Top > ウェブ公開作品 > 小説 > 長編小説 > ReSin-ens > 本編 -第14章-
【中村】「やぁ、居元君」
【直哉】「こんにちは、中村先輩」
玄関で呼びとめられる。
明らかに待ち伏せをしてた様子だ。
【中村】「実は遼風に頼まれていた本があるんだが、私の変わりに遼風に渡してくれるか?」
【直哉】「別に構わないですよ」
【中村】「それはよかった。いきなり会議に呼び出されてしまってな」
【直哉】「お疲れ様です」
【中村】「まぁ、そう言う事だから、お願いするよ」
【直哉】「わかりました」
【中村】「っと、1つだけ。途中落としたら…お前の命は無いぞ」
【直哉】「わかりました」
…
……
………
【直哉】「こんにちは~」
【彩音の母】「こんにちは」
【彩音】「こんにちは、直哉さん」
【直哉】「彩音、中村先輩から本を預かってきたぞ」
【彩音】「本当ですか?」
【直哉】「なんか…凄い深刻な顔して『途中落としたら…お前の命は無いぞ』とか言われたけどな」
【直哉】「それに…凄く厳重に包んであるし」
【彩音】「ありがとうございます」
【直哉】「あれ…そのタオルは?」
彩音のお母さんが彩音の髪をタオルで撫でている。
【彩音の母】「先日お話した…髪を拭いているのです」
【直哉】「あぁ…」
あの話しか。
【彩音の母】「やってみますか?」
【直哉】「はい」
そういうと彩音のお母さんはもう1枚のタオルを俺に渡した。
固く絞ってあるのか、ほとんど水気はなかった。
【彩音の母】「…あまり強く拭きすぎると…薬の副作用で髪が抜けてしまうので…優しくお願いしますね」
【直哉】「…わかりました」
【彩音】「それでは、お願いします」
【直哉】「あぁ、任せておけ」
彩音はその言葉と同時に目を閉じた。
【彩音の母】「それでは一度やってみますので、見ていて下さいね」
【直哉】「はい」
彩音のお母さんはタオルを持つと、彩音の髪をもち、ゆっくりと表面を撫でるように繰り返し繰り返し拭いていく。
気持ちいいのか、彩音は安らかな顔で目を閉じている。
【彩音の母】「このような感じです」
【直哉】「わかりました」
【彩音】「直哉さん、お願いしますね」
【直哉】「任せておけ」
俺は彩音のお母さんと同じように彩音の髪を持つと、表面を撫でるように拭いていく。
【彩音の母】「そうです、そんな感じです」
【彩音】「直哉さん…上手いですね」
【直哉】「そういってもらえると嬉しい」
彩音のお母さんの言葉が気になる。
薬の副作用…。
ドラマとかでしか見た事が無いが、薬の副作用によっては髪の毛が抜ける事があるらしい…。
…それだけ強い薬を使っているのだろうか…。
そんな事を考えるだけで苦しくなってくる。
どれだけの薬を用いても直らない不治の病…。
生命力そのものを奪ってしまう、俺の『力』。
【彩音の母】「居元君…手が止まっていますよ」
【直哉】「あぁ…すみません」
俺は彩音のお母さんの言葉に促され作業を再開した。
…
……
………
【彩音】「すぅ………」
いつからか彩音自身から寝息が聞こえてきた。
【彩音の母】「あらあら…」
【彩音の母】「居元君…少しの間、背中を支えてもらえますか?」
【直哉】「えっ…はい」
俺は彩音の背中を押さえた。
【彩音の母】「ジャギアップしますね」
そういうと彩音のお母さんは彩音の足の方へ移動すると、ハンドルを回して、ベッドの頭の方を持ち上げた。
【直哉】「なるほど」
【彩音の母】「それでは、再開しましょう」
…
……
………
【直哉】「終わりましたね」
綺麗に拭かれた彩音の髪は風呂上りのあの時ほどではないが、輝きを取り戻していた。
【彩音の母】「ありがとうございます」
【直哉】「いえ」
【彩音の母】「いつもいつもすみません…。それに…明日のお出かけまでしていて頂いて…」
【直哉】「俺こそ、皆さんにはお世話になっていますから」
【彩音の母】「ご迷惑おかけします」
