Top > ウェブ公開作品 > 小説 > 長編小説 > ReSin-ens > 本編 -第16章-
【直哉】「朝日が…まぶしいな…」
クリーム色のカーテンを通して届く朝の光。
俺はゆっくりと朝を迎えた。
彩音の方をみるとまだ寝ている。
【直哉】「…」
ふとんが上下しているところを見ると安心する自分が居た。
【看護師】「おはようございます」
寝癖が立っているところを見られ、ちょっとショックだった。
【直哉】「おはようございます」
【看護師】「起きてからでいいですので、検温お願いしますね」
【直哉】「はい」
俺がここに寝泊りするようになってまだ2日目。
2泊3日だけだ。
彩音をより側に感じる事が出来る。
俺はベッドに腰掛けた。
2人分の体重はきついのか、瞬間、ギシッと音を立てた。
【直哉】「…」
彩音の顔を見る。
やはり、安らかだった。
頬に手を触れる。
…冷たい…。
ふとんから彩音の手を取り出すと、俺は自分の手の中に包んだ。
念を込め、彩音の手を温める。
彩音の顔が笑った気がする。
いつだったか、彩音が怖い夢を見てうなされていた事があった。
怖い夢とはなんなんだろう。
でも、今は笑っている。
俺は彩音が目を覚ますまでこうして居ようと思った。
…
……
………
【彩音】「…おはよう…ございます」
30分ぐらい経っただろうか、彩音が目を覚ました。
かなりボーッとしている…。
まぁ、いつもの事だが…。
【直哉】「おはよう」
【直哉】「検温してくれだそうだ」
【彩音】「ふぁい…」
俺は彩音の側を離れるのがもどかしかった。
【直哉】「寝たままでも大丈夫だよな」
【彩音】「はい…」
ハンドルをまわしに行くだけでもなんか…億劫だった。
【直哉】「ちょっと、ごめんな」
俺はいいながら昨日と同じようにボタンをはずすと彩音に体温計を渡した。
体温計を挟むと彩音は再び目を閉じた。
【彩音】「直哉さん…。手…そのままでお願いしますね」
いつのまにか俺は手を握っていたらしい。
体温計を渡す時に手を離したはずだったのに…。
【直哉】「あぁ」
気恥ずかしくなりながらも彩音の手をさっきより力強く握った。
【彩音】「温かいですね…」
【直哉】「こんなにも…穏やかな力なのにな」
【彩音】「はい…」
しばらくして電子音が鳴る。
【彩音】「はい…」
体温計を俺に戻す。
【直哉】「35℃…2分…」
【彩音】「少し…低いですね………」
【直哉】「少し…と言うレベルなのか?」
【彩音】「流石に…寒気がします…」
【直哉】「ずっと…温めてやるよ」
【彩音】「ありがとうございます」
【直哉】「ご飯は…どうする?」
【彩音】「まだ………いいです」
【直哉】「わかった」
まだいい…。
少しは昨日より調子がいいのだろうか…。
でも彩音の表情は辛そうだ。
【直哉】「まっ、無理するなよ」
【彩音】「はい」
【直哉】「今の彩音を見ているとな…昔の事を思い出す」
【彩音】「初恋の人…の事ですか?」
【直哉】「あぁ…いまとほとんど変わらない状態だ」
【彩音】「そう………ですか」
【直哉】「まぁ、今頃持ち出しても仕方が無い話しだけどな」
【彩音】「………」
【直哉】「しかし…気がついたらここまで来ていたな」
【彩音】「………何がですか?」
【直哉】「俺達の関係」
【彩音】「………はい」
【直哉】「はじめは彩音から声を掛けてきたけど…気がついたら俺から声を掛けるようになった」
【直哉】「そっけない『じゃあな』と言う別れの言葉も…気がついたら…『またな』に変わっていた」
【直哉】「本当は………今なら、もう少し早く告白しておけばよかったと思う」
【直哉】「まぁ、後悔先に立たずだけどな」
【彩音】「………」
【直哉】「でも…そんな些細な事でも………小さな事の積み重ねだったけど…。俺はここまで来た」
