Top > ウェブ公開作品 > 小説 > 長編小説 > ReSin-ens > 本編 -第五章-
【茜】「今日は、文化祭で何をするか決めるけど何にするか直ちゃんは決めた?」
【直哉】「いや、俺はまだ決めていないけど」
学校の教室で、茜と話している俺。
今日は、文化祭まで直ぐなので何をするか決める日だ。
【直哉】「俺は、とりあえず自分で何か出来ればいいし」
【茜】「そうなんだ。私はとりあえず喫茶店とかしてみたいな」
【直哉】「ふうん」
【茜】「ふうん…ってこう言うときこそ直ちゃんの力が必要なんじゃないの」
【直哉】「はっ?なんで」
【茜】「なんでって、喫茶店と言ったらコーヒーでしょう。それなら直ちゃんの専門じゃない」
【直哉】「まあ、そうだけど」
【茜】「ほらね。じゃあ、決定」
【直哉】「なんで、茜がそこの決定書に書き込んでいるんだ?」
【茜】「何でって…立候補したし。文化祭で何を出すか決める役」
【直哉】「てことは、もしかして…」
【茜】「うん♪喫茶店で決定だよ」
【直哉】「・・・」
俺は、まんまと茜に乗せられたのだった。
【茜】「じゃあ、私たち2年C組が出すものは喫茶店で決定します」
クラスのみんながそれぞれに返事をする。
【茜】「う~んと、それじゃあ、この喫茶店の主任者は居元直哉君にお願いしたいと思います」
【直哉】「俺かいっ!」
一斉にクラス全体の視線を集める。
【茜】「直ちゃん。良いよね?」
【直哉】「うっ…」
【義明】「おい、直哉。ぱっぱと決めちまいな。そうじゃないと俺がなるぞ」
【茜】「どうする?」
茜の懇願するような視線を受け止める俺。
【直哉】「わ、解りました」
【みんな】「おお!」
【茜】「じゃあ、決定ね。それじゃ、これでロングホームルームは終了します」
放課後、俺はカウンターで1人残って珈琲豆を轢いていた。
【直哉】「流石にノルマは達成しないといけないからな。後、三分の一位か」
西日が射す中での作業。
教室には豆を轢く音と自分の息づかい以外が聞こえてこない。
【直哉】「今日は何か1日ずっと豆を轢いていたな」
思い起こすと確かに1日ずっとだった。
【直哉】「明日は、文化祭か。気がつくともうあれから半月以上立つんだな」
茜と義明とで文化祭の話をしていた日の事を思い出していた。
すると…、
【茜】「頑張っている?」
茜の声が聞こえた。
【直哉】「ああ。もう少しだ」
【茜】「あまり無理をすると体を壊すよ」
【直哉】「大丈夫だよ。一応ノルマだけはクリアしとかないとな。マスターとして」
【茜】「うん…。私、明日の準備があるから先に帰るね」
【直哉】「おう。じゃな」
【茜】「頑張ってね」
…
……
………
【直哉】「!?」
豆を挽く体勢で宇宙遊泳をしていた。
つまり、眠っていた。
【直哉】「やべぇ!」
【直哉】「終わらないよ…」
こうして夜はふけていく。
学校の用務員の先生に追い出され、結局ノルマは達成できなかった…。
まぁ…間に合うよな…。
明日の客足が少ない事を祈る俺だった。
学校が一般入場を始める前に俺達は教室に集まっていた。
【茜】「じゃあ、一応マスターから一言お願い」
【直哉】「俺か?!」
【茜】「よろしく」
【直哉】「えっと…俺からは一言だけ。頑張ったので後は結果だけです。今日はよろしくお願いします」
【義明】「じゃあ、始めるか!!」
【みんな】「おおー!!」
こうして始まった文化祭だった。
…
……
………
【直哉】「はい。珈琲二つ」
【茜】「はい。モンブラン2つに、コーヒーをマイルド1つですね?」
【義明】「おい。どんどん、作れよ。それはこっちだ!!」
【直哉】「はい。マイルドとブラック」
【茜】「三番テーブルにどうぞ」
【直哉】「すみません。こっちに珈琲を下さい」
【茜】「はい。こっちへどうぞ」
