Top > ウェブ公開作品 > 小説 > 長編小説 > ReSin-ens > 本編 -第13章-
【直哉】「よっ」
【彩音】「あっ、直哉さん。こんにちは」
【直哉】「こんにちは」
【彩音】「きょうは早いですね」
【直哉】「掃除が早く終わったからな」
【彩音】「そうなんですか?」
【直哉】「あぁ。廊下掃除だからあっと言う間に終わった」
【彩音】「廊下掃除は楽ですからね」
【直哉】「全くだ。教室だと疲れるけどな」
【彩音】「はい」
【音瀬】「こんにちは~、彩ちゃん。あれ? 居元先輩早いですね?」
【直哉】「まぁな」
【彩音の母】「こんにちは、皆さん」
彩音のお母さんが、彩音の背中の下に手を入れ彩音を抱き起こした。
【直哉】「あっ、彩音のお母さん…。こんにちは」
【音瀬】「こんにちは~」
【彩音の母】「はい。こんにちは。彩音、はい」
そういうと彩音のお母さんは彩音にクッションを手渡した。
また…クッションか…。
【音瀬】「彩ちゃん、元気にしてる?」
ぎゅぅ~う…。
丁度、音瀬の胸の辺りに顔をうずめられ、ちょっと苦しそうだったが、嬉しそうにも見える。
女同士だけど、少し嫉妬してしまった。
【直哉】「そのクッションなって…何に使うんですか?」
俺は話題を変える事にした。
【彩音の母】「それは…秘密です♪」
【直哉】「へっ?」
これ以上この話題も微妙だな…。
【直哉】「今思うと、彩音とか音瀬って結構面白い名前だよな」
【彩音】「そうですか? あたしは結構好きですけれど」
【音瀬】「音瀬は珍しいかもね」
【直哉】「あぁ。しかし『彩る音』って書いて『あやね』って読むのも面白い」
【彩音】「それなら、やはり『音瀬』と言う名字も珍しいと思います」
【直哉】「電話帳で探してもなかなか見つからなそうだな」
【音瀬】「でも本当に珍しいのは、『遼風』だと思うけど?」
【直哉】「『春』に『風』ならなんとなくわかるけど、『遼』に『風』なんだものな。はじめは絶対読めないよな」
【彩音】「新学期の1度目の出席確認ではほとんど間違われてしまいます…」
【音瀬】「まぁ私も似たようなものかな。見た目で『おとせ』でなんとなく読めそうだけど…流石に時間が掛かるね」
【彩音】「名字も名前も読まれなかった時は寂しいです…」
【直哉】「それは結構痛いな。俺なんてどこにでもあるような漢字だし」
【彩音】「名前には名付け親の願いが込められているそうですよ」
【直哉】「俺は…わかなないや。名付け親が家にほとんどいないしな」
ほとんどと言うか、居ない。
母親は死んだし…父親だって金だけ置いてどこかにいっている。
家族と言うものが…実感できない。
【彩音】「あたしは…なんなのでしょう?」
【音瀬】「そういえば、私も知らないわね。聞いてみよう」
【直哉】「あぁ。結構面白いかもしれない。電話帳でたまたま見つけたとか、漢字がよさそうだからとかな」
【彩音】「そんな単純な理由なわけないですよ」
【音瀬】「そうそう」
【彩音の母】「凄く悩んだのですから」
【直哉】「由来はなんなのですか?」
俺は…何なんだろうな?
直哉…素直な…?
