アクロス・ザ・タイム -第四章-

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第四章

9月8日 (月曜日)

「いってきます」
「いってきま~す♪」
ということで、学校に向かうのだが、今日からは夏菜さんも一緒だ。
すでに静姉さ…っと、時ノ沢先生も学校に向かっている。
「ねぇ前橋君」
「どうした」
「今日から覚悟しておけ、ってお姉ちゃんが言ってたよ」
「…マジすか」
「うん。頑張っててね。たとえ死んだとしても私は前橋君のことを忘れないから」
「ありがとう」
朝から不吉な会話が行なわれている。

「おはよ」
「あぁ、おはよう」
「おはよう」
俺達三人の会話。
「ところで、時ノ沢さんは昨日のドラマ見た?」
又その話ですか。
「うん。もちろん!最終回直前だからね♪」
「まさかあそこで主人公が飛び降りるとはね」
「うんうん♪でも一番びっくりしたのは彼女が手首を切ったことかな」
「あぁ、そこも捨てがたい」
「それに、主人公の母親も、無実だったけど殺人事件の犯人と疑われてたことがあったなんて」
「確かに…これから母親と彼女のやり取りが気になるな」
「なぁ…渉、夏菜さん…いったいどう言うドラマ…なんだ?」
「遼一…おまえ………」
「どうした?」
渉が怖い顔をしてこっちを見てくる。
「いや…なんでもない」
「それならいいけど…。んで、どう言うドラマなんだ」
「そうだね~。説明できないから今度の日曜日に見たら?」
「バイト」
「そうだね。ビデオ…録画してあげようか?」
「………やっぱいいわ」
「えぇ~…残念」
「遼一…面白いのに…」
「いらん。どうせテレビなんて録画してみるほど価値がある番組は、この時世少なすぎる」
「そうかな?」
「あぁ(キッパリ)」
「深夜番組は(小声)」
「捨てがたい(小声)」
「ほら、あったじゃないか(小声)」
「すまん…渉…俺はテレビを誤解していた(小声)」
「分かればいいんだ(小声)」
「ねぇ~何話してるの~?」
「テレビがいかに優れた物か共に語り合っていた」
「ふ~ん」

放課後
「いよいよ…か」
俺は既に自分の家と化している時ノ沢家に向かった。
今日は夏菜さんは部活らしい…。
時ノ沢先生は職員会議を休む勢いで楽しみにしているらしい。
「はぁ~」
俺は家のドアを開ける。
「ただいま」
「おかえり」
間髪入れず静姉さんの声。
「はっ…はやいですね…(汗)」
「そうでもないけどな」
顔が…嬉しそうだ。
「それじゃあ…さっそくだけど」
「分かりました」
俺がそう言うと静姉さんは玄関の電気のスイッチをいじり始める。

俺はその光景を見つめる。
『カチ…カチカチ…カチ』
一定のリズムでスイッチのON・OFFを切りかえる。
床の下からなにかの留め金が外れるような音。
轟音と共に玄関先に大きな穴が開いていく。
階段だ。
「さぁ、こっちだ」
「…なんで階段を隠してるんですか?」
「あのな…研究は極秘で行なう物だ。それに建築基準法もあるし」
それって…違法!?
まさかそんな突っ込みを先生に入れることができるわけでもなく俺は先に下りていった静姉さんの後を追った。

……
………
「っ!」
地下室とは思えないほどの光。
天窓から直射日光が降り注ぐ。
鏡をつかって採光をしているらしい。
人工照明が全く点灯していない状態なのにとても明るかったことに驚かされた。
?あれは…光ファイバー採光システム?

光ファイバー採光システム・名詞・実在
正式名称ではないが本文中ではそのように記述する。
光ファイバーを使用して太陽光を撮り入れる仕組み。
光ファイバーの全反射を利用するためどこにでも光を取り入れることが可能。
主に地下室で使用する。

