はい』としっかり言った。
「そっか…。まっ、田村さんが如月さんのことを信じるなら私も信じるよ。いいでしょ、河口君?」
「あぁ。俺も信じる」
「ありがとう御座います」
 そのとき、ドアが開くような音。
「おはよう」
 義之だった。
「…なんか、そこに3人も集まってると、ある意味すげぇいやな雰囲気だな」
 言いながら自分の席につく義之。
 教室にいる4人全員が、教室の中央にたむろする。
 こっちの方がいやな雰囲気だ。
「んで、なんの話?」
 義之の問いに、俺は篠原さんに目配せをする。
 田村さんは、軽く頷く。
「そうね―――」
 …
 ……
 ………
「まっ、そう言うことなら俺も手伝うぜ」
「いいの…でしょうか?」
「あぁ。まっ、役には立たないかもしれないが…ね」
 自分でそんなこと言うなよ。
「俺が中学のときも、そういう虐めはあったぜ」
「そうなのか?」
「あぁ…。クラスの奴らは知っていても知らないふり。何せ、自分が関わるのが嫌だからな…な。結局、虐められる人が一番可哀想なんだよ。世の中には、虐められる人が悪いっていう話もあるけどな、いじめと言う方法でしか解決できない、虐める人が全部悪いんだよ。そして、それを、見て見ぬ振りして無視する人も虐めをしているのと同じ」
 そこで義之は言葉を切る。
「結局な、虐められている人以外、虐めを知っている人は、全員共犯なんだよ。それが先生であっても…な」
「なかなかいい事言うな、義之」
「そうね…ちょっと見なおしたわ」
「虐めを止めさせるなら、早いうちが言い。聞いた感じ、クラスのほかの奴らは知らなそうだしな。広がる前に…エスカレートする前に止めた方がいいだろうな」
「はい…私もそのように考えています」
「そうね、私もそう思う。後は…如月さんが財布を取っていないことを確認しないと…」
 俺は昨日の会話を思い出す。
 自信は無いけど…。
「それなら………。如月さんは、お金は返したって言ってたよね? でも、財布は返していない。それって…返せない、と、意味が違うと思うか?」
「う~ん…どういう事?」
「財布を返していない…、つまり、返していないか、返せないか…。返せないとしたら、それは何故か?」
「捨てたか、元々取っていないか…ってことか」
「うん…。自信は無いけど…」
「なるほど…そう言う考え方もあるわね…。由梨絵はどう思う?」
「私はあくまでも如月さんを信じます」
「そうね。ってことは、如月さんは財布を取っていない可能性もある…。つまり、誰かを庇っている可能性がある…そう考えることも出来なくはない。後は如月さんが、誰を庇っているか…それだけね」
「はい…」
「これは…どうすればいいかな…」
「一番いいのは、その如月さんってひとに聞くことだろ」
「あのね義之。それが出来たら苦労しないって」
 皆頭を抱え込んで考えにふける。
 何より怖いのは、本当に如月さんがさいふを取っている場合だ。
 田村さんは如月さんをかなり信じているようだから…もしそんなことがあったら、相当のショックを受けるだろう。
 そのとき、俺に何が出来るか…それも考えなきゃいけない気がする。
「じゃあ、私が探りをいれるよ」
「えっ?」
 その場にいた全員が篠原さんを見る。
「ほら、私結構顔広いし」
 それはなんとなくわかる気がする。
 人懐っこいし、どこと無くクラスからの信用もある気がする。
「まかせといて。もう、実際には探りをいれてるから」
「篠原さん…」
 中々機敏な行動だと思った。
  
