Top > ウェブ公開作品 > 小説 > 長編小説 > ReSin-ens > 本編 -第9章-
視覚、聴覚…全ての感覚が研ぎ澄まされていることを感じ取った。
全ての情報を逃さないように…。
【彩音】「いやっ…」
【男A】「ほら、しっかり押さえてろよ」
【男C】「了解~」
愉快そうな男の声。
【男A】「へぇ~。可愛い体してるなぁ~」
男は彩音の体を割れ物でも扱うような手つきで触っている。
【彩音】「やっ、止めて…っ…」
彩音のか細い声。
他の男によって押さえられているためか、くぐもって聞こえる。
【彩音】「きゃっ…! んっ…うぅっ…」
男の手が彩音の胸の辺りに触れた。
【彩音】「…!」
口はさらに強く押さえられ、声すらもう出ない。
【男A】「素直になれって。嬉しいんだろ?」
男はさらに強引に迫っていく。
彩音は抵抗すら出来ない。
周りの男達も一緒になって笑っている。
その下司な笑いがどうしようもなくむかつく。
いや、笑いだけじゃない。
あいつらの行為自体が…むかつく。
余裕を見せた顔で彩音を弄ぶあいつが………。
【彩音】「いやっ…いやだぁ………ぁん…」
油断しているのか、楽しむためなのか、口を押さえていた男が手を離す。
【彩音】「助けてっ…! お願いだから…」
【男A】「遠慮するなって。本当は欲しいんだろ?」
【彩音】「離してっ!」
【男A】「…るえなぁ…少しは黙りやがれ!」
刹那、男の蹴りがが彩音に打撃を与える。
【彩音】「きゃあっ!!」
軽くその場で弾む彩音。
そのまま転がる…。
【彩音】「つっ………」
【男A】「黙って聞いてりゃ、いい気になりやがって…」
【男A】「いいじゃねぇかよぉ、減るもんじゃあるまいし…」
【男A】「お前に何が起こっても俺には関係ないんだからよ」
【男A】「それに…めったに味わえないんだから…ここで体験しておけよ。『強姦』なんて響きはこれで最後かもしれないんだからな」
【男A】「何なら、また後日犯してやってもいいけどよぉ」
薄気味悪い笑みを浮かべる。
【男C】「兄貴、さっさと犯っちゃいましょうよ。後がつかえてるんですから」
【男A】「そうだな」
【男A】「とまぁ、そういうことだ。大人しくして貰えるかねぇ?」
【彩音】「…」
【男A】「別に…この事を知られた時点で、大人しく言うことを聞いてもらわなないとお前は死ぬことになるんだが」
男は彩音の胸倉をつかみあげる。
【男A】「それでも…いいのかなぁ?」
【男A】「命を取るか…自分の大切なものを取るか…」
【彩音】「………わ…わかりました…。もう…好きにしてください」
【彩音】「あたしは…まだやらないといけない事があるから………。命さえ助かればどうなってもいいです………」
彩音が震えた声でそう言うと、周りの男たちは一気にその表情を変化させる。
月明かりに映るそれはさながら悪魔の笑顔だ。
【男A】「それじゃあ、そこに寝ろ」
彩音は言われたとおり地面の上に寝そべる。
手を胸の上で軽く組み…それは祈るように見える。
【男A】「しかし、そこまで命を大切にして生きていくほどの世の中か? 今は…」
【男A】「まぁ、俺も命があるからこそ、こういうことができるんだけどな」
【彩音】「…」
【男A】「とりあえず、聞いておこう。お前がそこまでしてやり遂げたい事ってなんだ?」
【彩音】「貴方たちに言う必要はありません。ただ大切なことなのです」
【男A】「言いたくないならそれでいい。じゃ、大人しくしてもらおうか」
【彩音】「はい…。わかりました」
胸の上で組まれている手を払いのけると、行為を再開した。
【男A】「しかし、こうやって見るとやっぱ可愛いよな。上玉…というところかなぁ?」
【男A】「さて…まずは上からだな」
男の手が彩音のタートルネックシャツに伸びる。
そして…一気に捲り上げる。
男の手が彩音に触れる。
【男A】「なんだかんだ言って感じているのか? 服の上からでもわかるぜ」
【彩音】「…」
【男A】「随分と静かなもんだな。それじゃあ、さっさと続き、やらせてもらうぜ」
うっ…。
何かがむせ返る。
こいつら…こいつら…。
殺してやる…。
彩音に…彩音に何をしているんだ!
