アクロス・ザ・タイム -第五章-

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第五章

「畜生!」
どうすればいいんだ!
………
………………
………………………
「つまり、時間ベクトルの世界が塗り替えられて…お前がこっちの世界にはじめから居るようになってしまった」
「…」
「お前が来た瞬間から…時間ベクトルの動きが不安定になっている可能性がある」
そう言うと静姉さんは考え込む姿勢を取る。
「歴史が変わった…いや…設定が変えられた…と言うことだ。はじめからお前がこの世界に居るかのような設定に…」
………………………
所詮ただの人間…。
時間に身を任せることしか出来ない人間。
これが運命だから…。
………………………
………………
………
そうだ!
静姉さん!
俺は時ノ沢先生のことを思い出す。
あの人なら…なんとか…。
俺は静姉さんの所へ向かう。
部室の扉を開け………。
………開かない…。
「どうして…」
もう一度チャレンジする。
開かない。
俺意外の全ての時間が止まっているとしたら…。
回りを動かすことは…その時間を動かすこと…。
だけど…そんなことは出来ない…。
時間の流れは人間にはコントロールすることは出来ないから。
「待つしか…無いのか」
最終的にそうなるのか。
俺は何もせず待つことにした。
時間が全てを解決する…しかし…時間はとまっている。
だけど………。
俺は壁に背中を寄りかからせ廊下に座りこんだ。

……
………
「…」
何処か遠くから声が聞こえる。
「ま……し」
誰だろう…。
「前橋…」
この声は…。
ゆっくりと目を開ける。
そこには…。
「時ノ沢先生!」
思わず叫ぶ。
「おい…そんなに大きな声じゃなくても私には聞こえるぞ」
「あっ、…すみません」
「ところで、こんな所で寝ていると、他の生徒に変な目で見られるぞ」
「俺…寝ていたんですか?」
「あぁ…。気持ちよさそうにな」
「どのくらい!?」
思わず叫ぶ。
夢…だったのか…?
「さぁ…10分ぐらいじゃないか」
「10分…」
さっきの事件は…夢?
いや…違う…。
あまりにも感覚が残っている。
「先生…話があるんですけど」
「あっ…あぁ」
自分でもびっくりするほどの暗い声。
さっきの出来事は俺には大きすぎる。


……
………
「そう言うことがあったのか…」
「はい」
部室の奥の先生の研究室。
相変わらず目の前にはビーカーが置かれている。
中身は空っぽだが。
「う~む」
そう言いながら先生は考え込んでいるそぶりを見せる。
いや…実際にかなり考え込んでいるのだが…。
「やっぱり…時空間に乱れがあるのか…」
「乱れ…?」
「あぁ。もし、私が前に言った予想があたっているとしたら、時間軸同士がぶつかった可能性がある。ものはぶつかると不安定な状態になるだろう? それと同じだ」
「…」
「今までの『歴史』は正常でも『時間の流れ』は…乱れているのかもしれないな」
「………」
「どうにかしないと…」
「どうにか…といわれても…」
「そうだな…まずは…現状の把握…からか…。不安定…という事は………前橋、時間の感覚が変になったことはないか?」
「変なこと?」
「あぁ。例えば…妙に時間が流れるのが早く感じたり…とか」
「そんなこと無いですよ。授業中ならまだしも」
「う~む…。いつもと同じ時間だけ寝ているのに妙に朝が早く感じたりとかは?」
「………」
思い当たる…かもしれない………。
つかれていないとき…いつもと同じ時間寝たはずなのにいつもより体がだるく感じた…。
いつもより長い時間寝た気がする…。
思い当たる…。
「それなら…確信は無いですけど…あります」
「そうか」
そう言うとまた考え込んだ。
「もし、時間が不安定だとしても、私達は気がつくことは無い。それは、さっきの時間停止にも見られるように、私達はこの世界の住人だからな」
「…」
「どうにかして…正確な時間の流れを計る方法は無いのか」
「時計とか?」
「ばかか?お前…。この世界にある物は、この世界の時間の流れで動いている。その中に存在する時計だとしたら、時間が乱れても時計も同時に乱れるから意味が無いだろ」
「あっ…」
「お前…時計持ってないか?」
「ありますけど?」
「この世界で買ったものか?」
「はい」
商店街で買った時計だ。
「向こうの世界でつけていた時計は?」
「無くしました」
「いつ、何処で!」
「えっと…」
確か8月の…33日…にはつけてないような…。
俺は不思議な体験をした日から逆算しながら答えた。
「つまり…この世界の何処かにあるということだな?」
「多分」
「場所は?」
「自分の家…だと思うけど」
「探せ」
「えっ?」
「探せ!」
「あっ、はい。わかりました!」
「いいか。その時計が発見されれば…その時計は元はお前の世界のものだ。この世界の時間が乱れても、その時計とお前には関係無いはず。つまり、その時計を観測すれば、時間がどれだけ乱れているかわかるはずだ」
「なるほど」
「今から家まで送る。探して来い」
「わかりました」