   *

 虐めは輪廻の輪を描き、らせん状に登っていく。
 全ては大きくなり、何時かは全てを終わらせる。
 でも虐めで終わらせた物には何も残らない。
 残るとしたら、それは『悲劇』と『後悔』のみ…。
「ごめんなさい…私…これ以上は…」
 田村さんが眉をひそめ辛そうな顔をしている。
 今にも泣きそうな雰囲気だ。
「わかった…。二人とも、私由梨絵を違う場所につれていくから、ここお願い」
「あぁ」
 田村さんと篠原さんは教室を出ていく。
 篠原さんが田村さんを支えるようにして…。
 教室に残った俺と義之は隣の様子をうかがう。
 なんか、覗きをしているような罪悪感を感じる。
 実際、覗きのような物なのだが…。
「なぁ、聡。おまえ、どうしてこの1件に協力しようと思ったんだ?」
「えっ、それは…」
 どうしてだろうか…。
「わからない…」
「本当にそうか? お前、何かを望んではいないか?」
 望む…。
 いや…俺はただ単に、あんな苦しそうな…辛そうな顔をして欲しくなかっただけ。
 ………………………!
 これが…理由なのか…?
「お前、もしかして」
「いや、多分その考えは違うね」
「そう…か」
 それっきり義之は黙る。
 隣のクラスからは相変わらずのやり取り。
 昨日よりエスカレートしている。
「なぁ、聡。お前、人の笑顔が見たいって思ったことあるか?」
「あぁ」
「結局、人間って、笑っていて欲しいんだよ。隣で如月さんを虐めている奴らも、心のどこかでは笑っていて欲しいと思ってるんだよ。ただ…気がついていないだけで」
 義之は俺から視線を外し、窓の外を見た。
「だからな…それに気が付かせてあげればいいんだよ、俺達は」
「そう…か…なるほど…」
 義之の横顔が夕日に照らされる。
 朱(あけ)に染まったその顔からは、強い信念が伺える。
 遠くを見据えつつ、しっかりとした目。
 引き締まった口もと。
 軽く握られている拳。
 その…全ての物が…義之という人物を彩る。
 これが………義之…か。
 かっこいいと思った。
 そして、俺は、負けたくない、そう…思った。
「俺も…ここに居ると具合が悪くなる」
 俺のほうを向き直りながら義之が言う。
「同じく…。田村さん…大丈夫かな?」
「まぁ、篠原さんがいれば大丈夫だろ」
「だ…ね」

   *

「あの二人を見ていると、音と戯れているみたいだな」
「あぁ…見ていて楽しそうだからね」
「やっぱ、二人ともそう思う? 本当に…『音楽』…ね。それに、吹奏楽においてはフルートは高音担当。とても目立つ楽器よ」
「実は、目立ちたがりや、だった、てか?」
「そうかもね。でもね…世の中にはピアニッシッシモ(ppp)というのも存在するの」
「ピアニッシッシモ? なんだ、それは」
 聞きなれない言葉に俺は眉をひそめる。
 義之にとってもそれは同じらしい。
 そんな俺達を見て軽く笑いながら、
「ピアニッシモ(より弱く)より、もっと弱い音…。一番弱い音」
「弱い…音…か」
 その言葉をゆっくりと俺は噛み締める。
「うん。耳に聞こえるとは違う…心に響くような…音。普通、目立つ音はね、他の音に邪魔されちゃう。でも、あの二人はそんなことは無い。とても…強い…。脳に直接響くような音…。だから、心にも響く」
「つまり…二人は凄いと…そういうわけだ」
「二人の音は、弱い音と強い音の両面性を持っているの。だから、強く、そして暖かい」
 篠原さんはそこで言葉を切った。
 俺はしばらく流れる旋律に体を預ける。
 防音室ごしに聞こえる音はかすかだけど…それでも二つのフルートは彩(いろ)を失わない。
 これが…強さ…なのだろうか…暖かさなのだろうか。
 俺ははじめて、田村さん『音楽…綺麗な音を出す人は、綺麗な心を持っている。だから、如月さんは財布を取ることなんて無い』といった理由がわかった。
「しかし、篠原さんは凄いな、そこまで音で感じるとは…」
「ううん…関係ないよ。それより…今私が1番気になることはね…ほかの人たちの演奏…。昨日とは全然雰囲気が違う…。音が荒い…怖い…」
 俺にはわからないが、篠原さんが言うならそうなんだろう。
 それが何を意味するかはわからないけど…。
「一言で表現するなら…なんか、怖い…聞いていて安心する音じゃない。みんながみんな自己主調をして、音がまとまらない…そんな感じ。まるで、音が怒っているような気がする」
「音が…怒る…」
「そう…怒りがあらわになる…。曲によってはこれでも構わないけど、この曲は…そんな曲じゃない…」

4月30日(水曜日)

