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…
……
………
病室独特の暑さで目が覚める。
夜の3:00
まだまだ朝までは時間が掛かる。
彩音の方を見ると…ぐっすりと眠っている。
その寝顔がとてつもなく可愛くて、思わず抱きしめてしまいそうになる。
俺はふとんを少し捲ると、彩音の体の向きを変え、クッションを背中に置いた。
そういえば…彩音は以前、クッションを抱いて寝ているとかいってたっけ。
今は抱く事もしていない。
あれにはどんな意味があったのだろうか。
落ち着く…。
そんな台詞から俺は沢山の事を考えた。
彩音は本当は不安なのではないか。
死ぬ事が…。
それとも…一人になる事が不安なのではないのか。
それとも…ただ温かいだけ…なのだろうか。
俺はふとんに戻ると、枕を抱いてみた。
【直哉】「………」
確かに何か自分を落ち着かせるものが存在するのは確かのようだ。
もう、彩音に抱かれる事も無くなった小さなフリースのクッションが本の上に置かれている。
【直哉】「…」
それを見つめるとなんだか試したくなってしまった。
《試してみる》
【直哉】「ちょっと…試してみるか」
俺は起きあがってクッションを取り、ふとんに潜り込んだ。
体を横にして、クッションを抱きしめてみる。
温かい…。
フリースの素材の持つ温かさと柔らかさがが、薄いパジャマの生地を通して伝わってくる。
彩音がいった事に間違いはなかったと実感した。
しかし…これ彩音のだよな。
…彩音、ちょっと借りるぞ。
この感覚は一度はまると抜けられない。
微妙な温かさと柔らかさに包まれながら、俺は眠りに落ちていった。
…
……
………
【直哉】「んっ………っと」
【彩音】「おはようございます、直哉さん」
【直哉】「あっ、起きていたか。おはよう、彩音」
【直哉】「ちょっと、トイレに行ってくる」
【彩音】「はい」
…
……
………
用を足しながら1つ、疑問に思う事が出てきた。
彩音はどうやって…用を足すのであろうか。
…
……
………
【彩音】「基本的に食事によって排泄物は少なくなっていますが…やはり1日に2回ぐらいは」
【直哉】「そうなんだ」
【彩音】「今は機械の発達によって、自動で水分を検知して排泄物を処理する機械があるのです」
【彩音】「手元にボタンがありますから、手動でスイッチを入れる事も可能ですけど…」
【直哉】「へぇ~」
【彩音】「違和感はありますけど…自分1人で出来るので」
【直哉】「なるほどな…。って、恥かしい事聞いてしまってごめんな」
【彩音】「興味を持つ事はいい事ですから…」
【看護師】「おはようございます。遼風さん、検温の時間です」
【彩音】「はい」
【看護師】「えっと…ご家族の方ですか?」
【直哉】「いえ、友人です」
【看護師】「検温、お願いしてもよろしいですか?」
そういう看護師の使っていた移動式のテーブルには大量の体温計が載っていた。
これからまだ他の病室を回るのだろう。
【直哉】「はい」
【看護師】「すみませんが、それではお願いします」
そう言い残すと、看護師は病室から出ていった。
【直哉】「さて、検温の時間だそうだが」
【彩音】「そうですね…」
そういいながら頬を赤く染める彩音。
【直哉】「どうした?」
まだ赤くなる事が出来る頬を見て少し安心する俺。
【彩音】「えっと………ボタンを…」
【直哉】「ボタン…を?」
【彩音】「はずして頂けますか?」
【直哉】「ボタンをか?」
その言葉の意味に俺まで赤くなる。
【彩音】「…はい…」
そういえば…以前彩音のお母さんが、『末端の神経は既に鈍くなっていて細かい動き…ボタンをはずしたりする事は困難になっている』といっていたな。
【直哉】「大丈夫だって…。見ないようにするから」
【彩音】「はい…」
俺は彩音のパジャマのボタンに手を掛けると、出来るだけ肌に触れないようにして、第1ボタンをはずした。
【彩音】「ありがとうございます」
彩音は体温計のスイッチを入れると、ゆっくりとした動作で体温計を挟んだ。
【直哉】「いつも思うんだが、検温ってなんの意味があるんだろうな?」