【直哉】「いいですって…。それに俺に出来る事も…このぐらいしかないので…」
【彩音の母】「居元君が居てくれるだけで彩音の支えになっていますから…そんなに謙遜しないで下さい」
この間も言われた…。
俺は彩音を笑わせていると…。
彩音を元気にしていると…。
それならば………。彩音が笑っているところを見られるなら………。
【音瀬】「こんにちは」
【彩音の母】「こんにちは」
【音瀬】「眠って…いるんですね」
【直哉】「あぁ、ついさっきな」
【音瀬】「それは残念です」
【彩音の母】「すみませんね…。最近眠っている時間がどんどん長くなっていく一方で」
【直哉】「そうなんですか?」
【彩音の母】「1日毎に長くなっていくんです」
【彩音の母】「彩音はやはり『疲れているから』と言うんです」
【音瀬】「早く元気になるといいですね」
【彩音の母】「はい」
そんな会話を聞いていられなくなってきた。
【直哉】「っと…もうこんな時間か」
【音瀬】「そうだね…。部活が終わってから私もここにきたし…」
【直哉】「それでは、俺はそろそろ戻ります」
【音瀬】「私も戻りますね」
【彩音の母】「はい。あっ…居元君」
【直哉】「なんですか?」
【彩音の母】「明日から…しばらくお願いします」
【直哉】「はい。俺に任せて下さい」
【彩音の母】「基本的な事は看護師さんがやってくれますけど…流石に話し相手までは手が回らないので」
【直哉】「俺でよければ」
【彩音の母】「それでは、よろしくお願いします。お引き止めしてすみませんでした」
【直哉】「はい。それでは」
【音瀬】「さようなら」
【彩音の母】「はい、さようなら」
…
……
………
【音瀬】「しかし…居元先輩も『力』を持っているなんてね…」
【直哉】「!? なんで音瀬が知ってる…」
【音瀬】「そりゃあ、彩ちゃんの友達だし…」
【直哉】「だからって…彩音が言わない限り音瀬が知るわけないと思うんだが…」
【音瀬】「彩ちゃんの…前の恋人も『力』を持っていたのは知ってるよね?」
【直哉】「あぁ、この間聞いた」
【音瀬】「それが中学校の頃だといったら…納得してくれるかな」
【直哉】「なるほどな…」
彩音と音瀬は中学校からの友達だ。
そう言えば…一つだけ聞きたいことがあった。
音瀬は彩音のどんなところが好きなんだろうか…。
俺が抱いている『好き』と言う感情とは違うという事はわかっている。
だけど音瀬も彩音が好きだ。
だからこそ、気になった。
【直哉】「話の腰を折ってしまって悪いけど、一つだけ聞かせてくれ」
【音瀬】「なんですか?」
【直哉】「音瀬は彩音のどこが好きなんだ?」
【音瀬】「…少なくとも、テレビのドラマと、ファッションと、オトコの話しかしない人には興味はないです」
【直哉】「…」
【音瀬】「彩ちゃんが好きな理由は沢山あります。居元先輩と同じで…」
【音瀬】「それで………1つだけ聞きたい事があるの」
【直哉】「なんだ?」
【音瀬】「他の質問には答えなくて言いから…この質問にだけ答えて」
【音瀬】「居元先輩に…彩ちゃんが殺せる?」
質問による、と、言おうとしたら、既に音瀬は質問をしていた。
『殺せる?』それすなわち…本当に好きになる事が出来るか。
彩音が死に近づいても彩音を愛し続ける事が出来るか、と言う質問だ。
【直哉】「そんなのは愚問だよ。俺はもう…自分の気持ちに嘘は付かない」
【音瀬】「そうですか…それならいいです…」
【音瀬】「彩ちゃんがいなくなることは私にとっても苦しい………。でもそれが『彩ちゃんの望む幸せ』なら私は何も言わない」
【音瀬】「彩ちゃんの幸せなら…っ………くっ…」
【音瀬】「私自身がどんなに…うっ…傷つ…いても」
【音瀬】「彩…ちゃんのため…だからっ…」
【音瀬】「彩ちゃんが好きだからっ…」
目に涙を浮かべる音瀬。
そんな音瀬を抱きしめようとするが、音瀬は自ら身を下げた。
【音瀬】「私なら大丈夫です。その人を守ろうとする居元先輩の気持ちは、彩ちゃんに向けてあげてください」
