Top > ウェブ公開作品 > 小説 > 長編小説 > アクロス・ザ・タイム > 第三章
「おはよ」
「あぁ、おはよう」
渉と俺の挨拶。
まぁ、これもいつも通り…。
「おはよ~」
後から来る時ノ沢さん。
「おはよう」
俺達は二人で挨拶を交わす。
あの後…昨日家に帰った後…俺は考えた。
この世界にとどまるべきか…それとも戻るべきか…。
だが、答えが出るはずも無く今日を迎えた。
時空間理論研究部…俺の脳裏をそんな物がよぎる。
何か手がかりがつかめるかもしれない…そんな気がしていた。
だから…。
「時ノ沢さん」
「ん?どうしたの」
「時空間理論研究部ってどんなことやってるの?」
「う~ん…どんなこと…って言われても…。そうね時空間理論ってそもそも時間と空間の総合的研究なの。
そして、3次元…4次元…または新たな時間の流れを求めたり、時間とは何なのか…を研究する学問なの。
だけど、そんな高等なことは無理だから、日常生活から時間や空間の事を学んだり理論を作ったりすのが
時空間理論研究部」
「…は…はぁ」
「お前…わかってないだろ」
「まぁ…90%はわからない」
「実際に見に来た方が早いと思うよ」
「実際に?」
「うん♪」
三次元…四次元…。
俺達のすむ世界は一般に四次元といわれている。
点、線、面、立体、時間…。
これらの要素を組み合わせた物を四次元という。
だけど…要素自体はすでに5つある。
これがいったい何を意味するのか…俺にはわからない。
この次元の定理にはさまざまな説があった。
少なくとも俺の世界では。
四次元とは時間の流だけの世界であって、三次元と時間を合わせたものは五次元という、そんな説もあった。
しかしながら、四次元が三次元と時間を組み合わせた物という考え方が広く一般的だ。
気がついたら既に放課後だった…。
初めてだ…こんなに時間が流れるのを早く感じたのは…。
楽しかった…というわけではない。
いったい何が俺にそんな心境を働かせているのだろうか。
まっ、いっか。
俺の心はほとんど決まっていた。
たとえ、元の世界に戻ることが出来なくても構わないと。
こっちにいつづけても全く問題無いと………。
放課後
「ねぇねぇ」
「時ノ沢さん?どうしたの?」
「今日、部活見に行かない?」
「部活?」
「ほら、昨日結構興味あったみたいだし見たいだし…」
「う~ん」
「あっ、俺も見にいっていいか?」
渉が口を挟んできた。
あんなに先生のことを怖がっていたやつがいきなりどうしたと聞きたくなった。
「いいよ」
聞く前に話しが終わった。
「それじゃあ、俺も見に行くよ」
「うん♪」
「はい、ここが部室」
「へぇ~結構広いじゃん」
俺達が通されたのは時空間理論研究部の部室…『空間演算研究室』だった。
まぁ…情報処理…ということにはあまり変わらないのだろうか…。
「部員は?」
「火曜日は自由参加だからあまり来てないよ。だけど研究とか煮詰まってくると
資料を探しに来たりする人も多いけど」
「ふ~ん」
渉が頷く。
俺はこの目の前に有る計器類に圧倒されていた。
専門書でしか見たことが無い電子計算コンピューター。
浮動小数点計算とかもあっという間に終わらせるのだろう。
この学校…つーかこの世界…どうなってるんだ。
あっちの世界とは明らかに違う技術。
「どうしたの」
時ノ沢さんが唖然としてる顔を覗き込んだ。
「あっ、いや…すごいなって思って」
「そうでしょ♪」
「おい、新しい部員か?」
そういいながら部屋の奥から顧問と思われる先生が出てきた。
…?
「先生ちがうよ。部活見学の人」
たしか…姉…だったよな、時ノ沢さんの。
「そうか。まぁ見ていってくれ。ごらんの通り部室は広い。のびのびと見学してくれ」
国語…の先生だよな…日本語…おかしくないか?
………?