怒りが…ふつふつと怒りが湧き上がってくる。
喧嘩なんてした事も無いしやりたくも無い。
だけど…こいつら…まとめて…。
ギリギリと拳を握る。
爪が手のひらに突き刺さる。
吹っ切れた。
こいつら…ぶっ飛ばしてやる!
その直後、俺は、茂みから踊り出た。
【直哉】「止めろ!」
【全員】「あぁ??」
全員が俺に目を向ける。
【彩音】「直哉先輩っ!?」
【男A】「おっと、逃がしやしねぇ」
一瞬の隙に立ち上がって逃げだそうとしたところを再び押さえつけられる。
なんだ…この感覚。
体にみなぎる、力。
さっきより強い怒りと憎悪。
そして…それとは別の感覚………。
この感覚………懐かしい気がする………。
同時に、いやな予感が頭をよぎる………。
このままだと………。
でも………あいつらは許せない!……。
【直哉】「その子から手を離せっ!」
【男B】「おぉ~っと、彼氏の登場かぁ?」
【男C】「おまえの前で、こいつを犯してやるよ」
【男A】「こんな可愛い子はなかなか居ないからなぁ」
そういいながら彩音を弄ぶ。
【彩音】「うっ…あっ………」
後ろから別の男によって羽交い締めにされている形の彩音。
さらに男は続ける。
【彩音】「………う…きゃぅ…」
彩音はかろうじて服を着ていると言う状態にまで陥っている。
【直哉】「やめないと、貴様らまとめて葬ってやる」
限界までドスを聞かせた声。
正直、自分にもこんな声が出るものかと驚いた。
【男D】「へぇ~、カッコイイこと言ってくれんじゃぁん?」
【男A】「それなら、まずは、お前からだな」
男はゆっくりと笑った。
その笑いがまた俺の心を狩り立てる。
…今のこの俺の状況………この精神的不安定が自分でもわかる。
そして、このまま戦うと、どうなるかも予想できる。
怒りに任せた行動は、周りを傷つける事を俺はよく知っている。
だから…。
【直哉】「彩音は、影に隠れてろ」
俺は、力の及ばない範囲に彩音をにがそうとした。
だが…。
【彩音】「先輩、逃げて下さい!」
【直哉】「なんだって?」
【彩音】「先輩、先輩が…それ以上………。心を落ち着かせて!」
どういう事だよ…。
彩音は俺を心配してくれているのか。
【彩音】「あたしは、彼らの言いなりになりますから…先輩っ! 逃げてくださいっ!!」
このまま俺の力が暴走したら、彼らを殺す事は容易だろう。
だけど…たとえ誰のためであっても、それは人殺しに違いない。
ならば、彩音の言う通り、ここを撤退して警察を呼んだ方が、もしかしたら最善の策かもしれない。
携帯を持っていない俺には家に戻る必要があった。
でも………確実性は遥かに警察の方が高い。
俺がここで戦いを挑んでも、負けてしまうかもしれない。
だけど…、彩音にこんな事をする奴らを逃がしてしまっていいのか?
自分の目の前で彩音は…彩音は…。
犯されようとしていたんだ。
一人の人を集団で襲うような………こんな卑劣で卑猥な男どもに嬲られ………最悪の場合………。
そんな状況を目の前で見せつけられても…俺はっ!
《自分を信じて戦う》
【直哉】「彩音の頼みでも………、それは出来ない!」
【男D】「かっこいいねぇ…。しかし、そこまでだな」
力が体を包み込んでいく感覚。
暴走…させてたまるかよっ!
