光になりたい -プロローグ-

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プロローグ

 朝一番の太陽の光。そして、新学期が始まる今日。
 何もかもがいつも通りで、しかし、何もかもが新しく見える。
 今日から三年生になる。たったそれだけの事で、なんだか急に大人に近づいたような気がした。
 もちろん、やる事は沢山ある。進路の事も含め、今年は忙しくなりそうだ…。
 そんなこれからの予定に頭を傾けながら、俺は朝ご飯を食べている。
「今日から新学期だな」
 テーブルを挟んでの親子の会話。
「うん」
「お前も三年になるんだ、気合入れろよ」
「わかってるって。じゃ、行ってきます」
「行ってこい」
 いつもの父親の声に見送られ、俺は家を出た。
 春と言ってもまだ空気は冷たい。自転車で風を切ると体が波打った。

 教室の前に立つと、俺は中を覗き込んだ。
「ちょっと…早すぎたかな」
 開け放たれたドアの向こう側…誰もいない教室には、朝日に照らされた塵が見え隠れしていた。
 普段も早く学校に来るが、今回はその中でもトップクラスの時間帯だ。
「これじゃあ、電車で来てる人もまだいるわけないよな」
 クラスも二年から三年に移動し、席は名簿順に戻っている。面子も変わらないのに、新任の先生のためと言う事らしい。
 しかし、何となく新鮮みに欠けるこの配列。
「まぁ、いいけど…」
 ドアを閉めると、窓を開け、俺は自分の席に腰を下ろした。学校の喧噪を遮断し、外の音を導くため…。
 軽い鞄を床に置き、その中から小説を取り出した。ページを広げ、栞を取る。視線が文字の羅列を縦に追っていく。もう少しで感動的シーン―――と言うところで、その作業はドアが開けられる音で中断された。俺は開かれた教室のドアを見る。
「なんだ、河口か。どうしたんだ? いつもよりかなり早いな」
 担任の国府田先生が立っていた。
「たまたま早く来てしまって…」
「そうか。まぁ…それじゃあ、お前には紹介しておくか。転入してくる事になった田村由梨絵さんだ」
「転入ですか?」
「あぁ。田村、教室に入れ」
 そう、先生が廊下に向かって言う。
「Go」
 英語の発音が聞こえ、その直後、一人の少女がドアの前に立つ。
「Ok」
 外国圏の生徒だろうか。
 だが、その考えは数瞬のうちにかき消される事になった。
「薫、Down」
 彼女の右手にはドラマでしか見た事がない器具…ハーネスが握られている。そして、その紐の先でおとなしく床に伏せているのは…ラブラドル・レトリーバー…。
「はじめまして」
 俺がそう言うと、彼女は初めて俺の方を向いた。
「はじめまして…。よろしく………お願いします」
「あぁ、よろしく」
 深々とお辞儀をした田村さんに俺もつられてお辞儀をしてしまう。
「彼女は見たとおり、目が見えなくてな。盲導犬を連れている」
 盲導犬…。目が見えない人の道案内をし、歩行の安全を守るように訓練された犬の事だ。
「…盲導犬の、薫です。この子もよろしくお願いします…」
「あぁ、よろしく薫」
 俺がそう言っても薫の方は見向きもしない。
「じゃあ、私と田村さんは一旦職員室に戻るからな。ホームルームで紹介する予定だから、まだ誰にも言わないように」
「はい」
「失礼します。薫、Door」
 その言葉を残し、田村さんは教室を出ていった。
 目が見えない…か…。どんな世界なんだろうな…。想像を巡らしてみるが、その世界は全く想像出来なかった…。