う~む、何処かで見たことがある…。
…
……
………
「あっ!?」
「どうしたの?」
「どうした?」
「まさか…えっと、先生?」
「どうした」
「TYPE-4-SYSTEM…」
「…どうしてそれを?………そういえば…あの時の店員」
「お前ら知り合いか?」
渉の不振そうな顔。
「いや、俺のバイト先にこの間来たお客さん」
「へぇ~」
「あの時はお世話になったな」
「いえ」
「こんな所で会うとは奇遇だ。まぁお茶でも入れるからこっちに来てくれ」
そう先生が言うと俺は半ば強引に奥の部屋へと連れ去られた。
「頑張ってね~♪」
「行ってこいよ」
薄情者~。
つか、妹…姉を止めてくれ~。
目の前にはビーカー…の中に入ったお茶…。
えっと…怖いんですけど。
「安心しろ、これを飲めとは言わない。思いっきり有害物質が溶かしてある」
「やめてくださいよ。そう言う冗談」
「私が冗談を言うように見えるか?」
「見えない」
「ならいい。ところであのCPUだが順調だよ。かなり快適なスピードだ」
「それはよかったです」
「営業口調はやめてくれ。一応先生と生徒だ」
いやそれでも敬語は微妙に入ってくると思うけど。
「所でお前はパソコンにくわしそうだ」
「えっ…まぁ人よりは詳しいと思いますけど」
「そうか。所でお前はどんなシステムだ?」
「TYPE-3-SYSTEMです」
「学生の分際でかなりいい装備を揃えてるじゃないか」
「えっ…まぁある意味趣味ですから」
「だからバイトもあそこ…というわけか」
「はい」
気がついたらかなり親近感を持って話せている自分がいた。
抵抗無く全てを話せそうな…そんな感じ。
先生の周りを漂っている空気…それが俺にそうさせている。
他にも理由はあるんだろう。
多分…時ノ沢さんの姉だから?
それならありえる。
結構時ノ沢さんと話しているし、その姉といえば多分似た雰囲気があるんだろう。
そう確信した。
「ところで、時空間理論に興味でもあるのか?」
「えっ…いやどんなことをしているのかなぁ~と思って」
「…時空間理論を………知らないのか?」
「えっ!あっ、いや、知ってますよ」
この世界ではかなりメジャーな理論らしい。
俺はあたかも知っているかのような素振りをした。
「ほぉ~ならばどんなことをしているか…話してみろ」
正直悩んだ。
だけど…。
「時空間理論はそもそも時間と空間の総合的研究。
そして、3次元…4次元…または新たな時間の流れを求めたり、時間とは何なのか…を研究する学問…ですよね?」
「よく知ってるじゃないか…だけどな…」
「はい」
「それは私の言葉その物だ。誰かに教わっただろう」
「!?」
時ノ沢さん…そのまま引用ですか。
「さしずめ妹の夏菜…か」
「!?」
洞察力と観察力、思考力が高いとは聞かされてたけど…ここまでとは。
「おまえ…知らないんじゃないか?」
「まっ…まさか」
「………お前………………………」
長い沈黙。
「この世界の人じゃないだろ」
驚くより俺は唖然とした。
驚きを超越したこの感覚。
全てを見透かされたような推理。
「世界…というか星…というか………我々と違うところにすんでいた人だろ!」
「まっ…まさか」
そう言うと、なにやら先生は考え込んでいた。
「…そうか。………まぁ知らないことが世の中にはたくさんある。これから少しづつ学んでいけばそれでいい」
ほっとした。
これ以上追求されると何を俺は喋ってしまうかわからない。
「はい」
「まぁ…何かあったら相談に乗るぞ」
俺の何かを探るような目線。
全てを悟ったかのような言い方。
「その時はまた…」
俺は言葉を濁した。
「よし、あっ、湯呑はそこに置いておいてくれ」
「わかりました」
「流石に私もここでずっと話しているわけにはいかないからな」
「あっ、すみません」
「いいんだ。お前と話してると意外なことがわかったりして楽しい」
「そうですか?」
「お帰り。遼一」
「おう」
「大丈夫だったか?」
渉は小声で聞いてきた。
「えっ?大丈夫って何が?」
「ならいいんだ」
おいおい、気になるぞ。
「これ以上いると邪魔にならないか?」
「そうだな。出るか?」
「あぁ」
俺と渉は時ノ沢さんと静先生に挨拶をすると部室を出た。
「ところで、さっき大丈夫?って聞いてきたのはどうしてだ?」
「あっ…いや」
「言え」
「えっと」
「言え」
「しょうがねぇ~な。時ノ沢先生は相談事にもよく乗ってくれて学校でもかなり人気の先生なんだが、かなり危ないらしい」
「危ない?」