……
………
「それにしても…見つかるのか?」
俺はリビングから始まって洗面台やキッチンをくまなく探す。
最後は自分の部屋だ。
「ここ…がやっぱり確率が高いよな」
ドアのノブに手をかける。
締めきっていた部屋独特の空気の匂いが押し寄せる。
咳き込みそうに成りながら俺は部屋に入った。
「さてと…何処から探そうか」
手当たり次第探していく。
机の上、本棚…。
ベッドのした…。
「!?」
あれ?
ベッドの下に見覚えのあるもの。
有った。
つけたまま寝てしまって、落としてしまったのだろう。
手に取ると時計はきちんと動いていた。
今の時間と比べる。
部屋の時計は6時23分
腕時計は1時55分
…ずれている。
俺は車に戻ると静姉さんに時計を渡した。
「これか…」
神妙な面持ちで時計を見つめる静姉さん。
「…どうですか?」
「とりあえず、家に持ち帰ろう」
「はい」

「これでよし」
地下の実験室で静姉さんは時計をパソコンと直結していた。
「これで時間のずれを測定することが出来る」
「これで…ですか?」
あまりにも単純な設備。
時計の上にカメラらしき物体。
「パソコンに登録している時間ごとにデータを収集して、どれだけ時間が進んでいるかを調べる」
カメラみたいな物はインターフェイスの一種らしい。
「とりあえず、測定開始だ」
静姉さんはパソコンに一連の命令を打ちこんでいく。
ここまでやるなら、GUIも作れ…と言いたいが止めておいた。
黒い画面に英語と思われる文字の羅列。
コマンドプロトコル…ですか。
えっと…STARTだけは読めた。
俺の知らないプログラム言語…。
この世界特有の物…か静姉さんのオリジナル…か。
「一応、1日待ってみよう。自動的にグラフ化されていく。安定しているなら直線の右肩上がりのグラフ。もし、不安定なら直線ではないグラフ。時間が一瞬でも止まった場合は、横線が記録される」
あまりにもわかりやすかった。
「それじゃあ、上に戻ろう」

「それにしても、暑いね」
「あぁ」
「ねぇ、お姉ちゃん。どうにかならないの?」
クーラーが故障。
小説のような展開だ。
事実は小説より奇なり…ってか?
「わかった。後で直しておく」
「うん♪」
「直しておく…って…?」
「私が直す」
箸におかずをつまみながらあたかも当然のような面持ちで言い放った。
「直す…んですか?」
「まぁ、見てろって」
「はぁ…」
「それより、早く食べろ。冷めるぞ」
「あっ、はい」

……
………
「そう言えば…」
夏菜さんが話しをふる。
「どうした?」
「お姉ちゃん…前橋君と弁当の内容が同じだと…結構危ないかも」
「そう言えば………最近渉に疑われているみたいだ」
「渉?」
「あっ…俺のクラスの友達で俺の前にいる人」
「ほう」
「あいつ…感覚が鋭い…と言うのか…妙に気がつく奴だから…」
「なるほどな…。どうすればいい?」
「弁当の内容がかぶらないようにしてくれ」
「拒否!」
速攻で断られた。
「いや…それは無いでしょ」
「じゃあ、渉を殺る」
それは…犯罪と違いますか?
「なんだ、その明らかに『それは…犯罪と違いますか?』と言いそうな顔は」
人の心を見ぬかないでくれ。
「お前ならわかるだろう。弁当を作る人の苦労が」
「まぁ…俺も自分でつくっていたから…」
「………し方が無い…どっちにしてもいつかはこうなることは目に見えていたからな」
「お願いします」
「私からもお願い」
「遼一、その渉…って人…いつか部室に一緒に来た人か?」
「そうだけど…」
「…その人………かなり胸に大きな秘め事をしているぞ」
「どうして…そう思うんですか?」
「雰囲気…だ。外見からすでに人と接したくない…という気配が見え見えだ。一人になりたい…という願望があるんじゃないか? 例えば…学校の屋上に一人でいたり…とか」
思い当たる。
相変わらず恐ろしい観察力と推察力。
しかし…渉…お前に…何があるんだ?
確かに人と群れることが嫌い…らしい。
それは本人から聞いたし、行動からもわかる。
「まぁ…過去に何かあったんだろうけど…、ここから先は踏みこんでは行けない領域だな」
「はぁ」