彩音のためにも―――!。
手に力と精神を集中させる。
目の前に4人の男達。
そして…。
1番端の奴が俺に向かってくる。
《自分を信じるんだ》
男の攻撃を何とか避ける。
すぐさま男は体制を立て直して、2撃目を繰り出す。
喧嘩は思い切りと気合。
いつかの本に書いていた。
相手の動きを見据え、落ち着く。
予想道理に繰り出された単調な攻撃を、俺は集中力を増した手で押さえ込み、手首を掴む。
とたんに、苦肉にゆがんだ相手の顔。
【男D】「なぁああっ!」
肌が焦げるような匂いが辺りに充満する。
それでも俺は手を離さない。
【直哉】「はぁぁあああっ!」
さらに念を込める。
【男D】「わぁっつっ!」
手を強引に振り払われた。
直後、手首を押さえ込むようにして、男が倒れる。
残りは、3人…。
あと3人も相手に出来るのだろうかと言う不安がよぎったが、それを振りきる。
彩音を守らないといけない!
【男A】「こいつ!」
俺にに目掛けて、走ってくる男。
大ぶりの男を軽く受け流す。
勢いあまり、俺から離れた場所で止まる。
何を思ったのか、ポケットに手を突っ込む。
刹那、月明かりに反射する金属片。
ナイフ…。
本当に彩音を殺そうとでも…していたのか!?
【男A】「消え失せろ!」
ナイフを中段の位置に構え、走ってくる。
一瞬、怖いと言う感情がよぎったが、彩音を助けるという考えがそれを勝り、押さえ込んだ。
彩音は…俺が守る!
男のナイフが俺の服を切り裂く。
痛みは…ない。
どうやら間一髪外れたらしい。
【男A】「ちょこまか動きやがって!」
男の更なる一撃。
後ろに飛びつつ、それを避ける。
バランスを崩し地面に倒れこむが、受身を取り、転がりながら立ちあがる。
体育の柔道………こんな所で役に立つとはな…。
………作戦変更…。
もう、どうにでもなってくれ…という感じだ。
実戦経験なんて無い。
全て机の上での知識。
映画…ドラマ…本…雑誌…全ての知識だけが俺の次の行動を決める。
【直哉】「お前の実力はそんなもんか? ほら、かかって来いよ」
頼む…単純な奴であってくれ。
俺は祈るように言葉を吐いた。
【男A】「言ってくれるな………貴様…。これで最後だっ!」
ナイフを高く上げ、俺に向かってくる。
下段が…がら空きだ。
自分でも怖いぐらいに冷静に相手の姿勢を判断できる。
全てがゆっくりと流れていく。
火事場の馬鹿力だろうか。
思考が…自分のものではないぐらい落ち着いていた。
体を横に滑らせ、足払いを掛ける。
【男A】「!」
とたんにバランスをくずす男。
すぐさま後ろに回りこみ、手に力をこめる。
左手で後ろから腕を掴み、右手を相手の背中に叩きこむ。
男が着ていた服から煙が上がる。
直後、前の男と同じように肌が焦げる臭い。
それと同時に、この男も断末魔を上げて倒れこむ。
右手で落ちたナイフを拾い上げその手に念を込める。
柄の部分から煙が上がり、内部から力によって温められたナイフは段々とその色を変化させていく。
刃は銀からオレンジ色へと変化させ周囲の空気を温める。
これ以上は…限界か。
これ以上やると柄の部分にも熱が伝わってくる。
俺の力は表面を温めるのではなく内部から温める力。
…。
オレンジ色に光るナイフを男たちにちらつかせる。
このナイフは今相当の熱を持っているはずだ。
ナイフの周囲の空気が陽炎を漂わせる。
【直哉】「…」
俺はそのナイフを男たちに向かってさらにちらつかせる。
【男C】「こいつ…」、
倒れた男を横目に見ながら俺は正面に向き直る。
【直哉】「お前らには学習能力ぐらいあるだろう! それでもまだやるか!」
それだけじゃない。
俺が二人を倒したことは明白な事実。
そして、いまあいつ等の目の前には無気味に光るナイフ。
それだけでも十分だ。
二人がお互いを見つめ合う。
正直、賭けだ。
俺に四人を倒す事は出来ない。
ならば、主犯格を倒して威勢をそぐしか方法は無かった。