「人体実験の材料にされかけた…とかそう言う話がある」
「おいおい」
「あれでいて現国の先生というのがさらに恐ろしい」
「確かに…」
「科学とか物理の先生だったらわかるぞ。文系で尚且つ現国はなにか意味深だ」
「そんなもんか?」
「あぁ。お前も気をつけろ。いつ攫われるかわからないぞ」
「攫われるって…?」
「実験室」
「怖っ。まぁそんなことは無いだろうな。二十四時間監視体制のSPが俺を守ってくれるだろう。そう言うお前こそ気をつけろ」
「…おまえのそのSPの実力…試してみるか?」
「貴様ごときにSPなどは要らない」
「そうか?」
そう言ったと同時にお互いは構えを取る。
「ほぉ~渉、お前は『神技七宝流儀』か」
「そう言うお前は『神技七龍拳』か」
「よく知っているな。その名前を他のやつから聞いたのは初めてだ」
「ふっ…言いたいのはそれだけか?」
「もう一つ有る。お前…家族はいるか?いるなら今のうちに別れの手紙でも書いておきな」
「お前も遺書でも書いておけ。なんなら『危篤電報』でもいいが」
「残念ながら、その必用は俺にはない」
「その台詞…言えるのも今のうちだ」
二人の前を風が通りぬける。
グラウンドの土手で二人は対峙した。
その距離5メートル。
また風が通りぬける。
その風に乗ってきた1枚の葉っぱ。
空中を低く舞う。
そして…
地上に下り立った。
お互いに一気に間合いを詰める。
「せいっ!!」
「はぁぁぁぁああ!!」
「神技七宝流儀・拾弐角方陣!!」
「神技七龍拳・打破!閃光陣!!」
「…」
「…」
「ぐっ」
渉の的確な攻撃のダメージが俺に襲い掛かる…だが予想が正しければ…。
「なっ…」
後ろから聞こえる渉の声。
俺に与えられた一撃は僅かに急所から外れている…いや俺がはずした。
「おまえ…」
俺は渉の方を振り返る。
「惜しかったな」
「お前…俺の拾弐角方陣を急所からはずすとは…」
「お前こそ、俺の技を受けてまともに喋れるとはな…」
「いい…技だった………」
渉は俺の腕の中で崩れた。
「渉…渉ーーーーーー!!」
…
……
………
俺は倒れた渉を抱きかかえ…とりあえず校内の焼却炉に捨てた。
「帰るか…」
目の前で繰り広げられる古文の授業(専門学校は国語という時間を作り、古文、現代文、漢文を交代にやることが多い)。
食後はハッキリ言って眠い。
今日はとくに眠い。
いつもと同じ時間だけ寝ているはずなのにとにかく眠い。
そんな夢現の中で昨日のやり取りを思い出していた。
………
………………
………………………
「………お前………………………」
長い沈黙。
「この世界の人じゃないだろ」
驚くより俺は唖然とした。
驚きを超越したこの感覚。
全てを見透かされたような推理。
「世界…というか星…というか………我々と違うところにすんでいた人だろ!」
「まっ…まさか」
「…そうか。………まぁ知らないことが世の中にはたくさんある。これから少しづつ学んでいけばそれでいい」
ほっとした。
これ以上追求されると何を俺は喋ってしまうかわからない。
「はい」
「まぁ…何かあったら相談に乗るぞ」
俺の何かを探るような目線。
全てを悟ったかのような言い方。
「その時はまた…」
俺は言葉を濁した。
………………………
………………
………
あの先生は全てを見ぬいているのではないか…。
そんな発想が俺の脳裏を掠める。
…
試してみるか。
俺は今日も部活に見学に行く事にした。
放課後
「時ノ沢さん」
「どうしたの?」
「今日も部活見学に行っていいかな?」
「うん♪いいよ~。…どうしたの?」
「いや…ちょっと興味があってね」
「ふ~ん。それじゃあ一緒に行こう♪」
「遼一…お前熱心だな」
「渉こそよく生き返ってきたな」
「あんな技を食らって簡単に死ねるか。まさか捨てられるとは思わなかったけど…」
「陸上部の練習に邪魔だと思ったからな」
「まぁそれはともかく、焼却炉の蓋の上に業務用冷凍庫を載せるのはやめてくれ」
「わかった。次からはもう少し軽いのにしておく」
「そうしてくれると助かる」
「あの時は丁度安かったからな。容量400リットルが5万だったから即買いだ」
「ほぉ~」
「ねぇねぇ…行かないの?部活」
…相変わらず人のボケを一瞬にして立ちきる能力を持った人だ。
「わかった。じゃあな渉」
「おう。また明日」
「それじゃあ、私達は行こうか」
「あぁ」
部室
「ところで、実際どんな活動してるんだ?」
「見ればわかるよ」
そう言われたので俺はあたりを見渡す。
…
部活?