開校と同時に人の波が押し寄せたと思うと、次にはもう人だかりだった。
【茜】「このようすだと…休みは返上だね…」
【茜】「頑張って豆を挽いてね」
【直哉】「まじか…」
【茜】「いらっしゃいませ~」
…
……
………
【茜】「予想以上に人が多いね」
【直哉】「全くだ」
【茜】「豆…足りる?」
【直哉】「豆は足りるけど…挽く時間が」
【茜】「頑張ってね。明日も…」
【直哉】「へぇ~い」
仕方ないよな…眠ったのは俺だし…。
【茜】「あっ、はい、『フレーバー珈琲のヘーゼルナッツクリーム』ですね」
フレーバー珈琲を頼む人も居るのか…。
一応用意しておいたが、まさか注文されるとは思っていなかった。
【義明】「なぁ、居元。フレーバー珈琲ってなんだ?」
【直哉】「フレーバー珈琲ってのはだな、甘い香りを楽しむ珈琲でミルクと砂糖をたっぷり入れるんだ」
【直哉】「まぁ、ココア感覚だな」
【直哉】「ヘーゼルナッツクリームと言うのは、ロースとしたヘーゼルナッツを思わせる香ばしい苦みが、珈琲の苦みにマッチすると言う珈琲なんだ」
【義明】「へぇ~」
【直哉】「一応、今回は俺が準備できるフレーバー珈琲を用意させてもらったけど………。知っている人が居るとは思わなかった」
【茜】「直ちゃん、『フレーバー珈琲のヘーゼルナッツクリーム』1つと、『フレーバー珈琲のフレンチバニラ』1つ」
【直哉】「任せておけ」
俺は早速準備を始める。
珈琲の香りに甘みが混じる。
この組み合わせ方が………っと。
うん…こんなもんだろう。
【直哉】「はい、茜」
【茜】「ありがと」
【直哉】「しかし………香ばしい香りが…」
やべぇ…おなか空いてきた。
もう昼過ぎたもんな…。
【茜】「お昼ご飯食べよう。」
茜が弁当を持ってきた。
【直哉】「ああ。流石におなかが空いた」
【直哉】「おお。おいしそうだな。じゃあ頂きます」
【茜】「はい。召し上がれ」
その時、
【義明】「ああ~~!! 月詩さんの手作り弁当!!」
義明が叫ぶ…。
【直哉】「…義明。何でここに居る? お前はさっきカウンターに居ただろう」
【義明】「今は俺も休憩時間だ」
【直哉】「で、どうしてここに?」
【義明】「何となくだ。にしても!」
急に睨み付けてくる義明。
【義明】「月詩さんの手作り弁当は羨ましいな」
【直哉】「やる訳には行かないな」
【茜】「春日君、とりあえず今は昼食中だよ。静かに」
【義明】「…」
【直哉】「なんか、主従関係が成り立っている気がする」
【茜】「頑張ってね♪ 午後も豆挽き」
今日の茜はなんとなく怖かった…。
…
……
………
【直哉】「マスターに豆を頼んでおいてよかった」
今回の喫茶店の豆は全部マスターにお願いしたのだが、流石と思った。
それに、茜達の作ったメニューには珈琲の豆の種類の説明と、味に関しての説明があった。
だから普段、珈琲と漠然としたイメージしかない人も種類の多さには驚いただろう。
お菓子との組み合わせの例も載っていたためセットで頼む人も少なくなかった。
とりあえず、1日目も終わり、俺は家に戻った。
…
……
………
【直哉】「時間は?」
気がついたら日付が変わりそうだった。
【直哉】「明日も…あるのにな」
半永久的に珈琲豆をひかされた俺は今日何も出来なかった。
ついてにいってしまえば、間に合わなくて家でも豆を挽く羽目になってしまった…。
明日こそ…。
明日こそ…なんなんだ?
する事はマスター役をこなす以外に何も無い…。
一緒に文化祭を見て回る人も居ない………。
いや…茜や遼風が居るか…。
面白いかもな…あいつと一緒なら…。
!?…あいつって…どっちだ?
茜? 遼風?
確かに…茜と居ると楽しい気がする…。
でも…それだけ…。
いつもと同じ日が過ごせるだけ。
遼風と居ると?