【直哉】「そう…か」
【音瀬】「楽しい時間だけ思い出の塊にして…ずっと…ずっと…その中で暮らして行けたらいいのに…」
【音瀬】「そうすれば…哀しいことなんて考えなくてもいいのに」
【直哉】「音瀬にしては悲観的だな。それに、そんな哀しい事はないと思うな」
【音瀬】「どう…して?」
【直哉】「だって…新しい楽しい思い出が作れないから…」
【直哉】「少なくとも今の俺は過去の思いでだけにすがって生きていこうとは思わない」
【直哉】「新しい…楽しい思い出を作りたいから…」
【音瀬】「そうだ…ね」
急激に音瀬の表情が和らぐ。
【音瀬】「それでは私はこの辺で失礼しますねっ♪ 少し用事があるので」
【直哉】「あぁ。じゃあな」
【音瀬】「バイバイ♪」
俺は交差点で音瀬を見送ると家に戻った。
【直哉】「ふぁぁあああ」
朝。
いつもの朝が来る。
天気は幸いにも晴れ。
予報だと暖かくなるそうだ。
これなら…大丈夫だろう。
夜になると放射冷却で冷えるかもしれないけどな…。
一通り朝の準備を終え、朝食を取ると俺は家を出た。
…
……
………
【直哉】「…あまり遅くなると寒くなってしまうな…」
4時間目の授業中、彩音の事を考えていた。
今日は外に出かける日。
遅くなると彩音の体力を寒さで消耗してしまう…。
【直哉】「だとすると…」
俺は生徒手帳を取り出すと、欠席理由書のページを開いた。
理由は…どうするか…。
『お見舞い』
…弱い…。
『病人介助のため』
…もう少し…かな。
『患者両親の理由により、患者の介助が今日1日必要なため』
よし…これでいい。
つか…そのまんまなんだけどな。
チャイムと同時に俺は学担のところに向かった。
【直哉】「と言う事で、午後からの欠席を許可お願いします」
【担任】「わかった…。大変だと思うが、頑張ってくれ」
【直哉】「ありがとうございます」
…
……
………
昼休み。
時間は12時20分。
短縮授業が幸いし、いつもより4時間目も早く終わる。
【直哉】「茜、俺午後の授業抜けるから」
【茜】「どうしたの?」
【直哉】「もう…最期だから…」
『最期』…。そのことばを聞いて茜の顔が曇る。
そして…目尻に涙をためる…。
【茜】「直ちゃん………。うん…、いってらっしゃい」
【茜】「頑張っている人に『頑張って』って言うものじゃないけど…私にはそれしか浮かばないから…」
【茜】「頑張って、直ちゃん♪」
【直哉】「あぁ」
昔から…茜に励まされると不思議と力がわいてきた。
きっとこれからもそうなんだろう。
そう言う関係でありたい。
そして、俺は大切な人を守れる人になりたい。
【直哉】「あぁ。じゃあな」
【茜】「じゃあね」
…
……
………
【直哉】「こんにちは~」
って…眠っているのか…。
【直哉】「こんなに…気持ちよさそうなのにな…」
彩音は今戦っている。
俺と…。
俺の力と…。
勝ち目の無い戦い…。
俺が居る限り…この闘いは続く…。
彩音自身が死ぬまで…。
【直哉】「…」
俺はベッドに腰掛けると、彩音の頬に手を触れた。
冷たい…。
かさかさと言う表現が適切なほど彩音の肌は艶を失っていた。
その肌は白く…吸いこまれていきそうだった。
【彩音】「うっ…う………ん~」
どうやら起こしてしまったらしい。
【彩音】「………なお………直哉…さん?」
【直哉】「あぁ、俺だ」
【彩音】「今日は…早いのですね」
【直哉】「午後の授業を休んできた」
【彩音】「さぼり…ですか?」
【直哉】「きちんと許可は取ったぞ」
【彩音】「それなら…いいです」
【直哉】「ご飯…食べたのか?」
【彩音】「まだ…です。眠っていたので…」
【直哉】「ちょっと待ってろよ」
俺は部屋を出る。
確か…ご飯はホールにコンテナーにこの階の患者のぶんが集められているはずだ。
【直哉】「…407号室………あった」
彩音の昼ご飯を見つける。
メモとして『睡眠中のため、再配達必要』とトレーの上に乗っていた。