その後から室内の設備が目に入ってくる。
大量の実験器具がおかれていることを想像したが、部屋の中にある機械はパソコンと小型の機材しかなかった。
「何ボーッとしている」
「えっ?いや…予想と違ったんで」
「まぁな。実験とかするわけではないからな」
書斎…という表現が最もぴったりだった。
書斎机に本棚。
デスクトップライト…まさに書斎だ。
机の上には羽ペン。
本棚には金文字ラベルの本。
それらは効率よく配置され、パソコンと書斎机は離れた場所にあり、中間に本棚がある。
きっと集中力をそがれないための配置なんだろう。
小説でも書くのか?と思わせるほどの場所だった。
「私はリラックスして仕事をする方だからな」
「へぇ~…」
ほっと一安心。
「それじゃあ…そうだな、床にでも座ってくれ」
俺は床に腰を下ろした。
静姉さんはパソコンデスクの椅子にもたれ掛かる。
「ところで…話しをはじめから整理してもらおうか」
「はい」
俺は自分が体験したことを話していく。
自分の元の世界のこと、朝になったらこっちの世界に来ていたこと…
全てを話した。
「…ほう」
静姉さんが考え込む。
「こっちの世界…もとの世界…というが…その考えを捨てた方がいいかもしれないな」
「え?」
「いや…その考え方には賛成なんだが…こういうことを考えるときは既成概念を捨てないといけないからな」
「どういう…」
「そうだな…お前の考え方はこの星がもう一つある…と言う考え方だ。だが、同じ星の上に2つ以上の時間がある可能性だってある。つまり世界じゃなくて時間軸が違う空間、と考える方が自然だ」
「?」
「まぁ…分からなくてもいい。どっちにしても、この世界はお前が元いた世界とは違う、これだけは確かだ」
「はい」
「元々この世界では…つまりこちらの世界での空間は、『X,Y,Z,T,Tv,Q』の6つの要素からなるといわれている」
「6つとは?」
「Xは縦、Yは横、Zは高さ、Tは時間、Tv(ベクトル)は時間移動、Qはその他」
「なるほど…」
「六次元時空間理論という」
「………なるほど…。ところで、Tvってなんですか?」
「Tvとは『Time Vektor(タイム・ベクトル)』のことで、時間移動…つまり、タイムスリップのことだ。我々は時間にしたがって生きているために、Tvの世界は触れる事が出来ない。点、線、面、立体、時間…これら5つの要素が組み合わさったのが私達の住んでいる世界だ。ちなみに、分かりやすく表にまとめよう」
そう言うと先生は紙にペンを走らせた。

「この考え方はこの世界独自の物だからお前の世界とは違うかもしれない。これらの軸は互いに非常に密接な関係にある。一つでもバランスが崩れた場合…どうなるかは私にも分からない」
「…」
「安心しろ。今の所はお前が異常な体験を『した』という事例だけで終わっている」
「そうですか」
「今日はこの辺で終わりだな。明日からはもう少し詳しく調べるとしよう」
「はい」
「いきなり話しは変わるが、おまえ料理が出来るみたいだな」
「えっ…まぁはい」
全く関係のない話しに俺は戸惑った。
「何でも自分の包丁を持ってきたとか?」
「やっぱり環境と道具が変わると上手く行かないので」
「そうだよな。パソコンもキーボードが変わると文字を打つ早さが遅くなる」
「そうですね。使いなれているのが一番です」
『ただいまー』
上の方から夏菜さんの声。
「帰ってきたみたいだな。出迎えるか」
「そうですね」
静姉さんの後を追って俺は研究室から出た。
環境が変わると上手く行かない…その言葉をかみ締めながら…。

9月9日 (火曜日)