【彩音】「朝起きてすぐの体温は基礎体温といって、体の具合を知るのに1番適しているのですよ。女性の場合はさらに重要な意味がありますけどね」
保健体育の授業だろうか。
【直哉】「なるほど。馬鹿に出来ないと言う事か」
【彩音】「毎週月曜日の採血だけは嫌です」
【直哉】「注射が好きな奴なんてほとんど居ないと思うけどな」
【彩音】「はい」
【彩音】「終わったみたいです」
【直哉】「いくらだ?」
【彩音】「35℃…5分ですね」
【直哉】「低体温なんだな」
【彩音】「朝はどうしても…」
【直哉】「でも、今日は目覚めがいいな」
【彩音】「先輩より1時間ほど早く起きていましたから」
そう言いつつ欠伸をする彩音。
【直哉】「まだ、寝たりないんじゃないか?」
【彩音】「そうなのでしょうか…」
【直哉】「もうすぐ朝ご飯だと思うけど、どうする?」
【彩音】「なんだか…今日は食欲がでないのです…」
【直哉】「ちょっ…大丈夫か?」
【彩音】「大丈夫だと思います…」
【彩音】「それよりも…直哉さん、クッション…どうでしたか?」
ばれた…
【直哉】「あぁ、彩音の言う通り温かかったな」
なるべく恥かしさを隠しながらいった。
【彩音】「…クッション………」
【直哉】「ごめんな、勝手に使ってしまって」
【彩音】「…別に…あたしは構わないです…」
【彩音】「直哉さん…ごめんなさい、少し眠りますね」
そう言いつつ、欠伸をする彩音。
【直哉】「あぁ、無理をしない方がいい」
【彩音】「すみません」
【直哉】「下げるぞ」
【彩音】「はい…」
それだけで通じたのか、彩音は返事をした。
ゆっくりとベッドを水平にしていく。
【彩音】「お休みなさい」
【直哉】「おやすみ」
…
……
………
程なくして、看護師が食事を持ってきた。
ほとんど毎日のように入れ替わる看護師。
3交代と言う制度においては1人の患者を同じ人が見る事はなかなか出来ないだろう。
毎日同じと言えば、主治医と看護師長ぐらいだった。
【看護師】「おはようございます」
【直哉】「おはようございます」
【看護師】「先ほどの検温の結果を…それに、食事を持ってきました」
【直哉】「お疲れ様です」
俺は体温計を手渡すと同時に体温を告げた。
【看護師】「食事は…どうしますか?」
【直哉】「本人は…食欲が無いって…」
【看護師】「そうですか………。一応ナースステーションの方にも食事はありますから、もし食欲が出たようなら呼んで下さい。いつでもお持ちします」
【直哉】「すみません」
【看護師】「それでは失礼しますね」
【直哉】「はい」
…
……
………
俺はおもむろに彩音の本を手に取った。
既に病室には大量の本が置かれている。
読むペースは落ちてはいるものの、確実に冊数は増えていく。
今頃鈴高の図書館は本が借り出されていて大変だろう。
中村先輩の計らいによって本は返却される事無く、この病室に置かれていた。
『遼風が元気になったら本を読みたがるだろう。その時のためにおいておく』
中村先輩の言葉だ。
その何気ない一言が、彩音の夢の1つである『最期は本に囲まれて迎えたい』と言う事を実現している。
【直哉】「…」
俺が手に取った本は、『星の接触』と言う本だった。
あらすじを読む限り、大きな主人公が、人と接する事により成長していくと言う話らしい。
あまりにも大きすぎて他の人から怖がられていた主人公がある人と出会う事により、心を開いていく。
そんなストーリーだった。
別の本を取る。
『ゲノムハザード』
サスペンスらしい。
自分の記憶が無くなった主人公居た。
しかしたまに混じる別の記憶。
その記憶が謎を解決に導く…そんなストーリーだった。
『これは王国のかぎ』
ファンタジー…なのだろうか。
失恋した主人公の女の子が目を覚ますと、そこはアラビアンナイトの世界だった。
そして、魔神となった主人公は、自分を助けたターバンを巻いた青年と旅立つ。
そんなストーリーだった。
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……
………
【直哉】「沢山あるな…」
【直哉】「本当に…沢山あるな…彩音」
【直哉】「この本の一つ一つには世界がある」
【直哉】「この病室と言う限りある空間の中で、この本の中には無限の世界と物語がある」
