Top > ウェブ公開作品 > 小説 > 長編小説 > ReSin-ens > 本編 -エピローグ-
ここは………………。
辺りを見渡す。
四角い空間。
白い壁。
静かな場所…。
病院?
そうか…夢を見ているのか…。
俺はずっと病院にいたしな…。
でも…なんか違和感が…。
俺は顔に手で触れる―――。
が、手は動かない…。
まるで自分のものじゃないように…。
目は…動く…。
あぁ…人工呼吸機か…。
テレビでしか見た事が無いような機材がいっぱいだ…。
心電図は等間隔で音を発しているし…。
自動測定の血圧計もあるし…。
それに…人工呼吸機もある…。
心電図が…等間隔…?
俺は…生きているのか…。
あぁ、これは夢だったな…。
でも…本当にどうなったんだ。
そう…俺は屋上で………。
屋上でどうなった?
必死になって思い出そうとしても、空っぽの箱の中をのぞき込んでいるかのように、何も見えない。
何が…あったんだ…。
いや…それより…ここは現実?
もし…現実だとしたら…。
屋上に居たし………飛び降りて…生きていた?
でも………あの高さから………?
彩音が死んで…俺は力の暴走を押さえるために屋上に走って………。
それからどうした?
死神と会話して…。
そこから記憶が無い…。
でも…わかる事はただ1つ…。
失うものがあったと言う事…。
どうあがいても戻ってこない…大切な人…。
遼風………彩音………。
いくら好きでも………どんなに想っていても…もう一緒に話す事すら…出来ない。
孤独…。
家族が居ない事よりも大きな孤独感…。
この世に存在する意義が無くなってしまったかのような…。
もう涙も乾ききって出てこない…。
…視界の隅にうつるカレンダー。
3月………。
1、2、3と日付にラ印がついている。
今日は…何日だ?
それよりも…。
だめだ…また頭がボーッとしている。
誰かが歩いてくる。
医師…か…。
まぁ、そうだとしても俺には関係ない。
【声】「今日も…目覚める事は無いのに…」
廊下から声が聞こえてくる。
そうだ…とりあえずナースコール…。
多分俺は今まで眠っていたのだろう…。
手を動かそうとするがやはり動かない…。
動けよっ!
震えながらも俺は手をふとんから引っ張り出す…。
筋肉が衰えていた。
なるほどな…。
俺は頭の後ろにあるはずのボタンを探す。
【声】「お邪魔します」
【直哉】「?」
どうやらこの部屋らしい
「どうぞ」と答えようとするが口が開かない。
乾いてしまった唇はぴったりと張りついていた。
誰が入ってきたかと確認しようとして、目だけをドアに向ける。
そこには―――
あや―――――――――ね?
彩音!?
なんて残酷な夢なんだ…。
【彩音】「直哉さん…早く目を覚まして下さい」
声が…声が出ない。
ゆっくりと彩音が近づいてくる。
でも…まるで自分の体が自分のものじゃないように―――動かない。
【彩音】「もう…春ですよ」
そのまま窓の方に向かう。
やっぱり…夢なんだ………。
でも…早く…早く声を掛けたい…。
たとえ夢の中でも…。
これが俺に与えられた最後のチャンスなんだ…。
きっと…俺は…力によってこの空間を作り出したんだ。
これが…本当に最後…。
【彩音】「早くしないと…置いていってしまいますよ」
手…動け…。
俺は全身全霊の力を振り絞った。
呼吸機を取り外す。
その音に気がついたのか、彩音がこっちを向く…。
そして………。
【彩音】「!」
【彩音】「直哉…さん?」
【直哉】(あぁ)
まだ声が出ない。
【彩音】「直哉さん…!!」
【直哉】「彩音っ!」
やっと出た声は自分のものとは思えないほど枯れていた。
【彩音】「直哉さんっ!!」
これが…たとえ夢だとしてもっ!