みんな思い思いの事をしている。
「えっと…」
「部活してるよ」
いや…だってねぇ~。
部活…らしいこと…してないと思うぞ。
雑談から始まってビデオ鑑賞?
渉の話によると全国屈指のレベルらしいけど…。
「リラックスをしているときが一番発想が思いつくの」
「そんなもんなのか?」
「基本的にね」
「ふーん…」
「だからいきなり真面目になったり遊び出したり…その差が激しいの」
「そうなんだ。見た感じ、みんな仲がよさそうだね」
「うん。文化部…だからかな?年齢によって能力に差が有るわけでもないし…むしろ、部活…というのは学年を超越したグループ関係なんだからあまり上下とかの差が有ると実力が出ないと思うよ」
「確かに」
時ノ沢さんが言うとおりだ。
「所で、先生は?」
「静先生?う~ん何処だろ…研究でもやってるかも」
「研究?」
「うん。といっても私の家…なんだけどね」
「家で研究?」
「研究室が家にあるから」
「前から思ってたけど、そのお金…何処から出てくるんだ?講習会とか開いてるとか?」
「う~ん、どうだろ…。でも自分の理論は絶対に漏らさない主義だから…それはないと思うよ」
「謎だ」
「謎だね」
結局その日は先生に会う事はなかった。
情報処理技術の授業…
今日はデータベース…か。
二次元テーブルなんて楽勝なんだよ。
…
……
………
!?
たまにやってくる不安感。
いつもの様に過ごしているのにいきなりなにかの不安に駆られる…。
いったい何なんだろうか。
やっぱり…不安なんだろうか。
誰かに打ち明ければ…解決するのだろうか。
このことを…。
秘密を共有することは相手に秘密を守る義務を与える事になる…だれかがそう言ってたな。
でも…やっぱり不安だ。
不安…というより恐怖だ。
この世界の中で立った1人孤立することの恐怖。
誰だって人間は1人で生きていくことは出来ない…。
だけど…俺は1人だ。
両親を失ったときの記憶がよみがえる。
最後の親である父を失ったとき俺は家族を失った。
俺を支えてくれる人がいなくなった。
だから…俺は誰にも心配されないように生きてきた。
明るく振舞うように…。
そして…誰一人として俺の状況を知る人がいない…いや…信じてくれるはずがない…。
昔と同じだった。
でも…。
あの人なら…。
あの人なら信じてくれるかもしれない…。
その後俺は時ノ沢さんと一緒に部活に向かった。
俺には理由がある。
だめもとでこのことを話してみる…。
解決の糸口が見つかるかもしれない。
「静先生」
「どうした時ノ沢」
「前橋君が用事があるって」
「わかった。こっちに来い」
この間入った奥の部屋へ呼ばれる。
ギィと音を鳴らし先生が椅子に座る。
「さぁ、お前も座れ」
「あっ、はい」
時ノ沢先生の視線。
この間よりさらに鋭い視線。
だけど…俺はそらすことが出来なかった。
「ところで…用事とはなんだ?」
一気に視線を和らげると時ノ沢先生は俺に聞いてきた。
「えっ…あぁ…はい」
…
「…」
…
「…どうした?」
…
「…言いたくないなら…無理に言わなくてもいい」
…
「あの…」
俺は意を決した。
…
……
………
俺は今まで自分のみに起こったことを全て話した。
自分は元は違う世界の人かもしれないこと。
気がついたら32日だったこと。
「ふっ…はははは」
「!?」
「私にそんな話しを信じろと?」
「別に…信じてくれなくても良いです」
時ノ沢先生の鋭い視線。
「………」
「…」
「わかった…信じてみよう」
「えっ?」
「君の目に嘘はないと思う」
「どう言う…」
「君の目を見ればわかる。お前ももう聞いているかもしれないが、洞察力には自信がある。
その人の目や挙動を見れば嘘か本当かはわかる」
「それじゃあ…」
「あぁ。まだ疑うところがあるが100歩譲って信じてみるとしよう」
それって…かなり疑ってませんかねぇ?
