アクロス・ザ・タイム -第六章-

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第六章

9月18日(木曜日)

衝撃的事件から1日が立ち、いつものように朝は始まった…かに思われた。
「早くしてくれ~」
夏菜さんの寝坊。
静姉さんの話によると珍しいことらしい。
「まってよ~」
「先に行くぞ~」
「裏切り者~」
遠くからそんな声が聞こえる。
俺は玄関で既に靴を履き替えていた。
『ドタドタドタ』
縦横無尽に走りまわる足音。
『バタバタバタ』
「あぁ~、携帯~」
『ドタドタドタ』
「あぁ~、弁当持たないと~」
『バタバタバタ』

……
………
「お待たせ~」
焦っていたわりにはきちんと髪まで整えて出てきた夏菜さんを俺は出迎える。
「ほら、行くぞ」
「うん」
既に静姉さんは仕事に向かっている。
俺達は自転車を車庫から取り出した。
「あぁ~、回りに誰も居ない」
「うん…早くしないと」
「おう」
そこまで鍵を開けながら話すと、自転車に飛び乗った。
『シャーーーー』
いつもより一段と音の高く大きい自転車の音。
かなりの速度。
景色が流れるように後ろに滑っていく。
夏の日差しの中、俺達は学校に急いだ。

「おつかれさん」
渉に声をかけられる。
「冗談じゃねぇ」
「ん? 時ノ沢さんもか…珍しいな」
「うっ、うん」
苦笑いしながら夏菜さんは席につく。
お互い肩で息をしながら、無言で机の中に道具を入れる。
「しっかし、二人そろって朝寝坊と言うのも笑えるな」
「ちょいまち! 俺は…」
俺はきちんと起きたけどこいつが寝坊した、と言おうとして俺は飲み込んだ。
渉には同居のことを言っていなかった。
「俺は?」
「いや…俺も朝寝坊だ」
「だろ?」
『ガラガラガラ』
教室の前のドアが開く音。
「起立!」
号令の挨拶と共に、1日が始まった。

「やっとお昼だよ~」
朝ご飯を食べる暇が無かった夏菜さんは今日はじめてのご飯だ。
「おつかれさま」
渉の労いの言葉。
「さて、飯でも食うか」
俺の発言に皆で頷く。
この光景もまもなく見られなくなると思うと残念だった。
「っと、今日の弁当は…」
『カパッ』
「…」
思わず蓋を閉めてしまった。
「どうした? 遼一」
「どうしたの? 前橋君」
「逆日の丸弁当かよ!!!!」
俺は開口1番叫んだ。
「どういう意味だ?」
俺は無言で弁当を開く。
「…確かに…逆日の丸弁当だな」
「…うん。逆日の丸弁当だね」
目の前には日本の国旗を反対にした弁当…。
つまり普通の日の丸弁当とは反対…ご飯のところに梅干、梅干のところにご飯があった。
「どうやって、食えと?」
「遼一…購買にご飯だけ…というメニューは無いぞ…」
「あぁ…。お裾分けしてくる」
「いってらっしゃ~い」
「頑張ってね~」
俺は二人の視線を背中に受けながら教室を回った。


自分の部屋。
誰にも邪魔されることの無い部屋。
まだ静姉さんは帰ってこない。
学校で資料を探していると夏菜さんに聞いた。
今日1日考えた俺の結論。
やっぱり…帰るしかない。
義務…で帰るのではない。
自分がこの道を自分自身で選んで俺はもとの世界に戻る。
全てが円満に解決する手段だった。
こうすれば、犠牲は無い。
俺が無理強いをしてこの世界に残っても、この世界が破滅するだけだ。
その破滅の影響が元の世界に響く可能性があるとも夏菜姉さんは言っていた。
帰ろう…。
俺が住んでいた場所へ。
また俺は他人の決め付けた自分の印象に縛られながら生きていくかもしれないけど…。
結局、人間なんてそんな生き物だと気がついたのはいつだろうか。
他の人の目を気にしながら生きている。
そんなものなんだ。
夜なのに暑い…。
今日は熱帯夜になりそうだ。
俺は部屋の窓を極限まで開け放つと、夜の帳に体を預けた。

9月19日(金曜日)