周りに合った機械なんてお構いなしに彩音が飛び込んでくる。
線が外れたのか、心電図が心停止を表す音を鳴らす。
【彩音】「直哉さんっ!!」
【直哉】「くっ…苦しい…」
俺に全てを預ける彩音。
それは…今の俺にはあまりにも苦しくて…、
嬉しくて…。
【彩音】「よかった………」
【直哉】「苦しい…よ…彩音…。上に乗るな」
言いたい事はあるけど…、
沢山あるけど…、
【彩音】「だめです。私を心配させた罰です。今日はもうずっと一緒に居ます」
夢なのに…。
涙が出る…。
夢とは違った…俺の力による異空間の形成…。
これは…俺の夢が形になった…空間。
これが…俺の夢…。
『夢』とは違う『夢』。
そうか…これが…。
これが現実から離れた俺の意識の奥底でも…彩音と居られるなら…幸せだ…。
【彩音】「直哉さん…。やっと…やっと………再会できました」
なぁ…どうして泣くんだ、彩音。
俺の知っている彩音はいつだって笑っていたじゃないか。
だから…早く笑った顔を見せてくれ。
そうじゃないと…安心できないじゃないか。
【直哉】「なぁ、どうして…泣いているんだ」
【彩音】「そん、な…当たり、前で…は………ないで、す…か………」
【彩音】「直哉、さ………ん…が…帰っ、てき…たから…」
【彩音】「長い…長い………眠りから…帰ってきたから…」
【直哉】「眠り?」
【彩音】「もう…3月ですよ…。2ヶ月以上も眠っていました…。直哉さんは」
そう言う設定なんだろう。
俺は長い眠りから覚めた。
そして、彩音に再会する設定。
【彩音】「女の人を…待たせてはいけません…」
【直哉】「ごめんな」
【彩音】「許します」
彩音の目から零れ落ちる涙が俺の頬を濡らす。
その感覚があまりにも………。
夢とは違うこの感覚。
この感じ…まるでそれが本当の世界のようで…。
彩音自身から感じる、重み、苦しみ、体中の感覚。
あまりにリアルすぎる…。
視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚…。
全てが…俺にはある…。
これは…夢とは…違うのか…?
【彩音】「苦しいなら………痛いと思うなら………………………これは夢ではありませんよ」
【直哉】「………」
彩音は夢とは違うと言いきった。
俺は…彩音の言葉を信じていいのだろうか…。
もう、心の奥で、夢じゃないと言いきっている自分が居る。
夢じゃないでいて欲しいという願望がある。
だって…彩音と一緒に…いたいから。
俺の…あの時の…力が…彩音のために動いたと…信じたいから。
…信じるしかない。
『これは夢ではありませんよ』
彩音の言葉。
信じよう。
それが…幸せへの扉を開く第1歩だから。
【直哉】「ここは…現実」
【直哉】「夢じゃ…ないんだよな?」
【彩音】「当たり前ですよ。ここは現実、直哉さんも…私も…お母さんも…お父さんも…紗も…中村先輩も…茜先輩も…皆現実」
【直哉】「俺は…帰ってきたんだ」
【直哉】「俺は…帰ってきたんだ!」
【彩音】「はいっ」
【彩音】「直哉さん…お帰りなさい…」
【直哉】「ただいま…彩音。遅れてすまない」
【彩音】「おかえり…なさいっ…」
そう言いつつも笑う彩音。
それがいつか見た彩音の笑顔にそっくりで………。
自然と心が落ち着いた。
彩音が自分の上に…いるからだろうか…。
【直哉】「それより…どうなっているんだ?」
死神と対峙して…。
力を使って…。
死神から………。
一体…俺は何をしたんだ…?