【彩音の母】「彩音には…『全てのものを彩る事が出来る、身近に存在する音のような存在であって欲しい』と言う意味があるのよ」
【彩音の母】「分かりやすく言えば、『他の人に流されず、素直な自分を表現し続け、回りと自分を彩って生きて欲しい』と言う意味なの」
【音瀬】「へぇ~…。素敵な名前…」
【直哉】「凄い由来ですね」
【彩音】「初めて聞きました………」
欠伸…。
【直哉】「まぁ、名前一つ取っても色々あると言う事だな」
【音瀬】「そうですね」
【彩音の母】「ちなみに夫…真也は、酔った勢いでつけられたらしいです」
【直哉】「凄い話ですね…」
【直哉】「ん? 彩音…眠そうだな?」
さっきから目をこすったり…欠伸をしたり…。
眠そう以外の感想を持つ事が出来ない。
【彩音】「…ごめんなさい…直哉さん…もう………疲れてしまいました………」
【直哉】「そうか………。じゃあ、俺はもう帰るな」
【音瀬】「バイバイ、彩ちゃん」
【彩音】「うん」
【直哉】「こんにちは」
【彩音の母】「こんにちは」
【直哉】「あっ…眠っているんですか?」
【彩音の母】「はい…。ついさっきまでは『直哉さんが来るまでは絶対起きている』って言っていたんですけどね」
【直哉】「そうですか」
【彩音の母】「そうです、今日は質問があるのですよ」
【直哉】「なんですか?」
彩音のお母さんは珍しく真剣な顔をしている。
いつも笑顔を絶やさない人だった。
だけど…今、そのお母さんが真剣な顔をしていた。
…何を聞かれるのだろうか?
【彩音の母】「正直な話、彩音をどう思いますか?」
【直哉】「どう…って…」
ちょっとびっくり。
【彩音の母】「はい」
彩音の事をどう思うか?
つまり………好きか嫌いか? と言う事だよな。
【直哉】「そりゃあ…好きですよ」
殺してしまうぐらい…。
【彩音の母】「それを聞いて安心しました」
【直哉】「? それだけですか?」
【彩音の母】「はい♪」
【直哉】「お母さん、…これは彩音に聞いた方がいいと思うんですけど…」
【彩音の母】「なんですか?」
【直哉】「ここって…食事美味しいのですか?」
我ながら凄い質問だと思う。
でも仕方がない。
気になったのだから。
【彩音の母】「そうね…彩音はよく食べる子ですからね…」
今までの出来事でそれは証明されている。
文化祭の時も………。
その後のケーキ大食い大会の時も………。
【直哉】「差が激しいですけど…」
でも普段はほとんど食べない。
あの喫茶店に行った時もそうだった。
確か………なんかの軽食を頼んだんだよな………。
その割には、ショコラに行った時は食べてたし…。
【彩音の母】「出されたものは何でも食べますから…好き嫌いが無くてとても助かります」
【直哉】「なるほど…」
わかる気がする。
【彩音の母】「彩音の話ですと、美味しいらしいですよ」
【直哉】「へぇ…」
【彩音の母】「食堂には外部のお客さんも来るぐらいですから」
【直哉】「そうなんですか?」
【彩音の母】「ですが…先日食事制限がかかってしまって…。五部粥から流動食へ切り替えられてしまったんです…」
五分粥………。
通常食、五分粥、全粥、流動食の順番で切り替わっていくと誰かに聞いた事がある気がする。
彩音は既に最終段階なのだ。
【直哉】「………」
【彩音の母】「もう、食べるのも辛いぐらい…弱ってしまって…」
【彩音の母】「それよりも、消化吸収をし安くするためらしいですが………」
【直哉】「あんなに…元気そうなのに…」
【彩音の母】「皆が来る時だけです…元気にしているのは…」
【直哉】「そんな…」
【彩音の母】「それ以外はほとんど眠っています…。疲れているから…と本人はいっていますけど…」
違う…。
生命力を少しでも温存するための睡眠だ…。
確かに、体力も削られるから疲れ安くはなっているはずだけど…。
もしかしたら、そっちの方が大きいのかもしれない。
体力の消耗=生命力の減退…か。
【直哉】「そんなに…」
【彩音の母】「以前にも似た事がありまして…」
彩音の初恋の人だ…。
あの時聞かされた………。
【彩音の母】「あの時はかろうじて乗りきったのですけど…。今回はそれより状態が酷くて…。弱っていく一方で…」
【直哉】「そう………………………なんですか?」
誰のせいだ…。
自分のせいだろ?