今そいつは俺の後ろでうめき声をあげている。
【直哉】「喋る事が出来ないぐらい低脳な奴なら、身を持って、叩きこんでやる」
戦意は無いようだ。
こう言う時は、逃がし安くするのが得策。
【直哉】「戦う気が無いなら、ここから立ち去れっ!」
【男C】「あいつ…化物だっ………!」
恫喝すると、二人は倒れている二人を抱きかかえて、この場から立ち去った。
………ふぅ…。
一気に熱が冷める。
理性を持っていないかのように足が震える。
ナイフが手から滑り落ちる。
…どうやら、俺は力の暴走を何とか食いとめたらしい。
彩音のおかげだ。
【彩音】「ありがとうございますっ!」
彩音が泣きながら俺の胸に飛び込んでくる。
【直哉】「怖かった…よな…」
【彩音】「はい…」
【彩音】「でも…先輩が助けてくれました。ありがとうございますっ!」
【直哉】「それよりも、ほら。服を直して」
【彩音】「はい…」
俺は土で汚れている彩音の服をはたいた。
【彩音】「つっ…!」
【直哉】「あっ…ごめん。怪我…したところに当たったか?」
【彩音】「はい…。でもこのぐらいなら何とかなります」
その声を聞き、俺は全ての土を払い終わった。
【彩音】「ありがとうございます」
そういう彩音の声は震えている。
【直哉】「それじゃ寒いだろ。ほら、このコートも着て」
いつも彩音が着ているコートは切り裂かれていた。
【彩音】「ありがとうございます…。でもっ、でも…、先輩は? 血が出ています」
言われて気がつく腕の痛み。
暗くてよくわからないが、赤く滲んでいるみたいだ。
【直哉】「俺は大丈夫だ。それより、家まで送っていくよ」
【彩音】「はい…」
…
……
………
【彩音の母】「本当に…ありがとうございました…。なんてお礼をいったらいいのか。それに怪我までさせてしまって」
【直哉】「いいんです。済んだ事ですから。それに…」
好きな人を守るのは当然と言いかけて止めた。
恥かしい。
【彩音の父】「すみません。迷惑をおかけしました」
俺の言葉の空隙を補うように彩音のお父さんは言った。
【直哉】「俺の事は構いません。それよりも彩音を…まだショックがあるみたいなので…」
【彩音の母】「はい」
そう言い残すと、母親は彩音の部屋に向かった。
【彩音の父】「すまないな、直哉君。うちの彩音が迷惑を掛けてしまって」
【直哉】「大丈夫です。本当に悪いのはあの男達ですから」
【彩音の父】「確かにそうだけど…」
【直哉】「男達が持っていたナイフは警察に証拠として提出しますし…前科のある人ならすぐ捕まると思います」
【彩音の父】「あぁ。引き止めてしまって悪いな。もう夜も遅いし…」
【直哉】「そうですね。それでは俺は戻ります」
【彩音の父】「わかった。今日はありがとう」
【直哉】「はい」
【音瀬】「あっ、居元先輩。こんにちは」
【直哉】「こんにちは」
【音瀬】「相変わらず、アンニュイな顔をしていますね」
【直哉】「俺って、生活に対する意欲を失って、退屈で、もの憂い精神状態で、19世紀末のヨーロッパを風靡(ふうび)したデカダンス文学の底流をなすような顔をしているか?」
【音瀬】「冗談ですよ♪ そんな顔をしている訳無いです。たまに暗い顔をしていますけど」
…突っ込まれなかった…。
そういえば、音瀬も文芸部員か…。
【直哉】「暗い顔…か。そんなもんか?」
【音瀬】「はい。至極たまにですけど…。困った事があれば相談にのりますよ」
【直哉】「困った事?」
【音瀬】「彩ちゃんのことならお任せっ! です」
【直哉】「そういう事か…」
【音瀬】「彩ちゃんのことなら趣味から3サイズまで何でも知ってますよ」
【音瀬】「応援していますから、頑張って下さい」
【音瀬】「『友情が頼りになるのは色恋以外の場合だけだ』とイギリスの詩人も言いますが、私はそんな事ありませんから」
【直哉】「そうか」
しかし―――