飲み込みやすく、さらに、消化をよくするために流動食になっている。
時間を掛けて煮込み、柔らかくして食べ安くした野菜や肉食るいも僅かながらあった。
動く事のほとんど無くなった彩音にとってはこのぐらいで十分なんだろう…。
けど…そんな食事ですら、俺に現実を叩きつける。
【直哉】「っと、早く行くか」
俺はトレーを取ると病室に戻った。
…
……
………
【直哉】「ほら、昼ご飯を持ってきたぞ」
【彩音】「ありがとうございます。ちょっと待ってくださいね」
【直哉】「起き上がるのなら…手伝うぞ?」
【彩音】「お願いします…」
【直哉】「任せておけ」
俺は彩音の母親がやっていたように彩音の背中に手を回すと、ゆっくりと彩音を起こした。
【彩音】「この辺で大丈夫です」
【直哉】「手を…離すぞ?」
【彩音】「はい」
俺はゆっくりと彩音から手を離した。
【彩音】「あっ…」
とたんに彩音の体が元の姿勢に戻る。
【直哉】「おいっ、大丈夫か?!」
【彩音】「はい………。すみません。もう、自分自身を支える事すら出来ないみたいです………」
【彩音】「直哉さん、ベッドのハンドルを回してもらえますか?」
【直哉】「確か…ここにあったよな」
俺は彩音の足の方へ移動した。
【彩音】「ギャジアップしてもらえますか?」
【直哉】「あぁ」
俺はハンドルを回し、彩音の頭の方を持ち上げるようにベッドの形を変えていく。
【彩音】「もう、大丈夫です」
【直哉】「そうか」
【彩音】「あの…もう一つお願いが…」
【直哉】「なんだ?」
【彩音】「あの………スプーンを………取って頂けませんか?」
【直哉】「まさか………」
【彩音】「はい…。スプーンを持つ事は…出来るのですけど…それを口に運ぶ事が…。手を肩より上に上げる事が辛いので…」
【直哉】「わかった」
俺はトレーの上に載せられたスプーンをとると、
【直哉】「どれから食べる?」
【彩音】「そうですね…では、それを―――」
…
……
………
【彩音】「ありがとうございます」
【直哉】「いいってことよ」
一通り彩音の食事が終わった。
トレーをラックに返してくる。
【直哉】「さて、これから外に出るんだけど…準備とかはあるのか?」
【彩音】「そうですね…医師の許可証がそこにあるので、とって頂けますか?」
【直哉】「これか…」
医師のサインと彩音の両親の印が捺印されている。
【彩音】「あとは…車椅子です…」
【直哉】「これか…」
俺は部屋の隅に置かれた車椅子を開いた。
【直哉】「さて…、それじゃあ行くぞ」
【彩音】「はい」
【直哉】「ちょっとまってろ。今ふとんをどけるから…」
【彩音】「はい」
俺は彩音の横に立つと毛布をのけた。
【直哉】「っと」
彩音を持ち上げる。
【彩音】「お姫様抱っこ…ですね」
【直哉】「なっ!?」
『お姫様抱っこ』と言う言葉の魔力によるダメージは大きい。
一瞬、力が抜けた。
【直哉】「びっくりさせるな。落とすところだったぞ」
【彩音】「ごめんなさい…」
俺は彩音を車椅子の上に載せた。
予想より軽かった彩音。
元から痩せているのだろうが、今はさらに痩せているように俺は感じた。
40キロは絶対にないと言いきれる。
【彩音】「その厚手の毛布とブランケットを…」
【直哉】「ちょっとまってろ」
俺はベッドから厚手の毛布を取りだし、側にあったラックからブランケットを取り出すと、それらを彩音の膝に掛けた。
【彩音】「直哉さん…ブランケットは…肩の方にお願いできますか?」
【直哉】「あぁ、すまん」
言われたとおり、ブランケットを肩に掛け直す。
【直哉】「これでいいのか?」
【彩音】「はい。これで最後ですが、その本を持ってもらえますか?」
【直哉】「どれだ?」
ベッドの回りに置かれている大量の本。
【彩音】「えっと…直哉さんのすぐ側にある…」
彩音が指差す方を見る。
【彩音】「あっ、はい。それです」
見た事のある本だった。
持ち出し禁止の本だ。