「眠い」
とにかく眠い。
目を開けているのに全ての物にピントが合わない。
…パトラッシュ…僕もうだめだよ………。
意味もない事を考えてみる。
ふぁぁあああ…。
「眠い」
とりあえず呟いてみる。
ますます眠くなる。
「こういう時は…」
俺はコンポの電源を入れるとお気に入りのCDを大音量で流した。
「やっぱりトランスだよな。壊れピアノ最高!」
テンションが上がってきた。
それにしてもいつも同じ時間だけ寝てるのにどうしてこんなに今日は眠いのか…。
昨日のことが響いているのだろうか…。
あの後先生がお茶を出してくれてそのまま俺は部室を後にした。
…。
肩の荷が降りたとか?
「さてと、準備しますか」
俺はコンポの電源を切ると一階に降りていった。
帰りのホームルーム>>
『ピンポンパンポ~ン』
《2年B組の前橋遼一、帰りのホームルーム終了後、至急職員室時ノ沢の所まで来なさい》
聞き覚えの有る声での呼び出し。
「おい遼一。お前何かやらかしたか?」
「俺はお前よりはまっとうな人生を送ってるつもりだぞ」
「おいおい…俺は真面目でクール一筋だ」
「そう言うところがクールとか真面目じゃないんだ。とりあえず行って来る」
「逝ってらっしゃい」
その言葉…何処で覚えた、と、聞こうとして俺は止めた。
結局、文字じゃないと伝わらないギャグじゃないか。
放課後の喧騒が響く廊下を早足で通りぬける。
職員室に入る。
「あっ、来たか」
「何の用事でしょうか」
「あぁ…それじゃあさっそく本題だ」
「はい」
神妙な面持ちで時ノ沢先生が俺を見てくる。
「実は…折り入って頼みが…」
「はい」
「研究に付き合ってくれないか?」
「研究…ですか?」
「そうだ。お前の言っていた事が本当か調べる研究だ」
「それなら…いいですけど」
「そうか。なら今すぐ準備してくれ」
「何を…ですか?」
「2,3週間分の宿泊セット」
「は?」
「研究所に来てくれないか?」
「えっ?」
「むしろ、来い!(軍隊的命令口調)」
「えっ?えっ!?」
研究所…って確か…時ノ沢先生の家だったよな。
「来なくても連れて行く」
「マジすか?」
「マジだ」
そう言う先生の目は既に燃えていた。
「拉致!」
時ノ沢先生がそう言った瞬間俺は背中をつかまれていた。
恐ろしいほどの時ノ沢先生の力。
俺はなすすべもなく研究室(家)に拉致された。
「あの…」
「何だ?」
時ノ沢先生の車の中。
「俺の準備は…」
「安心しろ、今お前の家に向かってる」
「どうして知ってるんですか?」
「あのな…私は先生だぞ」
「いや、それでも…」
「あのな………学校のセキュリティーぐらい余裕なんだよ」
それってヤバイような気が…。
「ついたぞ」
「あっ、はい」
「逃げたら殺す」
「大丈夫です」
正直逃げようと思ってたが裏社会を歩いてきた(妄想)時ノ沢先生の脅しには逆らえない。
俺は身支度を整える。
着替えと…後は…食材は悪くなるから使わないと…。
あっ…パソコンも有った方が便利だよな。
俺は一回車に戻る。
「持っていくのは何でもいいですか?」
「車に乗る物なら、暖炉でも何でも構わない」
正直1人暮しだからに持つ自体は多くない。
俺は制服と私服、包丁とパソコンを車に積み込むと助士席に戻った。
「準備はいいか?」
「大丈夫です」
「安心しろ、悪いようにはしない」
半ば脅迫まがいだったら拉致だが協力するといってしまった限りはついていくしかなかった。
「さらば…俺の人生」
俺は自分に言った。
夜
目の前には夕飯。
そして…。
「いただきます」
「いただきま~す」
静姉さんと、時ノ沢さん。
あの後紛らわしいから、静姉さんといいなさい、と命令された。
気がつくのが遅かったんだが、時ノ沢さんが同じ家にいる。
当たり前だよ…姉妹なんだから。
しかしなぁ…同じクラスのやつと同じ一つ屋根の下…ってか?