【直哉】「たとえ…この病室に体はあっても…心は世界中を旅する」
【直哉】「その旅は世界を越え…宇宙の果て…想像の彼方へまで続く」
【直哉】「そんな大きな世界にあこがれたんだよな…彩音は」
【直哉】「自然だって…」
【直哉】「身近にあって…大きな世界…」
【直哉】「でも………もうすぐ………」
視界が翳む。
【直哉】「その旅も終わるんだな…彩音…」
【直哉】「彩音は…世界を旅する事が出来たのか?」
【直哉】「この病室と言う限りある空間を飛び出す事は出来たか?」
【直哉】「彩音…」
【女の声】「こんにちは」
【直哉】「あっ…あぁ…茜か…。はいれ」
【茜】「こんにちは」
【直哉】「こんにちは」
【茜】「どうしたの…直ちゃん…。目が赤いよ」
【直哉】「柄にも無く、泣いていたんだよ」
【茜】「そう…」
【直哉】「茜は、どうした?」
【茜】「うん、時間が空いたからお見舞いに来たの。でも…眠っているみたいだね」
【直哉】「あぁ。朝からこの調子だ」
【茜】「そう…か…。直ちゃんは…乗り越えられる…?」
【直哉】「多分…大丈夫だ。彩音を失う事になっても…な」
【茜】「そう…」
【直哉】「それが…彩音の望みなんだ」
【茜】「…」
【直哉】「でも、俺はそんな自分が酷い奴だと思っている。彩音の望む事だと自分に言い聞かせて、現実から目をそむけている」
【直哉】「全て…自分のせいなのに…。彩音に全て押しつけて…」
【茜】「私…今の私には…何も言えないよ…。でも…遼風さんがそれを望んでいる事は事実だよ…。それなら…直ちゃんはそれを叶えてあげて」
【茜】「誰のためでもない…。自分と彩音のために…」
【直哉】「わかった…」
【茜】「それじゃあ…私は帰るね…。直ちゃん…頑張ってね」
【直哉】「あぁ」
【茜】「バイバイ」
【直哉】「じゃな」
…
……
………
昼を回った。
彩音は目を覚まさない。
まだ眠っている。
既に何度目だろう、彩音の体の向きを変えた。
彩音の昼のご飯を持ってきた時、看護師は俺にお握りを差し出してくれた。
【看護師】「私達には…彼女の病気を治す事は…もう難しいかもしれない。それなら…誰よりも遼風さんを大切に思っている貴方にも手をさし伸ばし、遼風さんを救いたい」
【看護師】「と言う訳です。これを受け取って下さい」
【直哉】「ありがとう」
【看護師】「我、全ての人、たとえその人が誰であってもどのような人であっても、看護の精神においてその人を救う事を誓う」
【直哉】「なんですか? それは…」
【看護師】「ナイチンゲールの言葉です。本当はかなり長いのですが…まとめさせてもらいました」
【看護師】「救う事が出来なくても…心の支えとしてその人を救いたい…それが私の考え方」
【看護師】「大変でしょうけど、頑張って下さい」
【直哉】「ありがとうございます」
【看護師】「昼ご飯も私どもの方で預かっておきますね」
【直哉】「はい」
【直哉】「その人を救う事が出来なくても…心の支えとして…その人を救う…」
【直哉】「それなら…俺にも出来るかもな…」
【直哉】「たとえ、彩音を救う事が出来なくても…俺は…彩音の心の支えとして彩音を救う」
【直哉】「それだけでいいじゃないか」
【直哉】「彩音…。心配するな…。俺が救ってやるから」
俺はもらったおにぎりを口に含んだ。
しょっぱかった。
でも、それは塩独特のしょっぱさじゃなかった。
食べれば食べるほどしょっぱくなっていった。
…
……
………
【主治医】「様子はどうですか?」
【直哉】「朝からこの調子です」
【主治医】「そうですか…。貴方に言うのもなんなのですが…もう手は尽くしました」
【主治医】「前回の…以前にも同じような事がありまして…その時のカルテも見ながら今回の治療を行なっていますが…」
【主治医】「精密検査でも異常は発見されませんし…」
【主治医】「神経系薬剤…自律神経調整剤グラン―――あっ、薬名は言ってもしょうがないですね…」
【主治医】「そのほかにも…一般的な鎮静剤…なども試そうと思いましたが…意味はないと前回でわかっていまして…」
【主治医】「食事で補えない分として、アミノ酸製剤…ビタミンC剤…そのほか基本的な栄養を薬で補っています」