【音瀬】「ほら、また暗い顔してる。男だって女だって笑っているのが1番素敵ですよ。ほら、笑って下さい」
【直哉】「…わかった」
【音瀬】「そう。それでいいんです」
【直哉】「わかった」
【音瀬】「それにしても、よく『アンニュイ』の語源を知ってますね」
今更そこですか。
突っ込む気にもなれなかった…。
【直哉】「まぁ、色々あってな」
【音瀬】「それでは、私は彼との待ち合わせがあるので」
【直哉】「あぁ、じゃあね」
【音瀬】「はい」
…
……
………
【直哉】「………」
朝のいつもの風景。
いつもと同じ通学路。
いつもと同じ光景。
いつもと違う何か…。
【音瀬】「全く…彩ちゃんがもたもたするから」
【彩音】「だって…」
【音瀬】「朝が弱いのわかってるんだから…もう少し早く起きなさいよ」
【彩音】「ふぁぁ…い…」
未だに眠そうだ。
足元もふらついている。
転びそうなところを何度も音瀬に助けてもらっている。
【直哉】「しかし…珍しいのか?」
【音瀬】「まぁ、いつもなんですけどね」
【音瀬】「朝に弱いとわかっていても夜更かしして本を読んでしまう…彩ちゃんの性分です」
【音瀬】「でも…今日はいつもより遅れて起きたみたい」
【彩音】「ふぁい…」
また欠伸…。
なんか意外な一面を見た気がする。
しっかり者の彩音にかぎって…と言う部分もあるのだろう。
そういえば、以前にも珈琲を買って頑張っていたっけ…。
【直哉】「今日も珈琲のお世話になるのか」
【彩音】「今日は…寝ます」
【音瀬】「珍し~い」
【直哉】「まぁ、無理はしない方がいいけどな」
【音瀬】「でも彩ちゃんが授業中寝るなんて珍しいですよ」
【音瀬】「3年に一度あるかないかの世界です」
【直哉】「へぇ~」
【彩音】「今日は…眠いです」
【音瀬】「きゃっ…!」
彩音が転びそうになる。
【音瀬】「ほら、しっかり捉まる」
音瀬がそれを押さえていた。
【彩音】「ありがとぉ…紗」
【直哉】「ははは」
なんだかほほえましい光景だった。
【彩音】「直哉先輩いっしょに、温泉に行きませんか?」
【直哉】「水明温泉か?」
【彩音】「はい」
【直哉】「たまには面白いかもな、一緒に行くと言うのも…」
【音瀬】「彩ちゃん、なんの話?」
【彩音】「あっ、紗。『一緒にお風呂に行きませんか?』と言う話」
【音瀬】「私も行く」
【彩音】「えぇ、紗も一緒に行きましょう」
【直哉】「人数は多い方が面白いしな」
【彩音】「はい」
【音瀬】「うん」
【直哉】「それじゃあ、何時にどこに集まる?」
【彩音】「そうですね…8時にモカ珈房前でどうでしょうか?」
【直哉】「そうだな、それじゃあ、8時に」
【音瀬】「うん」
…
……
………
【直哉】「ん? 彩音早いな」
待ち合わせ時間10分前。
既にモカ珈房の前には彩音が居た。
【彩音】「そういう、直哉さんも大分早いですね」
まぁ、どきどきして、いたたまれなくなったと言うのが理由なんだが…。
【直哉】「まぁ、なんとなく…だな」
【音瀬】「あれ? 二人とも早いですね」
音瀬も来た。
この3人で待ち合わせをしたら絶対誰も遅刻しないだろうな…。
【彩音】「それでは、行きましょう」
…
……
………
【七夏】「ん、居元君、ひさしぶりだな」
【直哉】「そうか?」
【七夏】「まぁ、2日前にもきているけどな」
【直哉】「ほらな」
【七夏】「そっちの、遼風さんは昨日…音瀬さんも2週間前にきているな」
【直哉】「お前ら…そんなにきているのか?」
【彩音】「はい…。でも、七夏さんも凄いですね…。全員覚えているのですか?」
【直哉】「まぁ、客も少ないだろうしな」
【七夏】「…」
七夏が何かのボタンを押した。
『グワァン!』
たらいが振ってきた。
【直哉】「何するんじゃい!」
【七夏】「…さっさと入れ」
怖いから従う事にした。
…
……
………
一緒に風呂に来ても結局男女で別れると思うんだが…。
今頃になって気がつく。
意味あるのか?