相互扶助計画でもあるまいし…。
てか…いいのか?
まぁ…保護者公認…だし…本人も大して驚いてなかったし。
家に入ったとき『お帰り、前橋君』って言われたし。
はぁ…。
こうしてまた心労がたまっていくのであった。
「だぁ~~~あああ」
週末はあわただしく始まった。
「バイト~ぉぉぉぉおおお」
「自転車~ぁぁぁああああ」
正直忘れてた。
そして…今の時間は…8時55分。
はい、減給決定。
自転車は現在自宅。
ここからバイト先は聞いた話だと歩いて30分…。
だが…。
「静姉さん、車おねがいします!」
「準備はできてる!」
「行ってきます」
俺は玄関にいる時ノ沢さんに挨拶をすると車に飛び乗った。
「つかまってなさい。本気を出すときが来た!」
「はっ、はい」
恐ろしいほどの迫力で言い含められた俺は大人しくシートベルトを締めた。
よくみるとバケットシートだった。
静姉さんがハンドルの中央のクラクションを一定のリズムで押す。
すると…。
車の時速標示計の最高速度が120から240に変化した。
「えっ!?」
それに伴うように時速が全て2倍に標示されていく。
「それじゃあ、逝くよ。口を閉じなさい。舌をかむわよ」
「はっ、はい」
静姉さんがアクセルを踏みこむ。
車とは思えない加速。
刹那、俺には尋常じゃないGがかかる。
「ぐふっ」
…
……
………
「前橋、ただいま出勤しました」
「よぉ、遼一。さっきのブレーキの音は?」
「聞かないで下さい」
「わかった」
「ところで、衛さんの音楽環境はどんなんですか?」
「音楽環境?」
「いえ、DTMやってるって聞いたので、音源とかケーブルとか…」
「あぁ、なるほど…。簡単に言えば………スタジオがある」
「そうなんですか………えっ!?」
聞き流すところだった。
「だから、収録用のスタジオが家にある」
「マジすか?」
「嘘ついてどうする」
「今度お邪魔しても好いですか?」
「いいぜ。あっ、そのうち、映像にも手を出してみたいと思っているからその時はお願いできるか?」
「わかりました。いつでもどうぞ」
「それじゃあお前の環境は?」
「パソコン…ということですか?」
「まぁ、そうなるか」
「CPUはTYPE-3-SYSTEMを導入して、メモリは1Tbyte…。V-RAMは512Mbyteで…、OSは『Sky-wing』。NAVIの変換実測値は5分で15秒…ですね」
「それはそれでかなり怖いと思うぞ…」
「バイト…かなりやりましたから…」
「だからといって…学生に稼げるのか…そのお金…。TYPE-3-システムでも10数万するぞ…」
「気合…ですから…。あとは郵便局の定期…ですか」
「絶対…あやしい…。まぁその事はいいか…っと、お客さんだ」
「わかりました。それではまた後で。―――いらっしゃいませー!」
「いやぁ~今日は朝からびくびくだったな」
「俺は怖いだけだったんですが…」
「お姉ちゃん…久しぶりにアレを使ったの?」
「あぁ。久しぶりだったからちょっとスピードが落ちてた」
「へぇ…たまには走らせないとだめだよ」
「今度から気をつける」
何か…論点が違う気がする。
明らかに違法だろあの速度…。
200キロは出てたぞ…。
「まぁ、リミッターを解除するまでも無かったが」
「リミッター?」
「あぁ。3倍」
「へっ?」
「前橋君…鈍いよ。360キロって事」
「…」
もう何も聞くまい。
「ふぁ~」
今日は遅れないようにきちんと目覚ましをかけていた。
俺はいま時ノ沢家の2階に住み込んでいる。
隣は時ノ沢さんの部屋で、その奥が静姉さんの部屋だ。
2階の部屋の構成はそれだけだが…。
1階にはリビングなど、基本的ものがある。
そして…地下室には実験設備。
俺はまだ見たことが無いが、そのうちに嫌でも見ることになるだろう。
部屋を見渡す。
俺の部屋から持ってきた着替えとパソコン、包丁一式(My包丁)。
他にはほとんど何も無い。
ゆっくりと家から最低限の物だけでも運んでおかないと…。
俺はリビングへと向かった。
「おはよう♪」
すでに起きている時ノ沢さん。
「おはよう」