なんなんだ?
楽しい?
いや…それ以上の…。
友達以上の楽しさ…。
…見とめたくない………。
でも…見とめたい…。
俺は…遼風の事が好きなのかもしれない。
いや…好きなんだ………あの時から。
初めて声を掛けられた時から…。
俺は指を組んだ両手を机に置くとわざとらしく大きく肩をすくめた。
馬鹿だな―――俺。
自分の心を素直に表さなかった自分が馬鹿馬鹿しい。
そして…自分の心を素直に表現してはいけない自分が哀しい。
気がついていたのに………。
…
……
………
!!
ハッとして俺は顔を上げる。
どうやら机に顔を伏せて眠ってしまったらしい。
【直哉】「こんなところで寝ていると風邪を引いてしまう」
手早くパジャマに着替えると俺はベッドに潜り込む。
朝までは後4時間………。
目が覚めた時には、自分に正直でありますように。
【直哉】「何とか余裕が出来たな」
【茜】「うん。やっとゆっくり出来るよ」
【直哉】「とりあえず、豆の在庫がそろそろそこを尽きるな」
【茜】「あれだけあったのにもう無くなるなんてね」
【直哉】「ああ」
【茜】「ふぅ~」
【直哉】「………!!」
【茜】「どうしたの?…ってうわぁ」
茜の横にいつもまにか居た、男女一組。
【直哉】「い、いらっしゃいませ。どうしたんですか?マスター」
【マスター】「やあ、お客さん。今日は私がお客さんですから」
【奥さん】「どうも。直哉さんに、茜さん」
【茜】「ど、どうも。マスターに奥さん。何にしますか?」
【マスター】「じゃあ、お客さんのお薦めで」
【直哉】「はい。解りました」
【奥さん】「私は、そうねぇ…茜さん?」
【茜】「はい」
【奥さん】「お薦めお願いしますね。お菓子とコーヒー」
【茜】「あ、はい。直ちゃん。マイルド二つに、ショコラケーキ一つ」
【直哉】「はいよ」
そう言い即座に準備してコーヒーを淹れる。
それと同時にショコラケーキがマスターの妻に運ばれる。
【直哉】「はい。マイルド二つです」
【マスター】「はい。どうもありがとう」
【奥さん】「わぁ~おいしそうね」
【マスター】「まずは一口」
口にコーヒーを運ぶ。
【マスター】「うむ、なるほど。これは…ベトナム豆か。なかなかな味だ」
【直哉】「凄っ!どうやって当てているんですか?」
【マスター】「簡単だよ。この酸味にこく、独特の味はベトナムしかないしね」
【茜】「凄いですね」
【マスター】「そうだな。コーヒーを淹れるときにもう少し、低温でやってみると渋みが増すよ」
【奥さん】「そうねぇ。出来るなら、私は少し苦く感じるかな」
【直哉】「解りました。念頭に置いておきます」
【マスター】「では、私たちはそろそろ撤退しますかね」
【奥さん】「そうですね。ではお金は…」
【直哉】「いや良いですよ。俺達が払いますから」
【マスター】「お客さん。今日は私たちがお客さん達ですから、いつも来てくれているから今度はこっちが払わないとね」
【奥さん】「そうですよ。じゃあ、お金はここに置いておきますね。では」
そう言い、中世の格好をした二人組は足音一つたてないで教室から出ていった。
【直哉】「全く気配がしなかった」
【茜】「私も。隣に来るまで気付かなかったよ」
【直哉】「こわっ…」
【杉本】「おい、居元。交代の時間だぜ」
【直哉】「もうそんな時間か」
時計を見ると既に昼を回っていた。
豆はもう挽いてあるので後は抽出するだけだ。
とりあえず、俺の仕事も1つ終わったと言う事だ。
味は変わってしまうが、抽出は誰でも出来る。
豆は引き終わるタイミングで味も風味も変わってしまうからな…。
【直哉】「俺の方も一段落したし…後は任せた」
【山道】「わかった。ここは俺達に任せて、お前は文化祭でも回って来いよ」
【直哉】「サンキュー」
俺はエプロンを脱ぐと軽くたたみ、カウンターの奥にしまった。
フロアに居るクラスの人にも軽く挨拶をしながら俺は教室を出た。