全て…。
前より状態がひどい。
それは………彩音に対する愛情が俺の方が大きいと言う事にもつながる。
それを聞いて少しだけ嬉しかった。
でも悲しみの方が大きかった。
【彩音の母】「でも、居元君が居てくれて助かります」
【直哉】「俺が…ですか?」
【彩音の母】「居元君や紗ちゃん…茜さんや中村さんが居る時は彩音の元気な姿が見られるので…」
っ…。
俺が居るから…元気な姿が見られる…?
誰のせいだよ…彩音がこんな風になっているのは…。
でも………。
彩音の願いなら…それが彩音の願いなら…。
俺はどんなに苦しくてもいい。
【彩音の母】「ですから、先ほど聞いた質問の答えに安心したのです」
【直哉】「なるほど…」
彩音の事が嫌いなら…俺は来なくなる…。
彩音の元気な姿が見られなくなる彩音のお母さんにとっては…それはとても苦しいに違いない…。
【直哉】「俺でよかったらいつまでも付き合いますよ」
だから、いった。
【直哉】「俺は、彩音が本当に…好きですから」
自分のいった台詞に恥かしくなって俯いてしまう。
【彩音の母】「ありがとうございますね」
【直哉】「いえ」
【彩音の母】「彩音も居元君の事が好きですから…。居元君…貴方にはお話しておきたい事があるんです」
【直哉】「なんですか?」
【彩音の母】「昨日聞いたクッションの事です」
【直哉】「あぁ…それですか」
【彩音の母】「実を言いますと、彩音は既に自分で寝返りを打つ事が出来ないんです。これはふとんが重いと言うのもあるのですが…」
【直哉】「そんな…」
【彩音の母】「ですから、誰かが体を横に向けた状態で寝せてあげないと…」
【直哉】「………」
【彩音の母】「寝返りをうてないので、私が手伝ってあげているんです」
【彩音の母】「左、真中、右と言うように順番に…」
【彩音の母】「寝ている時に体を触られても目を覚ます事は無いのです…」
【彩音の母】「クッションはその時…体を横向けにした時に背中に挟んで、体を押さえる役目をするのです」
【直哉】「そう………ですか」
【彩音の母】「もともとは、体が麻酔を掛けられた方向に傾くのを押さえる方法なのですが…。それを応用しています」
【直哉】「でも寝ている時に体の向きを変えられて目が覚めると言う事は無いのですか?」
【彩音の母】「以前は手を触れるだけで起きるほどの浅い眠りだったんですけど…今ではぐっすり眠っているのか、目を覚ます事はないです」
【直哉】「………」
【彩音の母】「居元君、さっき『お母さん』と呼びましたよね?」
どうだったか………。
いった気もするが。
おばさんと呼ぶのは失礼に値したから、そう呼んだのだろうか。
自然と口をでたのは間違いない。
【彩音の母】「私は、貴方が自分の子供のように見えてくる時があるんです」
【彩音の母】「母親を亡くし、父親は今居ない………」
【彩音の母】「はじめは同情だったかもしれないですが………。」
【彩音の母】「彩音と毎日話しているのを見ると………兄妹の様に見えてくる時があるんです」
【彩音の母】「それがとても嬉しくて―――」
【彩音】「………お母………さん?」
次の言葉を発しようとしたところで彩音が目を覚ました。
【彩音の母】「どうしたの彩音。居元君が来ているわよ」
さっきまでの会話は中断された。
【彩音】「えっ…ぁ…直哉さん」
【直哉】「よぉ」
【彩音】「すみません…寝てしまっていて…」
【直哉】「いいんだ。気にするな」
【彩音】「それでも…」
【直哉】「大丈夫だって。鼾なんてかいていなかったからな」
【彩音】「あたし…鼾はかかないですよ…」
必死に否定する彩音が可愛いと思った。
【直哉】「そうか」
【彩音】「お母さん…お願いがあるんだけど…」
【彩音の母】「なに?」
【彩音】「一回…外に出てみたいな」
【彩音の母】「外に?」
【彩音】「うん…」
正直、彩音の今の体力なら難しいだろう…。
外…すなわち…彩音を守るものが無い。
完全に区画整備され、空気中の細菌の数も押さえられている清潔なこの病院の中ならまだしも…。
一般患者が訪れる外来だって危ないはずだ…。
抵抗力だって落ちている。
それに…外………。
彩音を…そんなところに連れていっても大丈夫なのか?