…違和感が無い。
全てを失った人間はその場にある物を素直に受け止めてしまうのだろうか。
そんなことを考えてると、静姉さんがいないことに気がつく。
「あれ、静姉さんは?」
「まだ寝てる」
「朝ご飯は?」
「日曜日はお姉ちゃんの当番」
どうやら当番制らしい。
「どうしよう…」
「どうしたの?」
顔を覗き込んでくる時ノ沢さん。
「いや…ちょっとバイトの時間があるし…朝だけでも食べないといけないから」
「それなら私が作ろうか?」
「それは迷惑をかけるし」
「そう?」
「あぁ。俺の分の食事だけでいいんだ。時ノ沢さんはいつも静姉さんが起きてから食べてるだろうから、辺にリズムを崩すと行けないし」
「わかった」
「かわりに、台所と冷蔵庫の中身を貸してくれるか?」
「いいよ♪」
俺はさっそく冷蔵庫を空ける。
ふ~ん。
結構いろいろな物がそろってる。
横から冷蔵庫をのぞきこんでくる時ノ沢さん。
「足りる?」
「あぁ、十分だ。ちょっと上に行って来る」
「うん」
俺はリビングを出ると部屋に戻って包丁を取ってくる。
「おまたせ」
「何それ?」
案の定時ノ沢さんの視線がアタッシュケースに向く。
「包丁」
「すご~い。料理人さんみたい」
「ありがとう。自分のじゃないとこればっかりはね…」
「そういうもんなんだ」
「なれているものじゃないとやっぱり本来の実力が出ないし…パソコンのキーボードと同じだな」
「ふ~ん」
「それじゃあ、借りるよ」
「見ていい?」
「いいけど…つまらないと思うよ」
「気にしない、気にしない」
俺は冷蔵庫の中身を思い出す。
時間もあるし…、調味料もあらかたそろってるから…。
「ムルギーランチだな」
「何それ?」
「見てればわかるよ」
俺はさっそく包丁を取り出す。
まぁ今回はあまり出番が無いが。
「自分の分だけ作っちゃうけどいい?」
「全然問題無いよ」
「サンキュー」
鍋にギー(植物性油)を入れて熱する。
既に千切りにしておいた玉葱をよく炒めていく。
『ジュー』
玉葱の香ばしい香りがあたりを包む。
さっき作ったものを俺は二つに別けた。
半分を鍋に入れその上に鶏肉をのせ、さらに玉葱を入れて蒸し焼きにする。
ここで時間短縮の大技の『圧力鍋』の登場。
この家の圧力鍋はかなりいい物だった。
十分に鶏肉が柔らかくなるのを確認した俺はスパイスを数種類入れた。
さらに馴染むまで煮込んでいく。
最後に塩で味を整えた。
既に準備の終わっているターメリックライスを添えて皿に盛って完成。
「ふぅ~」
「すごいね~」
「一応、一人暮しだし」
「だからって、ここまで本格的に作らないよ」
「いや…ここのキッチンもすごいいい物がそろってるのは素人目でも分かると思うけど」
「まぁ、お姉ちゃんの趣味だし」
「以外だな」
「やっぱりそう思う?」
「だって、問答無用で人間を拉致する人の趣味が料理です~、って思うか?」
「思わない。でも、フランス料理とかもできるみたいだし…」
「…あるいみ想像すると怖そうだ。それよりも俺は先に食べるよ」
「うん♪」
食事を終えると俺は自転車に乗った。
「いってきます」
「いってらっしゃい。朝市に行った後寄るかもしれないよ」
「朝市…忘れてた」
「そんな甘い考えだと生き残れないよ」
…まだまだ修行が足りないみたいだった
俺は肩を落として家を出た。
「いらっしゃいませ~」
「よぉ」
「おはよう」
「静姉さんに時ノ沢さん、おはようございます」
「ねぇ、前橋君」
「ん?どうした?」
「片方名前で片方名字って違和感あるからさぁ、私のことも夏菜って気軽に呼んでいいよ」
「う~ん…それじゃあ夏菜さん…って呼ぶころにするよ」
「うん♪」
「ところで、どう言ったご用件でしょうか」
「いきなり、商売口調になるな。…そうだな………ハードディスクを増設したいが
容量のでかいハードディスクはあるか?」
「そうですね…一番多いので400Gbyte…ということろでしょうか」
「なかなか良い物だな。いくらだ?」
「えっと…」
俺は記憶の中から商品の値段を探り出す。
こう言ったことははっきり言って得意だ。