…廊下にも人が並んでるよ…。
まぁ、そうだろう。
義明の話によると茜達が作るケーキも結構大人気らしいし。
ひそかにリピーターも居るとか居ないとか…。
…とりあえず、ここから離れるか。
…
……
………
生徒玄関で俺は文化祭のパンフレットを開く。
へぇ~。結構色んなものやってるんだ。
定番のお化け屋敷からはじまって、科学実験など子供向けから、高齢者体験をやっているところもあった。
まぁ、去年はあまり回らなかった気がするし…。
大学の宣伝にもつながるから、学校としても必死なのかもな…。
でも2日で一万人を超える来客があるなら十分だと思うんだけどな。
さて、どこに行くか。
『子供と両親に読ませてあげたい本』
なるほどな…文芸部らしいな。
遼風も居る事だし、とりあえず行ってみるか。
…
……
………
案の定、図書館には大人や子供を含めて沢山の人で賑わっていた。
まぁ、もとから図書館と言うのもあり、うるさいと言う訳ではないが。
とりあえず、見て回る事にした。
…
……
………
『小説の歴史』
【直哉】「へぇ~」
もと、中国の稗史(はいし)から出たもので、市中のできごとや話題を記述した散文体の文章。
文学形態の1つで、作家の想像力・構想力に基づき、人間性や社会のすがたなどを登場人物の心理・性格、筋の発展などを通して表現した散文体の文学。
古代の伝説・叙事詩、中世の物語などの系譜を受け継ぎ、近代に至って発達した。
坪内逍遥がノベルと言う概念を翻訳するために、「小説」と言う古語に新生命を与えたもの。
また、国文学史で、中世・近世の物語・草子類の散文体文学を言う。
【直哉】「もとと探れば、中国の文化だったんだな。最も、今の小説とは少し意味合いが違うみたいだけど…」
【遼風】「こんにちは、居元先輩」
【直哉】「遼風じゃないか。仕事中か?」
【遼風】「もう少しで交代の時間の予定です」
【直哉】「そうか」
【遼風】「居元先輩はこれから何も無いのですか?」
【直哉】「俺は、丁度仕事が終わったところだ」
【遼風】「そうですか。あっ、それでは、一緒に見て回りませんか?」
【直哉】「俺と?」
【遼風】「先輩に聞いているのに、誰と一緒に行くと言うのですか?」
【直哉】「まぁ、それもそうだな。俺はいいよ」
【遼風】「ありがとうございます」
【直哉】「それにしても、結構人が居るんだな」
【遼風】「毎年賑わっているようですよ。特に子供連れの親御さんには…」
【直哉】「そうかもしれないな。高校の文化祭って高校生ぐらいの人しか来ないと思っていたけど、そうでもないみたいだし…」
【遼風】「そうですね。私もびっくりです。展示する内容を聞いて、本当に人が来るのかな?と心配になりました」
【直哉】「まぁ、その心配も必要なかったみたいだな」
【遼風】「杞憂に終わりました」
【直哉】「そうみたいだな」
【三年生】「遼風~。遅れてご免」
【遼風】「あっ、中村先輩。お疲れ様です」
【中村】「お疲れ様、遼風。ここはもういいから、楽しんできて♪」
【遼風】「はい」
遼風はこっちに向きかえると、
【遼風】「それでは居元先輩、行きましょう」
【居元】「あぁ」
…
……
………
【遼風】「どこに行きましょうか?」
【直哉】「と聞かれてもな…。俺はあまり文化祭とか詳しくないし…」
【遼風】「そうですね…。とりあえず、お昼ご飯にいたしませんか?」
【直哉】「そういえば、そんな時間なんだな」
俺は時計を見る。
既に1時30分を回っていた。
【直哉】「どこかいいところでも知っているのか?」
【遼風】「1年C組のマロンケーキが美味しいと言う話です。それに、2年C組のカップケーキが美味しいと言う話しもありますし…」
【遼風】「少林寺拳法部の焼き鳥も美味しいと言う話ですし…、サッカー部の焼き蕎麦も美味しいらしいですよ」