9月12日 (金曜日)

「言われたとおり、弁当は中身を替えてあるからな」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、行こう。前橋君」
「あぁ。それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
俺達は家を出る。
「弁当の中身、楽しみだね。でも………いやな予感がするよ」
「どうして?」
「かなり文句を言ってたよ。贅沢な悩みだ…って」
「…怖いな」
「うん…」


「さてと、遼一、夏菜さん。ご飯にしようぜ」
「あぁ」
「うん」
《いただきま~す》
『カパッ』
弁当を開ける。
その状態で硬直する俺。
「どうしたの?」「どうした?」
何も言うことの出来ない俺。
「何が入ってるの?」
そう言いながら、弁当を覗き込む夏菜さん。

俺と同じように固まる。
「どうした?遼一」
何も言わず俺は弁当を指差した。
同じように覗き込む渉。

渉も固まった。
「俺に…どうしろと?これは!」
弁当箱には『500円玉』がテープで張りつけられ、『購買で買え!』という殴り書き。

……
………
「遼一…購買は…混むぞ」
「あぁ…。逝ってくる!」
「「逝ってらっしゃい」」
全力で廊下を走りぬける。
ここの学校の購買は食堂の中にある。
でかい学校だ。当然人で混雑しているはず。
最終コーナーを回るとそこは人の山。
「さて…小手調べだ」
俺は商店街の要領で人の中を一気に通り抜ける。
少しぐらいぶつかっても構わない。
怒られる頃にはその人の視界の中には俺はいない。
楽勝。
「おばさん!ギョーザドックとベーコンハム鯛焼き一つづつ」
注文を済ませると俺はカウンターで商品を受け取った。

……
………
「おまえ…早いな」
「このぐらい普通だ」
「流石だね」
「まぁな」
「所で、何を買ってきたんだ?」
「『ギョーザドック』と『ベーコンハム鯛焼き』」
「また…随分とマイナーなものを…」
「自ら危険の道を歩むのが漢だ」
「そうか…それがお前の道ならそれでいい」
「いつも思うけど、前橋君って、変なのばっかり食べてるよね?」
「そうか?」
「カスタードクリームコロッケサンドイッチとか…」
いや…まだそれだけだと思うけど。
「まぁ、珍しい物は結構好きだからな」
「そうなの?」
「人と同じ…ってなんとなく嫌だからな」
「ふ~ん」
これも静姉さんなりの景気づけなのかもしれない。
…それにしても…おかずの一つも入れないとは。
毎日、購買だと栄養が偏る…。
ご丁寧に、重さでばれないようにおもりをいれてあるし…。
恐るべし…。
そして、俺は『お金でもいいけど、学食だと栄養が偏る』と直訴することを誓った。

放課後>
たまには、商店街…というのも悪くないな。
そう考えて、すぐその考えを中止する。
明日、バイトで行く羽目になるか。
素直に家に帰ることにする。
「ただいま~」
「お帰り」「お帰り~」
二人の声によって出迎えられる。
今って…4:30分だよな…。
静姉さん…あなた公務員ですよね?
「前橋、結果が出たぞ」
「はい」

俺達はゆっくりと地下室への階段を降りる。
開けた部屋へ出た。
「さて、これだ」
そう言って静姉さんは俺の前に1枚の紙を出す。
「難しい説明はしない。そのグラフを見てくれ。正常な時間の流れだと、直線になる…と昨日言っただろう」
…俺はグラフを見る。
その中に直線と言う言葉は存在しなかった。
不安定な曲がりくねった線が引かれている。
これは…。
不安定…その物だった。
「お姉ちゃん…これって」
「あぁ。夏菜の思っている通りだ」
「そんな」
「前橋。お前にもわかるだろう」
「はい」
「つまり…これが何を意味するのか…」
「はい」
「でも、まぁ、安心しろ。私だって学者だ。何とか考える」
「………」
「とりあえず、隠忍自重の精神でしばらくは頑張ってくれ」
「お姉ちゃん…それ使うタイミングが違う」
「そうか?」
「とりあえず、自分を傷つけたりするな。自殺とかされると、こっちが困る。死亡届は出さないからな」
これが、静姉さんなりの励まし方なのだろうか。
俺はとりあえず、うなずくことにした。
「はい」
…いや…この人の場合、本心だな。