放課後
「ということで、お前の世界とこの世界の関わりについて考えてみよう」
放課後、昨日と同じように研究室に居る。
「基本的な考え方は二つある。一つは、同じ星だが、時間の流れが違うため本当は見ることが出来ないが、何らかの力により、こっちの流れの世界に来てしまった。もう一つは、全く違う世界…または星…と言うことだ」
「そう…ですね」
「1つ目の方についてだが………分かりやすく言えば………言えないか…。時間軸には二つの種類がある…まぁこれは昨日はなしたことだ」
「時間と、時間ベクトルですね?」
「あぁ…。時間軸が違う世界はお互い見ることが出来ない…」
「?」
「分かりにくいから、説明は割愛する。合同条件と言うものは知っているか?」
「三角形…の合同条件なら…」
「その中に『3辺の長さが全て同じ』という物があるだろ?」
「はい」
「…この場合、一つでも違うと、別の三角形と言うことになる。六次元要素の中の一つでも違う場合、その空間はもう一方の空間と合同じゃない…つまり…違う空間ということだ」
「…なんとなくですけど…分かります」
「お前の居る世界と、この世界が似ているという条件を考えると、1つ目の方が的確な予想だろう。2つ目のパターンだと、言葉の違いなど、もっと大きなずれが出てくるはずだ」
「確かに…」
「あくまでも私の予想に過ぎないが…『同じ星の上で時間軸が違う世界』というのが妥当だと思う」
「時間軸が…違う同じ星の上の空間?」
「あぁ…。しかも…もしかしたら元々同じ時間軸が別れたもの…かもしれない」
「…」
「まぁ、深く考えるな…。私だってこういう事例ははじめてだ。問題は…」
「問題は?」
「お前がはじめからこっちの世界にいるかのような周りの状態だ」
「というと…?」
「学校には転入と言うことになっているだろう?」
「はい」
「お前は…もともとこっちの世界の住人じゃないはずなのにどうしてだ?」
「…そう言えば………」
「つまり、時間ベクトルの世界が塗り替えられて…お前がこっちの世界にはじめから居るようになってしまった」
「…」
「お前が来た瞬間から…時間ベクトルの動きが不安定になっている可能性がある」
そう言うと静姉さんは考え込む姿勢を取る。
「歴史が変わった…いや…設定が変えられた…と言うことだ。はじめからお前がこの世界に居るかのような設定に…」
設定?
歴史?
なんだと言うんだ…。
時間軸?
俺の思考能力をはるかに上回るこの状況…。
一体…一体…俺はどうすれば良いんだ?
世界が…違う?
同じ星の上…なのに…もう…。
「そう焦るな。お前は…ずっとここにいても大丈夫だ。もう、ここに居る…という流れなんだからな」
「…」
「心配するな。お前の家も新しい友達もこっちの世界に居る。向こうの世界でも設定が変えられて、お前は元から居なかったことになっているはずだ」…
元から居なかった事に?
それは…つまり………。
いや…考える必要はないか。
いまさらあっちの世界に未練なんてない。
考えてみろ…俺はすでにこっちの世界に馴染んでしまっているじゃないか。
元の世界の事だって…少しずつ忘れている…。
印象が薄くなっている。
ただ…同じ毎日を繰り返した元の世界…。
毎日が現実感のない日々。
それより…渉も居る…夏菜さんもいる静姉さんだって…新しい友達だって居る。
元の世界より遥かにこっちの方が状況はいい。
そう俺は結論を出した。
俺には友達も居なかった…親も居ない。
いまさら…なんだって言うんだ?
あの世界には…意味があるわけじゃない。
「おい…どうした?」
「えっ…いや…。俺…こっちに居ます」
「あぁ」
「俺…こっちで新しいことを見つけて…新しい生活をはじめます」
「そうか…。向こうの世界で何があったかは聞かないが…それならそれで私は良いと思う」
「俺…あっちの世界には何も思い残すことは無いんです。友達も…親も居なかった…。親を無くしてから他の人に心配をさせない為にと昔から頑張ってきた俺。ハンディーキャップを見せないようにと…頑張ってきた俺。もう…つかれたんですよ。こっちなら…新しい道がある…」
「そうか…。それじゃあ…前橋の新しい第一歩に乾杯」
「ありがとうございます」
「乾杯」
聞き覚えのある声。
「夏菜さん?」
俺は声のした方を振り向いた。
案の定、夏菜さんが居た。
「聞いたよ」
「全て?」
「うん♪ これからよろしくね」
「あぁ…」
「まぁ、私達のことは新しい家族だと思って接してくれ」
「分かりました」
「改めて、前橋君…よろしく」
「あぁ、よろしく」

9月10日 (水曜日)


「おはようございます」
リビングに入って開口一番俺は朝の挨拶をする。
「おはよう♪」
「おはよう」
夏菜さんと静姉さんの返事。
いつもの朝が始まった。
今までとは違う…向こうの世界では味わうことの無かった朝。
いや…味わっていたかもしれない…けど…忘れた………そんな昔のこと。
今の俺にとって、この場所が俺の世界。
俺の居る場所。
端から見れば寂しいことなのかもしれない。
はじめから居なかったことになっている。
それはそれで良いのかもしれない…俺ならそう考える。
所詮ただの人間…。
時間に身を任せることしか出来ない人間。
これが運命だから…。
だが、この運命なら俺は受け入れる。
きっと楽しい日々が俺を待っている。