【彩音】「直哉先輩~そちらは、一人ですかぁ~?」
女風呂の方から彩音の声。
【直哉】「あ~、いつもの事だ」
そう俺が返事を返した後…。
【七夏】「お前達のために、『休業中』と言う看板をぶら下げておいたからな」
七夏の声。
【七夏】「がんばれよ、二人は大変だよ」
そう言い残すと、男風呂の扉が閉じられる。
…はぁ…。
何を頑張れと言うのか…。
【音瀬】「さて、彩ちゃん」
【彩音】「どうしたの? 紗」
【音瀬】「ふふふ」
…一体何が起こっているのか。
【彩音】「きゃぁーーーーっ」
彩音の悲鳴。
また…この展開か…。
前は萌さんと…だったな…。
【音瀬】「ほら、揉めば大きくなるって言うし…。居元先輩のためでしょ」
【音瀬】「居元先輩は大きい方が好きですよね?」
俺に答えろと…。
≪小さい方が好きだ!≫
【直哉】「小さい方が好きだ!」
と心の中で叫ぶ。
流石に答えるわけにはいかない。
【音瀬】「黙秘しましたね…。さて、彩ちゃん」
【彩音】「うわぁ…怖い顔している…」
【音瀬】「ふふふ~♪」
【彩音】「きゃっ」
【彩音】「あっ………あぁ………はふぅ…」
【音瀬】「ほら、大きくなるようにって」
【音瀬】「いつも思うけど、空気抵抗を感じさせない流線型ボディーね」
りゅ、流線型…。
【彩音】「直哉さぁぁあん…助けて下さい」
俺にどうしろと…。
どうする…俺。
このまま女風呂に飛び込むと…。
一瞬、幸せな光景が頭をよぎる。
ふるふる…。
本当にどうしよう…。
彩音は助けを求めている。
でも…助けに行ったら…哺乳類失格と言うか…霊長類失格…。
う~む…。
【彩音】「直哉先輩」
【音瀬】「ほら、彩ちゃんも頑張って」
【彩音】「きゃうっ」
うぅ…どうする。
【彩音】「うぅ…あっ………」
ちょっと…もう少しで18指定になるぞ…。
【音瀬】「本当に全体的に小さいわね…身長も………」
【音瀬】「一部の日本国内男性の趣味を狙ったかのような人」
【音瀬】「知ってる? 現在の日本の女性の平均身長は15才で157センチメートルなんだよ」
【音瀬】「彩ちゃんは、16才で152センチメートル」
【音瀬】「素晴らしいほどのコンパクトボディー」
【音瀬】「可愛いぃ~」
【彩音】「きゃぁ~」
【直哉】「まってろ彩音! 今助けに行く」
まず、このドアを―――っ!
開いた…なんで?
七夏…やりやがったな…。
【直哉】「彩音っ!」
【彩音】「直哉先輩…」
二人とも床に転がっている。
既に、音瀬の毒牙にかかっている彩音。
目じりに涙を浮かべている。
タオルを巻いていてよかった…。
自分も…彩音も…音瀬も…。
【音瀬】「これで、混浴ですね」
【直哉】「へ?」
【彩音】「紗?」
【彩音】「まさか…それを狙って…」
【音瀬】「普通に呼んでも居元先輩は来ないだろうし………」
【直哉】「おいおい」
【音瀬】「居元先輩もまんざらじゃないですよね?」
【直哉】「…」
なんか…凄く後悔したような…嬉しいような…。
【音瀬】「ほら、居元先輩、気にしないで入る入る」
後ろから背中を押されるようにして浴槽に入る。
【直哉】「あ…あぁ…」
どうやら俺は哺乳類失格になってしまったらしい。
う~ん…やっぱり温かい…。
やっぱり、温泉はいいな…。
【彩音】「温泉はいいですね」
右側に彩音。
【音瀬】「たまにはこう言うのもいいですね」
左側に音瀬。
左右を見ては行けないような…見たいような…。
…
……
………
【音瀬】「紗ちゃん、背中流してあげる」
【彩音】「ありがとう」
【音瀬】「バスタオルを巻いていると背中流せないよ」
【彩音】「うん…。直哉先輩、あちらを向いていて下さい」
【直哉】「わかった」
俺とは少し離れた場所で背中を流し合いしている二人。
いつも思うけど…この二人は仲がいい。
普通には考えられないぐらい。