9月13日 (土曜日)

「ふぁ~」
眠い。
「さてと…」
俺はバイトに行く準備をはじめる。
今日は余裕を持って出発できそうだ。
『川崎PCサポート』は基本的に時給がかなり高い。
2000円というありえない値段だが、そのぶん仕事はかなり多い。
PCメンテナンス関係の仕事は当然だが、『川崎PCショップ』のフロアの担当もあり、
また、在庫管理、搬入など、店の一通りの仕事をこなさないといけない。
状況によっては放課後に呼び出されることもある。
まぁ、今まで呼び出されることも無く平和なバイト人生を送っているが。

「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「行ってこいよ」
「はい」
見送られて家を出る。
考えて見れば、俺の記憶の中に見送られると言うことがほとんど無かった。
両親はすでにいない身。
既に親の記憶も無い。
人間の記憶はいかに弱い…と言うことがわかる。
結局、いつの日か忘れてしまうんだ。
だから…人間は記録をする。
決して忘れないように…と。
そんなことを考えている間に店に着いてしまった。
「よろしくおねがいします」
裏の入り口から俺は入った。
「おはよう、前橋君」
「おはよう、渉」
おなじみの二人…川崎店長と衛さんと挨拶を交わす。
今日も川崎店長は休み無し…ですか。
この店は朝の10:00から営業をはじめるため、9:00から準備をはじめる。
そして、夜の10:00まで営業をしている。
結局、9:00から11:00まで店長は店にいる。
夜の8:00からはPC教室も開いている。
考えると、かなり恐ろしいことだ。
「さて、それでは開店準備をはじめる」
《はい》
スタッフ一同による返事。
俺を含めて、今日は7人で朝を迎える。

「齋藤さ~ん、CD-R50枚入り、100カートン」
「了解!」
今日から新しいサービスをはじめるとあって、店内は大忙し。
確か…フリーソフトのダウンロード代行サービスだったか。
とにかく、ナローバンドの人にとっては嬉しいサービスだ。
「渉、そっちのラックをこっちに持ってきてくれ」
「わかりました」
と言うことで、売り場も一部改装。
店の方針で、年中無休らしい。
だから、朝に売り場の配列を変えることになった。
「高橋さん、ヘルプお願いします」
「オーケイ」
俺は一人で運べないことを悟ると、近くにいた人を呼んだ。
「そっちをお願いします」
「持ったぞ」
「せーのっ!」
「もっと、こっちに持ってきてくれ」
「「了解」」
この際に、新製品と旧製品の入れ換えを行なうらしい。
絶対に間に合わないと思ったが、店長がてきぱきと指示をして行くと、恐ろしいほど作業は流れるように進んだ。

「おつかれさま」
店長の労いの言葉。
「それじゃあ、これから開店する。皆さん、今日1日もよろしくお願いしますね」
《はい!》

「仕事は真面目にやれよ」
いきなり後ろからどすの効いた声で話しかけられる。
俺は後ろを振り向いた。
…静姉さんと夏菜さんですか。
「おはよう♪」
「おはよう」
「今日は、遊びに来たよ~」
「おいおい…。仕事の邪魔はしないでくれよ」
「うそうそ♪ 買い物」
「何を買いに来たんだ?」
「えっと、参考書」
「参考書?」
「情報処理技術関係のだよ」
「あっ、なるほど。それならこっちだ」
俺は先頭に立って歩き出す。
参考書の置いてあるコーナーに辿り着く。
「へぇ~…結構いっぱいあるね」
「どんなのが欲しいんだ?」
「とりあえず、解説書みたいなのがいいな」
「解説書?」
「う~んとね…情報関係全般の解説………なんて言えばいいかなぁ~」
「情報関係の解説………だったら、この本かな」
「これ?」
「あぁ。基礎的な知識から資格検定レベルまで載っていて、イラスト、フルカラーと来た。しかも、このボリュームで1500円! 素晴らしいとしか言いようが無い」
「なんか、お前が言うと説得力があるような無いような…」
「お姉ちゃん…。じゃあ、これもらおうかな」
「はい、どうぞ」
俺は夏菜さんに本を手渡した。
ペラペラと中身を確認していく。
「ありがとう。前橋君」
「まぁ、このぐらいならいつでも言ってくれ。値引きは出来ないけどな」
「うん♪」
レジに向かう二人を見ながら、オレは担当の場所に戻った。