「それにしても、静姉さんの料理は美味しいですね」
「あたりまえだよ~」
「ふははは。私が不味い料理でも作ると思うのか?」
「いや…何を考えているか分からない人じゃないですか」
「おい、こら」
そう言うと静姉さんは殺気のこもった目で俺を見つめる。
「冗談ですよ」
「そうか…ならいい」
いや…本当に何を考えているか分からないし…。
学校のセキュリティーを破るくらいの人だし…。
他にもどんなことをやってるか分からないよ…。
「どうしたの? 前橋君?」
「いや…何でも無い」
俺は話題を変えることにした。
「これって…煮干でだしをとってますか?」
「あぁ。…よく分かったな」
「あと…隠し味に塩が一つまみ」
「ほう…そまで見ぬくとは…。お前…なかなかやるな」
「そうでもないですよ」
「あとで…料理対決をしないとな」
「言っておきますが、手加減はしませんよ」
「私もだ」
二人の目から火花が飛び散る。


「お前ら…似たような弁当だな」
「そうか?」
二人とも静姉さんに作ってもらっているから当然だ。
弁当の中の配列以外はほとんど同じおかずになっている。
「まぁ、偶然…だな」
「そう、偶然偶然♪」
「弁当作らない渉にとってはよく分からないと思うけど、弁当のおかずは結構ネタが切れやすい物なんだ。だから、ワンパターンになってくるし、組み合わせも同じようになってくる」
「なるほど…」
「そう言うことだ。ともかく、早く食べてしまおう」
「おう、そうだな」
ふぅ~危ない危ない。
まさか、一つ屋根の下で暮らしている、なんて知られたら大変なことになるぞ。
まぁ…静姉さんが全て闇に葬りそうだけど…。
事実を知った教師を全て屋上に誘い出して………。
いろんな意味で怖っ!
これ以上考えるのは止めよう。
………そう言えば。
「なぁ、渉?」
「ん?」
口に物を含みながら俺の方を見る。
「ここの学校で、屋上にいけるのか?」
口に入っているものを噛み終え飲み込むと渉は、
「あぁ」
と開口一番に言った。
「結構珍しいよな? 屋上に行ける学校は少ないからな。
 ここはフェンスもあって、元から行けるようになっている」

……
………

放課後
渉が言うには屋上は解放されているんだったな。
行ってみるか。
屋上は基本的に立ち入り禁止の学校が多い。
俺の前の学校も立ち入り禁止だった。
だけど、ここは基本的に解放されている。
冬などの凍結したりして危ない時期以外は解放されていると聞いている。
そして、ほとんど人が居ない…ということも。
「屋上に行けるんだったら、俺なら毎日通うけどな」
さっそく行くことにしてみる。
屋上への階段。
自分の足音が反響している。
妙にその音が静けさを醸し出し、回りに他の人が居ないことを実感させる。
『ギィーーー』
錆付いたような鈍い音を発しながらドアを開く。
屋上で暖められた夏の暑い空気が流れこんでくる。
ペントハウスの中がかすかに暖かくなる。
俺は扉の向こうへ足を踏み出した。

……
………
誰も居ない。
渉の言ったとおりだれも居なかった。
「寂しい場所だ」
俺の感想。
だからかもしれない…。
誰も居ないのは…。

……
………

誰も居ないと思った屋上に誰か人がいることに気がつく。
男?
制服を見る限り男だ。
俺は足音を潜めながらその人に近づく。
なぜ足音を潜めたかは自分にも分からなかった。
多分…その人の作り出す空間を崩さないため…なのだろうか。
顔が見える距離まで近づいた。
…渉…。
渉だった。
何処か遠い目線。
俺がいつも話しているテンションの高い渉はそこには居なかった。
ただ、遥か遠くに視点を置き、何処かを見ている。
考え事でもしているのだろうか。
俺はオーラ等を信じない。
だけど…。
今の渉には明らかに『近寄りがたい空気』がある。
そう…。
渉が仲の良い人以外に発している空気がそこにはある。

……
………
俺はそこに居た堪れなくなってきた。
戻ろう。
他人の築く世界には触れては行けない部分がある。
俺は、そう考え、屋上を後にした。

9月11日 (木曜日)