 鐘の音と共に全員が席につく。それでも話し声がやむ事はない。もちろん、俺にも例外はない。
「よぉ、聡。元気だったか?」
「元気も何も、二週間でそんなに変わらないって」
 明るい声で俺に話しかけてきたのは義之だった。
「そうか?」
 俺は普通に返事をする。
「そう言うお前は、なんか変わったのか?」
「いや…」
 心底つまらなそうな顔をして返事をした義之は急激に顔を変え、「そう言えば、今日転校生が来るみたいだな?」と言った。
「どうして?」
 いきなり話の方向を変えた義之にちょっと戸惑いつつ、相槌を打つ。俺は義之が何故そう言う結論に至ったのかを聞く事にした。
「どうして…ってなぁ…。教室に机が一個増えていたらそりゃ転校生だろ?」
「まぁ確かに」
 俺の机は二列目。義之の机は三列目にある。そして、四列目の一番後ろに机が一個増えていた。あそこが田村さんの席か…。そんな事を考えつつ俺は義之と話を続ける。
「女の子だったらいいな」
「やっぱり、そうなるのか」
「あぁ。当たり前だろ?」
「…そう言うものなのか? ここで男が転校してきて、男子一同ががっかりすると言うオチも結構あると思うけど?」
「んな、希望のない事言うなって。夢は大きく行こうぜ!」
 パシッ、と俺の背中をたたいた義之は笑顔一二〇%だ。………どんな小さな希望なんだろか…。
「今日はお前らにいい話がある。特に、男どもにとってはなっ!」
 国府田先生がそう言った瞬間、口笛の荒が巻き起こる。元から騒がしかったクラスは、既にお祭り状態だ。このままリオのカーニバルに連れて行きたくなるぐらい…。
 なんなんだろうな…このクラス。まとまりがないようでいて、こう言う時には何故かまとまりがある。
 去年の文化祭だって、直前まで内容が決まらなかったのに、突然、はりきって作業を始めて、結局展示部門で優勝してしまったし…。
「それじゃあ、紹介するぞ。転入生の田村由梨絵さんだ」
 打って変わって静けさに包まれる教室。そして、同じ台詞。
「Ok」
 英語の発音が聞こえ、その直後、一人の少女がドアの前に立つ。ドアの場所を手探りで確認する。
「Ok 薫、Go」
 少女が言うと盲導犬の薫と共に入ってきた。丁度真ん中あたりまで移動し、「薫 Stop」と細い声で言った。
 そして、俺達の方を向いて…。
「…初めまして。田村由梨絵です。よろしく…お願いします」
 そこで先生が話を持ち出す。
「彼女は見て分かるように、視力が弱くて、盲導犬と行動を共にしている。私の方からお前らに注意があるからよく聞いておけ。まぁ一般常識のおさらいだけどな。まず、ハーネスには触らない事。ハーネスを通じて盲導犬と田村は会話をする。だから絶対ハーネスは触れてはいけない。これが一つ。それと、ハーネスをつけている時には盲導犬…まぁ、薫と言うそうだが、薫には声を掛けないでやってくれ。後、口笛とかもだめだからな。ハーネスをつけている時は仕事中と言う事だ。薫の気を反らさないようにしてやってくれ」
 …朝の行動を恥ずかしく思ってしまった。
「田村からは何か言う事はあるか?」
「えっと…一つだけお願いがあります」
 彼女は聞こえるか聞こえないかと言う微妙な声の大きさで話し始めた。
「私に声を掛けて下さる時は、急に肩を触ったりしないで、必ず声を先に掛けて下さい。そうでないと、どこに、誰がいるか分からないので…。私は耳からの情報とハーネスから伝わってくる薫から…この二つの情報だけで周りを把握します。ですから、それだけはお願いします。あとは…特にありません…」
「と、言う事だ。まぁ、仲良くしてやってくれ。それじゃあ、田村の席は…後ろの席の中村、案内してやってくれ」
 その瞬間、中村の周りにいた人達が囃し立てる。
 中村が田村さんに声を掛け、田村さんの手を握り、席まで案内した。それを先生が見届け、そして言った。
「それじゃあ、今年一年間、よろしく!」
 こうして、新学期が始まった。
 同じ先生、同じクラスメイト、そして、田村さんと言う新しいメンバーを加えた新しいクラスで…。

初出: 2003年5月4日
修正: 2004年7月11日
原作: 鈴響 雪冬
著作: 鈴響 雪冬
制作: 鈴響 雪冬
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