「ただいま」
「お帰りなさい。ご飯にする? お風呂にする? それとも姉妹丼にする?」
「いや…最後の選択擬って…なんだ?」
「気にしない気にしない♪ それじゃあ、ご飯できてるから食べようよ」
「おう」
「前橋」
「なんですか?」
夕ご飯を食べながら静姉さんが話しかけてくる。
「明日、戦場に行く気は無いか?」
「…行きますよ」
「よし! それでこそ勇者だ」
「おう!」
「これで、いよいよ3人での共同戦線だね」
「夏菜さんも行くのか?」
「うん♪ 私の実力を見せてあげる」
「それじゃあ、作戦だが今日のうちに片付けてしまおう」
「「了解!」」
「私の入手した情報によると、明日はここの魚屋、肉屋、乾物屋、野菜屋、パソコンショップが日変わりの商品の安売りをするらしい。そして、ネックになるのが肉屋と野菜屋、パソコンショップだ。一人一つ、という限定品を展開している。そこで、提案だ」
『ゴクリ』
「3人は一人づつ行動して、時間差で各店にループ攻撃をしかける」

ループ攻撃【るーぷこうげき】・名詞
一人一つ限定という商品をゲットする最、一人で何回もレジを通って商品を買うこと
なお、レジの数が多ければ多いほど、客の数が多ければ多いほど、成功する。

「ループ攻撃を時間差…でですか?」
「あぁ。一人目標3回転」
「わかったよ。それじゃあ、次の店に移動するときについてに魚と乾物を買うの?」
「そうだな」
「パソコンは何が安くなるんだ?」
「あるすじからの情報によると、『100枚入りCD-R』が2500円らしい」
「!?」
「しかも、輸入による粗悪品じゃなくて国内産だ」
「それって…かなりすごくないですか?」
「あぁ。だから、一番はじめにパソコンショップから行く。その後、個人行動に切り替え…という作戦だ」
「なるほど…」
「それじゃあ、詳しくは朝だ」
「「了解!」」

9月14日 (日曜日)

日曜日の朝は実に賑やかに始まった。
「皆車に乗ったか?」
「「はい」」
「それじゃあ、行くぞ」
「「はい」」
「歯を食いしばれ」
「「はい」」
けたたましいエンジン音。
直後激しい重力に教われながら俺達は家を出た。
………
………………
………………………
「それじゃあ、今日の作戦だ」
「昨日の復讐だね?」
「まぁ、そんなところだが、CD-Rについてだ」
「一人一つまでなんだ。そしてあそこの店は客のチェックが厳しい」
「そう…なんだ」
そう言うと落胆する夏菜さん。
「目標の500枚確保に向けては3人のうち誰か2人が犠牲にならないといけない」
「確かに」
俺はその作戦に頷く。
「2人を呼ぶか…死を覚悟してこの中の2人が戦場へ飛び立つか…」
《う~ん》
全員で唸る。
二人を呼ぶ場合、相手に迷惑が掛かるが成功率は100%。
こちらから2人がループする場合はその店だと成功率は限りなく低そうだ…。
万が一見つかった場合…。
ならば、考えられる方法は前者の方なのだが…。
2人の人選が問題になる。
人ごみになれていて、目標の品物を素早くゲットできるひと…。

……
………
人ごみ…朝市…人ごみ…即売会………
!?
「衛さん兄妹!」
「どうした? 前橋」
「どうしたの? 前橋君」
「いや…いい人材が二人居ます…たぶん…大丈夫です」
「ほう。それは誰だ?」
「詳しくはその人に連絡を取ってからです」
「まぁ、前橋がそう言うなら多分大丈夫だろう」
「うん♪ 前橋君なら私は信頼できるよ」
「まかせておけ」
俺は携帯電話を取り出すと、メモリーから『衛さん』を呼び出した。