彩音だってその事をよく理解しているだろう。
そして…もし出られるとしたら、これが最後のチャンスだと言う事も知っているだろう。
だからこそ…今頼んでいるのだ。
【彩音の母】「そうだね…ちょっと時間が掛かるかもしれないけど、主治医に頼んでみるわね」
【彩音】「ありがとう」
【直哉】「大丈夫なんですか?」
【彩音の母】「彩音の親ですよ…私は」
【直哉】「だからって…」
【彩音の母】「いざとなったら、人質を取ってでも彩音の望みを叶えてあげます」
笑いながらいった。
でもそれは信念を感じさせる一言だった。
【直哉】「…怖っ」
【彩音の母】「それでは、ちょっと交渉に行ってきますね」
【彩音】「うん」
【直哉】「本当にいってしまったよ…」
【彩音】「はい…」
【直哉】「彩音…大丈夫か? 色々と…」
【彩音】「? 大丈夫ですよ。直哉さんがそこに居れば、私は大丈夫です」
【直哉】「そうか…。迷惑かけるな彩音」
【彩音】「それはいわないで下さい。私からの命令です♪」
【直哉】「………わかった」
【彩音】「『私の事は決して心配いらない、「好き」と言う言葉永遠だから』…紗の請け負いです」
【直哉】「音瀬も…いいところを突いてくるな」
【彩音】「はい♪」
【直哉】「それじゃあ、俺はそろそろ帰るよ。時間も時間だし」
【彩音】「はい」
【直哉】「またな」
【彩音】「はい♪」
今日は1段と寒い…。
さてと…準備しますか。
リビングに降りるとカーテンを開ける。
【直哉】「………」
はぁ…。
【直哉】「凄い雪だな」
確かに夜から降ってはいたけど…まさかな…。
【直哉】「しょうがない…目覚めをよくするついでに雪かきしてしまうか」
俺はスコップを取ると玄関を開けた。
こう言う時、引き戸で助かる。
開き戸だと雪で開かなくなる時があるからな…。
【直哉】「………」
…
……
………
まぁ、こんなもんだろう。
【直哉】「さて、朝ご飯を食べますかね」
…
……
………
【直哉】「流石だな」
朝ご飯を食べている間に除雪車が通ったらしい。
既に道は歩くスペースが出来ていた。
【直哉】「さて…行きますか」
…
……
………
【茜】「おはよ、直ちゃん」
【直哉】「あぁ、おはよう」
【茜】「凄い雪だね」
【直哉】「あぁ、びっくりだ」
【茜】「でも、クリスマスには間に合ったよね」
【直哉】「たしかにそうだな。今年もホワイトクリスマスになりそうだ」
【茜】「うん♪」
…
……
………
【直哉】「こんにちは…って…あれ?」
いつも居るはずの病室には、彩音も彩音のお母さんも居なかった。
【音瀬】「こんにちは~って…あれ?」
音瀬も来た。
【音瀬】「居元先輩…彩ちゃんは?」
【直哉】「さぁ」
【音瀬】「はぁ…」
【直哉】「ん? どうした?」
【音瀬】「いえ、今日の美術の授業でデッサンをやったんだけど…」
石膏像をデッサンする奴か。
【音瀬】「あんなの意味あるのかっ!」
【直哉】「押さえて押さえて」
一瞬可愛く見えてしまった。
これを浮気と言うのだろう
【直哉】「何があったんだ?」
【音瀬】「私、デッサンとか絵の関係は苦手なんです。特に石膏像などは…。いつも思うんですよ、意味あるのかって」
【直哉】「う~ん」
【音瀬】「絵を描いている居元先輩ならわかりますか? どうして石膏像をデッサンするか」
【直哉】「難しい話になるけど………。俺達は普段三次元の世界に生きてるだろ?」
【音瀬】「うん」
【直哉】「でも、『普段見ている景色を二次元に置き換えて生活しているか?』と聞かれたら『そんな事は無い』って答える」
【直哉】「つまり、三次元を二次元に置き換える事になれていないんだ」