「6万3800円です」
「買いだな」
「すごぉ~い」
今まで黙ってた時ノ沢…っと夏菜さんがいきなり声を出す。
「すごいね、商品の値段を覚えているなんて」
「いや、そうでもないよ…。たまたま自分の興味があったことだから…。奥の方にある扇風機なんてどんな物があるかすら分からない」
「ふ~ん」
「それでは、少々お待ち下さい」
「わかった」
俺は店の奥に入るとハードディスクを手に取ってフロアに戻った。
「お待たせしました」
「ありがとう」
「お~い、遼一君」
「はい」
後ろから店長に呼ばれる。
振り返ると店長がこっちに向かっていた。
「遼一君、仕事だ」
「分かりました。それではお客様、どうぞごゆっくり」
「ありがとう」
「は~い」
「ところで、どういった内容ですか?」
「うむ、ウイルス感染」
「はい。そのぐらいなら---」
続きを言おうとして声に遮られる。
「ネットワーク全体」
「へ?」
思わず聞き返す。
「被害は…どのくらいですか?」
「ネットワークの中のパソコンが140台」
「…了解しました」
「ネットワーク管理者が手順を誤ったらしい」
「分かりました。すぐ向かいます。ところで場所はどこですか?」
「朝川市立朝川第3中学校」
「学校ですか…」
「すでに話しは通してあるから、すぐに向かってくれるか?」
「では、いってきます」
俺はフロアから店の奥に入ると必要な道具をまとめた鞄を背中に背負い、
かつ、ショルダーバックを肩にかけ自転車に飛び乗った。
第3中学校までここからは自転車で15分の距離。
夏の匂いがする町を自転車で駆け抜ける。
心地よい風が全身を包み込む。
夏がいよいよ本格的に始まる。
「失礼します」
用務室にいた人に用件を伝えるとすぐにパソコン室に入れてもらえた。
「最近の中学校は恐ろしいな」
俺の世界でもITだと国が叫んで小学校にもパソコン室が作られるようになったけど…。
140台は無いだろ…。
結局ITビジネスは不況の煽りを受けて伸び悩んでいるし…。
この間始まったばかりの住民基本台帳ネットワークだってセキュリティーホールだらけだよ。
まぁこっちの世界のセキュリティーは完璧みたいだな。
「さて、はじめますか」
校内の誰かが持ちこんだフロッピーにウイルスが入っていたらしく、内部感染だった。
「ウイルス感染時のマニュアルぐらい作っておけよ」
ネットワークのウイルス感染の場合、まず感染したパソコンをネットワークから切り離すことが必用だ。
これを惰るとネットワークを介して感染が広がっていく。
「んで、その結果、140台全部ですか…。」
いい加減独り言は止めますか。
俺は入社試験で使ったフロッピーを取り出す。
1枚だと足りないので今回は40枚のフル出動だ。
前までは20枚だけだったが、こっちの技術を目の当たりにしてからは40枚に増やしておいたのが正解だった。
全てのパソコンをネットワークから切り離すと、フロッピーを入れ、パソコンを起動した。
見なれた画面に一連の命令を打ちこんで復旧作業をする。
「疲れた………」
とりあえず半分が終わった。
サーバーの状況を確認しつつ、復旧が終わったパソコンからネットワークに繋いでいく。
ネットワークにつないだパソコンが正常に動作するか確認するまでが俺の仕事。
「さて、続きをはじめる前にちょっと休憩」
『♪~』
「誰だ?」
携帯に着信。
「…渉かよ。どうした?」
俺は電話に出ると第一声を発した。
「お前…バイト中じゃないのか?」
「分かってるなら電話するな。バイト中だ」
「店の中で電話に出れるのかよ」
「いま、パソコンメンテナンスの仕事で外にいる」
「そりゃあ、ご苦労様」
一瞬手伝いに来い、と言おうと思ったが、このソフトは俺にしか動かせないことを思い出して止めた。
「俺は忙しいから切るぞ」
「切れるものなら切ってみろ。お前の携帯が…」
『プツッ』
「浄化完了」
俺は無言で携帯をしまうと仕事を再開した。
…
……
………
その後、学校長の許可を取り、情報処理振興事業協会へウイルス感染被害の報告をして俺の仕事は終わった。