数回のコールの後衛さんの声が聞こえた。
「どうした遼一」
「実は…頼みたいことが…」
俺は今回の作戦と人材が必要な理由を言った。
「了解した。俺たちに任せておけ」
「ありがとうございます」
「どうだった?」
「2人とも了解をもらいました」
「よし! よくやった」
………………………
………………
………

予てから打ち合わせを集合場所へ集まる
『川崎PCショップ』の裏手の駐車場だ。
人通りが少ない裏通りに面している割には広くスペースが取れるのが利点だ。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはよう…ございます」
俺は車から降りると開口一番、挨拶をする。
それに返してくれる衛さんとまさみちゃん。
後ろからドアのしまる音がすると、夏菜さんと静姉さんが降りてきた。
「はじめまして」
「はじめまして♪」
「はじめまして。遼一のバイト仲間の国府田衛だ」
「えっと………衛の妹の…まさみ…です」
「よろしく頼む」
「よろしくおねがいします」
「それじゃあ、衛さん」
「あぁ。任せておけ」
「ん? どうした、2人とも」
怪訝な顔をする静姉さん。
「いえ。その店についてより詳しい情報を仕入れてもらったんですよ」
「ほう」
「それじゃあ、俺のほうから説明させてもらいます。今回の店で扱うCD-Rは国内第二位のシェアを誇るメーカーの特製CD-Rだ。他の店ではなかなか手に入らないものだ。特製CD-Rの理由は、枚数とその値段。そしてそれなのにエラーが少ない…という理由からだ。普通なら100枚で安くしても4000円~4500円なんだが、今回は2500円だ。その理由についてだが、ある電気店が倒産したため在庫が余っている。それをその店の店長が安く仕入れた…ということだ。国内産のため、輸送における事故はすくなく、なおかつ保証が効く。これ以上のものはないという品物だ」
「すごい………な」
確実な情報で静姉さんを頷かせる。
「私の情報によると、既に店の前には100人以上の行列が居ます」
まさみちゃん…即売会口調になってるよ…。
「100人!? お姉ちゃん…今回は…」
「そうだ、限定数50」
「………」
「でも、整理券は配らないみたいだから…」
「そうか…。その店のCD-R売り場はいつも奥なんだが…今回も奥に置いてある…という搬入問屋の情報だ」
「なるほど。ならば、100人以上来ると思われる人を潜り抜け、CD-Rを持ってレジへ移動。
 即時に購入して店を出ないと安全は確保されない…というわけか」
「…難しいね」
「だけど…」
静姉さんの一言…。
皆が息を呑む。
「やるときゃ、やる」
《おーっ!!》

《!!!!!》
人々の声。
恐ろしいほどの声が周囲を取り囲んでいる。
そんな中俺達5人は間をすり抜けていく。
400人の行列がなんだ。
俺達には敵はいない。
余裕で先頭に踊り出ると、商品を手にしてレジへ向かう。
さて、ここから先は戦場。
まだ商品を手にしていない人が恐ろしい目つきで獲物を狙っている。
負けられない!
!?
右から襲い掛かるエルボー。
攻撃だ!
このぐらいはいつものこと。
俺は軽く受け流し、カウンターとしてみぞおちにナックルを押しこんだ。
「!!」
声にならない声を出してその人は人ごみへ消えていく。

前にはまさみちゃん。

速い。
するすると人ごみをかけぬけていく。
攻撃も全てよけ、何も障害物が無いかのように。
「負けられるか」
一人で気合を入れると俺はさらにスピードを上げる。
後ろの方で、店員の商品の品切れを知らせる声が聞こえてくるが、全て一瞬にかき消される。
突破!
人ごみを抜けると既にレジで清算を終わらせているまもるさんと静姉さん。
いま、まさみちゃんが丁度レジを通っているときだ。
俺のすぐ後ろには夏菜さん。
結局、5人は12345フィニッシュを果たし、余裕で店を出た。
「さて、それじゃあ、俺達はバイトに向かうよ」
「ありがとうございます。衛さん」
「ありがとう。おかげで助かったよ」
「礼は必要ない。ただ、あとでうちの店で商品を買ってくださいね」
「わかった。さて、それじゃあ我々は…」
「いこう!」
「おう」
俺達三人は人で溢れる商店街の中心地へ向かった。

「おつかれさま」
店に入った瞬間、衛さんに出迎えられる。
「おはようございます」
俺は朝の挨拶をする。
《おはよう》
店の奥のほうからも他の店員さんの声。
「戦利品は?」
「あっ、今ごろ家です」
「なるほど」
「それじゃあ、前橋君」
「はい」
「今日1日がんばろう」