【直哉】「これって…『空[sora]』じゃないか」
【彩音】「お願いして特別に持ってきてもらいました」
【直哉】「いいのか?」
【彩音】「中村先輩なら大丈夫です」
【直哉】「なるほどな」
【彩音】「では、行きましょう。お願いします」
【直哉】「あぁ。行くぞ彩音」
…
……
………
【彩音】「やはり…外の空気はいいですね」
【直哉】「あぁ」
【彩音】「自然…素晴らしいです」
【直哉】「あぁ、やっぱり人間は自然の中で生きるものなんだものな」
帰省本能と言う奴だろうか…。
【彩音】「太陽のあたるところに行きたいです」
【直哉】「それじゃあ………あそこにでも行ってみるか」
【彩音】「お願いします」
…
……
………
【彩音】「ここが…いいです」
彩音が選んだ場所は今の時間、1番太陽があたる場所。
雪は溶けてはいるものの、風は肌を差す。
【彩音】「直哉さんも…座ってみたらどうですか?」
【直哉】「ん、そうする」
俺は草の上に座った。
心配したほど草は濡れてはいなかった。
【彩音】「本を…読んでもいいですか?」
【直哉】「そのために来たんだろう?」
【彩音】「はい」
【直哉】「俺の事は心配いらないさ」
【彩音】「………わかりました。それでは…」
【直哉】「あぁ」
彩音はゆっくりとページを捲った。
…
……
………
ペラ…。
また1つページが捲られる。
もう…何時間そうしていただろうか。
飽きもしないで俺は彩音の側に居た。
たまに話しながら…。
だけど…飽きる事は無かった…。
考える事がありすぎて…。
いつしか俺の頭の中は彩音だけになっていた。
【直哉】「ん?」
ページを捲る音がしなくなったと思って彩音の方を見た。
彩音はページを捲る手を休め、目をつむっていた。
息は聞こえる…。
眠っているだけだろう…。
【直哉】「…」
そうだ…。
俺は近くで車椅子を押していた看護師を見つけると声を掛けた。
【直哉】「すみません…毛布とか…ありますか?」
【看護師】「それなら…リネン室にあります」
【直哉】「リネン室?」
【看護師】「病院内の毛布などがある場所です。そこの入り口を入って左側の通路にあります。すぐわかりますよ」
【直哉】「ありがとうございます」
俺は言い終わると同時に走り出した。
リネン室を見つけるとドアを開ける。
【直哉】「すみません、毛布を1枚お願いできますか?」
【用務員】「ほらよっ…と!」
勢いよくとんでくる毛布。
俺はそれを受け止めるとリネン室を後にした。
【直哉】「はぁ…はぁ…」
彩音のところに戻ってくるとさっきと同じ姿勢で眠っていた。
俺はゆっくりと彩音に毛布を羽織らせる。
ブランケットを羽織っているといったって…寒いだろう…そう考えた末の行動だった。
…
……
………
ゆっくりと時間は流れる。
既に夕日は沈みかけ、辺りに夜の帳が下り始めた頃、彩音は目を覚ました。
【彩音】「………直哉………さん?」
【直哉】「あぁ、起きたか」
【彩音】「はい。すみません………寝てしまって」
【直哉】「俺は別に構わないさ」
【彩音】「流石にそろそろ戻らないと皆さんを心配させてしまいますね」
【直哉】「それじゃあ、戻るか?」
【彩音】「はい………」
少し名残惜しそうながらも彩音は微笑んだ。
冬の風が彩音の髪を靡かせ、すこしだけその顔を遮った。
でもその隙間から見える笑顔だけでも十分だった。
…
……
………
【直哉】「しかし、これからどうするんだ?」
【彩音】「夜ですか?」
【直哉】「あぁ」
【彩音】「そうですね…看護師さんにお願いして…頑張りたいと思いますけど…」
彩音の事だ、迷惑が掛かると思っているのだろう。
病院といっても夜の間に居る人はほとんど居ない。
看護師長と言う、各科を管理する人も夜の間は1人しか居ない。
看護師の数だって限られてくる…。
それをよく知る彩音だからこそ、迷惑は掛けたくないのだろう。
そうだとしたら…俺がやる事は1つだけ。