【彩音】「………はい」
【直哉】「不思議だよな…。お互い見ず知らずの他人だったのに…」
【直哉】「気がついたら…恋人になっていた」
【直哉】「世界中の誰より、彩音の事が好きになって………彩音の事を守りたいと思っていた」
【直哉】「これが…人を好きになると言う事なんだな」
【彩音】「………はい」
【直哉】「俺は…今まで人を避けてきた。もうあんな事を繰り返さないように…」
【直哉】「でも…人の温もり…人の心…人と人の恋を体験してしまった」
【直哉】「もう………やめようと誓ったのに…」
【直哉】「でもな…それが彩音でよかったと思う」
【彩音】「………ありがとうございます」
【直哉】「こんな俺でも…付き合ってくれるよな?」
【彩音】「はい…。どこまでも………。この命尽きるまで」
【直哉】「そういってくれると助かるよ」
【彩音】「はい…。私も………直哉さんの事が………世界中の誰より…好きですから…」
【直哉】「ありがとう」
【彩音】「………」
【直哉】「ん? どうした彩音」
明らかに様子が変だ。
目に涙を浮かべているのはまだしも…額に汗が滲み出ていた。
【彩音】「はい…目が…翳んできましたし…、眠くてどうしようもないです…」
【直哉】「それって…まさか!」
いやな予感が俺を襲い、心臓の鼓動が不規則になる。
【彩音】「そうですね………直哉さんの予想通りだと思います………」
一瞬で肯定された………。
【彩音】「それに…苦しい気もします…。」
【彩音】「でも………それが心地よくて………そのままそれに身を任せてしまいそうで…」
【直哉】「そんな…!」
俺は彩音の枕元にあるスイッチを取ろうとする。
【彩音】「待って下さい!」
予想外の大きい声で止められた。
【彩音】「これが………これが最期なら………………二人だけで………結末を見てませんか?」
【直哉】「そんな………」
【彩音】「愛情は…人を好きになると言う気持ちは………生命30億年の長い営みによっても崩れる事は無かった…」
【彩音】「戦争が起こっても…人間どうしで傷つけ合っても…愛を崩す事は出来なかった」
【彩音】「憎しみも…苦しみも…悲しみも…全て…全て…。人間が愛し合う事には勝てなかった…」
【彩音】「人間だけじゃない…全ての生き物が…。お互いを愛し合ってこそ…ここまで生きている」
【彩音】「だから…だから…っ…。 愛を超えるものはない…。それは…全ての生き物が証明してきた…」
【彩音】「先輩の力だって…『人を好きになる気持ち』そのもの…。全てを…超えられる…『力』」
【彩音】「だから…あたしは信じてきた。そして…信じ続ける」
【彩音】「その力が…全てを変えると…。変える事が出来ると」
【彩音】「あたしは受け止める…。昔は受け止めきれなかったけど…。今なら受け止められる」
【彩音】「一度傷ついた心はなかなか癒されないものですから。だから、臆病になるのです…人間は」
【彩音】「でも、人間は人を愛さない事では生きていく事が出来ない」
【彩音】「だから、人間は傷ついても恋をする」
【彩音】「直哉さん………今日まで……ありがとうございました」
【直哉】「あぁ…」
【彩音】「あたし………本当に愛してもらったんですね…」
【直哉】「当たり前だ」
【彩音】「嬉しいです…」
【直哉】「好きな人だから…本当に好きな人だから…」
【彩音】「はい………私も本当に好きです…。直哉さんみたいな愛情表現が出来なくて残念ですけど………」
【彩音】「あたしはこれが限界のようです」
【直哉】「そんな事言うな…。彩音の気持ち…分かっているから」
【直哉】「本当に………本当に………」
ひょっとしたら彩音は、“漸近線”のような存在なのだろうかと思う時があった。
結ばれそうでいて、結ばれない道をお互い歩き続けるかもしれない―――と。