9月15日 (月曜日)

「それにしても前橋?」
「ん? どうした?」
「お前…最近明るくなったんじゃないか?」
「う~ん…。ふっきれた…かな」
「まぁ、別にいいんだけどな」
こんなやり取り。
目の前では相変わらずバスケットの試合。
辺りは歓声に包まれている。
…そう言われるとそうなんだろうな。
俺は…本当の自分を取り戻しているのかな。
回りに…いや…このことはもういい。
結局、今の俺が居ればそれでいい。
「どっちにしても、俺には関係無いが」
そう渉が締めくくった。
「あぁ~…お腹すいた」
結局それですか。


「んで、今日の弁当はどうなったんだ? 渉」
「さあな…」
いつものように三人でお昼を迎える。
なんとなくクラスの男の殺意的視線が混じっているが、気にしない。
「どれ、開けてみるか」
俺は弁当の蓋を開ける…。
白いご飯…。
安心した…。
おかずは?
俺は下の箱を開ける。

……
………
「ビタミン剤…だな」
「ビタミン剤…だね」
「…」

「ちくしょー!!」
「叫んでるな」
「叫んでるね」

栄養が偏る、というツッコミにかんしてはこれですか…。
静姉さん…あんた怖いよ。

放課後
「ねぇ、たまには一緒に帰ろうよ」
「べつにいいけど?」
「それじゃあ、買い物に付き合ってね」
「まっ…まぁいいよ」
「ありがとう♪」
帰りのホームルームが終わって放課後の喧騒に包まれている中、俺達は教室から出る。
名前を何とか覚える事が出来た人達に声をかけながら…。

廊下を歩く。
たまに男子が振り返る。
…夏菜さんって…結構人気者なんだな。
そんな事を考えていると…。
「よぉ、お二人さん」
「ちっす、渉」
「どうしたの? 向井君」
「いや、これからちょっと用事があってな」
そっちは屋上への階段がある方だぜ、と突っ込もうと思ったが止めた。
いつの日の出来事。
渉だけの空間。
他人によって決して荒らされる事の無い空間。
又、渉はそこに向かおうとしていた。
だから俺は…。
「そうか、それじゃあまた明日」
「じゃあね」
「おう。また明日~」
俺達は渉と別れた。

 その後、俺と夏菜さんは商店街に買い物に行った。
 昨日の事件は既に和解してあるが…ごめんなさいということで、パフェなんかをごちそうになってしまった。
 フライパンの御礼がパフェ…ですか。
 何となく割に合わない気がしたが、楽しい時間を過ごせたから、それはそれでいいのかもしれない。
 途中静姉さんから電話がかかってきて、時計を買ってくるようにと言われた。夏菜さんと一緒に、実験に使うであろうアナログの時計を買うと俺たちは家に戻った。

夜。
「とまぁ、そんなところだ」
静姉さんの部屋。
そこで俺は現時点での時間の流れについて教えてもらっていた。
先生の話を纏めるとこうなる。
次第に時間の揺れは収まりつつあるが、やはりまだ不安定。
計測を始めた日ほどの時間の揺れは無いが、どちらにしても時間の流れ自体は安定していない。
静姉さんの予想だと、これ以上安定する事は無いだろうとの事だった。
つまり、海の波があって一時的に津波などが起こるにしても元に戻る。
しかし、波がある事には変わらない。
そもそも時間は安定して流れ続けるものであって、揺れがあるものでは無いと言う事も知った。
そして…
「まぁ、何とかなるだろう」
気楽に考えているらしい。
俺もそっちの方が助かるけどな。
俺は自分の部屋に戻った。
 ゆっくりと意識はベッドに沈んでいく。

9月16日 (火曜日)

「そして、これが夜の観測結果だ」
俺の前に示されたグラフ。
もう、見なれた物だった。
所々ふらつきもあるものも、波の模様を繰り返している。
直線になればなるほど時間が安定しているとのことだったが…。
「こっちが、昨日買ってきてもらった時計だ」
俺はグラフを覗き込む。
「直線…ですね」
「あぁ。これがどう言うことかはすぐわかると思うが…。結局この世界の時間の流れはこの世界にとっては安定しているように見えるが実際、外から見ると不安定な時間ということを意味する」
「はい」
「とりあえず、今までわかったことをまとめただけだ。気にするな。それと、昨日頼まれた弁当だ。今度こそ安心してくれ」
「わかりました」
「それじゃあ、行ってきます」