【直哉】「だから、面を線による表現に移し換えるには、認識力をそれなりに鍛錬する必要があるんだ」
【音瀬】「そうだね」
【直哉】「だから三次元のものをデッサンすると、見えない部分にまで神経がいきとどくと言うか、面の構成がわかると言うか」
【直哉】「基礎的なデッサン力をつけるために三次元の石膏像をデッサンするんだよ」
【直哉】「俺も趣味と言うレベルで絵を描いているだけだから詳しくは知らないけど、一般的にはそう言われているな」
【音瀬】「ふ~ん…。そう言う意味があったんだ…」
【直哉】「そういう事。一番練習になるのは『石』のデッサンだな」
【直哉】「簡単なようで実は難しいし…。手始めに『石』で練習してみるのも手段の1つだな」
【音瀬】「そうですね。ありがとうござます!」
【音瀬】「それでは私は帰りますね。彩ちゃんもいないことだし」
【直哉】「じゃな」
【音瀬】「バイバイ」
…
……
………
【彩音の母】「あら、来ていたんですか?」
彩音はどこですか? と聞こうとして、彩音が居る事に気がつく。
車椅子に乗り、彩音のお母さんに押されていた。
彩音の髪が艶を放っていた。
【直哉】「こんにちは」
【彩音】「こんにちは、直哉さん」
【直哉】「あぁ。さっきまで音瀬もいたんだけど、帰っちゃったよ」
【彩音】「それは残念です」
【彩音の母】「ちょっと待っていてくださいね」
そういうと、彩音のお母さんは車椅子をベッドの側まで押していくと、彩音を抱き上げ、ベッドの上に載せた。
女性の力だけで持ち上げられるのだろうかと心配したが、それは杞憂に終わった。
【彩音の母】「お待たせしました。彩音をお風呂に入れていましたので…」
【直哉】「いえ、今来たばかりですから」
【彩音】「お風呂も水曜日だけに制限されてしまって…。毎日塗れタオルで髪を拭いもらっていてもべとべとになってしまうんです…」
【直哉】「なるほどな」
【彩音の母】「本当は月曜日、水曜日、金曜日と女性が入る事が出来るのですが…。体力的につらいと言う事なので…」
【彩音】「はい…。あたしも風呂には入りたいのですけど…仕方がないのです」
【直哉】「拭いてもらってる?」
【彩音の母】「彩音が自分でふけないので、私が替わりに拭いてあげているんです」
【直哉】「そうなんですか…」
それは………肩より上に手が上がらないと言う事なのだろうか。
《俺も今度手伝いますか?》
【直哉】「俺も今度手伝いますか?」
【彩音】「いいのですか?」
【直哉】「俺は構わないけど?」
【彩音】「それでは、今度お願いしますね。流石に…お風呂までは要らないですけど」
顔を赤くしながら言う彩音。
【直哉】「あぁ…」
【彩音の母】「彩音の髪は短いですから楽ですよ」
【直哉】「わかりました」
【彩音】「よろしくお願いしますね♪」
【直哉】「あぁ、任せておけ」
【彩音の母】「よろしくお願いしますね」
【直哉】「しかし…それにしても病室は暖かいですね」
【彩音】「外には雪が降っていますよ」
【直哉】「あぁ…。寒かったぞ」
【彩音の母】「彩音…外で思い出したけど、金曜日、外に出られるわよ」
【彩音】「本当なの?」
【直哉】「よかったじゃないか」
【彩音の母】「でも、その日から…急な用事が入ってしまって………月曜日ぐらいまでこれないのよ…」
【彩音の母】「それに…お父さんも仕事の打ち合わせで福岡まで出張になったといっていたし…」
【彩音】「…そんな………」
【直哉】「それでは、俺が連れていきますよ」
【彩音の母】「いいのですか?」
【直哉】「大丈夫ですよ。俺に任せて下さい」