【直哉】「よく知ってるな。しかも食べ物ばかり…」
【遼風】「先ほど中村先輩から聞きました」
【直哉】「中村先輩って…さっき遼風の替わりに来た人だよな?」
【遼風】「はい。私達、文芸部の部長さんです」
【直哉】「へぇ~。ところで、どこから回る?」
【遼風】「そうですね…丁度玄関に居る事ですし…外の模擬店に行きましょう」
【直哉】「そうするか」
…
……
………
【直哉】「ん? 結構いける」
【遼風】「中村先輩の情報は正確性、信頼性、速さ…どれを取っても完璧です」
とりあえず、サッカー部の模擬店の焼き蕎麦を食べている。
【直哉】「しかし、普段はベンチを使っている奴なんてほとんど居ないのにな」
【遼風】「今日は沢山いますね」
【直哉】「あぁ」
【遼風】「やはり、文化祭は楽しいですから」
【直哉】「そうだな」
文化祭か…。
いつも茜と一緒だったからな、今までは。
こう言うのも新鮮でいいかもしれないな。
【遼風】「さて、焼き蕎麦も食べ終わりましたし…、次はお好み焼きでも食べませんか?」
【直哉】「まだ食べるのか?」
【遼風】「こう言う時は沢山食べないと楽しくないですよ」
【直哉】「ははは、了解」
…
……
………
【直哉】「それにしても、一体いくつ食べたんだ?」
【遼風】「そんなに食べてないと思いますけど…」
【直哉】「そうか? クレープに、タコヤキ、焼き蕎麦、お好み焼き、焼き鳥…カップケーキに…もう思い出せないや」
【遼風】「あたし…そんなに食べていましたか?」
【直哉】「あぁ。さて、それじゃあ昼ご飯も食べたし、これからどうする?」
【遼風】「そうですね、天文学部がプラネタリウムを使って星座の伝説を上映するそうですよ」
【直哉】「星座の伝説?」
【遼風】「1993年当時で88個の星座が星座として認められていますが、それらは昔から伝わるものが多いのです」
【遼風】「メソポタミア文明の時から星座は人によって考え出され、ギリシア、エジプト、中国などに伝わったそうです」
【遼風】「そして、各地の神話と結びついていろいろな星座が誕生したそうです」
【遼風】「特にペルセウルやアンドロメダ姫の物語が有名ですね」
【直哉】「へぇ~。でもそれって…」
【遼風】「はい。今日のプログラムは終わってしまいました………」
【直哉】「食べてばっかりいるから」
【遼風】「さらっと酷い事言いました」
【直哉】「すまん。悪気は無かったんだが…」
【遼風】「いいですよ♪ そのぶん楽しかったですから」
【直哉】「そうか」
【遼風】「それなら、体育館で行なわれている出し物でも見に行きましょう。丁度カラオケ大会が行なわれていて、もうすぐ紗の出番ですから」
【直哉】「カラオケ大会? 音瀬が出てる?」
【遼風】「はい。紗はかなり歌が上手いですよ。優勝、間違い無しです」
【直哉】「マジか」
【遼風】「そうと決まったら行きましょう」
【直哉】「おう」
…
……
………
【司会】「それでは、エントリーナンバー15番、1年A組音瀬紗さんの登場です」
【司会】「曲は『貴方への花束』です。それではどうぞ」
テンポのいい前奏共に曲が流れ始める。
ライトアップされた舞台の上では音瀬が軽くリズムを取る。
【遼風】「この曲はあまり有名ではないアーティストが作っているのですけど、紗のお気に入りなのです。携帯電話の着メロもこの曲でした。あたしもおそろいなんですけどね」
【直哉】「へぇ~」
【遼風】「曲の明るさと、紗の声が凄くあっているのです。それに…歌詞も好きらしいです」
【音瀬】「♪私は待ち続ける、きっと来るから♪」
サビに入ったらしい。
【直哉】「結構寂しい曲かもしれないな」
【遼風】「いえ…幸せを感じさせる歌です」
【直哉】「そうなのか?」
【遼風】「最後まで聞けばわかりますよ」
【音瀬】「♪二人、今日も、明日も、未来も、いつまでも。お互い共に時を過ごそう♪」
