『ガバッ!』
「一体なんだったんだ…今の夢は」
彼の名前は森田(もりた)優(すぐる)。とある国立の大学に通う学生で、既にお酒も飲める年齢。比較的身長高めで、さっぱりした顔立ちの青年だ。
朝日の差し込む部屋で優はベッドの上で考え始める。
今朝見た夢の事を…。
少女が線路に飛び込む夢。正確に言えば遮断機の降りた踏切の中に佇み電車に引かれる夢。
見た事もない少女。
そして、一度見ると忘れないぐらい可愛かった少女。
大体、十八から二十ぐらいだろうか。優から見れば年下になる。
あどけない顔立ち。それでいて冷たい視線。夢と言うほど忘れ易いものはないというが、彼の脳裏にははっきりと像が刻まれていた。それほどまでに印象深い少女だった。
「一体、誰だったんだ?」
優はそんな独り言を発しながらも、淡々と講義に行く準備をはじめた。
「あれは…夜だったよな…」
いつのも道を歩きながら、優は夢の事を考える。
「あの踏切は…いつもの道」
「そう、丁度、この踏切」
優は独り言をそこで中断した。
遮断機が降りていて通り抜ける事ができない。
いつもなら降りる前にぎりぎりで通過するのだが、今日は考え事をしていたせいか、通り抜けられなかった。
「この踏切の真ん中に女の子が居て…電車に引かれて…」
思い出した瞬間、優は軽く震えた。
あまりにも現実味があり過ぎて…そして、それが目の前の踏切を舞台にしていたから…。
やがて遮断機が上がると再び優は歩き出した。
…
……
………
「ふぅ…」
今日も講義が終わる。
まだ日は高い。
今は二十四節季の小暑。
この地方でも、もうすぐ梅雨明けする頃だ。
たとえ五時に大学が終わろうが、外は明るいのである。
「どこかによるかな」
と言いつつ、優は、寄る場所を考えるが、結局いつもの本屋で立ち読みする事にした。
…
……
………
夜八時を回った頃、優は本屋を出た。
「やばいな…。ちょっと読み過ぎた」
気がつくと移動時間も含め三時間ほど立ち読みをしていた事になる。
「まぁ、いいか」
一人暮らし。
誰にも迷惑はかからない。
優は自分の家に向かって歩き出した。
急に暗雲が立ちこめたかと思うと、それは地上で雨に変化した。
『ザーッ!』
「降ってきやがった」
アスファルトに黒いしみを作り、それはどんどん広がっていく。 それと同時に、優の体を濡らしていった。
優は走り出す。
そして、あの踏みきりにさしかかった。
遮断機は降りている。
「ますます、あの夢と同じだな」
夢の中で少女は雨の中、傘も刺さずに、線路に佇んでいた。
声にならない叫び声を上げそうになった。
そこには、夢に見た少女が居た。
…夢に見た場所と同じ場所で。
「そこの君! 何やってるんだ! もうすぐ電車が来るぞ!!」
季節は梅雨から夏にかけての物語。季節は春から夏に変わろうとしています。そして、その変化の中、彼は何を自分に見出すのでしょうか。ただ、家と大学の道を繰り返す日々。いつもと同じ踏切を通り、大学へ向かう日々。そんな日々がある人の自殺の現場を見たことから変わり始めます。
大学に通う主人公、優はある日夢を見た。少女が電車に引かれる夢。いや、正確に言えば、少女が自ら飛び込んで自殺する夢。そしてその日の夕方…少年は夢で見た少女とそっくりの人に出会う。彼女は自らを『みすい』と名乗った。
ちょっとだけ、ファンタジーなお話。御伽噺のようで…もしかしたらありえるかもしれないお話。『透明』という色について考えさせられます…。
(1万3000文字相当)