彩音のお母さんに『任せて下さい』と自分でいったんだ。
このぐらいやってみせる。
【直哉】「なんなら、俺が付き添ってやるよ」
【彩音】「えっ…そんな…」
【直哉】「直哉さんに迷惑が掛かるといけないので…だろ?」
【彩音】「はい…」
【直哉】「前にもいったが、俺は迷惑とは思っていない。むしろ頼ってもらって嬉しいぐらいだ」
【彩音】「でも………」
【直哉】「俺に任せておけって。彩音から教わる事も…彩音から勇気だって…沢山もらったからな」
【直哉】「こんどは俺の番なんだよ」
【彩音】「………」
【直哉】「だめか?」
【彩音】「………それでは………お願いします」
彩音は赤くなって俯いた。
親に頼む事は容易でも他の人…尚且つ、男の人に頼む事にも気が引けるのだろう。
【直哉】「さて…俺は初めてだからな…。どうすればいい?」
【彩音】「そうですね…夕ご飯をお願いできますか?」
【直哉】「わかった」
俺は昼と同じようにホールに向かった。
案の定、昼と同じ場所に彩音の食事は用意されていた。
俺はそれを持ち彩音の部屋へと戻った。
…
……
………
【彩音】「ご馳走様でした」
【直哉】「おそまつさまでした」
【彩音】「直哉さんの食事はどうするのですか?」
【直哉】「そうだな…売店ででも買ってくるか」
【彩音】「売店は5時でしまってしまいます。食堂に行って食べるか、この部屋に持ってきて頂いて食べるかのどちらかになりますよ」
【直哉】「なら、持ってきてもらうか」
【彩音】「はい」
【直哉】「どうすればいいんだ?」
【彩音】「ナースセンターに頼めば持ってきて頂けます」
【直哉】「じゃ、ちょっと行ってくるよ」
【彩音】「はい」
…
……
………
【直哉】「しかし…この広い病室に1人と言うのも寂しいものだな」
【彩音】「そうですね…個室と言うのはやはり寂しいですね」
【直哉】「まぁな。彩音のような性格だと寂しいだろうな」
【彩音】「そうですね」
【彩音】「ところで直哉さん、今日は泊まる用意をしているのですか?」
【直哉】「そういえば…」
【彩音】「ふとんは…お母さんが使っているものを使うとしても…洗面セットなどは」
【直哉】「まぁ、売店で揃えるさ」
【彩音】「それならいいです」
【直哉】「そういえば、彩音はテレビを使わないのか?」
【彩音】「あるのですけど…ほとんど使っていないですね」
【直哉】「本を読んでいるからか?」
【彩音】「はい」
【彩音】「そうです、直哉さん、お願いがあるのですけど」
【直哉】「どうした?」
【彩音】「体を横に倒すのを手伝って頂けませんか?」
【直哉】「横に?」
【彩音】「はい。本を読むにはこの姿勢ですと疲れてしまいますし…」
【直哉】「そうか」
彩音は今ギャジアップされたベッドによりかかった形で座っている。
しかし、このままだと本を俯いた姿勢で読まないといけない。
寝た状態で1日の半分以上を過ごす彩音にとっては首を酷使する作業を嫌うのは当然だろう。
それなら、横を向いていると自分の顔の近くに本を持ってくる事が出来る。
ページを捲る事も楽になるし、なにより、首が疲れない。
そういう選択肢を用意されたら、俺だって横を向いて本を読む。
ひとまず俺はベッドを水平にした。
【直哉】「さて、じゃあ、ちょっと触るぞ」
【彩音】「はい」
俺は彩音の肩を自分の方に回し、彩音の体を横向きの姿勢に変える。
その後、クッションを使い、彩音の背中の辺りに挟んだ。
これで、よりかかってもいい態勢が出来上がる。
【彩音】「ありがとうございます。直哉さんはテレビを見ていても構いませんよ」
【直哉】「そうだな…。ちょっと出てくるよ」
【彩音】「どこにですか?」
【直哉】「近くのコンビニ。流石に家に戻って洗面セットを持ってくるのもだるいし、売店が開くのを待っていると時間がかかるしな」
【彩音】「そうですね。いってらっしゃい」
【直哉】「あぁ」
…
……
………
俺は近くのコンビニで最低限のものを揃えていく。