【彩音】「わからないですけど…」
【彩音】「あたしにもわからないけど…どうして助かっているかわからないですけど………」
【彩音】「あたしと直哉さんがこうして再会しているのは事実です」
『事実』と言う『現実』に存在する『確実』なもの。
それが…ここにはある。
それを…その全てを…俺は感じている…。
【直哉】「そうか…」
【彩音】「よかった…」
泣いている…。
彩音が俺の上で泣いている…。
再び、彩音の涙が俺を濡らす。
暖かくて…優しくて…。
でも…その顔はよく見えない。
涙ごしのファインダーは彩音を捉えない。
でも…彩音はここに居る。
今…俺の上に…。
彩音は…生きている…。
【直哉】「俺は…生きている…。彩音も…生きてる…!」
【直哉】「彩音っ!」
力をいれる事は出来ないけど…精一杯…心の中で精一杯抱きしめる。
抱きしめたつもりだ…。
彩音が俺の背中に回した手をいっそう強めた。
【彩音】「よかった…。本当によかった…。直哉さんっ…! もう…戻らないかと思っていました」
【直哉】「でも…俺はこうして帰ってきた」
【彩音】「はい」
【彩音】「もう…どこにも置いていかないで下さい。あたしを1人にしないで下さいっ!」
【彩音】「あたしは…1人では生きていけない人ですから…」
【直哉】「彩音は…寂しがりやだから…」
【彩音】「嬉しいのに…嬉しいはずなのに…涙が出てしまいます…」
【彩音】「やはり、嬉しくても人間は泣けるのですね」
【彩音】「屋上で倒れているところを発見されたと…聞いた時…私は…」
【直哉】「もう………いいよ」
彩音と抱きしめ合いながら…来ないと思っていた時間を確かめる。
耳元に聞こえる彩音の声。
体全体で感じる彩音の重さ。
鼻をくすぐる彩音の香り。
その感覚全てが…俺が生きている事を証明している。
そして…その感覚全てが彩音が生きている事を証明している。
…彩音…。
【直哉】「彩音………好きだ…。どうしようもないぐらい好きだ…」
【彩音】「あたしも…好きです…。死んでしまったぐらい好きです」
もう一度…さっきより力強く抱き合う。
体中が悲鳴を上げる。
【直哉】「もう…どこにも行かないから…」
【彩音】「はい」
【直哉】「彩音を置いてどこにも行かないから…」
【彩音】「はい」
【直哉】「また…よろしく頼むよ」
【彩音】「はい♪」
【彩音】「やはり…直哉さんは温かいです♪」
【直哉】「でも…まさか…こんな事になるなんて…」
【直哉】「こうして、俺と彩音が結ばれるなんて…」
【彩音】「あたしは…いつかこうなると…」
【彩音】「いえ、いつかこうなりたいと思っていまし―――」
俺は彩音の唇を奪った。
【彩音】「んっ………」
長く………長く………………………。
…
……
………
ものを温める力は残っている…けど、俺の人を愛する『力』はもう…無くなった…。
その証拠に…俺はこんなにも彩音の事が好きなのに…。
彩音は苦しまない…。
彩音は死なない…。
愛情表現を1つ失った…。
でも…新しい力を見つけた…。
皆を幸せになる力…。
彩音を笑わせる力…。
そしてその彩音の笑顔を自分の笑顔に変える力…。
彩音や音瀬が俺に教えてくれた。
もう………自分の………想いをつきとおすことが出来る。
自分に正直に生きる事が出来る…。
迷う事はあっても…立ち止まる事はあっても…引き返す事は無い。
もう…すんだ事だから…。
まだまだ…先は長いけど…彩音となら乗り越えられる…。
もう…大きな壁は乗り越えたから…。
何が起こったって…大丈夫だ。
彩音が最後の女の人…でありますように。
…
……
………
自分の想いを信じ続けた。
彩音への想いを…。
俺自身を信じ続けた。
俺自身の『力』を…。
『幸せになるための力』を…。
信じる事は…力になる…。
だから俺は信じる…。
そして…願う…。
今日より…明日が…幸せな日になる事を…。
明日より…明後日が…幸せな日になる事を…。
今日より…明日の方が…彩音を俺が愛している事を…。
明日より…明後日の方が…彩音を俺が愛している事を…。
未来より…そのまた未来の方が………。
俺は…信じ続ける…。
自分の事を…。
自分の未来を…。
自分の想いを…。
自分の想いをつき通す事は勇気がいる…。
だけど…一度…つき通すと…必ずそれは………。
…
……
………
冬はまだまだ長そうだけど春は………必ず来る。
彩音…これから………よろしく。
二人で………新しい道を歩いていこう。
【直哉】「彩音………同じ事を言うけど………」
【直哉】「世界中の誰より………彩音の事が………大切だから………」
【直哉】「………これからも………よろしく」
【彩音】「よろしくお願いします」