でも…そんな事は無かった…。
今、こうして二人は結ばれている…。
硬い………硬い…絆で………。
【彩音】「でも…まだ1つだけ…叶っていない願いが…」
【直哉】「なんだ?」
【彩音】「恋人がよくやるものです」
彩音が俺に語り掛ける。
その言葉の意味がわからなくて、俺は聞いた。
【直哉】「なんだ…それは」
【彩音】「………………………キス………です…」
【直哉】「そう…か」
【彩音】「本当に………私の事が好きだったら………お願いします」
彩音の最後の…願い…。
そして…その願いは………今の俺には簡単過ぎて…哀しかった…。
そして…嬉しくもあった…。
本当に………。
【直哉】「…わかった………俺は彩音の事が好きだ」
彩音は目を閉じる。
俺は背中に手を回すと、以前より軽くなっている彩音の上半身を起こす。
既に彩音は自分の力では起きあがることも…全て…出来なくなっていた…。
そう…これで…最期なんだ…。
彩音のパジャマを通して伝わる彩音自身の温もり。
その温もりがあまりにも冷たくて、俺は思わず力を込めた。
【彩音】「やはり…直哉さんは温かいですね」
【直哉】「ありがとう」
【彩音】「それでは…」
【直哉】「あぁ…」
【彩音】「お願いします」
もう一度目を開いて俺に懇願する彩音。
【直哉】「わかった…」
彩音は目を閉じた。
俺はゆっくりと近づく。
以前にも増して白くなっている彩音の肌。
それは………雪をあざむくような白さ。
彩音の後ろに手を回した。
今すぐにでも壊れそうな彩音を優しく………包む。
その瞬間、彩音の表情が、さーっと朱を刺したように紅潮した。
もう…本当に………。
彩音も俺の背中に手をゆっくりと回そうとする。
でも…その手は俺には届かない。
俺は優しくその手を握ると、自分の肩に掛けてあげた。
俺は目をつぶった。
二人のくちびるが重なり、お互いを感じ合う。
初めてで、そして長い口付け。
思う事は沢山ある。
沢山ありすぎて、頭が痛い。
表現できない想いがこみ上げてきて、涙が出てくる。
それは視界が暗くてわからないが、確かに俺自身の頬を伝い、落ちた。
止め止めもなく流れてくる涙。
彩音の涙も感じられる。
最後の…温もりだろうか…。
とても暖かい…。
彩音の断片である涙が彩音と俺を濡らしていく。
………ゆっくりと俺は彩音の体を離した。
彩音と言う存在が俺の体から離れていく。
ゆっくりと…ゆっくりと…。
最後の余韻に浸るように…。
こうすれば…彩音が戻ってくるかのように…。
…彩音の目がもう一度開く事は………無かった…。
その顔は、笑っている。
彩音がいつもそうしていたように、笑っていた。
それが、どうしても辛くて…。
置き去りにされた子供のような心細さを感じて…。
もうこの笑顔を見る事が出来ない事を実感して…。
そして、俺は泣いた。
いつまでも…待っていた…。
再び目が開くまで…。
もう、生き返る事は無いのに………。
彩音…。
ありがとう…。
今まで…ありがとう…。
本当に…ありがとう…。
俺は…彩音を本当に好きになったよ。
その証拠に、お前を殺してしまう。
結局、また殺してしまうんだな。
でも…彩音がいった言葉…覚えている。
俺の力は、愛情表現なんだと…。
そう言われたら、少し救われたよ。
マスターもいってくれた。
その人が望んだ事が、その人にとっての幸せなんだって…。
だから…もう一度言うよ。
ありがとう。
そして………………………
さようなら。
彩音の顔がよく見えない。
白くぼやけた視界の向こうには彩音が居るのに…。
その彩音がよく見えない。
近くに居るはずなのに…。
心だけは…もう…遠くに行ってしまった…。
医師の走ってくる足音。
彩音とたった二人きりの部屋で俺は彩音の最期を見取った。