5時間目
《ワーッ》
体育の時間。
コートの中ではおなじみ、バスケットボールの試合が行なわれている。
渉は相変わらずの活躍ぶりだ。
特に3ポイントラインの内側からのシュートはかなりの高確率で入る。
『パシュ』
また、渉の得点。
女子の方は外でソフトテニスのはずだ。
幸い今日は涼しい。
日差しもそんなに強くない。
体育館の中も比較的涼しくなっているが…。
《ワーッ》
熱気に満ちている。
渉がこっちに向いて余裕を振りまいている。
俺はそれに向かって身振りで返事をする。
満足したかのように渉は試合の中へ戻っていった。
結局試合は渉のいたチームがダブルスコアで勝った。
「まぁ、俺にかかればこんなもんだ」
「たしかに」

「なぁ、遼一?」
本日最後の授業。
「どうした渉」
遼一が小声で話しかけてくる。
「音楽の歴史ってけっこう難しいよな」
「たしかに…まぁ、俺は苦手…というわけでも得意と言うわけでもない」
「そうか。じゃあお前は『和声と創意の試み』といわれて、何の曲か分かるか?」
「ヴィヴァルディーの四季、だろ?」
「流石だな」
「いや…10分前に教わったことだからな」
「ばれたか」
二人が小声で会話をしていると…
「おい、前橋!」
「はっ、はい!」
思わず立ちあがる。
「いや…立たなくてもいいんだが…まぁ、宿題…やれよ」
「はい」
正直覚えていない…宿題?
俺は座る。
プリントが前から渡ってきた。
ご丁寧に俺と遼一だけに………。
『世界の作曲家の名前を埋めよ』
ヴィヴァルディーやらバッハやらヘンデル…ハイドンに………いいや…。
そのうち提出しよう。
調べようと思えばすぐだ。
そのうちやっておこう。

『キーンコーンカーンコーン』
ホームルーム終了の合図。
《さようなら》
全員での挨拶。
俺は教室の喧騒を背中にして廊下に出ていく。
まだ高い日差し。
窓越しに入ってくる光。
廊下は窓が開けられていて風が通りぬけている。
他のクラスの生徒も廊下で談笑をしたり、教室で放課後の雰囲気に身をゆだねている。
そんななか、俺は廊下を歩いていく。
!?
一瞬、耳に高周波を感じる。
テレビをつけたときに聞こえるあの音だ。
直後周りの世界から音が消えた。
目の前が真っ白になる。
なんだ…。
俺は…どうなるんだ?
目を瞑る。
しかし何も起きない。
恐る恐る目をあけた。

……
………
いつもと同じ風景がそこにはあった。
「なんだ。気のせいか」

……
………
おかしい。
音が…耳が聞こえない。
周りの人はそこにいるのに…。
放課後の喧騒が全く聞こえない。
どうしたと言うんだ。
「なっ!」
思わず声に出してしまった。
…動いている人がいない。
全てが止まっている。
俺は右手を動かしてみた。

動く
じゃあ…なんだと言うんだ、これは!
もう一度辺りを見渡す。
動いていない。
誰一人として…。
時間を止めたかのように。

……
………
いや…これは実際に止まっている?
腕時計を見る。
秒針は動いていない。
俺意外の全ての人間の時間が止まっている。

いま…、このとき…、世界で動いている人間は俺だけなのだろうか。
全てのものの時間が止まってしまっているんだろうか。
そんなことは分からない。
ただ…確実なこと。
それは…。
今目の前で起きていることが現実であるということ。

そして…これが時間を超えた弊害であった。
時間…決してとまることのない存在。
…決して触れる事の出来ない存在。
そして…流れを司る高貴なもの。
止まった流れの中で、不純な物が動く。
それがいかに…危険なことか………彼は知らない。
そして…誰も教えることが出来ない。
全ては…どうすることのできない『流れ』。
『運命』とは違う存在なのだろうか?
これが彼の『運命』なのだろうか。
『時間』が全てを解決してくれるのだろうか…。
そして………その時間は、今………止まっている。

初出: 2002年12月8日
更新: 2005年2月5日
原作: 鈴響 雪冬
著作: 鈴響 雪冬
制作: 鈴響 雪冬
Copyright © 2002-2005 Suzuhibiki Yuki

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