「…て………起きて」
「うぅ~眠いよ~」
意識の遠くから聞こえてくる誰かの声。
この声は…。
考えようとして、眠気がそれを閉ざす。
「早くしないと遅刻~」
「………うぅ~」
しぶしぶ体を起こす。
「おはよう」
夏菜さんの声。
「………アプリケーションエラー。強制終了します」
「えっ?」
「おやすみ」
ぐぅ~。
やっぱり、ベッドは気持ちいい。
『♪~』
携帯電話が鳴る。
こういうときに限って大音量だったりする。
俺はしかたが無く通話ボタンを押し、電話に出た。
「もひもひ~」
「おい…起きろ」
「だれ~?」
「………起きないと、業務用レーザープリンタ60PPMでぶっ飛ばす」
「!!!っ。 起きます!」
ベッドから思いっきり起きあがる。
「きゃ」
短い悲鳴が聞こえた気がする。
その反動でベッドから転げ落ちる。
『ズムッ』
予想外の床の柔らかさ。
「う゛ぅ~」
下から情けない悲鳴。
「俺は視点を下に向ける」
夏菜さんがいた。
「のわっ!!!」
どうやらベッドの側にいた夏菜さんを押し倒してしまったらしい。
「ごっ、ごめん!」
つーか、かなり恥かしい。
「前橋!」
電話の奥から聞こえてくる声に気がつき俺は耳に当てた。
「朝から卑猥なことはいいけど、電話は切ってからにしろよ」
「何もしてませんって!」
「じゃあ、どうして悲鳴が聞こえる」
「うっ」
「早く降りて~」
「あっ、ごめん」
俺は夏菜さんの上から急いでどいた。
「べっ…別に私はいい……け……ど………」
電話の音にかき消され、ただでさえ低い声はよく聞こえなかった。
目の前には顔を赤くしている夏菜さん。
耳元には朝から豪快な静姉さん。
「ご飯出来てるから早く降りてこいよ」
「あっ、わかりました」
「まぁ、ゆっくりしても構わないが」
「何もしませんって!」

……
………
「それにしても、最近の若い人は…」
「だから…成り行きでし方がないんですよ。それに、何で静姉さんは俺の携帯の番号しってるんですか?」
「…だから言っただろう? 破れないセキュリティーなんてこの世に存在しないんだよ」
何か恐ろしい会話だった。

放課後。
静かな部屋でたたずむ二人。
「遼一…左手に持っているものはなんだ?」
「間違えなく、お前をしとめることが出来る物だな」
「左手…という事は戦意があると言うことか?」
「あぁ…」
「そうか…ならし方がない」
渉は一歩下がると壁に手を当てた。
壁の奥から『ギィ』と音が聞こえたかと思うと、そこがスリット状に開いた。
「ここで、宝刀『七星雷槍』を使うことになるとはな」
遠くで水の滴る音。
それは定期的に響いている。
10…9…8…
音と共に心の中でカウントダウン。
1…0!
同時に目を開ける…。
隙がない。
動くとやられる。
しかし…それは渉にとっても同じ。

……
………
『ピピーッ』
サッカー部の笛の音。
動き出した時間。
俺は長槍の中ほどを持つと渉の右に回りこむ。
遠心力を込めた一撃。
渉は柄の部分で受け止め、俺のベクトルを外へ変化させる。
重心を崩された俺は床に倒れそうになる。
受身を取り、渉の続けざまの5撃を転がりながらかわす。
一気に勢いをつけて立ちあがると槍を構えなおす。
ステップを入れ槍を水平に薙ぎる。
渉が受け止める体制になったのを見て俺は槍から右手を離すと、柄を叩きつけ瞬時に下方向への力へ変化させた。
槍を半回転させ渉はそれを受け止める。
左側に槍がうつり、俺の右側は無防備になる。
「せいっ!」
「なっ!」
「神技七宝流儀・一線方陣!!」
「神技七龍拳・護身手霊剣!!」
『バキッ!』
渉の槍を法力を込めた右手を使い一撃で叩き折ると、俺は半回転して左手に持っていた槍を渉に叩きつけた。
「ぐはっ!」
後ろからやられた形で渉は前に崩れ落ちる。
「遼一…おまえ」
「渉…強く…なったな」
「俺はいつだってお前に勝てない…らしい」
「そんなことはない。右手が割れるように痛い。法力障壁を展開しつつの攻撃だったのに…それを柄で突き破るとは…」
「当たり前だ…俺だって…法力は使える…さ…」
「そうだったな」
「遼一…ありがとう」
「渉…渉っっーーー!!」

……
………
「それじゃあ、塵取りは任せた」
「わかった」
「折れた箒は俺が片付けておくよ」
「おう」
スリット状に開いている掃除用具入れに箒を俺はしまうと、渉は塵取りのゴミを捨てた。
進路指導室の掃除は終わり、俺達は部屋から出た。

そんな、いつものようなやり取り…。

初出: 2003年2月12日
更新: 2005年2月5日
原作: 鈴響 雪冬
著作: 鈴響 雪冬
制作: 鈴響 雪冬
Copyright © 2003-2005 Suzuhibiki Yuki

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