【直哉】「歌詞はべたべただけど…分かりやすくて好きかもしれないな…。それに音瀬も歌が上手い」
【遼風】「…それだけではないです」
【遼風】「感情がとてもこもっています」
【直哉】「音瀬って…好きな人でも居るのか?」
【遼風】「好きどころか…相思相愛の彼がいますよ。告白の時に使った歌らしいですね」
【直哉】「へぇ~」
【遼風】「あっ、もうすぐですよ。紗の凄いところ」
【音瀬】「♪この想い育て続け、1輪の花となる。集める。貴方への花束だから♪」
そこを歌った瞬間、会場が騒然となる。
【直哉】「なんと言うキーだ…」
【遼風】「この曲…約2オクターブの音域を使う曲らしいです。それをまともに歌い上げるのは…この辺ですと、紗ぐらいではないでしょうか」
【直哉】「あぁ…。これは凄い…。上手いし…優勝決定だな」
【遼風】「気が早いですよ。でも、優勝して欲しいです」
【直哉】「あぁ」
…
……
………
【音瀬】「彩ちゃん、聞いてくれた?」
【遼風】「うん♪ 上手かったよ! それに優勝おめでとう」
と言いつつ抱き合う二人。
遼風が苦しそうだよ………。
【音瀬】「ありがとう。それに居元先輩も聞いてくれたみたいだし」
【直哉】「あぁ。上手かったよ。それにしても…優勝するとは流石だな…」
【音瀬】「でも…やっぱ緊張しまよぉ~…」
そう言いつつ、深く息を吐く音瀬。
【直哉】「でも、まぁ、よかったじゃないか」
【音瀬】「はい。ステージの上から二人が見えたので、頑張りました」
【直哉】「俺達のおかげで?」
【音瀬】「先輩も、頑張ってくださいね♪」
【直哉】「何を?」
【音瀬】「内緒です♪ 彩ちゃん…もうすぐ交代の時間だよ」
【遼風】「あっ、本当ですね…。居元先輩、文芸部の仕事があるので、この辺で失礼しますね」
【音瀬】「仕事さえなければ、この後居元先輩に奢ってもらう約束があったのに」
【直哉】「俺はそんな約束していないぞ」
【直哉】「それじゃあな、音瀬に遼風」
【音瀬】「はい」
【遼風】「はい」
二人を見送った俺は、する事が無くなった。
それにしても…上手かったな。
なんと言うか…心に響く歌だった。
それにしても…。
音瀬は俺の何を応援しているのだろうか…。
【直哉】「………」
暇だ…。
【直哉】「…屋上にでも行くか」
俺は屋上へ向かう。
ここは…1人で考える事が出来る場所…。
この時期になると、寒くて人はほとんど来ない。
【直哉】「今日は…楽しかったな」
【直哉】「遼風と居ると…時間が短く感じる」
【直哉】「やっぱり…楽しいと言う事なんだろう」
【直哉】「それに…一緒にいたいと思ってしまう」
【直哉】「ずっと…二人で話したいと思ってしまう」
【直哉】「やっぱり、遼風の事が好きなんだろうな…」
【直哉】「自分の気持ちを通す事に犠牲が伴う…こんな哀しい事は無いよな」
【直哉】「でも…」
自分の気持ちは大切にしたい。
そう…それが『好き』と言う言葉。
人を愛する事は誰にでも出来る…。
俺を除いて…。
ある意味、誰にでも叶えられる欲求が俺にはとても遠い存在にある。
でも…今こそ、それを手にいれてもいいんじゃないのか?
想いというのは相手に伝えなければ意味が無い。
やはり、自分の想いを通す方が…いいのだろうか。
【直哉】「やっぱり…俺は遼風の事が好きだ」
自分の気持ちに嘘をつくほど辛いものは無いかもしれない。
そして、本当の自分を表現する事で、あまりにも失うものが多すぎる…。
でも…それでも…俺は…
遼風の事が好きだ。
出会ってまだ1ヶ月。
俺は彼女に会って少しずつ変わっている。
自分でもわかる…。
茜に言わせれば、進化(成長)しない人間は人間では無くなるらしい。
自分の力で閉じていた心の壁が今彼女の手によって解放されようとしている事が…。
そして、その事がとても嬉しい事も…。
俺は…。
あいつには負けない!