「なるほどな、じゃあ、その、新井さんという人が怪しいわけだ」
「そうみたい…。聞いた話だと、如月さんの隣の席で、結構親しい仲だったようね。それに過去にもちょっとあったらしいわよ、1波乱。新井さんは虐められっこだったらしいわ、2年生の時。もし、今、如月さんを虐めている人が同一人物だとしたら、復讐を兼ねて財布を盗る可能性が無いわけでもない」
「そうですか…それなら庇いそうです…彼女なら…」
「だね。まぁ、庇うとしたら…と言うわけだし…。実際に財布を取ったかはわからないんでしょ?」
「うん…。流石にそこまでは…ね」
「おい、義之、人のから揚げ取るな」
「いいじゃねぇか、美味そうだし」
 お昼を食べながら話し合いをするとどうしてここまで緊張感がないのだろうか。
「皆さんにばかり任せるわけも行けませんし…。私が…今日の放課後…如月さんに聞いてみます」
「由梨絵?」
 田村さんは手に持っているコップを机の上に置き、
「どちらの方に転がっても、本人から聞くことができたら…それは本望です。あまり…詮索はしたくありませんから」
「そうね。あまり気持ちのいいものではないね」
 俺も箸を休め、「その場に俺達はいるべきなのか?」と聞いた。
「私はいるべきだと思うけど、どう? 由梨絵」
「…私一人で…聞きたいです。彼女とゆっくり話をしたいです」
「そうか」
「まっ、ここは男が出る幕じゃないぜ、聡」
「そうだね」
「あの…決してそう言う意味で言ったのでは…」
 少し困りながら田村さんがフォローする。
「いや、そう言う意味じゃないんだ。こういう時は下手な人が近くにいると逆に本当のことを話しづらいものさ。田村さんなら、同じ吹奏楽部だし。それに田村さんが望んだことだ。最後はしっかり自分自身で聞かないと」
「はい」
 義之は何かとこういう事を言う。
 筋道を立て、状況を判断し、もっとも適切な判断を下す。
 篠原さんも同じだ。
 俺は…どうなんだろうな…。
 急務な状態に陥ったとき、冷静な判断をすることができるのだろうか。
「一つ…参考までにいいか?」
 義之が会話に割りこんできた。
「元虐めっ子…の意見ってわけじゃないけどな、聞いて欲しいんだ、これだけは」
 場の雰囲気が静かになり、義之の意見に皆耳を傾ける。
「早ければ明日の放課後には虐めをとめられる。だから、今聞いて欲しい」
 言葉を区切り、義之は俺達を見る。
「むやみに加害者を追求したりするだけでは、根絶は出来ない…。そういう行動は『ちくった』ってことになって、逆効果になる。適切に対処するためには虐めがおきる理由を把握し、理解することが大切…。俺が言いたいことはそれだけ。まっ、俺達の方法で行けば、成功する確率のほうが高いだろうな」
「えぇ…。私だって同じ意見だし、皆同じ。とめるのではなくやめさせる。心から排除し、如月さんがクラスに溶け込めるように…」
「元々、帰国子女と言うのもあったわけだし、偏見の目が無かったとも言いきれないね」
「つまり………今回の財布盗難事件をきっかけに…それが…爆発した…」
「そう言うことだろうな。きっかけが欲しかったのかもな。しかし…この国際社会の世の中で、そんな虐めが起こるとは…な」
「理由なんて関係ないわよ。虐めはいわば人権侵害よ」
「そうだな」
「全ては………今日の放課後…わかります…」
「そうね。明日の放課後、虐めの現場に入りましょう。新井さんも一緒に」
「新井さんもつれていくの?」
 予想外の篠原さんの発言に俺は驚く。
「えっ? 当然でしょ?」
 ベーコン巻きポテトを口に運ぶ途中の状態で固まる篠原さん。
 こんな和やかな席で虐めについて語っているんだと改めて実感した。
「新井さんが犯人の可能性が高いわけで、それを庇うために如月さんが犯人として名乗り出たのなら、当然、新井さんもその現場に居合わせるべきでしょ。それに、財布が関係していなくても、如月さんの友達がいたほうが何かと心強いわよ」
「そう言われてみれば、そうだね」
 箸に掴んでいたベーコン巻きポテトを口に入れ、食べ終わると、
「新井さんは私から声を掛けておくね」
「ごめんなさい………。本当に…何から何まで…」
「気にしなくていって。皆、友達だし、如月さんを救いたいと思っているわけなんだって」
「はい…」
 そう…。
 一つの事に向かって…俺達は団結した。
 一人一人は弱くても、集まれば力になる。
 そうすれば、きっと…。
 人の想いが集まり、力となる。
 それは全ての物を動かす力となる。
 そして…必ず…。

初出: 2003年7月1日
修正: 2005年2月5日
原作: 鈴響 雪冬
著作: 鈴響 雪冬
制作: 鈴響 雪冬
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