【彩音の母】「それでは………お願いします…。色々と大変ですよ」
【彩音】「直哉さん、よろしくお願いしますね」
【直哉】「いいですよ。俺もここに居るだけでなく、何かしてあげたいですから」
【彩音の母】「居元君なら安心してお任せできます」
【彩音】「ありがとうございます」
【直哉】「いいって」
【彩音の母】「本当に、いつもお世話になりますね」
【直哉】「当日は晴れるといいな、彩音」
【彩音】「雪の明日は孫子の洗濯と言います。きっと晴れてくれますよ」
【直哉】「どういう意味だ?」
【彩音】「雪の翌日は洗濯に適する。雪の翌日は、晴天になって暖かい日が多い事を表す言葉です」
【直哉】「まぁ、そうだな…確かに…。特に初雪は」
【彩音】「本当に怖いのは一月に入ってからですから」
【直哉】「まっ、そうだな」
【彩音】「…直哉さん、ごめんなさい…。少し、眠いです」
【直哉】「少し?」
【彩音】「実は、とても眠いです」
そういえば、さっきから欠伸をしたりしていたな。
気がつかなかった自分が情けないし、彩音に無理をさせていた自分に腹がたった。
【直哉】「おいおい、無理するなよ」
【彩音】「はい」
【彩音】「お休みなさい」
【直哉】「おやすみ」
【彩音の母】「お休みなさい」
…
……
………
【彩音の母】「寝る子は育つ…と言うのですけどね」
【直哉】「人それぞれだと思いますよ」
【彩音の母】「そうですね…」
【彩音の母】「居元君、この彩音の姿勢をなんて言うか知っていますか?」
そういいながら彩音のお母さんは彩音のふとんをそっと捲る。
…丁度体育座りを横にした形で彩音は眠っている。
【直哉】「退治姿勢ですね?」
この間温泉に行ったときにも梨花さんがやっていた姿勢だ。
【彩音の母】「そうですね。『胎児姿勢』と言って、人間が最も落ち着いて寝ることができる姿勢だそうです」
【彩音の母】「きっと、保健体育の教科書におなかの中の赤ちゃんの写真が載っていると思いますが…」
【直哉】「そういえば…」
確かに見たことがある。
あくまで写真だが、羊水の中にいる赤ちゃんはこんな姿勢をしている。
【彩音の母】「この姿勢は本能的に懐かしい…安心できる姿勢だそうです」
【直哉】「…へぇ…そうなんですか…」
【彩音の母】「寝返りを打つことができない彩音には少しだけ厳しい姿勢なんですけど、私はこの姿勢で寝かせてあげています」
【彩音の母】「やはり、この姿勢が一番本人も落ち着くと思いますし…」
【彩音の母】「当然、時間ごとに側臥位、仰臥位と切り替えてあげていますが」
【直哉】「そくがい………ぎょうがい?」
【彩音の母】「あら、医学用語でしたね。側臥位とは横向きの姿勢、仰臥位とは仰向けの事です」
【彩音の母】「あら…もうこんな時間」
【直哉】「何時…なんですか?」
【彩音の母】「6時半です。ごめんなさいね、彩音がご飯を食べるのを手伝わないといけないので…私は先に食事を済ませているんです」
【直哉】「そうですか…。どうぞ俺に構わず、食堂にでも行って下さい。俺はここにいますから」
【彩音の母】「それでは、遠慮なく」
【直哉】「はい」
…
……
………
既に彩音が寝始めてから1時間以上が経つ。
人間の睡眠サイクルは大体1時間半と聞く。
彩音は今頃夢でも見ているのだろうか。
【彩音】「うっ………くっ………」
さっきまですーすーと寝息を立てていた彩音が声を発する。
苦しそうな声。
【彩音】「助…け…。あっ!…」
【直哉】「おい! 彩音どうした?」
俺は思わず、彩音の体を揺する。
【彩音】「ぐっ…殺さ………ないで………きゃぁっ…」
【直哉】「おいっ!」
【彩音】「うっ…あっ…うぅ………な………直哉さん…?」