しかし、本当の目的はこれじゃなかった。
【直哉】「さて…病院に戻るか」
俺は夜間受付から病院に入ると、彩音の病室とは全く違う方に歩き出した。
休憩室。
夜でも電気がついているそこは、流石に誰も使っていなかった。
自動販売機から珈琲を買うと、俺は椅子に座った。
【直哉】「はぁ…」
考える事は彩音の事。
今の様子を見るともう時間もないだろう。
持って1週間…ぐらいだろうか。
あの時の記憶…中学校の時の初恋の人。
あの時も俺が殺している。
そう…いまと同じようにして…。
でもその時は『力』がこう言う風に働く事を知らなかったからだ。
今は…はっきりと自分のせいだと言える。
珈琲を一気に飲み干すとため息をついた。
大衆受けしそうな無意味に甘い珈琲がのどを潤す。
…
……
………
【彩音】「そういえば、直哉さん。『涙の珈琲』というものを知っていますか?」
【直哉】「涙の…珈琲? 知らないなぁ。どうしたんだ? 急に…」
【彩音】「直哉さんが珈琲をよく飲んでいるので思い出したのです」
【彩音】「ある作者の本で『珈琲を淹れる時自分の涙を一滴落として相手に飲ませると、恋が始まる』という文章があるのです」
【直哉】「へぇ…面白い話だな」
【彩音】「これは作者の創造だと思うのですが、他にも何か面白い物があるかもしれません」
【直哉】「面白い話だな。今度探してみるか」
【彩音】「はい」
【直哉】「まぁ、雪というのも面白いかもしれないな」
…
……
………
…なぜこんな事を思い出したのだろう。
図書館で交わした短い台詞。
そこに何が込められているのだろう。
恋…なのだろうか…。
【直哉】「自分の力で落ちこむのではなくて、彩音のために今、自分が何を出来るのかを考える事が大事だな」
考えを振り切るかのように俺は誰も居ないところに向かって言った。
【死神】「やぁ」
死神の声。
声のした方を振り向くと、死神が居た。
【直哉】「よくもこんなところにおめおめと出てこられたもんだな」
【死神】「あの子の生命力は美味しいね」
【死神】「もっとすぐ死ぬと思っていたけど、あのこは強い。なかなか死なないね」
【死神】「まぁ、私としてはそっちの方が嬉しいんだけどね」
【直哉】「なっ!」
【死神】「無駄無駄…。今の君には私に障る事すら出来ない」
【死神】「でも、もうすぐ終わりだね。最期が近い」
【直哉】「…」
【死神】「それじゃ、私はもう出てこないね。終焉の時に、またあうだろう」
そういうと死神は俺の目の前から姿を消した。
…。
関係ない。
死神がなんと言おうと、俺は彩音に誓った。
【直哉】「さて、いくか」
…
……
………
【直哉】「ただいま~」
って…眠っていた。
【直哉】「…」
本当によく眠る。
あれだけ眠っていてもまだ眠くなるらしい。
彩音の寝顔を見るといつも心配になる。
このままもう二度と目を覚まさないのではないか。
今日見た夕日を見ても、明日朝日を見れるとは限らない…。
そんな考えが浮かんでくる。
だから彩音が目を覚ますたびに嬉しくなる。
次に彩音の目覚める顔を見るのはいつなのだろうか…。
そんな事を考えている間に夜はふけていった。
22:00
彩音の話だと消灯の時間らしい。
さてと…俺も寝るか。
病院に居る限りは自分勝手な生活を送る訳には行かない。
俺は彩音のお母さんが使っていたと思われるふとんを引っ張り出すと床に広げた。
【直哉】「おやすみ、彩音」
【直哉】「っと…、彩音の姿勢を変えないと」
俺は彩音のお母さんがいっていた事を思い出した。
彩音の背中に挟んであるクッションをゆっくりとはずすと、彩音の体を仰向けに変化させた。
【直哉】「これで…よし」
彩音の体に触れるたびに彩音が痩せていく事がわかる。
見た目にも筋肉は衰え、はだの色を欠き、段々と軽くなっていく。
この間抱き上げた時、その重さは予想していたより軽かった。
…寝るか。
これ以上考えても仕方が無い。
【直哉】「おやすみ」