音瀬の話だと中学校以来の親友らしい…。
さて、髪でも洗いますか。
…
……
………
【彩音】「直哉先輩の背中って広いですね」
髪を洗い終わったところにいきなり背中をこすられる感覚。
【直哉】「何してるんだ?」
俺は後ろを振り返る―――。
【彩音】「こちらは見ないで下さい!」
大声で止められた。
【直哉】「あっ…あぁ…」
【彩音】「そのままでいてくださいね」
【直哉】「わかった…」
ゴシゴシ…。
気持ちいいかもしれない。
どうして背中を人にこすられるのは気持ちいいのだろうか…。
そんな事を考えながら時間が過ぎていく。
たまにはこんな1日もいいかもしれない。
…
……
………
【彩音】「終わりです」
ザバーッ
お湯を掛けられ、石鹸のあわが流れていく。
【直哉】「ありがとう」
【彩音】「遠慮しないで下さい。それでは私達はそろそろ上がりますね」
【直哉】「それじゃあ、俺も上がるとするよ」
【彩音】「直哉先輩はあちらからですよ」
男湯の方を指さす彩音。
危なかった…。
【直哉】「じゃな」
…
……
………
【直哉】「ふぁぁ、いい湯だった」
バスタオルを腰に巻くと俺は鏡の前に立つ。
ドライヤーのスイッチを入れ、髪を乾かしていく。
【直哉】「女の人って…髪乾かすの大変そうだな」
彩音と音瀬は比較的短いから大丈夫だろうけど…茜とか…時間掛かりそうだよな…。
一体どのぐらいかかるのだろうか。
そんな事を考えながら髪を乾かしていく。
ついたての向こうからもドライヤーの音が聞こえてくる。
どうやら彩音と音瀬も髪を乾かしているらしい。
…大人しいな。
一瞬笑ってしまった。
髪を乾かす時、女の人は皆静かになるのだろうか…。
やっぱ…大事なのものなんだろうな。
【音瀬】「しかし、たまにはこう言うのもいいねぇ」
【彩音】「そうですね」
【音瀬】「久しぶりに彩ちゃんの裸が見られたし」
【彩音】「紗?」
【音瀬】「相変わらず、痩せていると言うか…羨ましいわ」
【彩音】「あたしの場合は痩せ過ぎですよ」
【音瀬】「謙遜しない、痩せている事は女性の1つの願望よ」
【音瀬】「まぁ、胸…と言うのもあるけどね」
【彩音】「紗………」
【音瀬】「はぁ~あ、彩ちゃんも早く成長するといいね」
【彩音】「よけいな…お世話です」
…二人にとっては髪を乾かしている時間も爆裂トークの時間になるらしい。
しばらくドライヤーの音が響き渡り、俺が服を着ているところに―――。
【音瀬】「彩ちゃん」
【彩音】「どうかしましたか? 紗」
【音瀬】「彩ちゃんのブラって面白いね」
【彩音】「紗!?」
刹那、すでにひとつになっていたドライヤーの音が止まり、転がる音が聞こえる。
【音瀬】「何、このパットがふたつ―――」【彩音】「きゃぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
………………………。
ふぅ…。
どことなく破廉恥な会話を聞きながら、俺は一足先に髪を乾かし終わると、着替えを済ませ暖簾をくぐった。
【七夏】「よぉ、どうだった?」
【直哉】「七夏…ドアの鍵、開けていただろ」
【七夏】「へぇ…直哉がそれを知っていると言う事は、ドアを開けたと言う事だな」
【直哉】「しまっ―――!」
【七夏】「君も大分すみに置けない人になってきたな」
【直哉】「ちょっ、誤解するな。あれにはいろいろあったんだ」
【七夏】「でも、楽しんだんだろ?」
【直哉】「ぐっ」
【七夏】「ついでに女湯に居る事も忘れて、赤い暖簾の方から出てくればよかったのに」
…危ない…。
【音瀬】「いい湯だったね~」
【彩音】「はい」
丁度二人が出てきた。
【音瀬】「う~んと…どれにしようかな…」
【音瀬】「今日は、これ」
そう言って音瀬は冷蔵庫から瓶を取り出した。
えっと…『苺ミルク』?