「そして…これがお前の今日の弁当か」
「あぁ…」
「どうやって…手に入れたのかな?」
俺の目の前には蓋の開いた弁当箱。
中には点滴と注射器。
「わからない」
「んで…、お前はこれを?」
「どうしようもないな」
「そうだな」
「購買行ってくる」
「じゃあな」

9月17日 (水曜日)

学校から帰ってきて俺は地下室にいる。
そして、信じられない報告を聞いた。
それは、新たなる事件についてだった。
「まずは、このグラフを見てくれ」
「はい」
俺は渡されたグラフを手に取った。
「これは!」
グラフの中央辺り…夜中の2:00ごろの辺りだった。
真横に直線が延びている。
その時間、安定時間(俺のもといた世界の時間)で、1時間。
前のときより酷くなっている。
「…お前には隠していたが、我々が気がつかないほどの微細な時間だが、確実に時間の流れが止まったりしているときがある」
「それって…」
「あぁ。状態は悪くなっている」
「…」
そこまで聞いたときのことだった。
静姉さんの顔が硬直した。
「静姉さん?」
よんでも反応しない。
「まさか…」
俺は計測器に取り付けられている不安定時間(現在の世界の時間)の方の時計を見た。
止まっている。
指示通りアナログの時計を買ってきた。
その時計は秒針まで止まっている。
俺は時計を手に取ろうとしてやめた。
時間を動かすことは出来ない。
先生の話だと前の大きい時間変動は1時間。
もしかしたら今度は2時間かもしれない。
そう思いながら時計を見ている。
落ち着いている自分が嫌になった。
自分のせいで大勢の人…この世界に住んでいる人を巻き込んでいるのに…。
自分だけがこうしていることに腹が立った。
「!?」
俺のそんな考えを打ちきることが起こった。
時計の針が逆方向に動き出したのだ。
その動きに合わせて先生の動きも先ほどとは逆に動いている。
これは…。
『時間反転作用』
時間の流れが逆になる状態。
そして…一気に時計の針が進み始める。
時計の針が止まっていた時間と同じ位置に戻った瞬間、いつも通りに動き始めた。
「しかし、対処法が見つからないのが現実だ」
静姉さんはさっきの続きと思われる台詞を発した。
「静姉さん!」
「どうした? そんな大きな声で」
「これを見て!」
俺は記録されたグラフを計器から乱暴に引き千切ると静姉さんの目の前に差し出した。
「これは…『時間反転』。お前…何を見た。全てここで話せ」

俺はさっき起こったことを詳しく話した。
全てを話し終えると静姉さんは何かを考え出した。

……
………
「これ以上は…危険かもしれないな」
「どう言う…」
「元々時間ベクトルと言う物は規則正しく、また、増えつづけるものだ。
 それが突然止まったり、前に戻ったりしたらどうなるかわかるか?」
「…わからないです」
「電車を想像してくれ。そのうちの一つがいきなりとまったら他の車両はどうなる?」
「えっと…連結部分が破損したり…脱線をしたり…」
「つまり、その状態だ。連結の破損…この世界から時間ベクトルが失われる。それは、この世界の時間が進むことが無くなるということだ。そして、脱線。この場合は世界の地軸などがずれ、最悪の場合は…破滅………」
「破…滅………」
「…少なくとも、私にはそれしか考えられない。思った以上に事態は進行していたらしい」
「そんな…」
「私にできることは………お前を元の世界に戻す方法を考えるだけだ………」
「………」
元の世界に戻ることは俺は特に抵抗するわけではなかった。
いずれはこうなると思っていた。
そして…一つの可能性に辿り着いていた。
「それじゃあ…この世界での俺の存在は………」
「………なるほど…勘がいいな。元から居なかったことになる」
「やっぱり…」
そして、俺があっちの世界で元から居たことになるということ。
こっちの世界での俺の存在ははじめから居なかったことになる。
それは…すなわち………。
………やめよう…。
全てが元に戻るだけなんだ…。
全てが…。
本当に…元に戻るだけ…。
何も…失う物は無い。

初出: 2003年2月6日
更新: 2005年2月5日
原作: 鈴響 雪冬
著作: 鈴響 雪冬
制作: 鈴響 雪冬
Copyright © 2002-2005 Suzuhibiki Yuki

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