彩音の目が開く。
目に涙を浮かべつつ、俺を見つめる。
【直哉】「どうした? 大丈夫か?」
【彩音】「怖い夢を………見てしまいました」
どんな夢を見たと言うのだろうか…。
そんな事より先に、彩音を落ち着かせないと…。
【直哉】「安心しろ、ここは病室だ」
彩音を胸元に抱き寄せ、ふわりと手を頭の上にのせ優しく撫でていく。
【彩音】「はい………」
次第に震えが収まっていく…。
【彩音】「もう………大丈夫です」
【直哉】「しかし…すごい………汗だな」
【彩音】「………はい」
【直哉】「ちょっとまってろ」
俺はタオルを手に取ると、おでこの汗をふき取った。
【彩音】「えっと………あの………直哉………さん」
【直哉】「どうした?」
【彩音】「えっと………せ………背中も………お願いできますか?」
なるほどな。
背中の方が汗をかく。
【直哉】「わかった」
俺はひとまず彩音を抱き起こすと、後ろから手で支える。
【直哉】「ちょっと、捲るぞ」
【彩音】「…はい」
彩音の了承をもらってから、俺は彩音のパジャマを捲くった。
いいだけ捲り上げて、彩音が言葉を詰まらせた理由がわかった気がする。
なるほどな。
そりゃあ、恥かしい。
多分、今までは彩音のお母さんに頼んでいたのだろうけど…。
看護師でも構わないが…。
流石に男には頼みにくい。
【彩音】「な、直哉さん………早く…お、お願いします」
【直哉】「あぁ」
女性の下着なんてまともに見る事なんで全く無い。
【直哉】「………」
しかし………頼む人がいないからって俺に頼んでも言いのだろうか。
一応、男だ。
気にならないわけ無い。
目の前には彩音の隠された部分を隠すものがある。
ドクン…。
俺はゆっくりとそれに向かって手を伸ばす…。
手に、布の感触がまとわりついた。
【彩音】「あっ………直哉…さん?」
【直哉】「待ってろ」
俺はゆっくりとホックに手を触れる。
【彩音】「えっ…あっ…あの………直哉…さん…ここは…病院…です…よ?」
その言葉にも俺の心は揺れない。
もう、決めてしまったから。
【彩音】「あの………私…まだ…心の準備が…」
彩音のその声を無視して俺はホックをはずす。
【彩音】「あっ…」
片側だけはずれていたホックをはずし、きちんと二段ともはめ直す。
【直哉】「寝てばかりいるから、はずれたんだな」
【彩音】「あ…あ…」
【直哉】「どうした、彩音?」
ちょっといたずらっぽく言ってみる。
【彩音】「………………………あっ…ありがとう…ございます」
【直哉】「あぁ」
…
……
………
【直哉】「はい、終わり」
恥かしさを紛らわすために、少し大きな声で言った。
【彩音】「…ありがとう……ございます」
【直哉】「しかし、どんな夢をみたんだ?」
【彩音】「はい…。あの時…温泉の帰り道に輪姦されそうになった時…」
【彩音】「直哉さんが助けにこなくて…そのまま………次々に………犯さ…れて………」
【彩音】「証拠隠滅だと言って………殺されて…しまう夢です」
そういうと彩音は俺に体を預けてきた。
ゆっくりと俺は肩に手を回す。
嗚咽。
【彩音】「でも…直哉さんが起こしてくれました…」
【彩音】「ナイフが私を貫こうとした瞬間に…」
俺は再び頭に手を乗せ、撫でてあげた。
彩音の震えがおさまるまで…。
…
……
………
【彩音の母】「ただいま、彩音」
【彩音】「お帰りなさい、お母さん」
【彩音の母】「彩音、もうすぐ夕ご飯の時間よ」
【直哉】「もう7時なんですか…。それでは、俺は帰りますね」
【彩音の母】「はい、それでは」
【直哉】「じゃあな、彩音」
【彩音】「はい、またです。直哉さん」