なんか…どこかで聞いた名前だった。
【彩音】「あたしは…これにします」
そう言って彩音が冷蔵庫から取り出したものは『バナナ・オレ』だった。
【直哉】「おまえら…風呂上りは牛乳じゃないのか?」
とりあえず、最も一般的な事を言ってみる。
【彩音】「それもいいですけど…たまには趣向を変えて…と言う事です」
【音瀬】「牛乳と言えば、昔『ミルメーク』ってあったよね」
【彩音】「そういえば、そうだね」
【音瀬】「あれは全国的に有名な給食らしいし…」
【直哉】「全国?」
【音瀬】「少なくとも私の知り合いの北海道の人も給食にミルメークはでたらしいよ」
【彩音】「ココア、バナナ…沢山ありましたね…」
【直哉】「懐かしいな」
【音瀬】「ところで、居元先輩は何か飲まないのですか?」
【直哉】「そうだな…たまにはいいかもしれない」
どれがいいかな…。
≪俺も『バナナ・オレ』にしておくよ≫
【七夏】「はい、毎度あり」
そういいながら3人分のお金を受け取る。
【直哉】「えっと…針はどこかな…」
【彩音】「はい、これです」
彩音は俺に針を差し出す。
【直哉】「ありがとう」
俺は蓋を開け、一気に飲み干す。
やっぱ、これがいいんだよな。
【直哉】「たまには、こういうのもいいかもな」
そう思う俺だった。
…
……
………
【直哉】「ふぅ~…いいお湯だった」
【彩音】「鈴の音が鳴り響く…雪の降る冬の空に」
【直哉】「なんだ、それは?」
【彩音】「クリスマスです」
【直哉】「鈴の音…。もうそんな季節だな」
【音瀬】「そういえば、そうだね」
【彩音】「はい。ホワイトクリスマスになればいいですね」
【直哉】「まぁ、毎年クリスマスの前後には大雪が降っているから大丈夫だろう」
【音瀬】「クリスマス寒波…ですね」
【音瀬】「毎年狙ったように降る雪…」
【彩音】「そうですね」
【直哉】「しかし、今日はいい天気だ」
【彩音】「本当ですね」
俺と同じように空を見上げる彩音と音瀬。
【彩音】「そうだ…。直哉先輩」
【直哉】「ん? どうした?」
【彩音】「はい。今度の土曜日、星を見に行きませんか?」
【直哉】「星?」
【彩音】「はい。冬ですから…」
【彩音】「紗も一緒にどう?」
【音瀬】「私はその日、用事があるから…二人で楽しんで」
【彩音】「うん…」
【直哉】「なるほどな…。空気も澄んでいると言う事か」
【彩音】「はい」
【直哉】「しかし、星を見るとしたら夜だろう? 彩音の両親が許すのか?」
【彩音】「はい♪ あの事件依頼、先輩はかなり信頼されているようなので…」
【直哉】「はぁ…。まぁ彩音がいいなら俺は問題ないけどな…」
後から思い出してみると震えが来るぐらい怖かった。
あの時は必死だったからな…。
【彩音】「それでは、土曜日の10時頃に、私が先輩の家に迎えに行きますね」
【直哉】「ところで、どこに見に行くんだ?」
【彩音】「丘の上です」
【直哉】「そこなら、俺が彩音を迎えにいった方が遠回りにならなくてすむと思うけど」
【彩音】「申し訳無いです…。あたしからお誘いしたのに…」
【直哉】「いいってそのぐらい。それにそっちの方が彩音の両親も安心すると思うし…」
【彩音】「そう…ですね。ありがとうございます」
【直哉】「それじゃあ、今週の土曜日、10時に彩音の家に迎えに行くから」
【彩音】「はい♪ それでは、ここで」
気がつくと、既に俺と彩音がいつも別れる場所にきていた。
【直哉】「あぁ。じゃあね」
【彩音】「はい」
【音瀬】「行こう、彩ちゃん」
【彩音】「それでは、また」
【音瀬】「ばいばい」
右に曲がっていった彩音と音瀬の後姿を途中まで見送ると、俺は自分の家の方角に向かって歩きだした。