「みずいろ」をカラオケに入れるために清きリクエストを!
12人の作者が応援のために書き上げた一冊。
風が舞うたびに木々が揺れ、乾いた音を立て、色づいた葉が踊る。赤や黄が明滅しモザイク画のように豊かな表情を見せてくれる。ガラス越しの外の風景。それは確実に季節の移り変わりを演出していた。
視線を動かす。
相変わらずの視界を提供してくれる巨大風車に、昼に起こしてくれる目覚まし時計もいる。同じ色の服に身をまとった人達。そして、同じ方向を向く人達。その中に俺もとけ込んでみる事にした。教卓の前と黒板の前に一人ずつ生徒が立っている。その生徒はなにやら黒板に書いているようだ。「文化祭」。なるほど、もうそんな季節か。季節は秋。読書の秋、運動の秋と言って形容されるが、俺にとっては、専ら昼寝の秋だ。………つまり、何時も通りだ。
黒板には十数にも上る案が書き出されていた。「お化け屋敷」…おいおい…高三になってそれはないだろ。しかも、他のクラスとネタが被りそうだ。案の定、上に三角印がついていた。目線を左側に移す。「電流イライラ棒」…死語だろ。しかも、ここは電気科じゃないぞ。少し考えながら目線をさらに左側に動かしていく。「喫茶店」…一つだけまともな案があった。左右に目線を走らせて見るが、少なくとも俺の判断の中では一番まともな案に見えた。はっきり言って他のは使えない。「休憩室」なんて言うものもある。机を片づけて椅子を並べて終わり。自称、面倒くさがりな俺でも最後の文化祭としてそれは頂けない。
「おい、健二。」
「なんだ?」
「おまえはどれにする?」
「そうだな。俺は喫茶店かな。」
「やっぱそうだよなぁー。男のロマンだ。」
いつもながらブレザーのボタンを開け、ラフなスタイルで喫茶店について熱く語っている南山。ワックスで固めているであろうその髪を右手で掻きながら続ける。
「大体にして、ありふれた喫茶店なんてつまらないよな。やっぱここは派手に行こうぜ。」
ん? ありふれた喫茶店なんてつまらない。どういう事なんだ? 俺はその疑問をそのまま南山にぶつけた。
「…健二…黒板見てみろよ。」
体の位置を変え、黒板がよく見えるようにする。
「………。」
全てを理解した俺は南山を見る。ゆっくりと…神妙に二人は頷き、拳と拳をぶつける。
「「よしっ!」」
「これで決まりだな。」
「あぁ。」
「それでは採決を取ります」と言う声によってクラスの喧騒が収まっていく。「じゃな。」「あぁ。」と短い言葉を交わし、南山は自分の席に戻った。
右から順番にクラス委員が項目を読み上げ、生徒が手を挙げていく。やがて「喫茶店」が読み上げられると男子全員が手を挙げた。このクラスは男子の方が二人多い。問答無用で文化祭の内容は決定された。
「ねぇお兄ちゃん。今日のホームルームの時間、文化祭のことやった?」
「あぁ。」
「お兄ちゃんのクラスは今年は何やるの? 私のクラスは学級展示の担当だから自由に決められなかったけど、三年生は自由に決められるんでしょ?」
「そうだなぁ。俺達も二年の時は学級展示だったなぁ、そう言えば。」
「でしょ? それで、お兄ちゃんのクラスは何をやるの?」
雪希が俺を見つめてくる。さっきまで持っていた茶碗も箸もテーブルに置き、ただひたすら俺の返事を待っている。ん? と首をひねるたびに揺れるリボンと細い髪。
「俺のクラスは…。」
コトリと茶碗を置き、雪希と目を合わせる。
「喫茶店だ。」
「わぁ…そうなんだ。何を出すの?」
「まだ決まってないんだ。たぶん明日の放課後から早速打ち合わせになるんだと思うぜ。時間もないし。」
「そうだね。お兄ちゃんもがんばってね。」
「雪希こそな」
お風呂から上がると俺は自分の部屋へと戻る。微かに漂う冷たい空気がひんやりと気持ちよかった。
「文化祭か…。」
今思えば、今までまともに文化祭なんて参加した事もなかった。作業を手伝っていないわけじゃないが、たぶん、率先してやっている奴らに比べれば作業量は断然少ないだろう。適当に顔を出して、そこそこ手伝って家に戻る。何時も雪希より帰ってくるのは早かった。たぶん、そんな奴が一人でもいると雰囲気がしらけるんだろう。次第にクラスの士気は下がっていった。そんな状態でいい展示を実現出来るはずもなく、毎年行われている展示のランキングの上位にはいる事は当然出来なかった。
「………。」
今思えば、今年で一つの区切り。まじめにやってみてもいいような気がした。
ふ、と、一つの場面が浮かんできた。
…
……
………
「あんたがまじめに作業やってるなんてどういう風の吹き回し?」
「わぁ…健ちゃん、ものすごい集中力。」
「ちょっと、何か言ったらどうなのよ。」
「うるさいな。こっちはまじめに作業中なんだ。」
「うっ…。まじめに作業をしているんじゃ何も言えないわね。」
………
……
…
………勝てる…。勝てるぞっ! 完璧だ。清香を見返せる!
「ふふふ…。」
窓に映った自分の顔の彫りの深さに恐怖を覚える。暗闇に浮かぶようにぼんやりと見える自分の顔は、策略に満ちた顔だった。
「今に見てろよ、清香。何時も作業しろとか命令されるほど俺は甘くないぜ。」
2004年の夏コミ(コミックマーケット66)で無料配布された同人誌。配布スペースは東J-34b「ぽんこつお兄ちゃん」。
当時、「みずいろカラオケ化計画」というウェブサイト(発起人MOE2)において、ソフトハウス「ねこねこソフト」のゲーム「みずいろ」のオープニングテーマ「みずいろ」をカラオケに入れるための活動が行われており、コミケ当日はリクエスト投票を促すポスターの配布と「有志のみずいろ作家陣による創作物を無料配布致しております(ポスターの原文まま)」として、本作と各種イラストやアレンジ楽曲、本作のPDFデータが書き込まれたCD-Rの無料配布を行った。
このページは作品のデータがネット上にほとんど見られないことから、アーカイブのために2019年に作成したものである。
B5・80ページ・無料
ジャンル | 二次創作小説(みずいろ) | |
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発行日 | 2004年8月15日(コミックマーケット66) | |
仕様 | 頒布価格 | 無料 |
大きさ | B5縦 | |
ページ数 | 表紙込み80ページ、本文69ページ | |
文字数 | 約7万4000文字 | |
段組 | 上下二段組み | |
作者 | 企画 | MOE2 |
編集 | 鈴響雪冬 | |
文章 | Hrrach(平原案山子)、鈴響雪冬 | |
表紙イラスト | M、MMM37、への、百耶といろ、玖流龍姫、あかりん、アネモネ、まゆるり、KVAEFSKY | |
装幀 | 鈴響雪冬 | |
発行 | しょんぼり☆ミュージアム | |
印刷・製本 | 表紙 | 4色フルカラー |
本文 | 白黒 | |
印刷・製本 | コロニー印刷 | |
印刷方式 | オフセット印刷 | |
製本方式 | 並製本・無線綴じ |