【主治医】「後、抗生物質の投与です…」
【主治医】「ですが…回復の見込みがないのが現状です…」
【直哉】「そうですか…」
【主治医】「前回は急激に回復を示し始めました…」
【主治医】「今回もそれを望むしか…ない………それが私の結論です」
【主治医】「もちろん、持てる能力を全て尽くしますが…」
【直哉】「はい」
【主治医】「私に出来る事は見守る事です」
【直哉】「ありがとうございます」
遼風彩音とかかれた主治医の持っているカルテは相当の厚さだった。
表紙はぼろぼろになり、手垢がぎっしりとついている。
それだけも努力の成果がわかる。
【主治医】「それでは、私は他のところに行きます。何かあったらナースコールをして下さい」
【直哉】「はい」
…
……
………
彩音に取りつけられた心電図は等間隔に音を刻み、時も等間隔で進んでいく。
思えば…10月のはじめ…。
丘の上で出会った時…、彼女は笑っていた。
俺に対して笑っていた。
自分で言うのもなんだが、オーラみたいなものを出していたと思う。
人を遠ざけるような雰囲気。
でも…そんな中、彩音は俺に声を掛けてくれた。
そして…気がついたらここまで来ていた。
同じ過ちを繰り返す事になると知っていても…俺はここまできてしまった。
そして…彩音を殺してしまうだろう。
死神…またお前に生命力を開け渡してしまうんだな。
でも…今度は違う…。
俺の…自らの意思によって…お前に渡している。
望んでいた結末なのかもしれない。
悲劇の主人公を演じる事が…。
偶然と言う運命…。
俺への運命(さだめ)。
これが運命なら…受けてやるよ。
【直哉】「彩音が…皆が俺を強くしてくれた」
【直哉】「そして…今の俺が居る…」
【直哉】「ありがとう…彩音」
彩音の体の向きを変えようとして、俺は立ち上がった。
【彩音】「………うっ………」
【直哉】「起きたか?」
【彩音】「ん…う~ん………直哉………さん?」
【直哉】「こんばんは」
【彩音】「もう………そんな時間なのですか?」
【直哉】「あぁ。彩音はネボスケだな」
【彩音】「………今日…だけですよ」
気のせいだろうか、彩音の顔色が朝より悪かった。
とりあえず、ギャジアップをして彩音の体を起こす。
【直哉】「夕ご飯あるけど、どうする?」
【彩音】「食べたいです。流石に…おなかがすきました」
ふぁぁ~…。
彩音の欠伸。
ぼぉ~…。
あれだけ眠っているのにな…。
【直哉】「あぁ」
俺はスプーンに煮物を取ると、彩音の口元に運んだ。
口を開け、それを食べる彩音。
美味しそうに食べている。
【彩音】「直哉…さんの、食事は………すんだのですか?」
【直哉】「あぁ。俺はネボスケじゃないからな」
【彩音】「少し………言い過ぎです…」
【直哉】「ごめん」
【彩音】「わかれば…いいです♪」
【直哉】「あぁ」
彩音の食事はゆっくりと進む。
あの時とは…大違いだな。
一瞬、ケーキの大食い大会を思い出してしまった。
自然と顔がほころぶ。
【彩音】「何を…笑っているのですか?」
【直哉】「いや…思い出し笑いだ」
【彩音】「1人で笑っているだなんて…酷いですね」
【直哉】「彩音にいったら確実に怒られるから止めておくよ」
【彩音】「気になります…」
【直哉】「秘密だ」
【彩音】「うぅ~」
…
……
………
食事が終わってから一時間もしないうちに彩音の瞼が重くなってきた。
【彩音】「直哉さん…。コップに…水を汲んできてもらえますか?」
【直哉】「わかった」
【彩音】「流石に…のどが乾いてしまって…」
【直哉】「わかった」
…
……
………
ゆっくりとそれを飲む彩音。
コップは俺が持っている。
彩音が首を上下に動かす。
もう大丈夫と言う意味だろう。
俺はコップを彩音の口元から離した。
肌とは対象に、そこは潤いを見せていた。
【彩音】「ありがとうございます」
【彩音】「あたしは………もう寝ますね」
【直哉】「あぁ」
【彩音】「お休みなさい」
【直哉】「おやすみ」
…
……
………
今日もまた1日が終わる…。
彩音は…明日、朝日を見る事が出来るのだろうか…。
明日…俺は彩音と会話する事が出来るのだろうか…。
そこまで考えて、俺も寝る事にした。
明日に備えて…。
…
……
………